第108話

268・アレクside


【本文】

秋の雨季に入り連日雨が降る中、外套も着ずに外を歩く。

どうにも落ち着かない。


「急ごしらえの割には思ったよりもいい仕事をしているな……」


精々雨を防ぐことと夜間に明かりを灯せる程度と思っていたが、いざ雨季ともなると頼もしい。

冒険者ギルドに続く屋根付きの通路を歩きながらそんな感想を持った。


ゼルキス領ルトルの街からリアーナ領領都になった事で、街の拡大と合わせて主要施設の改装改築が行われている。

施設間を繋ぐこの屋根付きの通路もその一環だ。

本来は冬の間に作業を進める予定だったが、夏頃判明した魔物の生息地の変化で冒険者の手が空いたこともあり、その作業に彼等をねじ込んだ。


今はまだ領主屋敷から冒険者ギルドを含む騎士団の施設だけだが、そのうち商業地区にも伸びていくだろう。

通路を時折すれ違う兵士達の敬礼に小さく手を上げ応えながら進み続けると、目的の冒険者ギルドに到着した。


扉を開き中へ入ると、いつも以上に多くの冒険者の姿が目に入った。


春の雨季でもそうだったが、その時よりもさらに増えている。

それだけ外から入って来る冒険者の数が増えている証拠だろうが、特に問題は起きていないし、当分の間は集める事を止めないだろう。


得意げな支部長とついでに対照的な表情のリックの姿が頭に浮かび、ついつい笑みがこぼれそうになるが、それを堪え奥へと進んでいくと、そこら中から名前や二つ名、そして隊長とからかい半分に声が飛んでくる。

一冒険者から彼等の纏め役に立場が変わったが、幸いと言っていいかはわからないが、距離感は変わっていない。


適当にあしらいながら足を進めていると、その中に混じる子供の集団に気付いた。

数は10人と少しで、騎士にでも向ける様な眼差しだった。


今まで特に意識していなかったが、確かにこの街での冒険者の立ち位置が変わってきている様だ。


支部長は笑いが止まらんだろうな……。



「おう。雨の中わざわざ足を運んでもらって悪いな。隊長殿」


全く悪いと思っていない様子で話しかけてくる支部長。

名目上自分の下についているし、公の場ではそう接してくるが、普段はこんなもんだ。


「通路が完成してなきゃこなかったさ」


肩を竦め言い返すと、大笑いをしている。


通路の設置作業での人員派遣で、この街がまだルトルだった頃からの負債もいろいろ返せたらしい。

冒険者の地位の向上も含めて、彼が頭を悩ませてきていた問題が大分解消している。


支部長から視線を外し部屋の中を見ると1番隊の副長アシュレイに、ザックと各ギルドの幹部達がいる。

簡単にだが今日の議題については聞いているので、ある程度予測は付いていた。

だが……。


「アンタが来ているのは少し驚いたよ」


部屋の隅に立つ歳は40半ば程の長い髪を後ろで束ねた男。

この街を始め領内の猟師達を束ねる猟師ギルドの長、マイルだ。


ここがゼルキス領だったころから、冒険者ギルドと猟師ギルドと、あまり良好な関係では無かったらしい。

恐らく冒険者が敬遠されていたんだろうが、街が襲撃されたりと緊急事態でもない限りは関わることは無かったそうだ。


「よく覚えていたな?」


意外そうな顔をしている。

彼と顔を合わせるのは俺がこの街に来た頃に挨拶をした時以来だから、1年半ってところか?


