第117話
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【本文】
「お疲れ様です!セラ殿。テレサ殿」
リアーナ領領都の西門の門番達が、俺達に対し一斉に胸に手を当てる敬礼をした。
寒い中防寒具はマフラーと手袋だけなのに、ビシッとしている。
門の奥には詰所の様なものがあるが、そこから待機中の者達まで出て来る念の入りよう……1番隊だな。
「はい、ごくろーさま!」
同じく俺も答礼する。
「寒い中ご苦労様です。どうぞ職務に戻って下さい」
「はっ!失礼します」
テレサの言葉に職務に戻っていくが……実に真面目だ。
門をくぐり少し行ったところで振り向きそちらを見るが、お喋りをしている様子もない。
「真面目だねぇ……」
普段門を利用することは無いが、いつもあんな感じなんだろうか?
2番隊とは大違いだ。
彼等だと、口笛吹いたりゲラゲラ笑いながら出迎えるだろう。
「検問に立つ兵はその街の顔でもありますから、礼儀作法も含めて訓練を受けています。特にリック隊長は厳しいですからね……」
「役割が違うからウチはアレでいいのかな?」
2番隊は騎士団っぽさよりも、タフさ荒々しさアグレッシブさが最優先で、規律は最低限守れればそれでいいって感じだ。
悪い連中じゃないが、こういったいかにも兵士然とした振る舞いには反発するだろう。
「少なくとも今いる者達や今後2-3年の間に採用される者達は、作法には目を瞑るでしょう。その頃には領地も安定して通常の採用試験を行えるはずです」
「ほーう……。2-3年か……それだけ時間があれば、連中も角が取れるかな?」
変に指導するより、時間をかけて性格が勝手に丸くなるのを待つ方が穏便に行きそうだ。
「仮に上手く行かなくても、彼等は対人業務はありません。その影響は少ないでしょう。……さて、姫。屋敷に向かいますから掴まって下さい」
「ほい!よろしく」
答礼の為に手を放していたが、再び彼女に掴まる。
通常領主屋敷に向かうには、地上を移動する場合だとここから街の中央広場まで行き、そこから南に曲がり現在建設が進められている貴族街を抜けて最後に坂を上る必要があるが、【浮き玉】を使うと西門から入ってすぐの高台を上れば、そこが屋敷だ。
警備の兵がすぐ側にいる状況で、裏から入るのはちょっとアレだが、ここは目を瞑って貰おう!
◇
「ぁぁぁ~…………」
カポーンとは効果音はしないが熱い湯に身を沈め、声を漏らす。
高台を上り屋敷に着いたが、1週間も空けていただけに流石に窓からでは無く、玄関から中へ入った。
すると、セリアーナの指示で風呂の用意がされていて、そのまま風呂まで直行することになった。
ちなみに俺はセリアーナ用の風呂で、テレサは客用の風呂だ。
街の西門はセリアーナのスキルの範囲内だから、俺達が戻ってきた事に気づいたんだろう。
「セラちゃん、顔赤くなっているけれど……大丈夫?」
例によって使用人付きなのは落ち着かないが、ありがたい事だ。
「んー……?のぼせてきたかも?……」
風呂に入って20分程経っただろうか?
ゼルキスの事をあれこれ話しながらだと、時間が経つのも早い早い。
温まるどころかすっかりのぼせてしまった。
「そろそろあがりましょうか?奥様にも報告に行くんでしょう?」
「あ、ありがと。そうだね……んじゃ、そろそろ……」
渡されたグラスを受け取り、一息で飲む。
レモンかグレープフルーツの様な柑橘類の果汁が入った程よく冷えているドリンクだ。
【隠れ家】の風呂は使い勝手ならそっちの方が上だけれど、ここら辺のサービスは無いからな……こっちの風呂もたまに使うにはいいもんだ。
「髪の毛はどうしましょう……少し時間がかかるわね」
体を拭き用意された服に着替えたが、髪はまだ濡れたままだ。
タオルを巻いているが、乾くにはまだ時間がかかるだろう。
使用人の中にはドライヤー魔法を使える者もいるが、彼女は使えない御様子。
まぁ、俺も使えないしな!
「奥様は旦那様の執務室でしょう?あそこに行けば誰かが乾かしてくれるだろうし、このままでいいよ」
「そう?……叱られない様にね?」
「大丈夫大丈夫」
心配そうな彼女に笑って答える。
普通だととんでもない事だが……俺の場合そういった振舞いを許されているというか……むしろ望まれているふしがあるしな。
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【本文】
「廊下冷えるなぁ……」
風呂から出て、リーゼルの執務室へ向かう最中、廊下の寒さに思わず声が漏れてしまう。
この屋敷は冷暖房の魔道具が備え付けられていて、部屋はしっかり効いているが、廊下までは十分では無いようだ。
昨年の冬はそうでも無かったから、今年増改築した影響かな?
