第92話
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「ぉぉぉ…………」
感嘆なのか驚嘆なのか……自分でもよくわからんが声が漏れた。
目の前にいるセリアーナ。
淡いグリーンで、踝まで丈のある細身のドレス。
その上から、素材はわからないが光沢のある純白の鎧を纏い、腰には剣帯代わりの金色の鎖に細身の剣が下げられている。
手は二の腕まである白の長手袋。
そして、まだ台に置かれたままだが鎧と同じ素材らしき兜。
……俺の知っている結婚式の装いじゃないな。
「どうしたの?」
目元に化粧を施されているセリアーナが口を開いた。
普段はしているかどうかギリギリわかる位の薄化粧だが、今日は遠目からもわかる位はっきりとしている。
「う……うん。ちょっと思っていたのと違ったから驚いてんの。……似合ってるよ?」
着たいとかは思わないが、これはカッコイイ。
しかし、どういうコンセプトなんだろう?
「平民の結婚式は祝い事でしょう?貴族、それも領主のとなれば違ってきます」
口元の化粧に移り、喋れなくなったのを見たんだろう。
俺の後ろに控えている親衛隊の1人が耳打ちしてきた。
「へー……」
「どのような時でも領地の為に戦うという誓いが込められているのですよ」
「なるほど……」
今でこそある程度安定してはいるが、この国自体開拓して作られた国だ。
何かあるごとに貴族は戦う覚悟を示す様になっているが、結婚式でもそうなのか。
「口紅も目元も真っ赤だけれど、あれも何か意味があるの?」
「そうよ。遠目からでも顔がわかる様に赤を塗っているの。昔は血を用いていたそうよ。戦場でも簡単に手に入るでしょう?」
化粧を終えたセリアーナが鏡を見ながら言って来た。
「殺伐とした理由だね……」
「そうね……これで準備は完了ね。もう迎えが来るわ。セラ、後ろの3人はお前が使っていいから、ここを任せるわ」
「はいよ。こっちは適当にやるからお嬢様は式をしっかりね」
「フッ……言われるまでも無いわ」
自信たっぷりという顔だ。
この人の辞書に緊張って言葉はあるんだろうか?
「……と、来たね」
感心しているとドアをノックする音が部屋に響いた。
◇
いよいよ結婚式当日。
セリアーナ達を送り出した後の俺の役目は、離宮の1室でセリアーナ宛の贈り物の管理だ。
それ自体はいいんだが、もしかしたら襲撃があるかもしれない。
多分無いと思うが、あるとしたらここだけなので、セリアーナが俺の護衛にと親衛隊から3人引っ張って来た。
何も無ければ来客の対応を任せられる。
親衛隊は高位貴族出身の者で構成されている。
俺がやるよりずっといいだろう。
そして俺は受け取りのサインだけすればいい。
平民の小娘如き……と侮られたらどうしようかと思っていたが、王妃様の口添えもあったようで、3人とも親切で実に助かる。
「始まったみたいね」
この3人の代表格のテレサがそう呟いた。
この部屋は窓が無くあまり外の音は聞こえないが、それでも微かにラッパの様な音が聞こえる。
セリアーナ達が入場した合図だ。
結婚式と言っても、教会で夫婦の誓いをして、とかではなく、叙勲、陞爵の一環として行われる。
もちろん今日のメインではあるが、彼女らの為だけに行われているのではなく、しっかり出番まで待たされていたんだろう。
「このままだと何事もなく終わるかな?」
今のところ部屋を訪れるのは、離宮まで入場を許可されている貴族の使いか、入口で荷物を預かった兵士かだ。
机にグテっと伏せていても【妖精の瞳】とアカメ達の索敵は行っている。
少なくとも目につく範囲には怪しい姿は見えない。
巡回の兵士は絶えず行き来をしているし、これで襲撃って言ったらもう……全力でここまで突っ走って来る事くらいか?
足次第だが、もしかしたら兵を振り切ってここまで辿り着けるかもしれない。
「警備はしっかりしているけれど……内部にいる可能性もありますからね。もっとも私達が付いていますから、セラ殿は気を楽にしてくれて構いませんよ」
「そかー……。これ以上楽にするともう寝そうだけど……頼もしいね……ん?」
壁越しにだが、中に入って来た者達の姿が見えた。
入口の方からだし、また荷物かな?
