第103話

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深夜……こんな時間に起きているのは以前攫われた時以来だろうか?

もうすぐ秋という事もあり、微かに虫の鳴き声も聞こえてくるが、それを除けば静かなものだ。


当たり前と言えば当たり前だが、窓から見える範囲に人影は無し。

屋敷の警備は手前の坂と門そして庭だけだしな……更に俺の恰好は黒のワンピースに黒のジャケットと黒ずくめで、これなら気付かれる事も無いだろう。


「セラ、確認よ。お前がまず優先するべきことは、誰にも気づかれない事。速さよりもそちらを第一に考える様に」


照明を落とした暗い部屋の中で、セリアーナが最終確認を行う。


「ほい!」


親父さんへのお届け物は封書だ。

大した事は書いていないそうだが、リアーナ領都・ゼルキス領都間の機密伝達の試験が今回の目的だ。

一応、伝令用の鳥は騎士団が飼育しているそうだが、魔物の多さを考えると実用的かどうかわからないらしい。


ただ、今回の場合は人間が相手の場合を想定しているみたいだし、もしかしたらいずれ起こるであろうセリアーナへの襲撃に備えての一環かもしれない。

リーゼルやオーギュスト、もちろんアレク達も知っているが、屋敷を警備する兵士はこの事を知らない。

……俺が今までこなしてきたお使いの中で一番重要かもしれないな。


「よっし……じゃ、行ってくるね」


「無理せず確実に、よ。行ってらっしゃい」


セリアーナの声を背に受け、窓から外へ。

そして一気に上昇した。



「ひゃー……!」


領都から出て、街道沿いに快調に西に向かって空を飛んでいるが、星の凄い事凄い事……。

北極星の様な動くことの無い星があるらしい。

ちょっと見てみたかったが、これじゃ見つけられそうも無いな。


それにしても、余裕のある状況で夜外に出る事なんて、何気に初めてじゃないか?


無駄にクルクルとロールとかもやってしまう。


後ろを向けば既に領都の明かりも見えなくなり、農場地帯も通り過ぎた。


大陸西部ならともかく、この国で夜に移動するのはよほどの腕利きでも命の危機を覚悟しなければいけないそうだ。

その為、地上には人の気配を感じない。

物語でよくある、焚火を焚いて夜を徹するってシーンはこの地域じゃ見られそうにない。


その代わり……魔物の姿はあちらこちらに見える。


いくつか通り過ぎた森にはもちろん、そこからあぶれた魔物もいたりする。

今も街道脇の草原にいる魔物の群れが、上空を結構な速度で移動中の俺に気付いたのか追って来ている。

昼間の様に森に近寄らなければいいとかそういう問題じゃない。

夜はどこにいても危ない。


一応今回の任務は誰にも見つからないことを最優先にしているから、発光する【緋蜂の針】と【妖精の瞳】は使えない。

アカメとシロジタで補っているが……対象の強さはわからない。


四つ足で群れを形成ときたら多分オオカミだと思うが、こいつらに遠距離攻撃手段は無い。

このまま無視し続けても問題無いんだろうが……後ろを追いかけられるのも鬱陶しいし、街や村の近くまで引っ張って行ったら、擦り付けてしまう事になる。


それはお飾りとは言え、この領地の騎士サマとしてどうだろう……。


「……ぶっちぎるか」


動物の狼は確か50キロ以上で走る事が出来、速度を落とせば長距離の追跡も可能だそうだ。

魔物ならさらに能力が上がっている。

それなら、これは無理だと諦める位の速度で一気に突き放す。


「……ふっ!」


息を一つ吐き、気合を入れるとグングン速度が上がり、それに合わせて風切り音も増していく。

引き離される事を悟ったのかオオカミ達が吠えているが、それも一気に遠ざかり、あっという間に聞こえなくなった。


俺の意思で出した最高速度は魔人相手に蹴りをかました時だ。

アレは100は出ていた。


セリアーナが王都で出したのは……もっと出ていたような気はするが、アレはノーカンにしよう。


この辺の地形は勾配があり、馬車での移動の時はあまり速度が出せなかったが、俺は地面では無く空を、それも上空数十メートルで、人目も無く前を遮るものは何も無い。

天候もよく、風も無い。

最高速度チャレンジにはもってこいだ!


……これは……出せるなっ!

最高速度!


しかし……速度はグングン上がるが、それに合わせて風の抵抗も増えていく。

顔の前に腕をかざし目を風から防いでいるが、これは結構きつい!

