第93話
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襲撃の際の事情聴取を受けているが……特に話す様なことは無い。
普通に仕事をしていた兵士が急に襲って来た。
こうとしか言いようのない事件だからだ。
城内で行動する兵士は4人で1班となっている。
賄賂などの不正対策なのか知らないが、勤務時間内でもローテーション制で入れ替わっている。
今日この部屋に届けてきたのも、襲撃犯一行を含めて4組いた。
その襲撃犯一行だが4回届けに来て、実行は4回目の時だった。
その時も、手順を省いたりして警戒を緩めていたわけでは無い。
強いて言うなら、書類のやり取りの際に俺と犯人から少し……と言っても数歩程度だが離れてしまった事くらいだろうか?
それにしたって、書類のやり取りは直接本人同士が行う決まりがある。
一々剣を突き付けたりするわけにもいかない。
俺はもちろん、親衛隊の3人もちゃんと仕事をしていた。
改めて考えても防ぎようは無かったと思う。
話を聞いたユーゼフは先程から渋い顔をしている。
完全に騎士団内部の問題になっているもんな……。
一応敵かどうかを調べるだけならセリアーナが出来そうだけれど、辺境の公爵夫人が王都の騎士団の人事に介入できるのはマズい。
露骨な足の引っ張り合いは無いけれど、主導権争い位はこの国にもある。
ミュラー家の姫が王子と結婚して王家の全面バックアップの下、新領地の開拓を行う。
それだけならまだしも、王都圏でも影響力を持ってしまう事になる。
騎士団が原因で国内に揉め事の火種を作ってしまいかねない。
そりゃー、そんな顔になってしまうだろう。
「む?」
どうするのかなと眺めていると、ユーゼフは顔を上げドアの方を見た。
と同時にドアをノックする音が。
「構わん。入れ」
入って来たのは強張った顔をしたアレクだ。
「失礼します。うちのセラが面倒を掛けました」
そして入って来るなり頭を下げるアレク。
「あれ?もう来ていいの?」
式に護衛として参加していたはずだけれど……。
「とりあえず俺だけな。服が変わっているが、怪我は?」
「もう治ったけど、肩外されて背中をちょっと切られたね」
「そうか……ま、無事で何よりだ」
そう言い、頭をペシペシ叩いて来る。
ホッとしたのか表情が和らいだ。
まーなー……警戒はしていたし備えもしていたが、本当に襲撃が起こるとは思っていなかったんだろう。
「そうだな……アレクシオ、貴様にも話しておこう。お前達、もう行っていいぞ」
ユーゼフが部屋にいる騎士達を下げさせた。
◇
「……まあそんな感じだ」
アレクへの説明を終え、ユーゼフはソファーの背もたれに体を預けた。
俺とアレクと親衛隊の3人にユーゼフ。
部屋に残っているのはこの6人だけだ。
部下は既に部屋を出て、多少は姿勢を崩せるようになっている。
「襲撃の件はどこまで話が伝わっている?」
「伯爵と私までです。今はセリアーナ様達の耳に入れていません。犯人達はもう捕らえているのですよね?この件はどう収めるのでしょう?実質被害はセラだけですが……」
「どうもこうも……金に困った兵が高価な品に目が眩み、居合わせた親衛隊に取り押さえられた……そうなるだろうな」
……なんか矮小化されている気がするけど?
「不満か?」
顔に出たのか俺を見てそう言って来た。
「別に不満ってわけじゃないですけど……一応お嬢様を狙っていたんでしょう?そんなんでいいの?」
「城内勤務できるのは王都圏出身の者だけだ。思想や政治が動機とは思えん。調べるのはこれからだが、金か女だろう。放棄されているのにもかかわらず、それに気づかず事に及ぶ程度だ。大した情報は持っていないだろう」
……まぁ、どう考えても賢いとは思えなかった。
まともか否か、とかではなく、ただの馬鹿って事だな。
「表には出さんが、相応の処分を下すからな。それで納得してくれ」
わざわざ騎士団内部の失態を公にする必要は無いか……セリアーナの式に泥塗る事にもなるし。
「わかりましたー」
いや、城内勤務の兵士が金に困って離宮で強盗を企てたってのも結構な失態だと思うけれど、どうなんだ?
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式当日、セリアーナ達の帰宅は深夜だった……らしい。
俺は寝ていた。
翌日……つまり今日だが、彼女達の様子をそれとなく観察していたが、襲撃の件は知らされていなかったと思う。
来客が多かったというのもあるが、様子に何も変化無かったし、俺も何も聞かれなかった。
親父さんは会わなかったからわからないが、アレクも何も言っていなかったし、間違いないと思う。
流石は離宮の使用人と言うべきだろうか?