俺が薄着だからってのもあるかもしれないが、足元がスースーする。
ちなみに俺の服装は、頭にタオルを巻き、メイド服からエプロンだけ外した黒のワンピースに裸足……。
ゴロゴロ寝転がりながら裾をバサバサとする為、皴が目立たない格好だ。
上にもう一枚何か羽織っておくべきだったかな?折角風呂でのぼせるほど温まったのに、また冷えてしまいそうだ。
「お疲れ様です、セラ殿。どうぞ」
「はい。ごくろーさま」
執務室の前まで行くと、ドアの前に立つ兵士が何も言わずとも、中に入るようドアを開けた。
この部屋は領地の首脳陣が集まっているはずだが、フリーパスになっているのは俺もその一員って認識なんだろうか?
しかし、お疲れ様か……一応仕事を果たした事には間違いないんだが、俺の不在ってどういう風に説明してあるんだろう……?
「セラ、入りまーす」
一声かけて中に入ると、セリアーナ達にリーゼル達そして文官達と、いつもの面々が仕事をしている。
「お帰りセラ君。ご苦労だったね」
リーゼルがこちらを見て、ねぎらいの言葉をかけてきた。
もうすぐ日が落ちるというのに、疲れた様子は感じられない……タフなにーちゃんだ。
「ただいま戻りました。テレサはまだみたいだね……」
テレサはまだ来ていないのか……伯爵から手紙とかを預かっていて、屋敷に着いたらすぐに渡せるようにとテレサが所持していたのだが……まさか風呂に直行することになるとは思わなかった。
他にも荷物はあるがそれ等は【隠れ家】に放り込んである。
「これはテレサから先に渡されているよ。もちろん彼女からも直接話を聞かせてもらうが……それでもそこまで急な内容じゃない」
そう言いながら机の上に置いてあった手紙を見せてきた。
手紙の中身は簡単にだが、俺も聞いている。
領地間の荷の移動の手続きの簡略化だとか、特定の品種の税の免除がどうのとかだ。
もちろん決定したとかでは無く、今後何年間かかけて協議していこうという事らしい。
が、俺が知っているのはそこまでで、テレサがいない事にはどうにもならん。
テレサを待つのかな?
「リーゼル。もう今日の仕事はあらかた片付いたでしょう?それなら今日はもう終わりにしましょう」
◇
あの後セリアーナの宣言通り、あの場は解散となった。
ある程度仕事は片付いていたんだろうが、何ともフリーダム……。
そして移動の途中でテレサを拾い、セリアーナの部屋から【隠れ家】へ場所を移した。
中に入り、セリアーナはテレサから話を聞き、俺はエレナに髪を乾かして貰っている。
「はい終わり。動いていいよ」
「ありがと」
乾かしついでに、太い三つ編みにしてもらい、完了だ。
エレナに礼を言って、膝から降り【浮き玉】に乗った。
「どういたしまして。ゼルキスは楽しめた?」
「うん。【ダンレムの糸】もしっかり試せたしね。あぁ、奥様!」
忘れないうちに【ダンレムの糸】の事を向こうの冒険者ギルドに伝えた事や、得た聖貨からセリアーナに収める分を渡しておかないと……。
「……奥様?何その変な顔」
眉根を寄せ俺の顔を見ている。
普段からあまり表情を変えないセリアーナだけに、これはレアな光景だが……どうかしたんだろうか?
「少し間が空いたからかしら……お前に奥様と呼ばれると、ひどく歳を取ったように感じるわ」
「……まぁ、奥様の周りって子供は俺だけだからね」
歳を取ったように感じるかはわからないが、周りは大人ばかりだし、執務室にはエレナを除けばほとんどが男性だ。
一週間も空けば違和感を感じてもおかしくは無い……のか?
「……いいわ。今後お前は私の事はセリアと呼びなさい」
ミュラー家は基本的に、家族でも愛称では無く名前で呼ぶようにしている。
今のところその呼び方は、リーゼルとエリーシャくらいだ。
中々勇気がいる提案をしてくるじゃないか……。
「セリア……様」
とは言え、彼女の方から提示しているのだしと、意を決し呼んでみた。
最初セリアで区切ろうとしたところ、凄い目で睨まれたので慌てて様を付けると、満足気に頷いている。
「結構」
まぁ、若いねーちゃんだし、俺も奥様と呼ぶよりはしっくり来るかな?
