第114話

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【本文】

昨晩のアイゼンの頼みは、俺に翌日開かれる昼餐会に出席して欲しいという事だった。


この昼餐会は毎年、春と秋の雨季明けに開かれているらしい。


移動が難しくなる冬季の前に集まれる者は集まって、会合を行っているそうだ。

移動が難しくなる冬季の備えや貴族学院の入学時期に備えての領内の治安強化……それらについて話し合うそうだ。

そして、最後に決起集会の様な物として昼餐会が開かれる。


貴族学院を卒業し、次期領主としてアイゼンも出席するのだが、春の時は彼はまだ王都にいた。

その為今回が初出席となるのだが、事前に入ってきた出席者の情報によると今年は何故か夫婦連れでやって来るものが多かった。

領内とはいえ、安全面を考えると女性が……それもある程度裕福な家の者が街の外に出るのは珍しい。

調べてみると、俺が雨季明けにこの街に滞在するとセリアーナが出入りの商人に伝えていたそうだ。


ギルドの会合の時にテレサに話を通せばいいのにと思ったが、俺は領主一族の客としてやって来ているわけだし、そこを飛び越えて勝手に話を通すわけにもいかなかったんだろう。

そしてもちろん、領主相手に自分の客として滞在している者に会わせて欲しいとも言えず、期待だけが宙に浮いた状態になっていた。


俺はテレサやミネアさんと一緒にいればいいそうだし、何かする必要があるという訳でもないので了承した。

多分、大分分かりにくいけれど……セリアーナなりの弟へのアシストなんだと思う。


セリアーナの結婚式に出席するために、卒業してからも夏まで王都に残っていたから、地盤固めが少し遅れている。

もし今回を逃すと次は半年近く先になってしまう。

だから、セリアーナの言う事しか聞かないとゼルキス領内で言われている俺を引っ張り出せると、彼の株が上がるのかもしれない……。


「それだけじゃないわ」


その考えを俺を膝の上に抱えるミネアさんに伝えたのだが、どうもそれだけじゃ無いようだ。


「アイゼンが自分でその事に気付くことが出来て、尚且つ貴方に頭を下げる事が出来るかを見たかったの」


「……厳しくないですか?」


……アイゼン君のテストも兼ねていたようだ。


「そうでも無いわ。あの子は……少し貴族主義というのかしら?身分に固執しているところがあったの。ただ貴族として生きるのならそれでもいいけれど、領主になるにはその価値観は相応しく無いわ」


「そういやセリアーナ様は、救護院とかに顔を出していましたね」


リアーナでは治安の問題でほとんど屋敷で過ごしているが、この街にいた頃は慰問だなんだであちらこちらに顔を出していた。

だからこそ、婚約や結婚の時など住民が総出で祝っていた。

たまに商人を弄っている時もあるが、ああ見えてただの意地悪なねーちゃんじゃない。


「そう。娘はこちらが何もしなくても、自覚をもって勝手に育っていたけれど……。矯正するなら早い方がいいでしょう?でも、私達がしなくても貴族学院でしっかり学んだようね。」


「……そですね」


まぁ、選民意識を持った領主なんて平民にとっては碌なもんじゃ無いだろう。

そこを危惧するのは当然かもしれない。


……ただ、この人達はちょっと採点が辛すぎると思う。

この人達は基準がセリアーナなんだよな。

一つしか離れていない姉があんなんじゃ、対抗意識で姉とは違うように振舞おうと考えても無理は無いと思う。


セリアーナが学院に通っていたのと合わせて2年程離れていたし、それが良かったんじゃなかろうか?



「姫、料理をお持ちしました」


テレサが皿に料理を乗せこちらにやって来た。

話が一区切りついたちょうどいいタイミングだけれど、待ってたのかな?


この会は形式としては立食パーティーだが、広間の隅には腰を下ろして休憩できるスペースがある。

俺とミネアさん侍女のジーナに彼女付きの使用人達がそこに陣取っている。

他にも何組かの貴族らしき女性達がいるが……こちら、と言うより俺の様子を伺っているが、声をかけてこようとはしない。


「アレでいいんですか?」


そちらに視線をやり、テレサの持って来た、キッシュらしき物を食べながらミネアさんに訊ねた。


出席するだけでいいとは言われていたが、開始の挨拶以来俺はマジでここに座っているだけだ。

最初はテレサが隣に控えていて、ミネアさんがやって来てからはずっと彼女の膝の上だ。


時折こちらに視線が送られて来るが、それで何かあるという事も無い。


俺が気にする事じゃ無いんだろうけれど、だんだん不安になってきた。


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【本文】

「心配いらないわ。彼女達の目的は貴方を見る事よ」


「うん?」


俺の不安を払拭するかのような気軽な口調だが……どういうことだ?


