第116話

288


【本文】

一週間の滞在期間を終えて、今朝方ゼルキスの領都を出発した。


今回の滞在は概ね予定通りにいったが、アイゼンの件はいい意味で想定外の出来事で、その礼として、テレサは俺が貰っているのと同じゼルキス領内の移動許可を得た。


基本的には【浮き玉】で移動する事になるし、途中で街に立ち寄る事はほとんど無いだろうが、それでもあるにこしたことは無い。

一応貴族という事で検問はスルー出来るが、今後も行き来する事はあるだろうし、中央から離れたこの地で毎回毎回貴族の特権を振りかざすのは、あまりよろしくないだろうが、領主のお墨付きとなれば話は別だ。

親父さんからも冬が明けたらまた来てくれと言われたし、テレサのゼルキス領デビューとしては上々。


俺も【ダンレムの糸】を実戦でしっかり試す事が出来たし、有意義な時間を過ごせた。

次来るのは来年の春かな?今回は中層の手前までだったが……そこから先を目指したいな!



日中という事もあり街の近くでは速度を落としていたが、街を離れてからは一気に速度が上がった。

街道沿いに進むのではなく、森の上を通ったりとショートカットをしながら、グングン進んでいる。


が、速度を上げるという事は受ける風も強くなるわけで……。


「ぐぁぁぁ……一週間位しか経ってないのに……大分寒くなってるねー」


行きと同じくコートに帽子にマフラーと防寒対策はしっかりしているが、それでも服の隙間から寒風が入り込んで来る。

風の抵抗を減らすために、前傾姿勢を取っているから、それがマズいのかもしれない。


冬の間は領都から出る気は無かったが……これは秋の移動も避けた方がいい気がする。

【祈り】を使う事で体調は崩さないで済むとは思うが、この寒さは単純にきつい。


「もう間もなく到着しますが、一旦降りて休憩しますか?」


「うぐぐ……どれ位かかりそう?」


ゼルキス領都を発ってから3時間近く経ち、少し前にゼルキス領を出てリアーナ領に入っている。

もう半分程は道程を消化したはずだ。


「あの森を越えればもう間もなくソールの街です」


体を起こし前を見れば森が広がり、それに沿うように街道が大きく曲がっている。

陸路だと大分遠回りになるが、俺達には関係無い。

森が陰になって街はまだ見えないが……30分かからない位かな?それなら半端に休憩するより一気に街を目指すか。


「休憩は無しで、このまま行こう。一応人目は気を付けて!」


「了解しました。森の上は速度を上げますから、しっかり掴まっておいてください!」


それを聞き、俺は彼女にしがみついている腕に力を入れ、同じくテレサも俺の腰に回す腕に力を込め、さらに【浮き玉】の速度を上げていった。


「姫!あちらを。もう見えてきましたよ!」


森の半ばまでさしかかったところで、テレサは前方を指差し、風に負けない様に大きな声で街が近づいて来たことを伝えた。

それを聞き顔を前に向けると、やや貧相な街壁が森の先に見えていた。



ソールの街はリアーナ領に所属し、ゼルキス領との境にある街で、街の南西に俺達が越えてきた森があり、その反対の北側に農業地帯が広がり、人口は3000人弱とやや小規模ではあるが、住民の大半が農業に従事しリアーナ領の食糧庫の役割を果たしている。

出入りする人間も、農作物を買い取ったり、あるいは王都や領都の品を運んで来る商人がほとんどで、揉め事なんてほとんど無いんだろう。

一応近くの森を警戒する為に、この街出身の冒険者を中心としたクランが警備を担っているが……まぁ、平和な街だ。


その平和な街を代官屋敷を目指し案内の騎乗した騎士の後ろについてのんびり進んでいる。


「姫はこの街を訪れた事はありますか?」


「2回だけね。と言っても、ウチの奥様が領都に行く時と結婚の為に王都へ向かう時に一泊した時の事だから、ほとんど何も知らないね」


街の様子を見ながら聞いて来たテレサにそう答えた。

大きい建物こそ多数あるが、あまり人の気配は無い。

港側の倉庫街なんかと近い雰囲気かもしれないな……。


「この街は収穫物を保管する倉庫に大きく場所を取っていて、あまり外の方が訪れても楽しめるものはありませんね。収穫前などは、作物の出来を見る為に商人が訪れることがありますが……」


