第109話

271


【本文】

夜の談話室での報告会。

雨季にさしかかる前から、皆外での活動を控えていたという事もあり少々久しぶりとなった。


今はアレクが昼間に冒険者ギルドで行われた会合について報告をしている。


しかし、猟師ギルドか。


森でかち合った時は猟師側に譲るように言われていたが、俺は領主側の人間だしそんなもんかな?と特に意識していなかったが、冒険者達と不仲だったんだな。

聞いた限り冒険者側に非がありそうだし、実際そうなんだと思う。


解消できたのは何よりだ。


「猟師ね……ジグ、貴方でも難しいの?」


アレクの報告が終わり、フィオーラが何となくと言った感じにジグハルトに訊ねた。


「難しいな。魔物なら俺でも追えるが、人間……それも隠れようとしている者をとなるとな。他の冒険者達もそうだと思うぞ?俺達は魔物の痕跡を追っているんであって、森の異常を見ているわけじゃないんだ。……セラなら追えるか?」


なるほどなー、と聞いていると話がこっちに飛んできた。

山や森で人探しか……。


「無理だね!空中で襲われると捌ける自信が無いよ」


俺は何時だって安全第一だ。


「そうね。お前が無理をする必要は無いわ。どうせここを目指しているのだしね」


セリアーナはそう言うと席から立ち、前に出た。

雨が降る中わざわざ会議に出向いた上に、この場で報告をしてくれたアレクには申し訳ないが、彼は前座で真打はこちら。


「話をする前に場所を変えましょう。セラ、皆を奥へお願い」


「ほい!」


返事をするなり壁際に移動する俺を見て、ジグハルト、フィオーラ、テレサの3人は奥?と首を傾げている。


「隠し部屋でもあるのか?」


「ま、いいからいいから。皆こっち来てね」


3人は怪訝な顔をしているが、セリアーナ達もう一組の3人が既に動いている事から、同じくこちらにやって来た。


「んじゃ、どーぞ」


壁に手をあて【隠れ家】を発動した。


「⁉」


突如現れたドア。

そして、そのドアに迷う事無く入っていくセリアーナ達にさらに驚いている。


うむうむ。


セリアーナ達は【隠れ家】を知ったのは、俺が潜んでいる事を既に知った状態だったからな……。

驚きはしていたが、どちらかと言うと地面から現れた怪しげな人間に対してだった。


別に驚かしたいわけじゃないが、【影の剣】以上に秘匿している【隠れ家】は人に見せる機会が全く無い。

こうも驚いてくれると披露した甲斐があるってもんだ!