「なに……今までは魔物だけを狙う者が多過ぎたが、最近は冒険者達もマシになって来たからな。これならやっていけると考えたまでさ」


それを聞いた支部長はやや気まずそうな顔だが……無理もない。


獣は聖貨を落とさない。

マナーの悪い冒険者は、狩りの最中に出くわした獣を適当に痛めつけて追い払ったりする事もある。

手負いの獣は非常に厄介だ。

まして、ここは魔境がすぐ側にある。


本来なら冒険者ギルドが率先して咎めなければいけなかったが、街の防衛の要でもある冒険者との関係の悪化を恐れ強く出れなかったんだろう。

今の支部長は大分マシにやっていたが、それでも今までの積み重ねで、関係の改善には至らなかった。


「そうか……そりゃ助かるよ。これからの事を考えるとあんた達の力は欠かせないからな……」


何といってもこのリアーナ領の魔境を含む森や山の専門家だ。

俺達とはもっている知識量が違う。

マイル達猟師の協力が得られる事は非常に大きい。


269・アレクside


【本文】

「さてと……それじゃあ始めようか。お前さん達も仕事は山積みだろう?さっさと終わらせちまおう」


マイルとの話が終わったのを見計らい支部長が前に立ち話を切り出した。


今日の議題は、領内警備についてだ。

本来それは1番隊の任務で、通常1番隊によって街道沿いや領内の街や村の巡回は行われている。

それで問題無く領内の治安は保たれていたのだが、セラがミュラー伯爵から預かってきた情報で、少し事情が変わった。


無謀としか言えないが、街道から外れ人里を通らずゼルキス領からリアーナ領へ入り込もうとしている者がいる可能性が生まれた。

もしかしたら既に入り込んでいるかもしれない。


そうなって来ると、更なる侵入を防ぐ為にも、街道や人里だけでなく森や山も警戒が必要になる。

これは実力云々では無く経験の問題で1番隊では難しいだろう。


そこで2番隊や冒険者がそちらを代わりに行う事になった。


魔物との戦闘に関しては専門と言っていい為問題は無いが、こと痕跡探しとなると1番隊よりはマシといった程度なので、猟師ギルドの協力は非常に心強い。

他のギルドとも、他地域から入ってくる情報や護衛の選別で連携を取ることになる。

数年程度とは言え領内一体となる必要があるが、各々利権が絡む問題もあるのでどうなるかと思っていたが……この分では上手くいきそうだ。



会議は1時間もせずに終わった。


まあ、今回の件は領主からの命令では無く、あくまで冒険者ギルド支部長が音頭を取って、それぞれ出来る範囲で協力し合おうという緩いものだ。

だからこそ、騎士団本部では無く冒険者ギルドで会議が開かれている。

何人かは酒を手にしているが、そうでも無ければこういった事は出来ないな。


元々そうだったが更に砕けた雰囲気になりあちらこちらで雑談が始まっている。


「なあアシュレイさんよ。あんたの所の隊長さんは来ていないが、よかったのか?」


「ええ。今は通常任務で手一杯でしょうからね。来年の春以降人員が増えていきますが……まぁ、当分そのままです。私が今日ここにいるのも領主様への連絡役としてですので……」


リックでは無くアシュレイがこの場にやって来たことを不審に思う者もいれば……。


「なあ、来年以降も子供の冒険者指導を行うのか?」


「その予定だ。ダンジョンが開かれたらまた変わるかもしれないが……とりあえず来年は同じスケジュールで行うぞ。なんだ?子供……じゃ無いな。孫か?」


「ああ。領主様の所のあの娘が恩恵品を使ったそうじゃないか。その話をその場にいた子供に聞かされたらしくてな……自分も冒険者になるとか言い出したんだ。以前なら止めていたが……今の冒険者達なら悪くはないだろう?それに冒険者にならなくても、戦えるのならその方がいい」


