第97話

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「どーぞー」


部屋のドアを叩く音に、手に持った駒を置き、答えた。

エレナあたりかと思ったが、入って来たのはテレサだ。


「ありゃ?テレサさん、どうしたの?」


「セラ殿、そろそろお休みの時間ですよ?迎えに来ました」


セリアーナが寄こしたのかな?

今結構いい所だったんだけれど……。


「船に乗っている間は時間があるし、急ぐ事じゃないさ。今日はずっと移動だったからな……お前も早めに休んでおけ」


「ぬう……」


机の上に散らばる駒や紙片。

ただ散らかしているわけでは無い。

割と真面目に、今日見た騎士達の戦い方を考察していたのだ。


ウチはオーギュストを団長に騎士団を新たに設立するとは言え、まだまだ人数は少ないらしい。

何かあった時の主力はアレクがコツコツ声をかけ続けてきた、冒険者や傭兵達になる。

その少数の騎士を効率的に運用する方法を、模索していたわけだ。


半分……いや6割……もうちょっとか?

趣味ではあるけれど……。


部屋に時計が無いから何時かわからないが、夜も更けている。

まだ眠くは無いが、あまりここに長居するのも悪いしな……。


「仕方ないか……んじゃ、おやすみー」


「おう」


アレクはまだまだ続けるようだ。

こいつは7割8割位趣味だな……!



部屋を出ると通路にテレサが待っていた。


街に着き、ユーゼフ達とはそこで分かれたが、彼女は一緒のままだ。

荷物を積み込む間セリアーナ達は代官達と食事をしていたが、そこにも同行していた。


……領地まで護衛に付くんだろうか?

セリアーナ付きの女性は俺は別として、エレナだけだし、ひょっとして引き抜いたのかな?


「テレサさんは船酔い平気な人?」


セリアーナの部屋に向かう途中、無言なのも何だしと話しかけてみた。


親衛隊って事は王都にいる事が多いだろうし、船に乗った経験はないかもしれない。

今はまだ川で揺れも穏やかだが、ここから海に出るとどうなる事か。


「船ですか……王族の護衛で何度か経験はありますが、海に出た事はありません。荒れた道を馬車で移動したりする訓練は積んでいますし、乗り物には強いとは思いますが……やはり川と海では違いますか?」


色んな訓練をしているんだな……。

まぁ、王族の護衛中に乗り物に酔って調子悪いから無理ですとかなったら、ふざけんなってなるだろうからな。


「女性陣はみんなダウンしてたねー。まぁあの時は雨季と被っていたから荒れていたのかもしれないけどね」


「なるほど……。セラ殿は大丈夫なのですか?ゼルキスの領都出身と聞きましたが、船に乗る様な事は無かったでしょう?」


「オレ、寝る時以外は浮いてるから……」


皆のダウンしていた姿が頭をかすめ、少々申し訳なくなってくるが、仕方が無い。


「ああ……。王都でもそうでしたが、随分と自由に動けるのですね。【浮き玉】……でしたか?高く飛び跳ねたり、速く走れるようになる恩恵品は見た事がありますが、宙を浮く恩恵品はソレが初めてです」


「いいでしょ。物運んだりには向いてないけどオレの移動用って考えたら十分すぎるよね。でも今聞いたのも面白そうだね……他にもテレサさんが知っているのとかある?」


「どうぞテレサと呼んでください。そうですね、他には……」



テレサとの会話も意外に転がり、気まずくなること無く部屋の前に到着した。


「お帰りなさい、セラ」


ノックをするとドアを開けたのはエレナだ。


「はいはい、ただいま」


部屋に入ると、ソファーに座るセリアーナが目に入るが、こっちもこっちで机に何かを広げている。


「戻ったわね。何の遊びをして来たの?」


と、俺の残したメモを手に持ち、ヒラヒラ振りながら聞いて来た。

ちなみにメモの内容は「アレクの部屋で仕事を手伝ってきます」だ。

断じて遊んで来るではない。


「一応仕事だよ?今日の騎士の戦いをアレクに説明してたりしたんだ。それを参考にして少人数での効率的な陣形が……」


「エレナ?」


セリアーナは俺の説明を途中で遮った。

……信じてないな!


「……アレクは戦術研究が趣味ですから。セラ、遅くまで付き合わせてしまったね」


アレク……エレナに謝らせちゃってるぞ?


