第91話

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「……全部脱ぐの?」


一応頭では理解しているけれど、風呂でも無い所で素っ裸になるのはどうにも抵抗がある。


「はい。恩恵品は全て外されていることは確認済みですが、お嬢様には従魔の存在がありますので……」


聞き入れてもらえない様だ。


「アカメ君シロジタ君、君達が理由だって」


左腕に絡まるように巻き付いている2匹に向かってそう語りかけるが、相手してくれない。


「はぁ……」


仕方なく全部脱ぎ、それを渡すと今度は別の使用人が後ろに回って来た。


「失礼します」


そう言うと、髪の毛を頭のてっぺん辺りで結びさらにグルグルと巻いて行く。

お団子にしているのかな?


髪が垂れて背中に影が出来ないようにしているのだろう。


この徹底具合……よく教育されている。

流石王妃付き。


「それではご案内いたします」


戦技会も終わり、セリアーナ達の結婚式まで後1週間程となった。


最近は顔見せ程度の客も減り、代わりに彼女の友人達が離宮を訪れる事が増えた。

式に出席する為に王都にやって来たんだろう。

【ミラの祝福】を受けながらお喋りを楽しんでいた。


俺も相手が若いという事もあって、1時間ほど膝の上でボーっとするだけの楽な仕事だったのだが……、遂に大物から来てしまった。


王妃様からの正式な依頼だ。


俺を直接呼びつけると面倒な手続きがいるとかで、一応建前として、お茶会に招待されたセリアーナが連れている俺を見たエリーシャが、以前受けた【ミラの祝福】の話をし、王妃様が興味を示し、では自分も……といった流れだ。


もっとも俺は一直線に王妃様の部屋の向かいの使用人控室に放り込まれ、有無を言わさずこの有様だ。



「よく来てくれました。初めまして、ね?」


前回の面会はプライベートルームだし、カウントされないんだろう。


「初めまして。セラです」


軽く会釈はしたものの腰に手を当て、立ったまま返す。

周りの人が少し狼狽えているが気にしない。


「あら?緊張しているのならほぐしてあげようと思っていたのだけれど……大丈夫そうね?」


エリーシャが笑いながら何かを揉むような仕草をしている。


「止めてよ……。この恰好で何を取り繕うのさ」


3人の他に、親衛隊の女騎士3人、侍女と使用人が合わせて8人。

キッチリした格好のその連中の中に俺だけ素っ裸。


……何かに目覚めたらどうしてくれるんだ?


「ごめんなさいね?従魔の事もあって、そうでないと侍従長が納得しなかったのよ」


何故か服を脱ぎながら王妃様が申し訳なさげに言ってくる。

シュミーズ?スリップ?キャミソール?

何て言うのかわからないが、それになっている。


「何故に王妃様まで服を……?」


服を脱いだ後は色々つけている飾りも外している。

ジャラジャラ沢山着けてんな……。


「痛いでしょう?」


「何が…………ぉぉっ⁉」


俺の為か!


「それは……すいません」


きつい印象の人だけれど、あまりおっかなくないのかもしれないな。


「構わないわ。セリア、貴方は普段はどのようにしているの?」


「私は就寝時に枕の様に抱いています。何もしなくても普段から微弱ですが効果がある様なので……。時間がかかるのであまり向いているとは言えませんね」


「……それで少女趣味とか言われているのね」


呆れ声のエリーシャ。

その噂王宮でも広まってるのか。


「他の方ですと、最近では座った膝の上に乗せています。エリーシャ様も船の上でそうされていましたよ」


セリアーナの説明を聞き考え込む王妃様。

立場がある人だから恐らく今日だけだろうし、効率のいい方法を探しているんだろう。


「セラ、貴方はどう?」


「……横になってもらって、その上にオレが覆い被さるのが一番集中できます。手も使えますし」


場所や時間に余裕があるのなら、まとめて広範囲をやる場合はこれが一番だと思う。


しばし俯き悩んでいたが答えを出したのか顔を上げこちらに向けてきた。


「……そうね。では、それでお願いしましょう。ベッドに横になればいいのかしら?」


「はい。仰向けにお願いします」


王妃様のベッドか……エリーシャのより良い物かな?