彼等も何も漏らしていないのだろう。
襲われたのは俺だったが、そもそもの目的はセリアーナ。
彼女に知らせないって事は無いはずだ。
間を開けるのは、王都での危険はもう無い事と、式を挙げた事への配慮なのかもしれない。
となると……明日か?
「あら?セラさんまだ起きていたの?」
ふぬぬ……とベッドで唸っていると、その声に気付いたミネアさんが声をかけて来た。
侍女のジーナと何か話していたのだが、聞こえてしまったか。
この人達も知らないみたいだし……。
「ちょっと考え事を……。俺明日は昼まで寝ますね!」
カーテン越しにだが、2人の「?」といった気配が伝わって来る。
正直、この件でセリアーナがどう動くかわからない。
騎士団総長が出張ってきたりと大事になっているし、俺の手には余る。
事態の収拾は他の人に任せよう。
◇
騎士団本部にある地下収容所。
主に王都圏で大きな犯罪を起こした外国人が、記念祭の初日に行われる処刑までの間収容される場所だ。
逃亡や救出を防ぐ為に地下に、そして内部も螺旋状に造られている。
貴族学院に在籍していた頃、場所が場所だけに中に入る事は叶わなかったが、そう教わった。
記念祭も終わり、ひと気はほとんど無い。
その収容所の廊下をコツコツと靴音が響いている。
私とエレナ、リーゼルとカロス。
騎士団総長のユーゼフとお付きの騎士が2人。
そして、襲撃に立ち会った親衛隊の3人。
外から来た私達の方が多いだろう。
「かび臭いわね」
「地下……それも牢屋だからね。花でも飾るかい?」
何となしに呟いた言葉に律儀にリーゼルが返してくる。
「必要無いわ……リーゼル。私は今朝聞いたのだけれど、貴方は今回の事をいつ聞いたの?」
「僕は昨晩だ。夜王宮に呼び出されたカロスが伝えてきたよ」
すぐ隣を歩くリーゼルが肩を竦めそう言った。
「そう……全く。昨夜セラがいつもより早くお母様の部屋へ向かった事を怪しむべきだったかしら?」
思い返せば、式の事について何も訊ねてこなかった。
あの娘は、何が面白いのかどうでもいい様な式典の様子や由来をも聞きたがるのに。
来客が多かったから遠慮していたのかと思っていたが、あれは私から逃げていたのだ。
夜も普段は迎えが来るまで部屋にいるのに自分から向かっていた。
「アレクは知っていたらしいけれど……。ユーゼフ総長。貴方が口止めしていたの?」
「口止めというわけでは無いが、この件は自分が預かるとは……な。セラ嬢はわからんが、アレクシオは自分に配慮したんだろう」
その問いかけに、前を歩くユーゼフが振り向くことなく答えた。
彼の肩書きを考えると、実質同じような事だろうに。
しばらくの間会話も無く進んでいると、大きな両開きの扉が見えてきた。
扉の前には槍を手にした兵が両側に控えている。
「ここから先が牢になる。今は先日捕らえた4人のみが収容されているが……少々刺激が強いかもしれんが、よいな?」
「もちろんだ。セリアも良いね?」
ユーゼフの念押しに軽く応えるリーゼル。
「ええ」
もちろん私も。
「では……。開けろ」
扉前の兵士が槍を置き、扉に手をかけ開き始めた。
中から徐々に光が漏れてくる。
牢へ繋がっているのに閂が付いていないことが気になったが、分厚く随分重そうだ。
これなら足止めには十分だろう。
開き終えたのを見計らい、中へと踏み込んでいく。
中は中央を通路が通りその両側に鉄格子の付いた牢が並んでいる。
収容されている罪人の数が少ないからか、牢という割には変な臭いはしないが、それでも微かに血の匂いが漂っている。
「牢なのに随分明るいんだね」
牢の中は昼間の様に明るい。
魔道具の照明それも随分強力だが、中で本を読むような自由があるとも思えないし……。
「そうね……お父様の執務室よりも明るいわ。何か意味があるのかしら?」
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内部も螺旋構造になっているのか、奥に進みながら何度か通路を折れて行き、そしてようやく辿り着いた最奥部は6つの牢があった。
そこには、ここに来るまでは見なかった中を監視する兵士がいる。
牢内に人が入っている証だ。
「ご苦労。……ここに4人それぞれ収容されている」
兵士に挨拶をし、一番手前の牢の中を覗くと、手枷を鎖に繋がれ壁にもたれ項垂れている男がいる。
「随分消耗しているが……それ程苛烈な取り調べをしたのか?」
ユーゼフにリーゼルが尋問の様子を訊ねているが、私も同じ疑問を覚えた。
多少は血で汚れているが衣服が破れているでも無く、拷問を受けているようには見えない。
長期間収容されているならともかく、今日で2日目だ。
こちらの話声に反応したのか呻き声をあげているが。ここまでなるだろうか?
