第113話

281


【本文】

ダンジョンから脱出し冒険者ギルドの地上階に上がり窓から外を見ると、もうすでに薄暗くなっている。

大分長時間潜っていたな……。


そして、地上部分のホールには朝とはメンバーが入れ替わっているが、たむろする冒険者の姿が。

上層、浅瀬と通ってきたが、狩りをする冒険者の姿は減っていた。

時間が経っているし、狩りを終えて帰還したんだろう。

ってことは、ここにいる彼等は探索の関係者では無くて、依頼待ちかなんかかな?


「おうセラ。随分長かったな」


ホールにたむろする冒険者達を眺めていると、受付の窓口から出て来た支部長に声をかけられた。

いつもは1時間そこらなのに今日は違ったし、気になったんだろう。


「今日は時間制限が無かったからね。じっくり狩りをして来たよ……あ、そうだ」


「どうした?」


「少し話したいことがあるんだけど、いいかな?」


「おう……場所移るか?」


「……そうだね。まぁ大した事じゃ無いけど」


「なら部屋でいいか。……おい少し空けるから代わりを頼む」


受付の奥に向かってそう言い放つと、支部長室に向かって歩き始め、俺も後をついて行った。

話が早いのは有難いが……そこまで大したことじゃないのが申し訳ない。


「散らかっていて悪いな」


「そんな事無いよ」


部屋に着くなりそう言ったが……確かに部屋の隅に何かの荷が積まれたりしているが、リアーナの冒険者ギルド支部長の部屋に比べたら綺麗なもんだ。


「で?ダンジョンに何か異常でもあったか?」


「いや……異常じゃ無いって事を伝えたくてね。【ダンレムの糸】って知ってる?」


「ダンレム……?西部のどこかにダンレムを冠した傭兵団がいるのは聞いた事があるが……。恩恵品か何かか?」


「おおっ!凄い!」


話の枕にととりあえず言ってみただけだが、恩恵品に行きつくのはともかく、関わることの無い西部の対人専門の傭兵団の事もしっかりチェックしているのか、傭兵団の事を知っていたのは見事だ。


「ちょっと失礼して……よっと」


それなら話が進めやすい。

まずは【ダンレムの糸】を発動し、弓を出現させた。

そして、持ち上げ続ける事は出来るわけもなく、床にドンっ!と音を立てて落下した。


「⁉」


突如現れた弓の大きさと、落下音から推測できる重量。

それに驚く支部長。

まぁ、これは見てもらう為だけに出したからすぐに戻す。


「い……今のが【ダンレムの糸】ってやつか?随分力の要りそうな弓だったな……」


「そうそう。見た目通り重たい弓なんだけど、凄い威力の矢を撃てるんだよね。中層のオーガを一撃で倒して、ダンジョンの地面とか壁とか抉れるほどの……」


「はーん……そりゃ凄いな……。ん?話ってのはそれの事か?自慢したいってわけじゃ無いんだろう?」


流石に冒険者ギルドの支部長の地位にいるだけあって、初見のアイテムにも多少驚きはしたものの、すぐに落ち着きを取り戻した。

そして結局何の話をしたいんだ?と聞いて来た。


「今日……中層入り口のオーガの群れがいる広間でコレを使ってずっと狩りしてたんだけど……地面とか壁を大分壊しちゃったんだよね」


どういう仕組みかわからないが、ダンジョンは内部の壁や地面を壊しても時間が経てば元に戻っている。

ただ短時間とはいかず、今日の破壊痕は大体2時間位直るのにかかっていた。


幸い今日は中層に立ち入る冒険者はいなかったが、アレを見たら魔人でも暴れたのか?と勘違いさせてしまいかねない。

俺も最初は弓の使い道を考えるのに夢中でそっちまで気が回らなかったが、帰り道にふとエライ事やっちまったんじゃないかと不安になり、相談することにしたわけだ。


「つまり、ダンジョン内の破壊痕を気にしないよう通達すればいいんだな?」


皆まで話さずともしっかり理解してくれる支部長。

ひょっとして似たような事例があったんだろうか?


「まあ……お前なら探索届に記した範囲以内しか動かないだろうが……その恩恵品の事を伝えることになるんだが、いいんだな?」


「うん。弓の事だけなら問題無いよ」


アイテムやスキルは示威の為に堂々と見せびらかす者もいれば、切り札として徹底して秘匿する者もいる。

俺は両方だったりするが……【ダンレムの糸】は目立つから、使ってるところを見られたら何をしているのか一目でわかる。

下手に隠して後でバレたらこの街の冒険者達に不信感を持たれるかもしれないし、ここはしっかりと開示しておこう。


「そうか……わかった。まあうまく考えておくから任せておけ」


頼もしいお言葉だ。

丸投げになるが、ここは彼に任せてしまおう!


