第98話

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新公爵領。

領地名はリアーナ。


その領都、旧ルトルに入るとすぐに道の両脇に並ぶ住民達に出迎えられた。

リーゼルが代官になって、積極的に街と関わるようになった影響もあるんだろうけれど、俺が脱走する前と比べれば大違いだ。


教会の専横にもガンガン突っ込んで、街での影響力を削いで行っているそうだし……。

まだ手は出せないけれど、冒険者の聖貨の売却先も大分こちら側に比率が傾いて来ているそうだ。


「……ふふふ」


馬車の中からこちらに向かい歓声を上げている住民達を見ていると、我知らず笑みが浮かんでくる。

幼い頃の夢だった、この街を火の海にってのは諦めてやるかな!


「……何変な顔をしているの?」


ついつい漏れた笑いが聞こえたのか、セリアーナにエレナ、テレサと同じ馬車に乗る3人から視線を集めている。


「失敬な……機嫌が良いんだよ!」


セリアーナの失礼な突っ込みも流せるくらいにはご機嫌だ。

別に俺が崇め奉られているわけじゃないが、俺の主がその対象だし、もともと住民ともそんなに接触無かったしな……寛容にもなるってもんだ。


「ふひひっ……痛いっ⁉」


馬車の外に笑顔を見せながら手を振っているのに、空いた手で俺の頬を抓って来た。


……器用な真似をしてくれる。


「良いじゃありませんか。私も幼い頃から知っている奥様が新領地でこうまで受け入れられていると思うと、誇らしくなりますよ」


「ふんっ……、まだ大して仕事をしていないもの……。この成果はリーゼルの物よ」


エレナがフォローを入れるも、外から見える為、表情こそ笑顔だが不機嫌そうな声だ。

まぁ、このねーちゃんアスリート気質というか、自分に厳しいからな。

充分仕事をしていたと思うが、彼女にとってはまだまだ足りないと感じているんだろう。


面倒な性格している。


「……辺境の街は貴族とは折り合いが悪い事が多いと聞きますが、こちらでその様な心配は無縁なのですね」


「旦那様が代官に就いた時から積極的に交流を持っていましたし、昨年冬に魔物の襲撃がありましたからね。それを死者を始め大きな被害無く乗り切れた事も大きかったんでしょう」


「ああ、ゼルキスの領都で資料を読ませていただきました。従来の襲撃よりも大規模なものだったとか……」


「ええ。旦那様も勿論ですが、その際に特に活躍したのがセラに、アレクやジグハルトと言った奥様の直属の配下ですから……。魔境がすぐ側に広がるこの街では冒険者と関りのあるものが多いですから、その話も浸透しやすいのでしょうね」


エレナとテレサが話しているが……目の前で褒められると照れるな!



この街の南西部の高台にある代官屋敷改め領主屋敷。

街を発った春の2月の頃は、大分出来上がってはいたもののまだ建設途中だった。

しかし、そこから3ヶ月経った今、見事完成している。


会議室や食堂、リーゼルの執務室といった主要施設が詰まった本館に、セリアーナの部屋を始め侍女や女性客用の部屋がある南館。

そして新たに建てられた北館。

こちらは男衆の部屋がわんさかと…………。

北館南館、どちらも2階は男性用女性用と分けられている。


「ぐぬぬ……!」


「だからセラ、お前でも駄目だ。我々とて南館には入れぬだろう?お前に手を出す様なものはいないが、それでも万が一こちらで何かがあれば、通した我々の立場が危うくなる。諦めろ」


その北館に繋がる通路の前で、そこを警備する兵士に見事に通せんぼを食らってしまった。


屋敷へ帰還後、セリアーナ達はリーゼルと一緒に留守の間の報告を受けている。

アレクは冒険者ギルドに向かい、ジグハルト達は夜まで戻って来ないそうだ。

荷物の運び込み等の手伝いをやってもいいが、正直俺がいても大して役に立たない。


それならという事で、北館の探索に向かいたかったのだが……一応俺も女だからな。

ちょっと粘ってみたけれど、これは通してもらえそうも無いな。


彼等も真面目に仕事をしているわけだし、ここでごねても迷惑なだけか……新築だし興味あったんだが……。


「わかった……諦めるよ」


「ああ、見ても面白いものは無いからな……。それよりも、屋敷の女達に顔を見せにでも行ったらいいんじゃないか?よく話していただろう」


「そーだね……。んじゃ、また」


隙を見て忍び込むか、正攻法でアレクやジグハルトを連れて行くか……いつか突破してやる。


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「セラ殿っ!」


「ん?」


どう突破してやろうかと考えていると、本館から早足でやって来た兵士に呼び止められた。


「領主様が話があるようです。執務室まで来るようにと……奥様や皆様もお待ちです。お急ぎを」


「む。りょうかーい」


皆様って誰だろう?