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俺の様子から誰か来たことを察知したのか、立ち上がりドアの前、部屋の中央、そして俺の前へとそれぞれ移動した。
「何人かわかりますか?」
朝から何度も繰り返しているが、見る限り全くダレていない。
護衛が専門とは言え、大したもんだ。
「兵が4人。何か抱えているしまた荷物かな?歩いてこっちに向かって来ているよ」
「わかりました」
極表面的な事だけ伝えると、彼女達はドアに視線を向けた。
体力と魔力の大きさや魔道具の有無などもう少し詳しく伝えられるけれど、技量まではわからない……。
ってことで、伝えるのはそれらに異常があった場合のみと決めてある。
何かあっても対処できる自信があるんだろうが、俺は俺でこっそり小細工をしておく。
程なくしてドアをノックする音が。
「入りなさい」
ドアが開き、荷物を抱えた兵士達が入って来た。
彼等も朝から何度かここにやって来ている。
「お疲れ様です。またそこで良いですか?」
先頭の荷物の代わりに書類を手にした兵士がビシッと姿勢を正している。
荷物は部屋に運び込んだ長机に置いているが、そろそろ置き場が無くなって来ている。
セリアーナへの贈り物だし、勝手に床に置くわけにもいかない。
下手に重ねて破損させたら不味いし仕方が無いが、場所取っちゃうな……。
「ええ。送り主は国内か国外かわかりますか?分けて置いてくださいね」
「はっ。やってくれ」
彼は他の3人に指示を出し書類をテレサに渡した。
サインは俺がするが、まずは彼女が事前にチェックをしている。
主要な貴族や商会の情報が頭に入っているんだから大したもんだ。
「あら……?受け取ってから時間が経っていますね。何かあったのですか?」
書類と部屋に置かれている時計を見比べながらそう言った。
不備でもあったのかな?
「はっ。式の開始直前は城内への出入りを禁止されていた為、開始まで待機しておりました。急げば間に合ったかもしれませんが、中身に万が一があってはいけませんので……」
「ああ……そうでしたね。わかりました、これで結構です」
「はっ」
テレサから書類を受け取り俺の方へやって来た。
「こちらをお願いします」
「はいはい」
書類には荷の送り主と受け取った者の名前に所属先。
さらに受け取った時刻が記されている。
それと簡単にだが中身の情報もだ。
それ等を確認し、後は俺の名前を……。
「ぬっ⁉」
書類に目を通し、サインをするべくペンを取ろうとほんの一瞬目を横にした隙に手首を掴まれ、そしてそのまま俺を引き寄せ首を掴み、反転しテレサ達に向け突き出した。
「動くなっ!」
……あれ?
ピンチ?
油断したってわけじゃ無いけれど……完全に虚を突かれた。
「うぐっ⁉」
首を掴む手が外れたかと思えば、ゴキっとした音と共に両肩からやって来る激痛。
肩が折れたか外されたか……痛ぇ……!
「これで使えんだろう。いいか、妙な素振りはするなよ」
使えん……アイテムの事か。
両手の指に【影の剣】と【琥珀の剣】をはめている。
【影の剣】の存在は隠してあるし、【琥珀の剣】の方だな。
今日は正装って事で色々身に付けているからどれがそうかわからなかったんだろう……両方やりやがった。
痛みで俯いていたが、怒りで少し紛れ顔を上げる余裕ができた。
前を見ると、一緒に部屋に入った3人が剣を抜きテレサ達親衛隊に向けている。
こいつらもグルか……いや本当にまともじゃないな。
手際はいいけれど、たった4人でこんなところで決起してどうするんだ?
普通に考えれば何か勝算があっての事だと思うが……。
例えば強力な魔道具やアイテム、スキルだ。
でも、魔道具は身に付けていないし、アイテムもそう。
スキルはわからないが、そもそも西側にとっては貴重なソレ等をこんな所で使い捨てるってのも変だ。
親衛隊の3人も相手が何をしたいのかわからないからか、動けないでいる。
動かれて首をゴキリと行かれても困るからそれでいいんだけれど……困ったな。
せめて首から手が離れたら天井にでも逃げるんだけれど、肩やられた時に無理にでも逃げるべきだったか?