流石にバイクの様に風防を用意する事は出来ないが、今度ロブの店でゴーグルなんか作って貰うのもいいかもしれないな。

もちろん蛇のマーク入りだ!


257


東の空が明るんできた頃、ようやくゼルキス領領都の街壁が見えてきた。


ここまでのルートは真っ直ぐ一直線にとはいかなかった。

途中高くは無いが山があり、それを迂回するのに数キロ程回り込んだが……それ以外は街道に沿って移動した。


【隠れ家】での休憩を3度の合計1時間程したが……今は5時過ぎ頃か……?

出発したのが23時頃だったから、実質5時間そこらか。

メーターがある訳じゃないから体感になるが、それでも平均100キロは出ていたと思うから、500キロ程か?


確か、東京から京都がそれ位だった記憶がある。

どんだけ広いんだ……?


通常だと1週間かかるところを6時間そこらで踏破出来た事を喜ぶべきだろうか……?


「さーて……どうすっかな」


街壁の門はこの時間はまだ閉じているはずだ。

壁を越えてもいいし、なんなら検問の兵とは顔見知りだし、声をかけて通してもらってもいいが……今回の目的は誰にも見つからない事。


「むーん……」


この黒ずくめの恰好も、夜ならともかく明るくなってくるとむしろ逆効果だ。

まだ人の気配は無いが、あまりグズグズする訳にもいかない。


「夜を待つか」


この街、特に屋敷の警備の兵は訓練もいつも真面目に行っている。

空からの侵入にそうそう気づくとは思わないが、無理はいかん。


そう決め、領都から1キロほど離れた場所に降り、【隠れ家】を発動した。



モニターから外の様子を伺うと、既に真っ暗で人の気配は周囲に一切無し。

念を入れて数分監視を行うが、人はもちろん魔物もいない。


早朝【隠れ家】に入り、風呂や食事を済ませるとすぐに眠気がやって来た。

昼夜逆転していたのもあるが吹きっ晒しでの長時間の高速移動は、合間に休憩を取っていても堪えた様で、ベッドに入ると夜までぐっすりだった。


「さて……行くか」


再び黒ずくめの恰好に身を包み、気合を入れ【隠れ家】から一気に外に出た。


「ふう……」


この【隠れ家】から出入りする瞬間が一番怖い。

俺が地面に近づく事なんてそうそう無いからな……。

とは言えその緊張の一瞬も終わり、高度を上げ街の南側に向かう。


今日もよく晴れて星空が広がっているし、見つからないように気を付けなければ……。


街の東側は魔物に備え外への警戒が強いが、それ以外は主に内側に向いている。

そこが警備の穴だな。

まぁ、空から侵入するようなのが俺以外いるかどうかは疑問だがな!


ふふん、と少々浮かれ気分で街壁を越え、領主屋敷の敷地内に入り込む事に成功した。


庭には犬を連れた兵がいる為、見つからないだろうとは思うが念を入れて屋根の上から親父さんの部屋を目指そう。

流石に屋根の上なら人目に付く事も無いから【妖精の瞳】も安心して使える。

屋敷の中は大分好き勝手に移動していたが、屋根の上から部屋を見つける様な事は試した事無かったから、コレ抜きだと手こずったかもしれないな……。



部屋の窓から明かりが見えていたからまだ起きているのはわかっていた。

問題はどうやって中に入れてもらうかだったが、下手に姿を隠してノックだけしても、怪しまれてしまう。

かと言って中に聞こえる程の大きさで呼びかけても、警備の兵にも届いてしまうかもしれない。


と言う訳で、ここは窓の前に姿を晒してノックだ。

兵に見つからないように手早く済ませなければ……!


コンコンと窓枠を叩くと、部屋の中には一人だった事もあり、すぐに自ら窓を開け中へ入れてくれた。


「こんばんわー」


「うむ。よく来たね」


……全く驚くそぶりを見せなかった。

俺の事はもちろん知っているが、屋敷に滞在してそれも昼間とかならともかく夜中なのにだ。


「あの……ひょっとして気付いていました?」


上手くコソコソ潜入できた自信があったんだが……バレてたのかな?