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「それではオレも失礼して……」


既に横になっている王妃様に続き俺もベッドに上がった。


「おおお……⁉」


エリーシャのベッドはセリアーナのと同じでやや硬めのマットレスだったが、これは柔らかい。

俺の体重でも沈むが、極浅くだ。

芯はしっかりしていてこれは中々……。


ベッドの脚やフレームの装飾に目が行ってしまっていたが、これいいなぁ……。

どちらかと言うと柔らかいのより硬めの方が好みだが、これなら丁度いい。


「これでいいのかしら?」


ベッドのクッション具合に気を取られていたが、王妃様の言葉で我に返った。


「っ⁉それで大丈夫です。では、乗っかりますね」


いかんな……大丈夫なつもりだったけれど、この状況に少し浮足立っていたのかもしれない。

まぁ、冷静な方がおかしいかな?


ともかく、今までも失敗はしたこと無いけれど、ちょっと気合を入れなおそう。


「ふんっ!」


一息吐いて覆い被さった。


「ねぇ……この姿大丈夫かな?アホっぽくない?布団かけちゃダメなん?」


いざ冷静になると我が身の間抜けさが気になって仕方が無い。

なんで服着た女性達に見守られながら、ベッドの上で半裸のおばさんに裸で覆い被さっているんだろう……?


「そうね。でも駄目よ。体に影が出来るでしょう?それとアカメ達はちゃんと背中に回しておくのよ」


割と切実な要求もセリアーナにあっさり切り捨てられた。


「はーい……」


中々注文が厳しいな。


「あのさ……せめて剣から手離さない?気になって仕方が無いよ」


護衛なんだろうし仕方が無いとはいえ、裸だからかなんか気配らしきものが背にビシバシ感じる。

ましてそれで剣まで手にかけられたら、落ち着かない。

ひょっとしてこれが殺気ってやつなんだろうか……?


「ふっふ……そうね。失敗されたら困るでしょう?貴方達は下がりなさい」


同じく結構間抜けな姿の王妃様は、しかし威厳を保った声で命令した。

俺に覆い被さられ、両頬に手を当てられているのになんでカッコつくんだろう?


それを聞き、騎士達が下がっていく。


相変わらず視線は感じるが……まぁ、これで少しは施療に集中できるかな?



「ふむ……見事ね。10歳は若返ったんじゃないかしら?」


「本当。いつも若々しいとは思っていたけれど、やはり違うのね!」


王妃様は鏡を見ながら顔や自分の体を見て触ってと変化を確認し、エリーシャも一緒になって盛り上がっている。


何歳なのか知らないが、普段から節制しているのか体型は保っていたけれど、それでも陰りというか曲がり角というか……衰えは見えていたが、上手く解消できたと思う。

最近は膝の上かおんぶスタイルばかりだったが、やはり効果だけならこの方が高い。


少しは体力が付いたのか、1時間集中をしていたにもかかわらず少しは余裕がある。

フィオーラの時はダウンしたからな……。


「ご満足いただけたよーで」


途中ケツを揉まれるハプニングがあったが、いい仕事をした。

見た目だけじゃなくて中身も似ているのか。


「……セラ。足は閉じなさい」


はしゃぐ2人を見ていると、セリアーナからお咎めが。

あぐらはいかんかったか……。


「おっと……失敬。いや……服返してよ」


座りなおしたところでもう裸でいる必要が無い事に気付いた。

慣れって怖いな。


「ああ、そうね。貴方達」


王妃様は、俺の服を持ち側に控えている使用人達に声をかけた。


ようやく我が身に文明が……。

そう思ったのだが……。


「待って頂戴」


王妃様と話をしていたエリーシャからストップがかかった。


「少し従魔を見せて欲しいの。他の種は見た事あるけれど、潜り蛇はまだなのよね。たまにセラの首筋とかを這っているのは見るけれど、じっくり見たことは無いし……」


ベッドに上がり、こちらににじり寄りながらそう言って来た。


「そうね。セリア、いいかしら?」


「ええ。存分に」


王妃様に問われ許可を出すセリアーナ。


……俺の意見は?


