第102話
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執務室での話し合いを終えて数日が経った。
セリアーナ達に話を届けた時点で俺の役割は終わったため詳細はわからないが、1番隊の兵士が冒険者ギルド内で注意喚起をするようになった。
注意程度でと思っていたが、効果はてきめんで、奥まで行っていた冒険者達が自重し比較的浅い位置に留まるようになってきた。
そのついでに若手や新人を連れて薬草採集や浅瀬での戦闘指導も行っている。
魔境で一旗揚げようと思える程度には経験豊富なだけあって、そこら辺の役割も果たしているし、やってよかったと思う。
「おや?」
狩りを終え、ふよふよ漂いながら屋敷に帰っている最中、冒険者ギルドから出て来た兵士が目に入った。
今日の分の注意を終えたのかもしれないな……。
「おつかれー」
「……?セラ副長⁉お疲れ様です!」
驚かさないように先に声をかけたのに、却って驚かせてしまった気がする……。
「今日は冒険者ギルドの様子どうだった?」
「はい。初日はまだ奥に行く者もいたそうですが、冒険者同士でも注意しあったようで2日目以降は無理に奥を目指すことは無くなったようです。もう大丈夫だとは思いますが、それでも期日までは行う予定です」
「ふむふむ……」
少しの間彼等と話をしたが、一応副長ではあるが隊の違う俺相手にも丁寧な対応だ。
と言うよりも、どうもリックが俺達の事を嫌っているような感じなんだよな。
それ以外は仕事もしっかりしているしやる気もある。
なんかしたっけ?
◇
「と言う訳で、少し人間関係を知りたいんだよ」
屋敷に戻ると、いつも通り風呂に入り着替えを済ませ、リーゼルの執務室に向かった。
今日も今日とて仕事をこなしていたが、小休止に入ったところでリックの事も含めて騎士団の幹部について尋ねてみた。
「お前が他人に興味持つなんて珍しいわね」
それを聞いたセリアーナが少し驚いたような顔をしている。
「そんなことは無いんだけどね……?」
こちらでは相手の家の事を調べるのは割と常識的な事だ。
が、前世の習慣と言うべきかあまり人の家だとかを聞くのは、マナー的にどうなのかって意識がある。
「まあいいわ。簡単にだけれどオーギュストと副官のミオ、1番隊隊長リックと副長のアシュレイと……テレサもね。説明するから、覚えておきなさい……。まずはテレサね。メサリア西部のオーガス領領主ジュード伯爵家の長女よ。ジュード家は王妃殿下のご実家であるルーイック家の分家筋で、遠縁だけれどリーゼルとも親戚同士になるわ。テレサ本人の経歴は聞いているでしょう?」
「うん」
なるほど……そりゃエリーシャの侍女候補になったりするし、結婚話を持ちかけられたりもするか。
……その人が今俺の髪結わっているんだけれど、いいの?
俺が強要しているわけじゃ無いけれど、なんか不安になって来た。
「問題ありません。それよりも動かれると崩れますよ?」
「あ、はい……」
今の境遇より俺の髪型の方が大事らしい。
よかった。
「オーギュストは騎士団の名門デューヴァ男爵家の次男ね。リーゼルが幼い頃から、彼は護衛として仕えているわね。父君が中央騎士団の大隊長も務めているわ」
「ほうほう」
「僕の剣の師でもあるよ」
脇からリーゼルが付け加えてきた。
セリアーナとエレナの関係みたいなものかな?
「副官のミオはその親戚で、デューヴァ家に仕えていたけれど、緊急時に私の下に送れる人間がいないからという事で連れてきたそうよ」
「ふむふむ」
まぁ、緊急時だからって男がドカドカ入って来られても問題だろうし、妥当な所か。
「そしてリックね。ジュード家の分家筋のアーベント男爵家の次男ね。付け加えるならアーベント家はオーガス領で代官を務めているわ。リーゼルと比較的年が近く能力があり、デューヴァ家とも良好な関係を持つ家から選んだの」
「……へぇ」
俺がテレサを侍女にしている事が面白く無いんだろうか?
