第101話

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リアーナ領領主の屋敷。


その主であるリーゼルの執務室は彼とその部下の席。

さらにセリアーナと今はエレナだけだが、彼女の部下の席も用意されている。


以前の部屋は応接用のスペースが広く取られていたが、そこが半分程になり代わりに机が置かれている。

より仕事に特化した部屋になった。


王都から戻って来て一月ほど経つが、屋敷を空けていた上に新しく領主となった事で仕事も溜まっていて、リーゼルはもちろん、セリアーナにエレナそしてテレサも手伝っている。

ゴロゴロしているだけだが、俺も一応そこに居る事が多い。


一度ちらっと覗いた事があるが、その時は農家の陳情を商業ギルドが一括して持って来ていたヤツだった。

詳しい内容はわからないが、代官や文官の数が揃うまでは領主自らが片づけなければいけないから大変だ。


そして、その大変な中シュッシュッシュと爪をやすりで磨く音が響く。


冒険者ギルドでの話を終え屋敷に戻ると、一先ずシャワーを浴び着替えてからこの部屋にやって来た。

今日はオーギュストもこちらで仕事をしていて、騎士団の者が先程から何度も出入りしている。


そして、彼の副官のミオと1番隊の隊長リックがやって来て、商隊の到着の報告をしたところで何となしに小休止になった。


そこで、タイミングを上手い感じに見計らい支部長に頼まれた一つ目の事を話した。


大型の魔物が森の奥にいるようで、魔物の生息位置が少し変わっている。

他所からやって来た冒険者が奥に行き過ぎてこのままだと死者が増えそうだ、と。


それを聞いたセリアーナは一つ大きく息を吐くと……。


「馬鹿が死にたいのなら好きにさせればいいでしょう?」


どうでもいい様に言い放った。


俺の予想は大笑いした後不機嫌になる、だったがこれはただ興味が無いだけだな。

新人の時は、新人だからって事で彼女の許容内だったんだろうけれど、死んだ連中やこれから死にそうな連中は自己責任って感じか……。


まぁ、基準はある意味はっきりしている。


だが、この空気はどうしようか……。


エレナは慣れたもので気にせずお茶を飲み、テレサは俺の爪を切り、その後やすりで磨いている。

この世界の爪切りはニッパーの様にごつい物で、少々俺は扱うのが苦手だったのでやってくれるのは嬉しいが……、この空気に全く動じないのは流石というかなんというか。


リーゼル付きのカロス達やオーギュストも平然としているが、リック達は駄目だな。

何とか隠してはいるが、キョドっていたのを俺は見逃さなかった。


「欲にかられた冒険者が命を落とす事は珍しくないが、領地の今後の発展には彼等の協力は不可欠だろう?何の手も打たずにただただ彼等が死んでいく様では、いくら稼ぐことが出来ても敬遠されてしまうよ」


部屋の雰囲気を変える様に、リーゼルがセリアーナに笑いながら話しかける。


「セラ君」


「ほい!」


何か指示を出すのかな?

と思っていたら俺に来た。


「この話はカーン支部長から聞いたと言ったね?」


「そです」


「なら僕らに話を聞かせる事が目的なんだろう。自分の立場では手を打ちづらいから後押しが欲しいと言ったところかな?」


「御明察……」


放置するならそれでもいいとも言っていた事は黙っておこう。


「面倒な事をするのね……」


呆れた様に言うセリアーナ。


「そうだね。でも、冒険者の活動を冒険者ギルドの支部長が制限するわけにもいかないだろう?さて……それじゃあどうしようか、団長殿?」


「よろしいでしょうか!」


リーゼルに話を振られたオーギュストが何か言う前に、今まで黙っていたリックが口を開いた。

もう立ち直ったみたいだ。


「なんだい?」


「はっ!その件1番隊に任せていただけませんか?」


「ふむ……どうかな団長?」


「リック隊長。どう対処するつもりだ?」


「はい。死者は他所の冒険者ですし、そういったもの達は冒険者ギルドに集まります。ですから、まずはそこに1番隊から人をやり注意喚起を行います。10日も続ければほぼ全員に伝わるでしょう。合わせて、森の巡回も行います。言葉だけでは足りなくても、狩場で兵士の姿を見せれば抑止力になります。丁度護衛で外に出ていた者達が戻っていて、人員に余裕がありますから通常業務にも支障はきたしません」


そつの無い模範解答って感じだ。

オーギュストも特に指摘する点は無いのか頷いている。


「いいだろう。この件は1番隊に任せる」


「はっ!」


リックは一瞬こちらを見るも、すぐに姿勢を正しこの任を受け取った。


なんだろう?