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王妃様とエリーシャ。

2人でひとしきりアカメ達を観察し、満足したようで解放され、ようやく服を着る事が出来た。


その後必要ないと言っているのに、髪を無造作にグルグル巻いたからと手入れをされた。


流石は王妃付きだ。

アレコレ指示を出してくる外野の言うとおりに手際よく髪を結いあげた。

やはりここでも鏡を見せてもらえなかったが、まぁきっと変な髪形では無いんだろう。


「さて……あなたが普段受け取っている報酬、金貨5枚ね?それは当然として、褒美は何がいいかしら?何でも言いなさい」


「ぬ?」


まぁ、他の人も追加で何かを持ってくることが多かったが……今回のは俺とセリアーナどっちにもプラスになるし、受け取る気は無いしそう伝えていたはずなんだけど……。


「裏も何も無いわ。お前が欲しい物があれば何かお願いしなさい。この国の王妃殿下よ。大抵の事ならかなえて下さるわ」


どうしよう……とセリアーナの方を見ると肩を竦めそう言って来た。

王妃様のアドリブか。


「ふぬぬ……」


なんだってこう……偉い人はアバウトな事をやって来るんだろう。

もっとわかりやすくしてくれたらいいのに。

大抵の事と言っても何でもってわけじゃないだろうし……今思い浮かんだ物は王妃様が使っていたのと同じ布団位だけれど、値段はそれなりにするだろうけれど、普通に買えそうだし、そんなものを強請る訳にもいかないよな……。


「あ!」


ヒントを求めて部屋をキョロキョロと探っていると、モチーフはわからないが、壁にかかった絵が目についた。

これだ!


「ミラ様の絵か彫刻が欲しいです!」


【ミラの祝福】を披露して、ミラの美術品を所望する。

お洒落じゃないか。


「……ミラの?」


首を傾げている。

……外したかな?


「その娘は王都やゼルキス領都でミラをモチーフにした作品を買い集めているのです。もっとも若手の作品ばかりですが……。どうでしょう?勉強の為に本物を頂けませんか?」


どうしたもんかと思っていたら、セリアーナから助け舟が出された。


「……そういうことね……わかりました。確か宝物庫に小物がいくつかあったはずです。その中から私が選びますが、良いですね?」


宝物庫……?


「あの……そこまでしてもらわなくても……」


ちょっと大事になっている気がする。

今から変えちゃ駄目だろうか。


「王家専属の絵師はいますが、一から依頼しても仕上がりは先になりますよ?あなただけ王都に残るのならともかく、ルトルに一緒に帰るのでしょう?急がせても一月、二月程度では終わりませんよ。宝物庫から出すのにも手続きはいりますが、それでも式を終えた頃には終わります」


「セラ、今後ルトルの芸術家たちの勉強にもなるわ。素直にお言葉に甘えなさい」


セリアーナがそう言うって事は貰っても大丈夫なのか……な?


「わかりました。それでは、ありがたく頂戴します!」


そう言うと満足気に頷いている。


……小物とか言っていたけど、城の宝物庫に収蔵されるような代物なんだよな……?

良いのかな?



夕食後、ミネアさんの所から迎えが来る前のお喋りタイム。

今日の話題は、昼はいなかったエレナに聞かせる為に王妃様のとこでの話だ。


「ねー、今更だけどさ、昼間のアレってもらって大丈夫なの?」


王妃様の部屋から戻って来て、何やかんやとセリアーナの用事が重なり聞けなかった事を聞くことにした。


「お前が自分で選んだんでしょう?」


「まぁ、そうだけど……。想定外だったというか……」


公式な顔合わせっていう一大イベントを達成したし、それだけで十分だったんだよな。


「物品よりも、紹介状や口利きを頼む事が多いかな?」


「なるほど……そりゃ王族なら自分じゃちょっと無理目の所にも話を通してくれそうだね」


「もっともそういった事は滅多に無いでしょうけどね。お前の事を気に入ったんでしょう。もう少しわがままを通せるかもしれないわよ?」


「お腹痛くなるからいいよ……」


お貴族様の相手は少しは慣れてきたけれど、王族はアカン。


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滞在している離宮の玄関前で漂っていると、馬車が門を抜けこちらに近づいて来た。