ユーゼフは天井を指差し口を開いた。
「アレだ。朝から晩まで一日中この明るさだからな。加えて尋問も受けている。慣れるまでは眠る事は出来んだろう。慣れたところで1時間おきに起こすから、碌に休息はとれんだろうがな。ここは本来収容されるのは外国の貴族がほとんどで、面会に訪れる者も居る。たとえ処刑待ちとは言え、あまり痛めつけた姿を晒すわけにもいかんだろう?」
「なるほど……」
常にこの明るさなら睡眠など取れないだろう。
数年前、従魔の違法取引で捕らえられた者達も、数日で随分消耗していたが、これだったのか……。
「手間が省けるのはいいわね。ウチにもあると便利かしら……?」
「うーん……まだ早いんじゃないかな?残念ながらウチにはここまでしなければいけない様な他国の者は来ないよ」
「それもそうね……」
精々商隊の護衛できた者達がケンカを起こす程度だ。
それならわざわざこんな施設を用意するまでもない。
つまらない……と思いながら牢の中を見ていると、外にいる私達に気付いたのか顔を上げる。
城内勤務だったそうだが、見憶えの無い男だ。
「……ぅ……」
疲労と寝不足だからか、うつろな表情だ。
このままでは話しても頭に入らないかもしれない。
それではわざわざここまで足を運んだ意味が無い。
側に控えている兵士に指示を出し、鉄格子を叩かせた。
大きな音が響くが中の男の気付けには丁度いいだろう。
「セリアーナ・リセリア・リアーナよ。随分絞られたようね?取り調べの内容は読んだわ」
同じ班の先輩兵士達から金になると誘われついつい乗ってしまったと、報告書にはあった。
運が悪いと言えばそうだが、愚かな事だ。
さっさと上司に報告しておけばよかったのに。
「私の望む答えじゃ無かったわ」
それだけ伝え次へ行こうとしたが、身を起こしこちらに近寄って来た。
「……⁉まっ……待ってくれ!話をっ……ぐっ⁉」
何か言いたげだったが、槍の石突で突かれ遮られた。
それでも何か喚いているが、もうこの男に用は無い。
このやり取りに気付いたのか、他の3人も鉄格子を掴みこちらを覗っている。
流石にまずいと思うのか声は上げていないが、縋るような目つきだ。
「彼等と何か話すかい?」
リーゼルはわざわざ彼等に聞こえる様に、やや大きめの声で言った。
報告書を読んでいるはずなのに……顔に似合わず人が悪い。
「私、嘘は嫌いなの」
最初の男は正直に吐いたようだが、この3人は色々誤魔化そうとしていたらしい。
そもそもこの3人が主導で、先の男に話を持ち掛けたのにもかかわらずだ。
もっとも、痛めつける事で3人とも春頃から親しくなった女性がいる事を吐いたそうだが。
「ああ、そう言えばセラに傷を負わせた者はどれ?」
ここに来たのは襲撃犯達の顔を見る為だが、それ以外にも一つ目的があった。
「右奥の牢だ。元班長で名は……」
「名前は結構」
ユーゼフの言葉を遮り奥まで行き、鉄格子越しに顔を見る。
尋問中に殴られたのか痣が出来ているが、それを除けば特徴の無いどこにでもいそうな男だ。
「あ……あの…………へへへっ……」
視線を泳がせたかと思えば卑屈な笑い声をあげている。
「はぁ……怒鳴る気も失せるわね」
見捨てられたとはいえ、この程度の者達に自分の暗殺計画の一端を担わせていたとは……度し難い。
思わずため息が漏れてしまう。
ここにはもう用はないし、さっさと外に出よう。
ああ、でも。
「その男の両腕を切り落としておいて頂戴」
この事を本人に伝えておくのを忘れてはいけない。
「そうね……あなたたちにも伝えておきましょう。尋問で何を聞かされたかわからないけれど、恩赦は無いわ。あなた達は、来年の記念祭で処刑される事は確定しています。そして、それまでは拷問の実験台……運よく治療が間に合わずに死ねる事を祈るのね?」
それを聞きサッと青褪めた。
言葉も出ない様で、小気味いい。
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