「貴方がゼルキスにいた頃に施療を受けた者もいるけれど、彼女達はまだ受けられていないの」


「言われてみれば確かに……向こうの方に見た事ある人達がいるね」


会場内でいくつかのグループに分かれて話をしているが、そちらに俺がこの屋敷で施療を行った女性達がいる。

何やら持て囃されているが……まぁ、立食パーティーのあるべき姿ではあるな。


「セリアーナの言う事しか聞かないと思われている貴方を、アイゼンはパーティーに出席させる事が出来て、その上私との関係も良好……。貴方はリアーナに籍を移しているけれど、今回の様にゼルキスにも気軽に訪れる事が出来るのなら、自分達にもまだまだ機会があるかもしれない……そう考えているのでしょうね」


「あぁ……」


ミネアさんは俺を見に来たと言ったが、正確にはミュラー家に構われる俺を見に来ているんだな……。

セリアーナがこの屋敷にいた頃、人と会う時に俺を同席させ、わがまま……と言うよりは無礼な振る舞いをさせていた効果がこんなところにも表れるとは……もしかして最初から今の状況を想定していたのかな?


「ふむむ……おや?」


上手い事使われてしまったなと唸っていると、こちらを見ている人垣が割れたと思ったら、アイゼンが従者を連れてやって来た。

出席者達に挨拶をしていたはずだが……終わったのかな?


「抜け出て来ていいのかしら?挨拶は済ませたの?」


「奥方達にはまだですが、一通り挨拶をしてきました。セラは楽しん……ではいないようだな。酒はまだ飲めない歳か……何か食べているか?」


ミネアさんと一言二言言葉を交わしたかと思うと、今一不格好ではあるが俺を気遣う様な事を言ってきた……珍しい。


「食べてますよー」


食べているというよりは、わんこそばみたく口が空になると、テレサにひょいひょい皿の上の料理を突っ込まれている。

話の合間合間にいいタイミングで突っ込まれているからか、普段少食だが今日はしっかり食べている気がする。


「……そんな菓子の様なもので腹に溜まるのか?しっかりしたものを食べないと大きくならないぞ?」


……いつもより食べているのだが、育ち盛りの男子から見ればそうは思わなかったようだ。

今日俺が着ている服はルシアナのお下がりだし、それがより一層小さいって印象を強めるんだろう。


「セラさん、小食ですものね……。まぁ、そこはセリアーナも考えるでしょう。それよりもアイゼン、貴方はどんなことを話してきたの?お母様に教えて頂戴」


ミネアさんの言葉を受け、アイゼンは、そうですねと少し思案してから話し始めた。


会話した主な相手は貴族と有力商人だったそうだ。


貴族とは、任されている街の警備や訓練、周辺の騎士の巡回についてだったり、冒険者ギルドとの連携についてを話し、商人とは、領地間だったり各街間だったりを移動する際の護衛を選ぶ基準や魔物への対処法についてあれこれ話したらしい。


本人はいい話を聞けたと満足気だが……ミネアさんは深いため息をついている。

振り向いて顔を見るわけにもいかないが、何となくどんな顔をしているかも想像つくな……。


「貴方が騎士に思い入れがある事は王都でもわかってはいたけれど……」


そのミネアさんの反応に心外といった様子のアイゼンだが、これは俺でも流石にやらかしてるなってのがわかる。


「皆快く話してくれましたが、何か不味かったのでしょうか……?」


アイゼンとその従者は不安気に顔を見合わせているが、何をやらかしたのかはわかっていない様だ。


「貴方の話したいことを話してどうするの……?お友達同士じゃないのだし、貴方は話を聞く側よ?」


自分の話したい事を話すのに夢中になって、相手を置いてけぼりにする……オタクにありがちなやらかしだ。


今回アイゼンはホスト側で、わざわざここまで足を運んできてくれた者達をもてなさないといけない。

親父さんが側についていたし、何かしらフォローは入れてあるはずだろうが、ミネアさん的には査定にマイナスが付くだろう。

俺を出席させるというミッションはクリアしているが、それはセリアーナの力も大きいし、この事は含まれないはずだ。


ドンマイ、アイゼン君。


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【本文】

「テレサさん、貴方は明日も商人ギルドの会合に出向くのかしら?」


「その予定です。騎士団とも話を進めたいとは思っていますが、折角今は領地中から集まっているわけですし、今回の滞在期間はそちらを優先しようかと思っています。……何かありますか?」


