第99話
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待って!という俺の切実な頼みは聞き入れてもらえず……、と言うよりもセリアーナにさっさと先に進められ、話し合いは続き、そしてすぐに終わった。
俺一人驚いていたが皆は違うあたり話を聞いていたのかもしれない。
呼びに来た兵士が俺に対し妙に畏まった態度だったのも、この事を知っていたからかな?
……副長って何するんだ?
そもそもアレクってどんな仕事しているんだ?
アレクに聞こうにも話し合いが終わると、支部長と一緒にギルドに行ったし……わかんねぇよ……。
「お前は……なに蹲っているの?」
頭を抱えてソファーに蹲る俺に向けて言葉を投げかけるセリアーナ。
「訳の分からないことになって、困ってんだよ!昼からずっと聞いてるのに教えてもらえないし……」
「ジグハルトやフィオーラにも話すのだから、1度で済ませる方がいいでしょう?」
呆れた様な声のセリアーナ。
何か言おうと思ったが、ドアをノックする音に思いとどまる。
「来たわね……。下に降りるから、貴方達も来なさい。行くわよ、セラ」
「へーい……」
◇
結婚と北館の完成を機にセリアーナの部屋のある南館2階は立ち入り禁止となっている。
その為、今までは彼女の部屋に割と気軽にアレクやジグハルトも立ち寄っていたが、それも出来なくなった。
代わりに、南館の1階に新たに彼女用の談話室が用意された。
位置は一番奥で、セリアーナの部屋のすぐ下にある。
そこへ向かうと既にジグハルト達とギルドに行っていたアレクも到着していた。
「よう!久しぶりだな」
ソファーにだらしなく腰掛け、背もたれ越しにこちらに声をかけてくるジグハルト。
「結婚おめでとう。奥様と呼んだ方がいいかしら?」
その隣に座るフィオーラ。
いつも通りの2人だ。
この2人にはセリアーナの立場とかはあんま関係無いんだろうな。
「ありがとう。好きに呼んで構わないわ。外で仕事を終えたばかりなのに呼び立てて悪かったわね」
セリアーナは2人に言葉を返し、上座の1人掛けのソファーに向かう。
なんか【隠れ家】でいつも使っているのに似ているな……。
「さてと、話の前にまずは彼女を紹介しておくわ。テレサ・ジュード・オーガス。元親衛隊でセラの副官兼侍女よ」
……。
「ねー……それも初耳なんだけど……。駄目だよ?ちゃんと本人に伝えておかないと」
マジで俺聞いてないぞ?
「えっ⁉」
後ろで上がったテレサの声に振り向くと驚いた顔をしている。
そんなに変なこと言ったんだろうか?
「セラ……お前はテレサをなんだと思っていたの?」
セリアーナも意外そうな顔をしている。
「なんだって……奥様の侍女か何かかと……」
「……船に乗っている間もゼルキスの屋敷に滞在している間も彼女から世話されていたでしょう?私の侍女が何故お前の世話をするの」
「……よくエレナのお世話になってるよ?」
世話と言っても髪を乾かしてもらったり結んでもらったり位だが、ほぼ毎日だ。
「それもそうね…………言葉が足りなかったわね。謝るわ」
多分当たり前になっているから本人もすっかり頭から抜けていたんだな……。
エレナと顔を見合わせた後、珍しく謝罪の言葉を口にした。
「おや珍しい……。ところで副官っていうのは?」
「通常だと隊長を補佐する役職だけれど、テレサの場合は違うわね。お前の代わりに副長の仕事をこなしてもらうわ。2番隊自体冒険者の延長の様な仕事だし、アレクと支部長だけで手は足りているから忙しくはないのだけれどね」
「……それわざわざオレが副長に就く事無かったんじゃない?」
「領地を持つ貴族の次男三男等、箔付けとして自領や懇意の領地の騎士団に形だけでも入隊する事がありますし、場合によっては役職付きになる事もあります。その場合相応の能力を持つ者が補佐役として付くのですが、この場合は私ですね」
俺の疑問に答えるテレサ。
「そう言う事。元々お前が14歳になったら騎士に任命するつもりで、その前段階としてアレクの副官に付ける事を予定していたけれど、テレサを引き入れる事が出来たからお前を副長に据えることにしたの」
これも初耳だけれど、一応準備期間を設ける程度の慈悲はあったのか……。
「領内限定だけれど副長として騎士と同等の権限を振るえるし、悪い話じゃ無いでしょう?」
「なるほど……」
いつ使うかはわからないけれど、一応利点もあるのか。
今とやる事は変わらなそうだし、確かに悪い話じゃなさそうだ。
