第90話

224


「来たわね」


離宮に馬車で運ばれ中に入ると、仁王立ちのセリアーナとエレナが待っており、俺を見るやそう言って来た。


「……来たよ。なんでまたお嬢様が玄関で待ち構えてんのさ」


まぁ、退屈していたんだろうけど。


「退屈なのよ。荷物は?」


「やっぱりか……。荷物は何も持って来ていないよ。恩恵品は身につけて来たけれど、それ以外はなんかこっちで用意しているらしくて、手ぶらで行けって言われたんだよね」


「結構。話をするからついて来なさい」


「はいはい。お嬢様の部屋?」


「ええ。お前が寝る部屋はお母様の部屋だけれど、それ以外は私の部屋を使うわ」


「待って……?どういう事?」


何故ミネアさん?



部屋に着き説明を受けていたのだが、なんか俺に配慮してか微妙にあちらこちらをぼかしていたけれど、どーもセリアーナの事を少女趣味と思われているふしがあるらしい。

ヌイグルミだとかフリフリの服が好きだとかではなく、少女が好きって意味だ。


領都やルトルの屋敷の人間ならそんな事無いとわかるけれど、まぁ、確かに使用人だか何だかよくわからない少女を自分の寝室に引き込んでいたらそんな風に邪推されても無理はない。

どういったルートで調べたのかも気になるが、そこは置いておこう。

跡継ぎの問題だとかも絡んで来るし、一概に咎めるわけにもいかない。


実際は違うし説明をすればわかってもらえるだろうけれど、もうすぐ結婚式を控えている。

セリアーナの命を狙うような真似をするのは流石に西部だけで、国内の者はしないが、彼女の事を快く思っていない者がいないわけでは無い。


余計な悪評を立てられる可能性は避けられるなら避けるべきだろう。


「……オレ使用人用の部屋で良いんだよ?」


それかエレナの部屋。

どうせ中で【隠れ家】を発動するんだし、場所さえあればどこでもいい。


「君の加護の事や王妃様からお声がかかった事は使用人達の間でも知られているんだ。城内で働いているだけあって、この離宮の使用人達は皆優秀だけれど、それでもふと魔が差すという事もあるでしょう。最初は私の部屋にと考えていたのだけれど、奥様がご自分の部屋をとね」


とエレナが言った。


「……危険なの?」


攫われるんだろうか?


「まさか。ただ、お前はここでは客人なのよ?それも王妃様からお声がかかった事もある。普段お前が使用人にも気軽に加護をかけているからと、自分にもかけてもらおうとしようものなら首を刎ねられても仕方ないわ」


「…………」


マジかっ⁉


外国の貴族を突っぱねるのに丁度いい箔が付いたなー程度に思っていたが、セリアーナの話によると思ったよりも重いのかもしれない。


驚いて言葉が出てこなかった……。


「エレナも言ったように、ここの使用人達は優秀だし大丈夫とは思うけれど、こちらでも気を付けておくべきだわ。だから、私の部屋が無理な以上、次点でお母様の部屋になったの。いいわね?」


「まぁ……そういう事情なら」


無駄に使用人達の自制心を試すような真似をする必要はない。


……しかしミネアさんか。

あまり気が休まらないかもしれないな。


「さ、この話はここまでよ。それより、街はどうだったの?」


セリアーナはポンと手を叩き話を切り替えた。


「うん。怪しいというか、目についた冒険者はいなかったね。アレクもいるとしたら、城の中だって。重要な位置に入り込むには時間が無さ過ぎたから、精々衛兵程度だろうけれど、気を付けて欲しいって言ってたよ」


婚約発表からまだ2年経っていない。

息のかかった者も多少はいるだろうけれど、直接影響を及ぼせるほどの者は入り込めていないんだろう。


「そう……。城の中に、私の事を害する気は無くても快く思っていない者もいるし、判別は難しいわね。この離宮の中には居ないし、来るとしたら戦技会と式の最中かしら?……でもそれも考えにくいわね」