【隠れ家】に入った3人は、入る前も十分驚いていたが、さらに驚いていた。


まぁ、何も無い壁にドアが現れたと思ったら中に入る事が出来、入ったら入ったで夜のはずなのに中は明るく、見たことの無い訳の分からない物が溢れているんだ。


無理もない。


その3人にアレクが【隠れ家】内の説明をしている間、俺とエレナはキッチンでお茶の用意をしている。

驚きつつもテレサはこちらの手伝いに来ようとしていたが、そこは大人しく案内されてもらっている。


「食器……何となく買い集めてて良かったね」


「本当だね。私達以外にもココを利用する人が増えるとは思わなかったけれど……何があるかわからないね」


今までここを利用していたのは4人で、もちろん各々専用の食器を用意してある。

ただ、今までの何度かの移動の際や、たまにやって来る王都からの商人達の商品に入っている木製や陶器、磁器。

何かの骨や金属を用いた食器や調理用具で目についた物を、セリアーナはまとめてポンポン買い取っていた。


ここの利用人数が今日一気に3人増えることになったが、問題無い。

余裕で賄えてしまう。


「運ぶね」


「お願い。こぼさない様にね」


「へーい」


カップや皿を載せたお盆を持ってリビングに向かうと、いつもの席に座るセリアーナと、案内を終えた4人の姿があった。

まぁ、案内と言っても、広さはそれなりだが元の1LDKに追加された1ルームしかない。

説明なんて精々トイレ位で、すぐに終わるか……。


「そうか……座る席が足りないのか……」


女性陣はソファーに、そして男性陣は床に座っている。


元々あまり客を呼ばない1人暮らしの部屋だ。

リビングには応接セットとしてまとめて買ったソファー等が設置してあるが、詰めても5人がいい所。

盲点だった。


今度買い足しておくかな。


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【本文】

3人に向けて、セリアーナが【隠れ家】の機能を説明しているが……3人はもちろん、アレクとエレナ、そして俺も一緒に聞いている。

改めて人から説明されると、【隠れ家】の便利さを再認識させられる。

【浮き玉】と【影の剣】も初期から使っているが、順番が違っていたら人生が全くの別物になっていただろう。


……ありがたや。

そしてこの部屋を買った前世の俺……グッジョブだ。


と、前世の自分を讃えていると、説明を終えたセリアーナが今度は質問に答えている。


それにしても、無茶苦茶詳しいな。

【隠れ家】の機能はもちろん備え付けの家具についても俺と同等か、もしくはそれ以上……いつの間にここまで。


「……奥様が姫をゼルキスに気軽に送り出した理由がわかりました。道中の代官の屋敷で休憩させると言っていましたが、ここを利用したのですね」


「そういうこと。ごめんなさいね?この加護は悪用しようと思えばいくらでも出来るし、あまり広めたいものでは無いから伝える機会を伺っていたのだけれど、中々無くて……」


と3人に謝るセリアーナ。

結婚前はともかく、今はこのメンツだけで集まるとなると談話室位しか無理だからな……どうしても機会が限られて来る。

ただ……俺はそれだけじゃ無く、3人の値踏みをするのに時間をかけていたんだと思っている。

このねーちゃんはそういう奴だ。

そして、当の3人も何となくそれには気付いているだろう。


何とも面倒臭い。


「まあいいさ。それよりも、俺達にこの事を伝えたって事は何か考えがあるんだろう?聞かせてくれ」


セリアーナに先を促すジグハルト。

他の2人もだが、特に気にした様子は無いし、こういうのはよくある事なのかもしれない。


「ええ。まずはテレサ。セラが雨季明けにゼルキスに向かうのだけれどそれに同行して頂戴。セラがダンジョンに潜っている間、こちらとの連携について協議して欲しいの。貴方ならできるでしょう?」


「構いませんが……移動はどうするのでしょう?」


それはもう決まっている。


「テレサが【浮き玉】に乗って俺を抱えてくれたらいいよ」


「……よろしいのですか?」


俺の提案に驚くテレサ。


話の流れから読めそうなものだけれど、アレクに【ダンレムの糸】を渡した時もそうだったが、この世界の常識では明確な主従関係の無いもの同士のアイテムのやり取りってのは相当イレギュラーなんだろう。


俺とテレサは上司と部下ではあるけれど、主従関係では無い。

むしろ身分はテレサの方が上だ。


「よろしいのですよ。その代わり夜の移動は任せるよ?俺は眠ってるかもしれないから、抱えながらだよ?」


高速移動は昼間は無理だし、かといって夜に移動するにはまた昼夜逆転しなければいけない。

セリアーナともその事について話をしたが、その結論がテレサも連れて行く、だった。

ゴーグルの注文も済ましてあるし、彼女には頑張ってもらいたい。


「……お任せください」


それを聞き、フッと笑みを浮かべ応えるテレサ。

別に笑いを取るためにそんな言い方をしたわけじゃ無いんだが……まぁいいか。


「そしてジグハルト。私にも届いているけれど、魔王種の行動範囲をある程度絞れたのでしょう?」


「あ?ああ……まあ、何体かはな。と言ってもまだ大した事無いぞ?山1つ森一つ……精々それ位だ」


魔王……。


この街に結界を貼るのに必要になるのだが、今はまだ入手できていない。

街の規模も大きくなってきているし、今のただの壁のままだと危険が多くあまりよろしくない。


いざとなれば王家経由で他所の魔王の素材を融通してもらえるそうだが、やはり現地産の方が相性がいい様で、冒険者達が調査を行っている。

捕捉できたって情報は聞いていないが、ある程度近づけてはいるのかー……。


「結構。簡単にだけれど手順を聞いているわ。魔王の追い込みと周辺の魔物の接近を防ぐ隊が2つと、直接戦闘をする隊が1つに分けるそうね。魔王と直接対峙するのは貴方を含む少数になるのでしょう?ココを使う事を前提にしていいわ」


セリアーナは床を指差しながらそう言った。


……ここを使うって事はもしかして、俺も参戦するのかな?


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【本文】

「ね、魔王種の素材が必要なのはわかるし、それを自分達で揃えたいってのもわかるけれど……どんな風に倒すの?話聞いてると何か俺も参加することになりそうなんだけれど……」


俺……マジで雑魚専なんだぞ?