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「なあ、セラが副長に就くのはわかったが……、今と何か変わって来るのか?わざわざ俺達を呼んだんだ。顔見せだけって事じゃ無いんだろう?」
ジグハルトがセリアーナに先を促す。
個人的にはもう少し聞きたいこともあったが、それは後にするか……。
ここは大人しく下がろう。
「それが目的の一つではあるのだけれどね。今までの様にゼルキス領の一都市では兵数に限界があったから冒険者の負担が大きかったけれど、独立した領地になった事で騎士団を持てるようになったわ。今も領内の各地に拠点の設営が進められているけれど、防衛に冒険者が駆り出されているでしょう?それを兵士に任せられるようになるわ」
「それは良い事だけれど、簡単に増やせるものなの?数だけ増やしても簡単に減っていくわよ?貴方達が王都に行っている間に冒険者の中から採用していたけれど、これ以上は無理よ」
「強いもんね……この辺の魔物」
減っていくってのもエグイ表現だけれど、王都近辺の兵士とかあまり強くないものも多かった。
その分礼儀正しかったりはしたが……この街の兵士は礼儀は今一だが、その分一般兵でも中々の強さだ。
街の外での活動も視野に入れるのなら、ただ数を増やしても意味が無い。
「大丈夫。王都の騎士団で、周辺から兵士を募って鍛えた後にこちらに送ってもらう手筈が整っているわ。今年は間に合わないけれど、来年の春には仕上げてくれるはずよ」
「……よく王都の騎士団が引き受けてくれたわね。ああ……確かアリオス卿がユーゼフ総長と親しかったわね」
セリアーナはそのフィオーラの言葉に肩を竦めている。
「その伝手を頼って依頼するつもりだったのだけれど……」
「なに?」
言葉を区切りこちらを見てくる。
「セラが騎士団に貸しを作ったの。選抜と鍛錬、装備一式とで帳消しね」
「……ああ……アレか。吹っ掛けすぎじゃない?」
騎士団から相応の物を貰うとか言っていたけれど、これか。
「上層部の首と考えたら妥当な所でしょう?」
「……なにをしたんだ?」
ジグハルトは話を聞き訝し気な顔を見せる。
そりゃー、なにしたんだ?って思うよな。
「セラが離宮で城勤めの兵士達に襲撃を受けたの」
「……1人でいたのか?アレクはどうした?」
「丁度式のタイミングでしたから、俺もエレナもそちらについて居たんです。流石に無いだろうとは思いつつも護衛を付けていたんですが……見事に隙を突かれました」
ジグハルトとフィオーラ、2人揃ってマジかよって顔をしている。
「それなら……まあ妥当か」
「でしょう?そして、これが本題。貴方達のどちらか、出来れば両方が良いのだけれどアレクの副官について欲しいの。今後は冒険者と騎士団との連携が必要になるけれど、アレクの居ない場でその両方に顔が利くのは貴方達位でしょう?肩書きなんて関係無しに、必要なら指揮を執ってくれるのはわかっているけれど……」
「騎士団が関わって来るんならそっちの方が面倒が無いか……副官と言ってもこのままでいいんだろう?いいぜ。引き受けよう」
特に悩むそぶりも見せず引き受けるジグハルト。
「そうね。別に権限を使ってもいいんでしょう?それなら私も構わないわ」
同じくフィオーラも。
決断早いな……狼狽えてた俺は何なんだって感じだ。
「助かります。今後は活動する範囲も広がって領都にいるんじゃ目が届きませんからね。俺も2人が居てくれるのなら安心できます」
「アレク。冒険者にもいろいろ声かけてたけれど……彼等じゃ駄目なん?いや、オレも何かあった時は2人の方が頼りやすいから良いんだけれど……」
「ん?そんな事は無いさ。ただ冒険者と騎士と立場が違うからな。揉めた時には力尽くでも解決できる人の方がいいんだ。それに冒険者の本番はダンジョンが出来てからだからな。管理こそ騎士団が行うが、探索の主力は冒険者だろう?今のうちから外でまで彼等の権限を増やすのもな……」
既に中間管理職の苦労を……。
ジグハルト達なら誰も口出しできない上にそこまで無茶はしそうにないしな……、適任か。
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ジグハルト達との話を終えた後は夕食だったが、王都からの帰還に結婚、新領地や騎士団の設立に団長他就任の祝いなども兼ねたちょっとした晩餐会となった。
珍しく同席したが俺は酒を飲まないし場所が談話室に移動したのを機に退散したのだが、テレサも部屋まで送りについて来た。
セリアーナの部屋だし必要ないと言ったんだが……侍女ってそういうもんなんだろうか?