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背中にチクリと痛みが走ったかと思えば一気にドレスを切り裂かれた。
「貴様っ⁉」
それを見たテレサが声を上げるが、俺を盾にするように見せつけ押し留まらせる。
「動くなっ!その赤い目……情報通りだな。蛇はそのまま見える位置に留めておけ」
……アカメの事までは知っているか。
でも、シロジタの事は知らないみたいだ。
こいつらが何を考えているのかわからないから今まで大人しくしていたけれど、ここまでだな。
と言うよりも、これ以上引っ張ると逆に危ない気がする。
やったるぞ!
「……ねぇ」
体は無理でも首は動かせる。
なんとか後ろが見えるように回し、さっきから俺の首を掴んでいる男の顔を見る。
普通のおっさんだな。
目がイってるとかそんなんでも無いし……、まともっぽいのになんだってこんなアホな事を?
まぁ、それは捕らえた後で調べてもらおう。
とりあえず、大きく口を開き……。
「動くっ……なっ……」
勝手に動いた俺を怒鳴ろうとしたんだろうが、言葉の途中で崩れ落ちた。
軽いね。
「わっはっはっ!って……ぉぉぅ……」
動かないのを確認し、振り向いた時には既に制圧を終えている。
ほんの2-3秒なのに……。
血は流れていないし、魔法は使っていなかったから殴り倒したのかな?
そう言えば親衛隊って身分抜きにしてもエレナがギリギリ入れるかどうかってレベルだったな。
まともにやれば一般兵程度じゃ、こんなもんか。
「セラ殿、無事ですか?」
他の2人が拘束をしている間にこちらにやって来たテレサが様子を訊ねてきた。
「腕が痛い!」
多分脱臼だと思うが、腕が動かせない。
これもポーションとか魔法で治せるのかな?
骨折はいけたけれど……不安だ。
「すぐに治療をしましょう。その前に……その者は?」
彼女は床に倒れて動かない男を見ている。
あの位置からじゃ俺が何をしたか見えなかったんだろう。
「気絶してるんじゃないかな?」
「⁉」
人間相手は初めてだけれど、思ったより上手くいった。
足は無事だから、いざとなればセラキックをぶちかますつもりだったけれど、必要なかったな。
「そ……そうですか。では、先に拘束しましょう。治療は少し待ってください」
足に付けたポーチからロープを出し、手足を縛っていく。
親衛隊だけでなく王都の騎士は皆装備していて、中に何が入っているのかと思っていたが、捕縛用の装備だったんだな。
「お待たせしました。治療はあちらでしましょう」
応接用のソファーに移動し、まずは背中の傷を魔法で治した。
幸い浅く切った程度で痕は残らないらしい。
しかし回復魔法も使えるのか……。
「それでは肩に移ります。いいですね?」
さて、いよいよ本命だ。
「むぐ」
テレサの問いに、やってくれと頷く。
布を噛まされているから言葉では伝えられないが、今ので十分だろう。
脱臼……前世でも一度やった事があるが、手術はせず関節の位置を戻して2週間近く三角巾で固定していた。
こちらでも似た様なものらしい。
ただ違いがある。
魔法やポーションの存在だ。
固定するのは患部の回復を待つ為だが、こちらではその期間をショートカットできる。
素晴らしい……!
「んぐっ⁉」
問題は位置を戻す際の痛みは同じだって事か……。
◇
治療を受けている間に、1人が外に応援を呼びに行っていたらしい。
騎士の1隊を連れすぐにやって来て、襲撃犯達は連行されていった。
そして俺は破れたドレスを着替える為に一旦セリアーナの部屋へ向かった。
離宮内には使用人達が残っていたが、彼等には被害は無かったようで何よりだ。
彼等に着替えを手伝ってもらい、再び部屋に戻って来たのだが……追加で騎士の数が増えていた。
沢山いる騎士の中の1人は見覚えがある。
騎士団総長のユーゼス。
【緋蜂の針】の試用の時にじーさんと一緒にいたが、今はお仕事モードなのだろう。
あの時の好々爺然とした様子とは大違いだ。
「来たか。では話を聞かせてもらおう」
部屋に入ってきた俺達を睨みつけながら口を開いた。
重苦しい雰囲気だ。
騎士団の失態と言えばこの上ない失態だし、無理もないのかもしれないが……。
まぁ、俺は被害者だ。
気楽に行こう。
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