自分の言葉に突っ込んだり何やら考え込んでいる様子。


城全体とかなら無理でも、自分の周りには怪しい者を近づけさせない位は出来るだろうし、大丈夫そうな気はするけれど……まぁ、慎重なのはいい事だ。


225


朝起きて食事をとり、用意された服の中からなんとか地味なのを選び、着替えた後はセリアーナの部屋に。

セリアーナの部屋で彼女の客の応対に付き合い、昼食を挟み夜まで過ごす。

夕食をとった辺りで、迎えが来てミネアさんの部屋へ戻り、風呂を済ませ御婦人間の面白ネタを教えてもらい、適当な所で就寝。


そのループ。


客にしたって外国の貴族で、ただ新公爵夫人に挨拶をする事だけが目的だし……セリアーナもそりゃ退屈するか。


「とうっ!」


【浮き玉】に乗ったセリアーナの膝から飛び降り、ベッドにダイブした。

ボフンと一旦沈むも、すぐに跳ね返し体が浮く。

中々の高反発だ。

俺の今の体重ならトランポリンの真似事も出来るかもしれないな。


エレナはアレクと一緒に戦技会の会場が設置されている騎士団の訓練場へ行っている。

そこの一角にある、普段は騎士団内での試合に使われる闘技台が会場になっていて、明日からの本戦はセリアーナも臨席する為、事前のチェックだ。


「……遊んでいないでちゃんと資料を読みなさい。挨拶するのは私だけれどお前もその場にいるのよ?」


そう言うと手に持っていた資料をベッドに投げた。


「へーい……」


資料は戦技会の予選を通った者達の詳細が載っている。

大半が推薦した貴族や商会の専属になっているが、極まれに無所属の者もいて、そういった場合は勧誘合戦になるとか。


「……無所属のが2人居るね。誘う?」


「いらないわ。趣味じゃ無いもの」


「……そう」


写真は無いからイラストだが、多少美化している分を引かなくても、美形じゃー無いね……。

エレナはもちろん、ごついけれどアレクも結構な美形さんだし、ジグハルトやフィオーラもだ。

ウチのお嬢様は面食いだからな……残念ながらこの2人は対象外なんだろう。


「何人か冒険者ギルドで見た人がいるよ。あまり強そうな感じはしなかったけど、実戦だと違うのかな?」


「お前だってそうでしょう?人間相手と魔物相手は全くの別物よ。……お前もそろそろ人間相手の訓練をした方がいい頃かもしれないわね。エレナが戻ってきたら話してみましょう」


何か物騒な事を……でも、観戦はちょっと興味が出て来たかな。

今まで見た事のある対人戦は、圧倒的な力で薙ぎ払っているのばかりだったから、技量の差なんてわからなかったもんな。



ごついにーちゃん達が闘技台の中央付近で雄叫びを上げながら剣を打ち合っている。

刃引き等しておらず、下手しなくても体に当たれば死にかねないのに……ネジ外れてんのかな?


しかし、派手ではあるけれど大味な試合が続いている。


「セラ、どう?」


セリアーナが口を開いた。

何とも気だるげな感じで、退屈さを隠そうともしていない。


「あまり違いが分からないね……。昨日のお爺さんの試合は面白かったけど……」


「……そうよね」


戦技会本戦は、優勝者を決めるのではなく、1勝すればいいらしい。

まぁ、参加者は複数の国からやって来て、それぞれ推薦人も付いている。

最後の1人までやっても角が立つし、無難に終わらせるにはそれがいいとは思う。


ただ、内容が……。

2日にわたって行われるが、同じような試合ばかりで飽きてくる。


基本的に何でもありだが、距離に制限がある為魔法を使う事も無く、ひたすら殴り合いだ。


相手の攻撃を一発受け止めて、反撃の一撃を。

相手もそれを受け止め、同じく反撃。

おそらくそれで相手の力を試しているんだろうが、それを数回繰り返したら、盾を捨て今目の前で繰り広げられているような打ち合いだ。


昨日のお爺さん剣士は、相手の攻撃を躱し、受け流しと技量の高さを見せてくれた。

まぁ、最後は盾を前面に構えたタックルに捕まって、蹴りで吹き飛ばされ敗れたが、あの試合は良かった。


「無難に上品にまとめようとするとこうなるのかしら……?」


「まぁ、ほとんど専属契約しているからねぇ……。ここで腕を売る必要はないのかもね」


通常の武闘会だと売込みも兼ねてあるから、バラエティーに富んだ戦いが繰り広げられるそうだが……なんだろう……肩透かし?


「あ、終わったね」


話している間に決着がついたようだ。

拍手と歓声が上がっている。


目を離していたから決着の瞬間を見逃してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る