「いや、驚いたよ。他の人間にはやらない方がいいかもしれないな」


事も無げに笑いながら答える親父さん。

そのまま執務机につくとこちらを見た。


「娘から、秋頃に使いを寄こすと手紙にあった。君の事だろう?」


セリアーナか……。


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「こちらを渡すようにと」


懐から封書を取り出し親父さんに手渡した。


「確かに。中身を読んでおくから君は楽にしておきなさい。食事が必要なら誰か呼ぶかい?」


「あ、大丈夫です。お構いなくー」


気を使ってくれてありがたいが、もう食事は済ませてある。

それよりも……。


「本棚見せてもらっていいですか?」


「構わないよ。重たいから気を付ける様に」


この部屋は何度か入ったことがあるが、いつも何かを報告しに入る位で中をゆっくり見る機会は無かった。

いい機会なので本棚を見せてもらうが……、資料だらけだ。


領内の魔物の分布に鉱山、農作物の収穫一覧に冒険者クランや戦士団の情報……。

あまり面白みが無いな。

強いて言うなら、領地開拓の歴史ってタイトルの本位か?


「君が楽しめそうな物は置いてないだろう?ここは客も通す場所だから、プライベートな物は別に置いてあるんだ」


「⁉」


確かに当たり障りが無いというか、領主の本棚ですっていかにもなラインナップだ。

本棚は人を表すって感じの言葉があるが、こういう場合は慎重さでも表しているんだろうか?


「そういえば、セリアーナ様も似たようなことしてましたね……」


親子だな……。



「さて、待たせたね」


手紙を読んでいたと思ったら何かを書き始め、それもようやく終わったようで、話しかけてきた。


「君は中身を知っているかい?」


セリアーナからの手紙をヒラヒラとこちらに見せながら聞いてくる。


「いえ、何も聞いていません」


「そうか。まあ大した事は書いていないが、君はアレクシオの隊の副長になったようだね。リアーナ領内では騎士待遇だそうじゃないか」


「はい。と言ってもお飾りでやる事と言ったら領主様やセリアーナ様への伝令みたいなものですが……」


「上に直接話を持って行くことが出来るのは十分役に立つよ。……さて、今回君が単独でこちらの領都までやって来れる事が確定した。……これを」


親父さんが先程まで書いていた何かを差し出してきた。


「えーと……」


要約すると、俺のゼルキス内での移動の自由を認めるという事が書かれている。


「以前からセリアーナとは話をしていたんだ。まだリアーナでダンジョンが開かれるまで2~3年はかかるだろう?その間君が退屈するだろうとね。一ヵ月か二ヶ月に一週間程度、こちらのダンジョンで腕が鈍らないように訓練をしていきなさい」


領都の側の森も稼げるし悪くは無いが、浅瀬より先に進むにはちょっと勇気がいるからな……。

同じ種類の魔物でも戦い方や強さにばらつきがあるし、一発貰ったらピンチになる俺はあまり冒険が出来ない場所だ。

ダンジョンなら、奥に行けば強さも賢さも上がっていくが、出てくる魔物は魔人は別としてもある程度計算できる。


「ありがたいですけど……いいんですか?」


変な真似をする気は毛頭ないが、領内の検問フリーパスだ。


「構わないさ。戻れば聞かされるだろうが、リアーナで何か起こった時にここまで情報を持ってくる事が君の役割でもある。ある程度互いの領地の勝手を知っておいた方がいいだろう?」


「確かに……」


この街にいた時もダンジョンに行くかたまに街に出るかくらいで、街の外に出る事はほとんど無かった。

地図で見た情報程度はもちろん頭に入っているが、それ以外は全くと言っていいほどだ。


今回は街道沿いに飛んできたけれど、リアーナで何か起こった時にゼルキスが何も起こっていないとも限らない。

その時街道沿いのルートが使えない可能性だってある。


「もっとも移動が自由と言うだけで、領内に留まる時はこの屋敷を利用してもらう。君はリアーナ領の騎士でもあるからね」


「ぉぅ……お世話になります」


「構わないさ。妻達も喜ぶだろう……そこは覚悟してくれよ」


「はい」


何年後になるかわからなかったダンジョン探索が出来るし、宿代と思えば安いもんだ。


「それと、ここに書かれている日付は4日前になっているが、実際はどれ位かかったんだい?セリアーナは2日程度と読んでいたが……」


あのねーちゃん、なんでまたそんな小細工を……。


「ふむ……いや、答えなくてもいい。恐らくコレが盗み出された時の為の用心だろう」


「……そーかもしれません」


……あるいは俺が落っことした時か?

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