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【本文】
テレサのゼルキスでの報告をセリアーナと一緒に聞いていたが、新航路は既に利用されているらしい。
その結果、王都経由で国中の品がゼルキスにも入って来るようになった。
思えばパーティーでも、果物以外を使ったお菓子が結構あった気がする。
今までも陸路で運ぼうと思えば運べたそうだが……時間も人手もかかる上に、量もせいぜい馬車2-3台程度だ。
コスパが悪すぎる為、何か特別な物を除けば、ほとんど入って来ず、入って来てもその分値段が上乗せされ高級品扱いになっていたらしい。
ところがこの新航路だと、大量の荷が20日かからずで運ぶことが出来る。
今はまだ利用できる者を選別しているそうだが、軌道に乗れば自由になって、いろんなものが入って来るんだろう。
……流通の転換期を見ている気がする。
「大変結構。アイゼンも馬鹿じゃない様で安心したわ」
報告の過程で、アイゼンについても少し触れていたが……姉の目は厳しい。
合格点には達していたようだが、それでもギリギリな雰囲気だ。
「……厳しいね。結構頑張ってたよ?」
「頑張るだけなら誰でも出来るわ。ルバンに任せている拠点も順調に成長している様だし、数年もしたら、その気になればリアーナはゼルキスを経由しなくても、いくらでも外から物を運べるようになるの。アイゼンが使えないままなら、私は実家でも切り捨てるわよ?」
セリアーナは真顔で言い切った。
「ぉぅ……」
アイゼンが領主になる頃にはリアーナも力を付けているはずだ。
ただでさえ爵位はこっちの方が上なんだし、わざわざお隣さんを気にしなくてもよくなるのか。
……大変だなー。
「そんなことより、お前の方はどうだったの?【ダンレムの糸】を実戦で使うと張り切っていたけれど?」
「ん?うん。使って来たよ」
あの内容をそんなこと、で切り捨てた事に少々驚きつつ、ゼルキスのダンジョンでの事を話した。
威力や俺が使う際の注意点、他者と共闘する際の使い方……、ダンジョンで相手はオーガのみと少々偏ってはいるが、満足いくまで試す事が出来た。
ゼルキスの支部長や冒険者に【ダンレムの糸】の事を知らせたのは、予定に無い事だったが、まぁ必要経費って事で問題無いだろう。
一通り話し終えるとセリアーナは、そう、と一言呟き頷いた。
「伝えた事に関しては問題無いわ。こちらであれだけ大々的に試射をしたのだし、仮に隠していてもそのうち伝わってきたでしょう。それならダンジョンの異常と警戒させるよりも伝えてしまった方がいいわ。結果的に集団戦の訓練も出来た様だしね……どう?【ダンレムの糸】は。使えそう?」
「うん。完璧に狙ったところに命中させるのは難しいけれど、大丈夫だと思うよ。ただ……森で使うのは危ないね……。一応俺なら離れた所に人がいてもわかると思うけれど、威力が高過ぎて森を荒らし過ぎちゃうよ……」
高威力ってのは魅力的だが、度が過ぎると問題だ。
生態系が安定しているダンジョンならともかく、外でともなると話が変わって来る。
ちょっとした縄張りの変遷で街への襲撃に繋がったりもするんだ。
迂闊にバシバシ撃ちまくって、森を荒らしてしまうと、それがどんな影響を及ぼすかわからない。
「そうね……森の浅瀬なら問題は無いでしょうけれど……、今度支部長に相談してみなさい。彼なら大体の魔物の生息位置や縄張りを把握しているでしょう。彼が駄目だと言ったら、その時は森の狩りで使うのは諦めなさい」
「はーい……」
残念だが……まぁ……しゃーないか。
「でも、またこれからもゼルキスに行くんでしょう?ダンジョンも中層の手前での狩りは余裕みたいだし、そこから先だと遠距離手段があるのは心強いよ」
俺の力ない返事を気にしたのか、エレナがフォローを入れてきた。
「それもそーだね!」
確かに森での使用は難しいかもしれない。
ただ、これからも俺はゼルキスのダンジョンに通うだろうし、それに何より、この街にもダンジョンがそのうち出来る。
そこでガンガン使っていけばいい。
その時に備えて、練習は欠かさない様にしておこう!
「あ、そーだ。聖貨渡す分があるよ」
「あら素敵」
覚えているうちに渡さないと……後になると渡す時に損したような気持ちになるんだよな……。
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