第107話
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【本文】
【ダンレムの糸】
全長は2メートルと少しで重さは50キロ程の長弓だ。
発動すると弦が現れ、それを引くと光の矢がつがえられる。
一射撃つごとに10分の、謂わばチャージ時間を要するが、その威力は非常に高く、光の矢が一直線に……まさに糸を引いたかのように突き進む。
ネックはその重さと引きの強さだ。
【祈り】を使わなければアレクですら相当きつかったらしい。
威力は凄いんだが、最前線に立って指揮もするしあまり彼向きでは無かった。
使うか聞いてみたが、固辞された。
ジグハルトにも聞いてみたが、弓が引けなかったらカッコ悪いからと冗談めかして断られた。
……まぁ、あの人は自分で魔法撃った方が強いんだろうけれど、何というか大分使用者を選ぶアイテムだ。
とは言え、訓練場での試用は盛況に終わった。
周りで見ていた兵士はもちろん、冒険者見習の子供達にもいいモチベーションになったんだろう。
随分訓練も張り切っている様で、このまま行くと当初想定した10人を超える人数が残りそうだと、支部長が喜んでいた。
「おいっちにー!さんっしー!」
まぁ、ぶっちゃけそんな事はどうでも良いんだ。
この【ダンレムの糸】は念願の遠距離武器。
はっきり言って、弓として正規の使い方をするなら、とてもじゃないが俺には扱えない代物だが……腹案がある。
あまり行儀の良い使い方じゃ無いだろうが、他のアイテムと組み合わせる事で、俺もビームを撃てるようになる。
「にーにっ!さんっしー!」
その為にも柔軟だ!
リーゼルの執務室で皆が仕事を頑張っている中、俺も負けずにソファーの上でストレッチを頑張っていると、使用人がやって来た。
セリアーナ宛に荷物が届いたらしい。
「わかったわ。こちらに運んで頂戴」
「かしこまりました」
それを聞き一礼し部屋を出て行った。
「こちらに持って来させるのは珍しいね。何か重要な物かい?」
「大したものじゃ無いわ。注文は出していたのだけれど……王都から運ばせたから少し遅れてしまったの」
リーゼルの問いに肩を竦めるセリアーナ。
王都からか……たまにミネアさん経由で届く事があるけれどそれかな?
「休憩にしましょう」
そう言いセリアーナは席を立った。
◇
待つことしばし、俺の目の前の机に置かれたのは二つの木箱。
一つはパソコンのキーボードの様なサイズで、厚さは5センチ無いほどの長方形。
もう一つは10センチ程度の立方体。
箱自体にも模様が彫られ蓋には蝶番が付いていて、開ける様になっている。
ただの容器ってわけじゃなくて、部屋に飾られていてもおかしくない様な出来だ。
部屋の向こう側からリーゼル達も興味深げにこちらを見ている。
「セラ、そちらを開けなさい」
自分の席から応接エリアに移って来たセリアーナが、長方形の箱を指して言った。
「ほい」
びっくり箱じゃ無いよな?とドキドキしながら開けると、中にはカラフルな指輪が、一個二個……十個。
これ宝石箱か……?
「これは?」
「少し遅れたけれど、お前のよ」
俺の……。
「……誕生日か⁉」
つい先日俺は11歳になったが、それか!
一昨年はケープで去年は服を色々……何だかんだで毎年貰ってるな!
しかし指輪か……。
「ありがとう!……でもなんでこんなにたくさん?」
この2年、貰ったのは実用的なものばかりだ。
この指輪もただのオシャレ用って事は無いと思う。
「姫、手を」
セリアーナが答える前に、隣に座ったテレサが俺の手を取り指輪をはめた。
「あ、うん……んんっ⁉」
俺の手は小さいし指も細い。
【影の剣】や【琥珀の剣】はサイズが指に合わせて勝手に調整される。
だから、俺も着ける事が出来るが、普通の指輪だと難しい。
セリアーナもその事がわかっているのに何故?と思ったが……。
「この指輪……なに?」
今はめられた指輪……サイズが変わった。
最初はぶかぶかだったのに今は俺の指にぴったりだ。
「魔物の骨と腱で作られた魔道具よ。装着する者の指に合わせてサイズが変わるの。凄いでしょう?」
やや自慢げなセリアーナ。
「……いや、凄いと言えばこの上なく凄いけれど」
それに対して俺はわけわからんと言った顔で応えた。
正真正銘フリーサイズだ。
それもガチャ産じゃなくて、人の手で作り出したってんなら、驚異の技術だと思う。
……思うけれど……一体これをどうしろと……?