項垂れるアイゼン達をそのままに、話を始める二人。


「邪魔にならなければ、アイゼンを同行させてもらえないかしら?いい勉強になると思うの……」


「アイゼン殿をですか?……こちらの用件を優先しますし、何かを教えるという事はしませんがそれでよろしいのでしたら……」


「ええ。それで構いません。アイゼン、聞きましたね?」


「は……はいっ。テレサ殿よろしくお願いします」


急遽明日からテレサに同行する事が決まってしまったアイゼンは、戸惑いつつも何とか返事をした。

こういう風に話をポンポン進めていくところはセリアーナに似ている……いや、セリアーナが似ているのかな?


商人ギルドの会合は参加した事無いけれど、俺も冒険者ギルドの会合に何度か出席したことがある。

真面目に仕事の話をしながらも、ちょくちょく話が関係無い方向へ行ったりもしていた。

で、出席者の中で一番身分の高い者が仕切り役を務める事が多いそうだ。


もちろん代理に任せる事もあるだろうが、いずれはアイゼンもやる事になるだろうし、テレサから学ぶのもいい経験になるだろう。


「結構。では貴方も掛けなさい。いつまでも立ったままでは周りに変に思われますよ?」


ここでようやくミネアさんは隣の席を指し着席を促した。


うん……5分位とは言え立たされているみたいな雰囲気だったからな。

膝に乗せられ、料理を横から口に突っ込まれている俺のアホっぽさの方が目立っていたが、次期領主的にはあまりよろしくない光景だった。

彼もそれを感じていたのか、ホッとしたような表情を浮かべ席に着いた。


今まで俺達しかいなかった休憩エリアにアイゼンも加わった事で、彼に挨拶をしようと今まで遠巻きにしていた者達がやって来て、中々の賑わいを見せている。

脇から眺めているが、先程指摘された点を注意しながら、相手の話を聞いて会話を転がそうとしているのがわかる。


如何せん話題の引き出しが少なく、年上のおばさん相手に間を持たせるなんていきなりは難しいだろうが、何とか様になっているあたり、貴族の教育レベルの高さがうかがえる。


……俺じゃ天気の話に逃げちゃうな。



「テレサさんは厳しい方かしら?それとも甘い方?」


苦戦しつつも応対に奮闘するアイゼンを横目に、2人は何やら教育論を繰り広げている。

伯爵夫妻は家庭教師に一任するっていう、貴族の一般的な教育方針らしい。


ちなみにセリアーナは自分でエレナを引っ張ってきて、勝手に育った結果ああなったそうだ。

エレナは能力は高いが常識人だし……神童とか天才児ってやつなんだろうか?


「私は厳しい方だと思いますよ?教育とは厳しく行うものだと親衛隊で教わりましたし、姫にもそう接しているつもりです」


「……俺相当甘やかされている気がするけど?」


何言ってんだこの人?


「お言葉ですが、私は決して姫を甘やかしているわけではありませんよ?」


テレサが即座に訂正を入れてくるが……先程から俺に料理を食べさせている姿を思えば、説得力はまるでないぞ?


「そうなの?あまりそうは思えないけれど……」


俺を膝の上に抱えているミネアさんもそう思ったようだが、テレサはそれにも反論した。


「私は今現在、侍女と副官の役に就いていますが、姫は仕事は完璧にこなしていますし、私生活でも咎められるようなことは何もしていませんよ?強いて言うなら食が細い事と寝起きが悪い事くらいですが……些細な事で叱る様な事ではありません」


「…………⁉」


「そう言われるとそうね……。ここにいた頃もダンジョン探索をしながら屋敷の仕事の手伝いもしていたし……」


テレサの言葉に驚く俺とミネアさん。

そして、テレサはさらに続ける。


「姫は動く時間が短いだけで、仕事の成果に関しては文句無しです。セリアーナ様はもちろん、リーゼル様を始め、誰もがそれは認めているのですよ」


そう言えば俺の仕事って事務方の頭脳労働じゃ無くて、切った張ったの脳筋組だった……。

狩りや聖貨稼ぎが楽しくて忘れていたが、あれも立派な仕事だったな。


……俺……優秀じゃないか?

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