馬車に付いている紋章はミュラー家だ。


速度を緩めガタゴトとやって来て、目の前で止まりドアが開いた。


「やー。お疲れさん」


「おう。出迎えか?外で待たせて悪かったな」


降りてきたのは正装のアレクだ。


待ち遠しかった……俺が出入りできる場所は女しかいなかったからな。

皆親切だけれどなんとも気疲れする。


挨拶をしていると到着を知った使用人が中から出て来て、荷物を運んで行く。

彼もこのまま帰還まで離宮で生活するから結構な大荷物だ。


「装備は騎士団の所?」


「ああ。ま城内だし仕方がないのはわかるがな……護衛が武器無しってのは具合が悪いな。まあ、その辺は中で話すか」


「ほいほい」



セリアーナの部屋へ行くと、挨拶もそこそこに【隠れ家】を出すように言われ、アレクと共に中に入った。


強化で増えた部屋は今のところ倉庫扱いだが、中にはアレクの予備用の装備が数セット置いてある。

ルトルを出る前に手入れは済ませてあるが、二月近く放置していたから、念の為点検を行っていたが……大丈夫な様だ。


「改めて思うが……この加護便利だよな。雨季の間手入れをしなかったのに何の問題も無い」


「まあね!【浮き玉】と合わせてオレの生命線だから!」


気温も湿度も最適に保たれている。

生活するのはもちろん、食品から美術品、日用品に武具まで何でも保存できてしまう。


「さて、こんなもんか……入口に積んで構わないか?」


「いいよ。一応武器は鞘に入れた状態にしておいてね」


「おう」


そう言うとアレクは玄関前の廊下に剣や槍を立てかけ始めた。

防具は着脱に手間がかかるからか、鎧ではなく厚手の革のジャケットにしたようだ。


「そこのクローゼットも使っていいよ?中何も入れてないし」


「お?悪いな」


クローゼットはコートを掛けられるようになっている。

ちょっと重たいかもしれないが、壊れはしないだろう。


「使う事あるかな?これ」


片手剣が二本に短剣が三本で槍が一本。

靴箱の上には各種ポーションが積んである。

盾は【赤の盾】が。


しかし……。


「あの魔人の棍棒も中に置いておけば良かったんじゃないの?」


相手を選ばずダメージを与えられるあの武器は頼りになる。


「ん?盾をこっちに置いているからな。護衛の名目でいるんだ。二つ名の由来の両方を所持していないのは妙に思われるだろう?」


「確かに……赤くも棍棒も持っていないとなるとね……」


赤鬼要素が無くなってしまう。


「そう言う事だ。よし、完了だ。行こう」


イメージを守らないといけないとか、大変だな……。



「それでは、予定の確認を行います……と言っても大したことはありませんが」


【隠れ家】から出た後、4人でこれからのスケジュールの擦り合わせを行うことになった。

司会はエレナだ。


「記念祭の初日と二日目は、離宮で待機です。式は3日目で、王城の謁見の間で陛下の前で宣誓を行います。私とアレクが付き人として同行しますが、セラ。君は離宮内の来客用の部屋にいてもらうよ」


「はいよ」


式には参加せず、お留守番だが、もちろんやる事はある。


「贈答品が届けられるから、その目録をお願いしたいんだけれど……。アレク」


ここでバトンタッチ。


「ああ。城の外で襲撃の気配は無かったが、王都から出て行ったわけでも無い。となると、動くなら式に合わせてだろうが、親衛隊に加えて騎士団の精鋭が周囲を固めている。お嬢様に手が届く事はありえない。そこで……だ」


そこで話を一旦区切りこちらを見た。


「狙われるならお前だ」


「……なにゆえに?」


俺狙ってどーすんだ?


「まともな判断をするなら、そもそもこの状況で手を出さない。それでもやるとなるとまともじゃ無いって事だ。ただお嬢様はもちろんご家族も式に出席し、同じく守られている。お嬢様の周りで浮くことになるのはお前だけだ」


「……なるほど」


式での襲撃ってのはもう潰れている。

それでも何かやらかす様なまともじゃ無い奴がヤケクソになって俺を狙うかもしれんのか。

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