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【本文】
アイテムを装備している人差し指以外、親指も含めて全ての指に指輪がはめられた。
指輪は赤、青、黒、白……色だけでなく、模様や太さ、形状も違う。
今は嵌めていない残りの2個もそうだ。
「……これは王都の騎士団の識別証に似ているね。参考にしたのかい?」
向かいに座るセリアーナの隣にやって来たリーゼルが、指輪を見てそう言った。
「識別証……指輪が?」
色で見分けるのかな?
「そう。正確には中央騎士団だね。隊が2つのリアーナと違って、近衛隊や親衛隊の様な特殊な隊から、ウチと同じように1番隊2番隊と言った通常の隊もある。もっとも隊の数も隊員の数もずっと多い。だから自分達で見分けられるようにその隊の指輪をはめているんだよ」
「へー……」
そう言えば、騎士や親衛隊は別としても、王都で見た兵隊は皆同じ格好だった。
どれくらいの人数がいるのかはわからないが、大雑把にでも所属を見分ける何かを用意する方が、全員の顔と所属を記憶するよりは現実的だろう。
でも……。
「服の色とかでは見分けないの?そっちの方が簡単だろうけど……」
「隊によって役割も違うしその方が楽なんだろうけれど、住民にとっては騎士団の人間って事に変わりは無いからね。何かあった時に隊が違うからと通報を遠慮されては困るんだ。だから一目ではわからない様にしているし、そして見分け方の事も公表していない。もっとも事情通を名乗る者達はしっているがね」
「なるほど……」
中々行き届いた住民サービスじゃないか……。
「そして、その識別証が面白いのは、サイズを変えられる魔道具だって事だ」
「面白アイテムだとは思うけれど……それはまた何で?偽造防止とか?」
普通の指輪じゃ駄目なんだろうか?
宝石とかが付いているわけじゃないし、効果もサイズ調整だけとシンプルだが、それでも魔道具だ。
俺のその問いに、リーゼルはそれもあるけれど、と前置きし、苦笑しながら続けた。
「例えば僕とアレクシオ、指の太さが違うだろう?騎士団の者は騎士も兵士も皆鍛えてあるけれど、それでも差があるからね。一人一人に合わせては手間がかかるし、ある程度サイズを決めていても、上手く合っていなければ落としてしまう事もある。試行錯誤した結果、魔道具に行きついたんだ。幸い素材は王都圏で揃うから、新兵の訓練でついでに調達もしているんだよ」
工場での大量生産品とか無いからなー……効率を求めた結果が高級品になってしまったのか。
「王都に滞在していた時にその騎士団が注文を出している工房に制作させたの。思ったより時間がかかったけれど、テレサが用意した物も一緒に届いたし、結果的には良かったかしら?」
王都に滞在って事は、結婚式の頃か。
そんな前から用意してくれていたのか……。
こっちの指輪はセリアーナとして、もう一つの方はテレサかな?
「テレサも……わっ⁉」
「動かないで下さい」
何を用意してくれたのか訊ねようとしたところ、再び手を掴まれた。
もう指輪ははめたけれど……?
「……それは?」
言われた通りじっとしていると爪に何か黒い物をペタペタと……。
机の上に目をやれば、もう一つの方の箱が開けられていた。
中身は、香水のボトルの様な物で黒い液体が入っている。
「マニキュアよ。あまり塗らないけれど私もたまに塗っているでしょう?もっともそれは化粧用じゃ無いけれどね……」
確かにたまに赤とかピンクのを塗っているが……これは黒だ。
それも光沢の無いマットな。
「化粧じゃない……とな?」
「マニキュア代わりにもなりますが、これは爪や指先の修復薬です。平民で使用する者は少ないでしょうが楽師や親衛隊ではよく使われていましたよ。色も色々ありますが、これは薬草の灰と炭を練ったものだそうです」
既に右手を終え反対の左手の爪を塗りながらテレサが答えた。
「……へー。おや?」
塗り終えた右手の爪を見ると、【影の剣】をはめている人差し指の爪と同じ色な事に気付いた。
今までだと人差し指だけ指輪をはめ、おまけに爪が真っ黒だったから、あまり人に見せることは無いが目立っていた。
手を出すと大抵一度はそこに視線が行っていたからな……。
ところが全部の指に指輪をはめて爪を黒く塗れば、人差し指が目立たない。
……このためか?