支部長と商業ギルドの長達は冒険者見習いについて話をしている。


この街でも何人か恩恵品を所持している者はいるが、あの様に大っぴらに使われているのを見たのは初めてだったのだろう。

この部屋に来る前も広間で子供達の姿を見たが……、刺激になっただろうな。


「なあ、アレクシオ?」


「あ?」


俺に話しかけてきたのは、商業ギルドの幹部の1人だ。

確かこいつは食品を王都圏へ出荷していた。


「お前さん所のお嬢さんがゼルキス領都まで4日で行けると聞いたんだが……本当か?」


4日って事は……ゼルキス側からの情報か。


「まあな……。どこから聞いたんだ?」


「それは秘密だ……。それよりも、お嬢さんに依頼を出したりは出来るのか?」


「出来はするが、セラへの依頼は全てセリアーナ様が窓口になっているぞ?おまけにあいつは金に困っていないから、必要以上に働こうとも考えないしな……」


「そうか……。まあ、ともかく4日で行けるのは確かなんだな?」


セリアーナの名を出した事で諦めるかと思ったが、存外粘る。


「まあな……。何を依頼したいのかは知らんが、あいつは形式上リアーナ領の騎士だからな。手紙にせよ荷物にせよ何か運ばせるのなら、先に中身はこちらで検めるぞ?」


「む……、そうか……。わかった」


わざわざ俺に話を聞くくらいだし、犯罪って事は無いんだろうが……、あまり綺麗な内容では無かったのかもしれない。

ただでさえ商人はなんら問題の無いような手紙でも、中を見られる事を嫌うからな。


猶更だろう。

セリアーナにテレサまでいるし、変な話にそうそう乗ることは無いだろうが、一応俺も気を付けておこう。


270・アレクside


【本文】

あの後、支部長室は本格的に酒盛りが始まりそうだったので、俺とアシュレイは辞去した。

俺もだがこいつも屋敷に戻る様なので一緒にいるが、二人きりと言うのも初めてだ。

この際だ……聞きたいことを聞いておこう。


「リックはどうなんだ?使い物になるか?」


曖昧な聞き方になってしまったが、それでも伝わったようでアシュレイが口を開いた。


「隊長か?そうだな……5年10年もすればものになるんじゃないか?今はまだ駄目だな」


「辛辣だな……。夏の巡回などでもだが評判は悪くないぞ?」


「彼が今あの地位にいるのは家柄と騎士団での勤務態度……後は学院での評価か?要は騎士としてまだ何も手柄を立てていないのに隊長という地位にいる事が自分で納得できていないんだ。にもかかわらず断る事が出来なかった事も含めてな」


「気持ちはわからなくはないが、面倒なやつだな……」


それを聞き、クッと堪えるように笑うアシュレイ。


「能力自体はあるからな。リアーナでの騎士の役割はまだ当分魔物相手になるから、その間に成長してもらうつもりだ。それでも駄目だったら、その時は私が就くさ」


「最初からお前が就いておけば……ああ……お前は親父の跡を継ぐのか?」


リーゼル付きで現リセリア家の家宰カロス。

その息子だったな……。


「そうだ。次代の為に組織を盤石にする事が今の私の役目だ」


セリアーナ様は冒険者を自勢力に取り込んでいる。

リーゼル様は代わりに騎士団をか……それでもバランスはセリアーナ様に大分傾いている。


「なるほど……そりゃリックに成長してもらわないとな」


「なに……後数年もすれば手柄を上げる機会が来る。それで少しは落ち着いてくれるさ。それまではお前にも少し面倒をかけるかもしれないが……」


「わかった。ま、その程度なら適当にあしらっておくさ」


機会さえ来れば問題無いと言える程度には実力を信頼している様だ。

それなら俺が口を出す事では無い。



セラside


「ふぬっ!……ぬぬぬぬっ……。ふぅ」


【ダンレムの糸】を発動し、弦を引き、そして発射前に解除した。

これで10回連続成功だ!


「姫、お見事です」


一息ついた俺を、テレサがすかさずヨイショしてくる。


「本当ね。てっきり潰されるお前が見れるかと思ってわざわざ地下までやって来たのに……残念だわ」


セリアーナが冗談を言うようにでは無く心底がっかりした様子で言った。


「確かにそれなら君でも扱えるか……複数の恩恵品を持つ君ならではだね。よく思いついたもんだよ……」


そして感心するように言うエレナ。


ここは領主屋敷の中庭の地下だ。

縦横ともに100メートル程の広い空間で、領主側の人間専用の訓練所になっている。

他にもここからあちらこちらの外の施設に通路が繋がっているそうだが、まだ工事中の箇所も多く俺も詳細は知らされていない。


まぁ、それはさておき【ダンレムの糸】だ。

大きいし重たいしで、普通の弓の様に使うのは俺には到底無理だった。

構える事も引く事も出来なかった。


だが、幸い俺には【浮き玉】がある。

弓を地面に置き、宙に浮いた状態の俺が上端を両手で支える事で直立させることが出来た。

そして、まずは左足を弓にあてたまま、発動させる。

そうすると弦が現れるが、腕はもちろん足でも力が足りず引く事は出来なかった。


そこで【緋蜂の針】を発動する。

発動した右足で弦を蹴る事で、引いたのと同じ状態にする事が出来た。


これが普通の弓なら矢をつがえる必要があるが、そこはファンタジーアイテム。

弦を引ききりさえすれば勝手に魔力の矢がセットされて、いつでも射れる状態になる。


【浮き玉】に乗り両腕を伸ばし弓を支え、さらに両足を180度開脚する事で射る、と自分でも間抜けな格好だとは思うが、これなら俺でも扱える。

どうせ移動しながらは無理なのだから、いっそ開き直って固定砲台に!だ。


射る前に発動を解除すれば、10分待たなくてもまたすぐに使える為、練習もばっちり出来た。

地下とは言えこの威力を屋内で試すのは危険すぎるからまだ実際に射った事は無いが、まぁ、お楽しみは雨季明けのゼルキスダンジョンまで我慢だ!

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