2番隊をライバル視しているんだろうか?


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「後もう一個話があるんだよね。こっちは仕事とは関係無いんだけれど……」


リックの事は置いておこう。

やる気があるのは良い事だ。


「なに?」


「冒険者ギルドで相談事を受けたんだよ。この街出身の冒険者のおっさんなんだけれど、そこの家の子供が冒険者になりたいんだって」


「なればいいじゃない」


「うん。でもまだ12歳らしいんだよね」


「……それは止めた方がいいんじゃないかしら」


セリアーナはさして興味なさ気だったが、年齢を聞くと流石に止めた方がいいと思ったのだろう。

止めた方がいいと言った。

俺もそう思う。


ただ……。


「セラ殿。その冒険者はこの街の出身で、子供もそうだと言ったね?」


オーギュストが俺が話した事をもう一度確認してくる。


「うん。母親もそうらしいよ」


「そうか……」


そこが引っ掛かったって事はこの街の事をよく調べているのだろう。

流石団長殿。


「何か問題なのかい?」


「問題というわけではありませんが、ゼルキス領だったころはこの街で冒険者と言うと底辺職でした。稼げはしますが命を落とす事も多く、他所からの冒険者が中心でこの街出身の冒険者は、言ってしまえばそれしか出来ない者が就く職という認識です」


「……ダンジョンのある街とは大分違うんだね」


王都出身のリーゼルは驚きを隠せない様だ。


ダンジョンはなー……街の中に鉱山がある様な物だからな。

それも、実力と問題を犯さない程度の人格の持ち主って上のお墨付きが無いと入れない場所で、平民でそこに出入りできるのは兵士と冒険者だけだ。

それもあって、冒険者は男の子にとってのあこがれの職業だ。


この街だと、冒険者を目指すのはチンピラもどきか精々孤児院の子供位だろうか?

もっとも、装備を整える事が出来ずあっさり死ぬ事がほとんどらしい。

俺も孤児院にいたままだったら、娼館や開拓村行きを逃れても危なかったな……。


「丁度閣下の婚約の話が出てきた頃からこの街も腕の立つまともな冒険者が増えて来たという事もありますが、先の襲撃を大過なく乗り切れた事。そして騎士団の設立で2番隊に冒険者の一部が組み込まれた事。これらが要因で冒険者への認識が一気に変わったようです」


俺の場合は街の人間からは、冒険者というよりもセリアーナの使いと思われていたから、最初と接し方が変わっていないが、街ではそんなことになっていたらしい。

全然気づかなかったぜ……!


ともあれ、ここからが本題だ。


「んでさ、支部長が言うにはこの街出身の家だけじゃなくて、他の商人とか移住してきた家の子供も冒険者になりたいって子が結構いるらしいんだ。魔境の魔物の強さを考えずに他所の街と同じような感覚で言っているんじゃないかと思っていたらしいけれど、いざ街の冒険者の子供までなりたいって言ってくるとこれはちょっと違うんじゃないかって考えたみたいで、何とかできないか?って言ってるんだよね」


支部長としては冒険者は確保しておきたいだろう。

気を抜かなくても死ぬことがあるし、それだけに慎重だったけれど、今の流れは逃したくないんだろうね。

ただ、荒くれ者の相手は慣れていても、子供の育成ノウハウはもっていないんだろう。

何とかならないか?

と、これは雑談では無く相談として届けて欲しいと言われた。


「ふむ……今のままでももちろんダンジョンが出来てからも冒険者の協力は必要だし、その冒険者が領内の者であるのは望ましいけれど……どうだい?オーギュスト」


「そうですね……兵士の見習達に訓練を施すのでそれに参加させる事も出来ますが……冒険者とは勝手が違いますから上手くいくかどうか……。外の演習に参加させるわけにもいきませんし……」


確かに。


何が問題って、魔物が強いんだよな……この土地。

ダンジョンが拓かれたら、そこの浅瀬で俺がやったようにベテランに付き添ってもらって訓練ができるけれど……。

この街で冒険者が人気でない理由は正にそれだな。


「では、そちらは私達2番隊が引き受けましょう」


と、手の爪を終えて、足の爪に移っていたテレサが言った。

皆が頭を悩ませている中こともなげに言ったけれど、どうするんだ?