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【本文】
「【影の剣】の事は知られていないけれど、お前が多くの恩恵品を持っている事を知っている者は多いわ。目端の利く者は少しでも装いに違和感があると、そこを警戒するの」
セリアーナの説明が続く。
右手の人差し指を立てているのは【影の剣】を模しているんだろう。
木を隠すなら……ってやつだな!
耳にも髪にも付けているし、さらに指に10個も着けているとは流石に思われないだろう。
【琥珀の剣】は俺が所持している事を特に隠していないし、【琥珀の剣】自体も護身用としてそれなりの知名度があるらしい。
だから指輪の有無を見るだろうが……。
「これだけやれば、ファッションと思われるのかな?……オレのセンスが誤解されそうだけれど……」
これなら爪は注目されても指輪は大丈夫そうだ。
箱に入ったままの残りの2個の指輪を見るが、どちらもストレート。
今はめている8個もだが、全体的にクラシックなデザインが多い。
「指輪のデザインを選んだのはエレナよ」
「ああ……ちょっとそんな気がした」
色合いに対して品が良いデザインだ。
「お前もこれから一人で外に出る事が増えるでしょう?ソレはお前が持っている武器の中で一番確実なのだから隠せている間はそうしておきなさい」
「ほい!」
しかし、マニキュアか……。
パンクかゴスロリか……俺の戦闘用の服も考えたらパンク寄りかな?
理由が理由だし黒なのはいいとして、これって毎日塗ったり落としたりするんだろうか?
わかんねぇ……。
◇
「こちら……ですか?」
馬車から降りたテレサは、ロブの店を見て少し驚いている。
この人も立派なお貴族様だが、王都圏でとは言え親衛隊として働いていたから、街を歩き自分で買い物に出る事くらいはあっただろう。
だが、ここの様な裏道の怪しげな店を利用したことは無かったのだろう。
「そう。ごめんくださーい!」
ここは俺が先陣を切ろうじゃないか。
「うるせぇっ‼目の前でデカい声出すなっ!」
「ぉぅっ……」
ドアを開け中に入るなり怒鳴られた。
まぁ、入ってすぐのところが作業台だからな。
今日もそこに座って、革を弄っている。
「ん?何だ今日は赤鬼はいないのか。誰だそっちの姉ちゃんは?」
顔を上げこちらを見たが、俺の後ろにいるのがアレクじゃ無い事に気付いたようだ。
「オレの副官のテレサ」
「リアーナ騎士団2番隊セラ副長付き副官のテレサ・ジュード・オーガスです。お見知りおきを」
テレサはツンと澄ました顔で、簡潔に名乗った。
「お……おう……」
貴族……それも領地持ちだ。
そんなのがいきなりやってきたら驚くよな。
「ここではオレの副官で侍女でもあるから、あまり気にしないでね?」
「そ……そうか……。ああ、まあわかったよ」
まだ少し動揺している様だが……、まぁいいか。
「あ、そんでさ、今日は作って貰いたいものがあるんだ」
「あ?ああ……まぁ、今はまだ余裕あるが……なんだ?」
もうすぐ雨季になる。
普段客がいないこの店も、雨季明けや冬になると武具の補修の仕事が入ったりと忙しくなる。
店に入った時に弄っていた革も、それに向けての準備だろう。
カウンターの奥を覗けば材料と思しきものが積まれている。
だが、まだ雨季に入る前の今ならまだ大丈夫なはずだ。
「こんなのを2個作って欲しいんだ」
そう言ってロブに渡したものは、ゴーグルのスケッチだ。
最初はスタイリッシュでカッコいい物を目指したのだが、何だかんだで実用性……特にレンズ部分を頑丈にと描き直していくと、最終的にスキー用のゴーグルみたいな物になってしまった。
まぁ、それを着けて人前に立つわけじゃないから別に良いんだが……。
「どれ……ああ、これなら鉱山で似たようなものが使われているぞ?それじゃ駄目なのか?」
「うん。それだとレンズ部分が脆くてね。もっと正面からの風に強い頑丈なやつにして欲しいんだ」
「ふん……まあ何とかなるか。ただレンズはウチじゃ扱わないから商業ギルドに依頼するから、その分余計にかかるぞ?」
「うん。お金は大丈夫!それよりも、いつ頃になりそうかな?雨季明けには必要になるんだけれど……」
雨季が明けたらゼルキスに行くからな……その時には出来ていて欲しい。
「ああ、問題無ぇよ。5日もすりゃ出来るだろう。完成したら屋敷に届けるが、それでいいな?」
「おおっ早い!それじゃ、お願い。……あ、蛇のマークは入れてね」
これは忘れちゃいけない!
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