第96話

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「それではこちらにサインをお願い致します」


目の前に置かれた譲渡証の一番下にある欄。

お役人に見守られながらそこに俺の名前を書き、次いで保管先である屋敷の主のリーゼルとセリアーナも続いた。


「……はい。これで完了です。お待たせしてしまい申し訳ありません」


サインを確認した後、こちらに頭を一度下げ布に包まれた板状の物を恭しく差し出した。


縦50センチ横30センチ程だろうか?

思ったより小さいかな?


「はい。私、セラが確かに受け取りました」


最近似たようなやり取りをしたが、今回は襲撃は無しだ。


「それでは、私共はこれで失礼致します」


もう一度頭を下げ、退出していった。


「小さい絵1枚なのに随分大袈裟だよね……」


それを見送りながら、ついつい本音が漏れてしまった。


王妃様からの報酬の絵。

王都を出発する前日になったが、ようやく届けられた。


譲渡証は1枚だったが、作者のプロフィールや王家に贈られた経緯、どのような場で使用されたか等が記された冊子も付いている。

それ等の作成に時間がかかったらしい。


ちょっとした思い付きで要求した物が思った以上に大事になってしまった……。


「昔の事になるけれど、王族だったり役人だったりが、宝物庫の収蔵品を勝手に売りさばいてしまった事件が何件かあったんだよ。小さい絵1枚と言ったね?大物と違ってそう言った物の方が無くなっても気付かれにくいんだよ。だから小物の方が管理が厳しいんだ」


「なるほど……」


リーゼルの説明でこの面倒な手続きは納得できた。

美術品抱えて森や山を抜けるわけにも行かないし、街道を通るしかない。

そんな状況で隠し持って移動するなら、小物になる。


……やらないけれど、大怪盗・セラ様ならできそうだな。

まぁ、それは置いておくとして。


「開けてもいい?」


この一連のやり取りの間、肝心の絵は隠されたままだった。

王家から下賜される場合は中身を検めたりはしないそうだ。

タイトルは譲渡証に記されていたからわかったが、どんな絵なのかはわからない。


「もうお前の物よ。好きになさい」


そう言うと、セリアーナは冊子を手に取った。

リーゼルは知っている様だが、彼女も見た事ない作品なんだろう。


「では……」


まず目に入ったのは額縁だ。

木製では無く乳白色で、妙にツルツルしている恐らく何かの骨。

それに絵が収まりガラスの蓋がしてある。


それだけで普通の絵とはちょっと違う気配だ。


そして肝心の絵は……。


「ミラの休息だっけ?」


ベッドに腰を下ろした赤い衣装の女性が、小姓に鏡を持たせて、侍女に髪の手入れをさせている。

「ミラの審判」だとか格式ばったシーンが多いが、これは随分とラフな姿だ。


画材は何を使っているのかわからないが、衣装の赤や、黒い影等がキラキラと煌めいている。

顔料かな?


「……これは何の意味が込められているん?」


肖像画や風景画と違ってこういった絵には何かしら意味が込められている場合が多いが……何だこれ?


「今から90年程前に描かれた絵だね。魔物の討伐で王族や貴族の女性も戦場に出ていたが、国内が落ち着き始めたという事もあって、女性は家に入り芸術を始めとした文化活動の支援を行って欲しいという意味も込めて、当時の画壇の大家が贈ったそうだよ」


「……何か説教臭いね」


「あっはっはっ!母上も同じことを言っていたよ。君とセリアに、開拓に夢中になり過ぎないようにと伝えたいのかもね。まあ、深い意味は無いはずさ」


俺の反応が面白かったのか楽しげに笑っている。

一方セリアーナは無言で冊子を読んでいる。


「何か面白い事書いてあったの?」


「面白いというよりも……いえ、そうね。面白いわ。セラ、ここの赤と黒は何で塗られていると思う?」


セリアーナは冊子から顔を上げ、絵の赤と黒い箇所を指した。

キラキラしていると気になった所だ。

敢えてそこを指すって事は何か特殊な素材なのかもしれないが……。


「わかんない。宝石とか?」


「違うわ。黒は竜の血で赤はルビーを竜の胃液で溶いたものだそうよ。宝石って溶けるのね。額縁は手の指の骨……随分驕った物ね」


セリアーナは感心しているのか呆れているのかわからない様な声で言った。


「王族や貴族の生活スタイルに口を出すんだ。相応の物を差し出さないと首が危ういよ。もっともその頃から変化が表れているし、上手くいったようだけれどね。……ああ、もう役割は果たしているし、遠慮なく受け取っていいんだよ?」


この絵が、貴族文化の分岐点に関わっていそうな事にちょっとビビっていた事が顔に出ていたようだが、それに気づいたリーゼルが気にするなと言った。


……重要文化財くらいの格はありそうだよな。

ど……どこに飾ろう?