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「んで、わざわざテレサさんを呼びに来させたけれど、まだ寝そうにないよね?何か話でもあんの?」


アレクの件はエレナに任せておこう。

夫婦喧嘩に発展しても俺は知らん。


2人とも……テレサも入れたら3人か。

まだまだ寝そうにない。

【隠れ家】に入ろうにもテレサがいるし……まぁ、頑張れば部屋が明るくても眠れるけれど……。


「ええ。と言っても大した事じゃ無いわ。ここからの予定を伝えるだけよ。エレナ」


「はい」


エレナが返事をし、地形と街が記された地図を広げた。


「日程は行きと同じで9日間の予定ね。4日かけて海に出て、そこから3日かけてマーセナル領領都へ。そこでエリーシャ様達は船から降り、私達はさらに2日かけてオズの街へ。そこで船での移動は終わりだね」


トントントンと指しながら説明を続けていく。


「……東に向かうのにかかる日数は一緒なんだ」


海流は東から西に向かって流れている。

川はともかく海はその流れに逆らっているのに……。


「船を進めるのに風や海流を無視する魔道具を積んでいるんですって。魔力を大分使うそうだけれど、可能らしいわ」


「ほほぅ……」


スクリューみたいなもんかな?


「セラ殿、腕を上げてください」


「あ、はい」


この船の科学かファンタジーかよくわからない性能に感心していると、テレサに服を脱がされた。

そして棚に突っ込んでいる俺の着替えを取りに行っている。


「後は陸路でいつも通りのルートを使って帰還。ただ、ゼルキス領都は滞在は1日の予定だったけれど、面会希望が想定より多くて、2日……もしかしたら3日間になるかな?報告の日付は一月前だけれど、今はさらに増えているかもしれないね」


「それと船に乗っている間に、エリーシャ様とお母様達から【ミラの祝福】を受けたいと申し出があったわ。私達の為にわざわざ王都にまで足を運んでもらったし、引き受けて頂戴」


セリアーナもエレナも、テレサの行動を気にもせず話を進めている。

彼女の扱いはあれで良いのか……。

まぁ、いいか……話を進めよう。


「了解。先に降りるし順番はエリーシャ様からかな?」


「そうね。エリーシャ様から順に海に出る前に終わらせましょう。今回報酬は私が払うわ」


「別にいらんけど……貰っとくよ」


相変わらず律儀だ。


「失礼します」


テレサは一人マイペースに持って来た着替えを俺に着せている。

両腕を上げ袖に通すが……見覚えの無い服だ。


「ねぇ……こんなのあったっけ?」


自分で用意しているのは【隠れ家】にしまってある。

それ以外はセリアーナが用意した物だが、彼女の趣味か俺に合わせているのかわからないが、飾り気のないシンプルなものが多い。


ただこれは……夏だからか透けてはいないが随分薄い。

そして、レースにリボン。

色も薄いピンク……誰の趣味だ?


「私が選びました。よくお似合いですよ?」


とテレサ。


「あ、はい……」


今度は俺の髪を結っている。

こ……この人がよくわからんっ!



船旅は天候にも恵まれ予定通りに進んだ。


海に出た時は雨季を過ぎても変わらず荒れていたが、セリアーナは俺を抱え【浮き玉】を使用し続け、テレサは本人も言っていたように船酔いは平気な様だった。


他の女性陣は変わらずグロッキーだったが鍛えているからか、エレナも本調子とは言えないものの行きに比べ随分マシなご様子。


そして、ゼルキス領のオズの街に到着し、進路は領都へと。


到着したゼルキス領都の領主屋敷には3日滞在した。


セリアーナ達への客は人数こそ多かったが、やる事は祝いの言葉と贈り物を受け取り顔と名前を覚える事だ。

その事は相手も了承しているし、テンプレートに沿ったやり取りで済ませられる為、さくさく流れ作業の様だった。


その間俺は相変わらず客を横目に部屋でグータラしていた。

さらに、親衛隊のテレサも同席していた為、セリアーナの株はさらに上がっただろう。


そしてそして、ゼルキスでのやるべき事をすべて終えて、いざ領地へ向かう日となった。


……何の感傷も無いな。


俺はもちろん、隣の領地とは言え一応家を出ることになるセリアーナもドライなものだ。


「随分あっさりだよね……?」


「ふっ……、私の人生はこれからが本番なのよ?むしろ待ち望んでいたくらいだわっ!」


何とも男前な事で。

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