「この加護の存在は今日知ったが、それでもお前は元々参加予定に入ってたぜ?」


驚愕の情報に愕然とする俺を見てジグハルトは笑っている。

そりゃ見学出来るならしたいとは思っていたが、自分も参加するとなると……。


「安心しなさい。貴方に期待している役割は上空からの支援と他の部隊への連絡よ」


と、フィオーラがなだめる様に言って来た。


「倒すだけなら俺とフィオだけで十分なんだが、何といっても魔境の魔王種だからな……。他所の魔王種よりはタフだろうし、もしかしたら止めを刺す前に逃げられるかもしれない。そうならない様に騎士団の力を借りるんだ。ただ、互いに距離が開いているし周辺の魔物の対処もある。だからその部隊間の連携をお前に任せたかったんだ」


「……ほう」


なるほど……。

確かにどこで戦うかは知らないが、どうせ山か森の中だろう。

馬なんかより俺が部隊間を飛び回るのが速いし確実だ。


「それはわかったけれど……倒すのは2人で出来るんだね」


当然の様に言っているが、危惧している事が自分達がやられる事じゃなくて逃げられる事って時点で、なんか凄い……。


「まあな……だが、それはあくまで屋外で俺達のコンディションを維持できる範囲にいる、比較的弱い個体を対象にした場合だ。もちろんそれでも他所の魔王種よりは強力だが……ココを利用できるとなるともう少し格上を狙っていいかもしれないな……」


顎をさすりながらニヤリと笑うジグハルト。

あの顔は絶対少し上とかじゃなく、もっと冒険するような顔だ。


「人員もこの場の者なら好きに使っていいし、そこの判断は貴方に任せるわ。ただ、セラ。お前は参加するのはほぼ確定しているから、そのつもりでいなさい」


「……はーい」


俺が悩んでいる間に、すでに話は終わったとばかりにジグハルトはアレクを伴い別の部屋を見に行き、フィオーラは本棚を。

テレサはエレナとキッチンに向かい、セリアーナは席でお茶を飲んでと、めいめい自由にしている。


まぁ、領地の為には必要な事だし、他所に出て行く気も無い。

役割だって連絡係だ。

きっと危ない目にはあわないだろう。


……あわないよな?



「あれ?」


雨季も終わりにさしかかったある日。


南館からリーゼルの執務室がある本館に向けて、てくてく歩いていると階段を上って来るジグハルトとフィオーラに出くわした。

この時期は談話室や食堂で見かける事はあるが、こちらで顔を合わせるのは珍しい。


向こうは既に気付いていたようで「よう」と手を挙げてきた。


「こっちに来るのは珍しいね。どうかしたの?」


同じくこちらも手を挙げ、話しかける。


「少し調べたいものがあって、書庫を使いたいの。その許可を領主様にとりに行くところよ。貴方はどうしたの?歩いているなんて珍しいじゃない」


「今日はテレサが冒険者ギルドの会議に出席するから、【浮き玉】の練習も兼ねて貸してるんだ。で、オレは朝食済ませたところだよ」


2番隊の仕事として、アレクと一緒にテレサは朝から冒険者ギルドに出向いている。

馬車を使ってもいいのだが、屋根付きの通路で繋がっているのだし折角外に出るのだからと、昨晩のうちに【浮き玉】を貸している。

その為今日は屋敷を歩きで移動しているのだが、歩いている俺がよほど珍しいのか、会う人会う人ことごとくに驚かれてしまっている。


「……もう昼を大分過ぎているのだけれど?」


「起きて最初のご飯は朝食だよ……?」


呆れ顔のフィオーラに適当な答えを返す。


この体起こしに来る人がいないとマジで起きれないんだよな。

セリアーナは用事がある時以外は起こす事は無かったが、テレサは毎朝律儀に起こしに来る。

それに慣れて油断しきっていた……。


「朝飯でも昼飯でも何でもいいさ。お前も執務室へ行くんだろう?」


「おわっ⁉」


ジグハルトはひょいと片手で俺を抱え上げ肩に乗せると、執務室に向かい始めた。

行先は一緒なのに置いて行くのも気が咎めるが、俺の足に合わせる気も無いし……ってところかな?


「うん。よろしくー」


まぁ、理由は何であれ折角だし運んでもらおう!

ちょこちょこ練習にテレサに貸し出すだろうし、その間は人に運んでもらうのも有りだな!

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