セリアーナの部屋でいいかな?


241


早朝、離宮前に整列する騎士達。

その前で訓示を述べているのは騎士団総長のユーゼフだ。


「ねー……随分いるね。何人くらいだろ?」


馬車の窓から顔を出し、すぐ側に控えるアレクに聞いてみた。


「3隊いるからな……50近くだ。それに俺達が連れてきたのと、エリーシャ様達の騎士も入れると……70位になるな」


「わお……」


ちょっとした討伐部隊だって言っても通じそうだ。


「王都圏内の移動でこれだけの数を動かすことはそうそうないからな……。ユーゼフ総長が同行しなければ反乱と間違えられてもおかしくは無いな!」


物騒な内容なのに、心なしかアレクの声が弾んでいる気がする。

こいつもしかして……。


「ねぇ……アレク君?君ひょっとしてワクワクしてない?」


「ん?まあな……総長の直轄部隊なんて、そうそうお目にかかれないからな……お前もよく見ておけよ?個人では上がいても部隊ではあれがこの国の頂点だ。」


「ふぬ……」


アカメにシロジタ、【妖精の瞳】フルで発動し、整列する彼等を見てみると……。


「……?強い事は強いけれど……そこまでなの?」


「ああ。傭兵をしていた頃に何度か見たことがあるが、見事なもんだぞ」


アレクは絶賛しているが、彼等よりも俺の向かいに座っているテレサの方が上だ。

まぁ、あくまでこれは身体能力や魔力だけで、練度なんかはわからないが、その辺の違いなんだろうか?


ところで……何で彼女は馬車の中にいるんだろう?



2か月以上滞在した王都をいよいよ後にした。


自前で用意したゼルキス領や旧ルトルの騎士だけでなく、王都の騎士団の精鋭も道中の護衛についている。

流石に東部に比べずっと安定している王都以西で襲撃があるとは思わないが、それでも念の為だ。


襲撃の件は上手く内々に収める事が出来たが、ここで再び襲撃を受けてさらに被害者でも出てしまえば、今度はもうどうしようもないからな……。

ユーゼフも必死だ。


もちろんこの大部隊のメリットもちゃんとある。


帰りも行きと同じルートを通っているが、船に乗るアルザの街まで行きは2日かけた道のりを、1日でクリアする。

強行軍ではあるが、折角の大所帯、幸い季節は夏でもあるし日が落ちるギリギリまで粘れば船に乗るアルザの街まで辿り着けるはずだ。

仮に間に合わなくても、この大所帯なら少々の事が起こっても大丈夫だろうし、夜の移動も問題無い。


行きで挨拶をしたとは言え素通りするのはあまり良くない事だろうが、各地の代官達もこの陣容を見れば何も言えないだろう。

実際昼食時に滞在した村では、そこの村長が青褪めながら挨拶にやって来ていた……。

やましい事が無くても怖いもんは怖いんだろうね。


そして、あの村長が恐れた武力の一端が今俺の眼下で繰り広げられている。


「……おおー」


ついでにアレクがやたら高く評価していた事もだ。


魔物は獣に比べると能力が高い。

その分好戦的ではあるが、知恵も高く慎重だったりもする。


数が多いだけだと襲ってくることもあるそうだが、武装した人間がこれだけいるとたとえ縄張りに引っかかってもちゃんと避けている。

ただし、稀にパニックになり逆に全力で襲ってくる場合もある。


正にそれが今だ。

もうすぐ目的地に辿り着くという所で、初戦闘だ。


だが、セリアーナが気付いた時には既に騎士達も察知していたようで動き始めていた。

アレクに声をかけられ俺もすぐ上空へ移動したのだが……。


側面についていた1隊、10数騎だけが向かっていた。

そして、それぞれが魔法をポンポン撃ちつつ、上手くまとめ……気付けば50頭近い魔物の群れを、10数騎で包囲していた。

そして、その包囲の中に数騎が入り込み、1度の魔法の一斉射撃で倒せる程度に適度に分散させている。


圧倒しているのに、全く油断しない可愛げのない強さだ。

10分かからず殲滅してしまった。

余韻に浸る事無くこちらに向かって来ている。


「あれ?総長ー」


「む?何かあったか?」


「いや、魔物倒したはいいけれど、放置しているけどいいの?」


数頭程度ならともかく、あの数だとアンデッド化の可能性もあるはずだけれど……。


「ああ……、このままアルゼに向かい、そこの冒険者ギルドに報告をするのだ。そうすれば明日の朝には処理の依頼が出ているはずだ」


「へー……」


まぁ、いちいち騎士が足止めて死体集めて焼いたり、街まで運んだりは効率が悪いのかな?


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