そしてこいつは何でこんな俺に対し丁寧に接してくるんだろう?

いつもはセラって呼び捨てだったのに……。


まぁ、行けばわかるか。


「旦那様の執務室だね。オレ先に行くよ?」


屋敷内では緊急時を除けば兵士は走るのは禁止されている。

鞘に入れてはいるが剣を下げているし鎧も身に付けている為、ぶつかったら怪我をさせてしまう。


急ぎだって言うなら俺が1人で行った方がいい。


「はい。よろしくお願いします」


……何があったんだろう?


そんな事を考えつつ天井近くまで高度を上げ、一気にかっ飛ばしリーゼルの執務室の前まで行くと、ドアの前に兵士が立っている。

その彼が俺の姿を見ると、中に声をかけそしてドアを開いた。


……なんだこの扱われ方?


「失礼しまーす」



部屋の中にはリーゼルが執務机に着いていて、その前にオーギュストと騎士の2人に初めて見る女性。

それに冒険者ギルドの支部長までいる。

それと確か財務と資材調達とかを担当している文官が2人。

ソファーに座るセリアーナと、その側にはいつの間にか戻って来ていたアレクとエレナ、セリアーナの対面に座るテレサが。


「……なにすんの?」


ジグハルト達はいないが、この領地の戦力が集まっている。

緊迫した様子は無いけれど、また大物でも出たんだろうか?


「呼び立てて悪かったねセラ君。屋敷を見ていたようだけれど、何か変わった事はあったかい?」


「北館に入れなかったよ……?」


「はっはっはっ。それは諦めてくれ。まだ利用者はいないがなんといってもこんな土地だ。多少粗暴な客もやって来るから不必要な揉め事を避ける為に、あそこは使用人ですら女性は立ち入り禁止にしているんだ」


「なるほど……」


言葉は濁しているが何かあったら大変だし、それなら最初から男性のみで運用できるようにしているんだろう。

なら近づかない方がいいか。


「挨拶はその辺にして、セラ。こちらに来なさい」


「はいよ……む?」


セリアーナの後ろに行こうとすると、途中でテレサに捕まりそのまま膝の上へ。


「そこで聞いておきなさい」


……何を?


「よし。集まった事だし話を始めよう」


俺のこの状況は問題無いのか、リーゼルが席から立ちこちらにやって来た。


「今回リアーナ領の騎士団が陛下に承認され正式に設立された。編成は君達に前もって話していた通りだ」


「ふむふむ」


皆は聞いていたようだが、俺は何となくしか知らない。


「まず騎士団団長はオーギュストだ。今まではゼルキス領も含めて動いてもらっていたが、今後は領都に留まってもらう事が増える。皆留意しておいてくれ。副官はミオだ」


あの女性はミオというのか。


「はっ!」


一番上がそうそう動いちゃ駄目だよな。

彼は他所の拠点やゼルキス領都との連携を取るために動き回っていたけれど、今後は2人のどっちかが就くのかな?


「リックは騎士団の1番隊隊長だ。領内の騎士や兵士を纏め治安の維持に努める様に。オーギュストが今までやっていた仕事だな。また1番隊の副長としてアシュレイ、君が入るように」


この2人とはたまに会って挨拶するくらいの関係だったし、関係無いな!


彼等が1番隊って事は……。


「2番隊隊長はアレクシオ、君が務めてくれ。冒険者ギルドと連携を取り魔物の対処にあたるように。仕事の内容は今まで通りで構わないが、有事の際は君に指揮を執ってもらう。昨年の冬程の規模はそう無いだろうが、頼むよ」


「はい」


この事は俺も前もって聞いていた。

アレクが王都やゼルキス、そしてここでも冒険者と色々交流を重ねてきたのはこのためと言ってもいいくらいだしな。

ジグハルトやフィオーラもいるし、ちょっと離れた場所になるけれどルバンもいる。


安泰だ。


「それと、冒険者ギルドは領主の直轄になるが支部長は君の隊の所属だ。上手く使ってくれ」


「ぉぉー……」


冒険者ギルドはこの領地での最大戦力だ。

領主の直轄だけれど、そこの長を部下に出来るってのは結構な権限じゃないか……。


副長や副官がいないって事は、支部長が実質そこに入るのかな?


「そして副長はセラ君だ」


思ったより大きいアレクの権限に驚いていると、もっと驚く言葉が飛び出した。


「待って⁉」

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