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「随分簡単に言うが……どうするのだ?」


オーギュストが疑問を呈するがもっともだ。

俺もわからん。


「今の時点でも冒険者志望の子供が複数いるのでしょう?そうですね……12歳から14歳にしましょうか。50人近くいるはずですし、そこから更に募りましょう。秋の一月頭から訓練所の一画を使って指導を行わせます」


つらつら淀みなく説明するテレサ。


何だろう……数字をだしたけれど、街の子供の数とか頭に入ってるのかな?

新生児と8歳児の数はある程度俺も把握できているけれど、それ以外となると……俺がゴロゴロしている間も仕事をしているのか。


「その指導は2番隊が行うのか?」


「ええ。我が隊は領内の冒険者から多く隊員を募っています。彼等なら魔境の魔物との戦闘経験も豊富でしょうし、雨季までに鍛えてもらいます」


「ふむ……1番隊が森の巡回も行うのなら手が空くか。だが雨季まででいいのか?」


期間が短くないかとオーギュスト。

しかしテレサはそれを鼻で笑い、続けた。


「まさか……。あくまで上官に従わせる訓練ですよ。雨季の間は冒険者ギルドで座学です。そして冬から本格的に戦闘訓練に入ります。並行して座学も行います。どうせ雨季と冬の間は冒険者も外に出ないのでしょう?彼等も働かせましょう」


オーギュストとテレサ、リアーナ領騎士団団長と2番隊副長の副官と階級差があるのに、何故かテレサの方が偉そうなんだ。

いつもの事だし仲が悪いわけじゃ無いんだろうけれど……家の力関係かな?


「なるほど。冒険者見習いとして扱うのか。確かに冒険者ギルドに所属するのに我々騎士団が育成を全て行う必要も無いか。実戦は春からか?」


特に気にしていない様子で話を進めていくオーギュスト。


「いえ、その前にもう一段階設けます。新人冒険者の育成で姫が付き合ったそうですが、それを兵士も同行させ行います。数回行い、その後は薬草採集の手伝いをさせましょう。この内容ならば命を落とす事も無いでしょうし、自分が冒険者に向いているかどうかもある程度は判断できるはずです」


再びなるほど……と呟いて思案する。


それにしても、即興案にしては妙にキッチリしている。

なにか基になったのがあるのか……聞いてみるかな?


「テレサ、それって何か基になった物があるの?」


「はい。親衛隊の候補生に施す訓練です。戦闘訓練はダンジョンで行いますし、野外訓練の場が魔境では無かったりと違いはありますが、魔物と戦わせることが目的ではありませんし、これで十分だと思います」


オリジナルは親衛隊か……。


「ほむ……」


魔物との戦闘は経験できないけれど、戦闘訓練はするし座学で知識も付く。

まぁ、冒険者志望の子供の選別と初期教育が狙いだし、そう考えたらこれで良いのかな?


「環境は違うけれど実績もあるようだし……私はいいと思うわ」


「そうだね……。この街はまだダンジョンが無いし、他所の様にダンジョンでの訓練ができない。これが上手くいく様なら、領内の貴族の子弟の訓練にも流用できるだろうし……試す価値はあるか」


セリアーナとリーゼル、どちらも好感触だ。


「姫、春にお力を借りますがよろしいでしょうか?」


姫……最近慣れてきたけれど、俺の事をこの人は姫と呼ぶ。

名前でいいよと言っているのに、何かこだわりがあるらしい。


「うん。【祈り】と魔物の接近に気を付けるだけでいいんでしょ?」


「はい。人数は残ってもせいぜい10人程度と考えています。2組に分けますから2日おきにお願いすると思います」


「りょーかい」


あまり人数が多いと目が届かないかもしれないが、一度に5人程度……。

子供と言ってもしっかり指示に従うように指導するみたいだし、大丈夫だと思う。


「隊長は今別任務につかれていますし、支部長には明日私から話しておきます。団長殿、よろしいですね?」


「ああそれでいい。リック隊長、お前も隊の編成があるだろう?下がっていいぞ」


「はっ!失礼します」


頭を下げて出て行くが……部屋を出る際に俺とテレサに一瞥をくれて行った。


……うーむ。

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