主家のお姫様だし……。
「姫への態度があまりに目に余るようなら私の方で手を打ちますから、ご安心ください」
「君にされては困るから、何かあれば私に言ってくれ……」
何をとは言わないがやる気になっているテレサに、それを窘めるオーギュスト。
「あ、うん大丈夫」
まぁ、仕事はちゃんとしているし、問題無い。
「それとリックの情報に付け加えるなら、嫉妬、もあるな」
「嫉妬?」
オーギュストの言葉をそのまま繰り返した。
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「そう嫉妬だ。新公爵領で領主直々に指名した若き騎士隊長ともなれば、羨望の眼差しを向けられる立場だ。だがこの領地の場合だと少し違う」
順調にエリート街道を邁進していると思うけれど……。
「……あ」
この領地ってのでピンときた。
ルトルと呼ばれていた頃からこの街は領主の目が届かず、冒険者程では無いが、騎士って職業もあまりステータスが高くなかった。
ところが最近は冒険者にせよ騎士にせよ、ちょっと風向きが変わって来た。
「気付いたか?今領都で最も信頼されている武力は、アレクシオとジグハルトだ。そして彼等が冒険者から騎士となり冒険者の一部を騎士に登用した。領民はわざわざ1番隊や2番隊と言った細かい事は気にしない。このリアーナ領の騎士の顔はアレクシオだ」
「あらぁー……」
冒険者内で人気というかカリスマがあるのはジグハルトだ。
クッソ強いし、アレは別格。
ただ、街の住民から人気があるのはアレクの方だ。
まぁ、ジグハルトはあまり街には出ないからな……日頃から街に出て割と気安く話をするアレクに集中しているんだろう。
セリアーナの側近とは言え、冒険者上りが自分の立ちたかった場所に立っているってのは面白くないのかもしれない。
それと俺とテレサの事だとか色々重なって、ああいう態度になっているのかもしれない。
「この領地での騎士の役割は当分の間は魔物相手になるから、2番隊が騎士団の主戦力になる。その間にリックには仕事を覚えてもらう予定だ」
「副官のアシュレイとは顔を合わせているね。彼はカロスの息子で、リックの指導役でもあるんだ」
リーゼルが後ろに控えるカロスを見ながら言った。
「リック隊長の様子を見る限り……大分甘いようですね」
カロスの言葉に手厳しい……とリーゼル達は笑いあっている。
「幸いと言っていいかはわからないが、今のウチの領地は2番隊で回るから、彼の成長を待つ余裕がある。それでもあまりに目に余るようなら、オーギュストでも僕にでも構わないから言ってくれ」
「ほい」
まぁ、何だかんだで仕事はしっかりしているからな……能力自体はあるんだろう。
俺の方からわざわざ関わろうとも思わないし、それでいいかな?
◇
「セラ、お前今日から夜は出来る限り起きていなさい」
夜、セリアーナの部屋で唐突にそう言われた。
エレナもテレサも怪訝な顔をしている。
「なに?夜遊びでもするの?」
それにしても俺を眠らせないってのはよくわからん。
「違うわ。今日から数日かけて昼夜を逆転させるの。その間は屋敷にいたらいいわ。1番隊の働きで森の浅瀬も人が増えているのでしょう?お前が狩りに出かけなくても問題は無いはずよ」
最近の冒険者の活動具合を思い出すが、確かに俺が行かなくても何の問題も無い。
「まぁ……そりゃそうだろうけど。……なにするの?」
だからと言って、俺が昼夜逆転する理由にはならないと思う。
「お前にお父様に届けてもらいたい物があるの」
親父さん……ってことは。
「ゼルキス領都まで行けって事?」
「そう。加えて誰にも見つからずにね。夜に動き始めれば可能でしょう?」
「まぁ……出来るとは思うけれど」
この屋敷は街の南西の高台にある。
部屋の窓から抜け出して、高度を取りながら移動すれば警備の目には触れないはずだ。
「お待ちください」
行けそうかなと考えていると、何か質問があるのかテレサがストップをかけた。
「なに?テレサ」
「姫が1人でゼルキス領都へ向かうという事でしょうか?」
「そうよ」
それに答えるセリアーナ。
「姫は馬に乗れませんし、【浮き玉】を使うのでしょうが危険ではありませんか?時間もかかり過ぎます」
「……セラ、テレサにどう説明しているの?」
「オレが走るよりは速いって……」
最初テレサがどういう立場で俺にくっ付いているのかわからなかったから、適当にぼかして言ってたんだよな。
【影の剣】は見せたけれど【隠れ家】の事もまだ教えていないし。
「慎重なのは良い事ね……。テレサ、【浮き玉】は馬よりずっと速いわ。道中の休憩拠点として各街の代官の奥方に話を通してあるから、問題無しよ」
結婚式で王都へ行くためにゼルキス領都に向かう際、各街でそんな事を話していた。
そこを利用することは無いと思うが……テレサは他にルートの事など二つ三つ確認し、納得いったようだ。
しかし……1人で他所の街にお出かけかー……何百キロあるんだろ?
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