282


【本文】

ゼルキスにやって来て早三日。

昨日に続いて今日も俺はダンジョンでの狩りを堪能した。


何となく中層まで行く冒険者の数が少ない気がしていたのだが、気のせいでは無かったらしい。

本来ダンジョンがあるこの街では、季節や天候はあまり関係無いはずなのだが、リアーナ領が出来た事で、その間職人達が出稼ぎにリアーナに出向くため、何となくベテラン勢もその間は休む事になったらしい。

といっても今年からなのだが……。


新しく公爵領という形になったとはいえ、昔からある街なのに旧ルトルはどれだけ蔑ろにされていたんだろうか……。


まぁ、そのお陰で俺はいわば狩場の独占を出来た。

文句は言えないな。


さて、そんな三日目の夜の事。

俺達用に用意された部屋でゴロゴロしていたところ、親父さんの部屋に呼び出された。


「なんだろうね?」


支部長経由でアイテムの事が伝わったのかも?と一瞬考えたが、その事で呼び出されるのなら俺だけだろうし……。


「私も心当たりはありません。昨日今日と商人や職人ギルドの者と話はしましたが、ゼルキスの利益に触る様な事でもありませんし……」


この呼び出しに思い当たるふしも無く、部屋に向かう道すがらテレサに訊ねるが、彼女も同様で首を傾げている。

呼びに来た時の雰囲気から、緊迫したものは感じられなかったし、だからこそわからない。


「まぁ、話を聞けばわかるか」


少なくとも悪い扱いはされないだろう。



「やあ、呼び出して悪かったね。かけてくれ」


部屋に着くと、親父さんはそう言い俺達に着席を促した。


部屋の中には親父さんと、執事のリチャード。

これはいつもの事だが、それに加えてアイゼンとその従者もいる。

息子だし父親の部屋にいること自体は別におかしいとは思わないが、彼がいる時に俺を呼ぶってのはどういう事だろう?


「セラはダンジョン探索は順調かい?支部長から面白い恩恵品を手に入れたと報告があったが……」


自分の席から俺達が座るソファーの向かいに移ってきた親父さんは、ダンジョン探索の進捗について訊ねてきた。

俺はそれに対して適当に答える。

アイゼン達がいるのが気になるが、本題はこれじゃ無いだろうし詳しく話す必要は無いだろう。


しばらくの間、狩りの具合やダンジョンの様子について話をした。

職人達がリアーナに出向いている事に触れた時はテレサも加わってきたが、特に当たり障りのない内容の会話が続いた。


「はっはっはっ。怪我も無いようだし順調な様で何よりだ。君に何かあると娘だけでは無く妻達からも叱られてしまうからね……。さて……セラ、君は明日は何か予定が入っているかな?この2日間朝からダンジョンに籠りっぱなしだろう?」


「はぁ……一応ダンジョンに潜る予定でしたけれど……」


ダンジョンの探索話が一段落したところで、親父さんは話の内容を切り替えてきた。

こっちが本題なんだろうけれど……ダンジョン探索の話から始まって、俺に何かあったら奥さんたちに叱られると続けたが……俺に屋内で何か頼みたいことでもあるのかな?


「父上、ここからは私が」


今まで一歩下がった場所に控えていたアイゼンが前に出てきた。

って事は、彼絡みの事なんだろうけれど……何じゃ?


「明日の昼に領内の貴族や有力商人を屋敷に招いての昼餐会が行われるんだ。君も屋敷で暮らしていたことがあるから知っているだろう?」


「はぁ……」


知らんが頷いておこう。

どうもアイゼンは俺がメイドの恰好をしていたから、普通に来客対応をしていたと思っている様だが……基本的に俺はセリアーナの部屋でゴロゴロしていただけだ。

この家の行事なんてほとんど知りはしない。


その気の無い返事にアイゼン自身は気にしていないようだが、彼の従者であるエールだかエイルだか覚えていないがそんな感じの名前の彼は、アイゼンのすぐ後ろから俺を睨んできた……が。


「っ⁉」


それに対抗したテレサの睨みに目をそらし、視線を下に向けている。

アイゼンと歳はほとんど変わらないだろうし、まだまだテレサに伍する器じゃないか。


「……テレサ」


「はい」


おまけに、とばっちりでアイゼンも顔を少し引きつらせている。

親父さんは全く動じていないあたり、アイゼンまだまだだな。

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