「朝はどうしますか?」
着替えを終えるとそう聞かれた。
起こしにも来てくれるのか……。
「起きるまで寝てるから、起こさなくていいよ」
「わかりました。それでは……」
「ちょい待った!」
部屋から下がろうとしたところを呼び止めた。
今は2人しかいないしいい機会だ。
「あのさ、何でオレの侍女なんかやる事になったの?」
親衛隊ってのは家柄も実力もついでに容姿も採用基準に入っているとか。
この国の女性の上澄みと言っていい。
セリアーナは、新公爵夫人で今後この国どころか大陸東部の主役になり得る人物だ。
彼女の侍女にって言うなら、親衛隊を辞してもなる価値はあるかもしれない。
だが、俺となると……一応今回騎士待遇にはなったが、大分見劣りする。
「そう言えば聞いていないのでしたね……」
「聞いてないのですよ……」
そうですね、と少し思案するそぶりを見せたがすぐに話す気になったようで、こちらに向き直った。
「襲撃を受けた際の護衛は私達の任務でした。そして私達の働きはどうあれ、襲撃を受けセラ殿が怪我をするという事態になりました」
「うん」
結果だけを見ると確かにそうだ。
「貴方の弁護もあって、我々は罰せられることはありませんでしたが、あの3人の中から、貴方の側に1人つくようにと上から言われたのです。そこで私が立候補したという訳です」
それは左遷というよりも……。
「罰みたいなもんじゃないの?嫌ならオレの方から奥様に伝えるよ?」
俺より強い人にいやいや側にいられても困るぞ?
「いえいえ。確かに切っ掛けはそうですが、私にとってはむしろありがたい申し出でした」
「そうなの?」
「はい。私は今年で26になりますが……色々家が煩くて。結婚も否定するつもりはありませんが、私はもっと外に出たいのです。親衛隊でも私より年上や同年代で独身の者はいませんでしたから、上から縁談話を持ち掛けられもしていました。それを断り続けて、少々肩身が狭くなってきていたのも事実です」
親衛隊も良家の息女を集めているのに、あそこに入ると婚期を逃すとか言われたら困るから、そういった事もあるか。
……仕事好きのキャリアウーマンって感じの人なのかな?
「セラ殿の副官と親衛隊、王都と場所も含めて違いはありますが、不満はかけらもありません」
明かりを落とし少々薄暗いがそれでも笑みを浮かべているのはわかる。
罰で嫌々って事は無さそうでよかったよかった。
「……そう言えば、あの兵士とかはどうなったか知ってる?捕まって尋問されたってのは聞いたけれど」
「……確か、運が悪ければ1年は牢に繋がれたままになると聞きました。管轄が違ったので詳しくは知りませんが、4人とも同じような処分のはずですよ」
未遂とは言え強盗致傷だ。
軽い様な気もするが、まあ、女に騙されただけの馬鹿って判断なのかな?
「そか……ありがと」
「はい。それではお休みなさい」
テレサは頭を下げ、今度こそ部屋を出て行った。
◇
セラに話した内容は嘘ではないが、正確ではない。
まず自分が親衛隊を辞めたのは、あの地下牢へ襲撃犯達の顔を見に来たセリアーナが、人の入っていない牢を前にして、我々3人に1人選べと言った。
2人の顔が青ざめていた事、自分が年長で代表だった事。
家が王妃殿下の実家の分家であることから、それ程厳しい処分は受けないと期待できたことから自分が立候補した。
あの犯人達は……まぁ記念祭まではもたないだろう。
この状況は少々想定外だったが、親衛隊が少々居心地悪くなっていた事は事実。
そして、かつては騎士団入りとエリーシャ様の侍女と天秤にかけた過去もある。
少々奇矯な所もあるが、気の良い少女だ。
侍女という役割も悪くはない。
「奥様」
談話室に入るとすぐにセリアーナと目が合い、そちらへ向かった。
「ご苦労様。セラとは何か話して?」
「何故自分の侍女になったのかを聞かれたので、上から言われたと。後は襲撃犯達がどうなったのかもです。聞かされていなかった様なので、1年程牢に繋がれたままかもと適当に濁しておきましたが……」
「結構。貴方も掛けて楽にしなさい」
問題は、この方の奥がわからない事か……。
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