俺達の話声が聞こえたのか、前を行く騎士がそう教えてくれたが、マジで倉庫街みたいなものなのか。


「……なるほど」


テレサも納得がいったのか頷いている。


289


【本文】

今俺はソールの街の代官であるガーブ・ランドール卿の奥方、グレア夫人の部屋で彼女の膝に乗り【ミラの祝福】を行っている。


「以前受けた時は、寝台で横になっていたのですが……今はこの様な方法でよろしいのですね」


「そうですね。以前の部位毎に行う方が効果は大きいそうですが、どうしても時間がかかってしまいますので……王妃殿下やセリアーナ様の様にセラ様の時間を大きく割ける方々を除けば、今はこの方法を採用していますよ。ですがご安心ください。私はこれまでも施療の場に立ち会ってきましたが、皆満足されています」


以前との違いに驚くグレアに、安心させるように言って聞かせるテレサ。

ちなみに俺は施療に集中するという名目で黙っている。


一応会話のネタになるものは無いかと、探してはいるんだが……何も見つからない。


この部屋は、寝室と応接スペースが一緒になっている、やや広めという事を除けばごく普通の部屋で、何か調度品が置かれているわけでも無い。


強いて言うなら、壁に掛けられている2枚の絵だが、1枚は既婚の貴族の女性なら大抵持っているミラの審判の絵で、もう1枚は家族が描かれた肖像画だ。

彼女自身は太ったりもせず日に焼け、手が荒れているところを考えると、外の仕事を手伝っているかもしれない。


質素、堅実。


これ位しか俺にはわからず、その情報をどう生かせばいいのか俺にはわからない。


「グレア殿は手先が少々荒れているようですが……、セラ様が爪に塗ってあるマニキュアは、爪や指先の皮膚の修復効果があります。この街でも栽培されている薬草を材料にしていますし、試されてはいかがでしょう?」


「まぁ……!街の薬師でも作れるのでしょうか……?」


一方テレサは同じ情報からでもしっかり話に繋げ、グレアの興味を引いている。


別にアイゼンと違って俺は困る様な事でも無いが……会話スキル低いなー……前世ならともかく、この世界の上流階級の女性の会話ってのは、よくわからないんだよな。


勉強……はしたくない!

何とか会話をしないでいい方向を目指していこう!



施療を終えた後、夫の代官とともに見送られ街を後にした。


2時間弱と短い滞在だったとは言え、今回わざわざ寄り道をしたのは、休憩はもちろんそうだが、それ以外にも理由はある。


ゼルキス領都で改めてわかった事だが、俺の【ミラの祝福】は中々に価値がある。


そして、無理やり金ずく力ずくでは無く、俺に納得して施療を行われる事を望んでいるようだ。

だから俺の機嫌を損ねない様に、穏便に接してきていた。


俺の嗜好がよく分からないからだろうな……セリアーナのプロデュースの成果か。

帰って話したら、狙い通りと、きっと得意げな顔をするだろうな……。


まぁ、それはさておきだ。


俺は領都でセリアーナの客に何度か施療を行っているが、その中に各街の代官夫人はいなかった。


護衛は付くだろうが、女性だけで街の外に出る事は無いだろうし、夫の代官もそんな簡単に預かっている街を空けるわけにはいかないから仕方ないとはいえ、他領の人間が受けられるのに……と思われたらよろしくない。


セリアーナもその辺を気にして、俺がゼルキスに行く時の休憩に利用するかも?と伝えていたんだろう。

【隠れ家】だけで済ませているから無用になっていたが、足元は大事だ。


テレサにその辺の事を相談すると、「それなら帰り道に寄りましょう。急な来訪になりますが自分が対応しますので……」と言ったので、そうする事にした。

……頼もしい副官だ。


この街と領都の間にはあと3つ街がある。

流石に今回はもう行かないが、今後も少しずつ寄っていけるようにしたい。


「それでは、ここから少し速度を上げていきますね。3時間はかからないはずなので、日暮れ前には到着できるでしょう」


「うん。まぁ、いざとなればどこででも休息は取れるし、遅くなっても構わないから。無理なく行こう」


時間を少し気にするテレサを宥めつつ、しっかりとつかまる。

ここから山と森がいくつかあるが……それらを迂回する街道は無視して、一気に突っ切るんだろうな……。

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