第94話

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「ふっ!はっ!たぁぁっ‼」


じーさんと対峙するアイゼンの声と木剣の打ち合う音が、離宮の庭に響く。

背が伸びたという事もあるが、剣の腕自体も上がっている様で、一昨年よりもずっと鋭い振りをしている。

ただ……。


「はぁぁぁっ!……っ⁉」


まだ目の前の相手にしか意識を割けない様だ。

俺が上から投げた、布を丸めたボールが頭部に綺麗にヒットした。


「まだまだだな」


その隙に距離を詰めていたじーさんが木剣を突き付けそう言い放った。


「……くっ」


降りて行くと、悔しげに足元に転がるボールを睨んでいるのが見えたが、それを拾いこちらに持ってくる時にはもう顔には出ていない。

昔はなんかよく睨まれていたけれど、成長したなー……。


「お?」


「どうした?」


ボールを受け取りまた浮き上がるが、塀の外にこちらに近づいて来る馬車が見えた。

周りにわざわざ騎乗した護衛の騎士がいるし……馬車の中に見覚えのあるじじいもいる。

親衛隊の3人もいるが、襲撃犯の顔を見に行くだけなのに随分厳重な事だ。


「ウチの奥様が帰って来たみたいだよ」


奥様……セリアーナの事だ。

昨日ついうっかりお嬢様と呼んだら、尻をはたかれてしまった。


セリアーナは奥様。

リーゼルは旦那様。


気を付けねば。


「む?そうか……アイゼン。今日はここまでだ」


「……はい。ご指導有難うございました」


そう言い中に急いで戻って行った。

暑い中ずっと剣振っていたからね……汗だくだ。


……代わりに俺が出迎えるか。


玄関前に行き、その場で待っているとじーさん達から聞いたのだろうか、使用人達もやって来た。

そうして皆で待っていると、程なくして馬車がやって来た。

騎士達は先行し厩舎の方に向かっていったが、中で話でもあるんだろうか?


「お帰りなさいませ。旦那様、奥様」


馬車から降りてきたセリアーナ達に向かって、【浮き玉】に乗ったままだが、口上を述べ丁寧に出迎える。

一応教わってはいたものの、大抵一緒にいるから使う機会の無かった挨拶だ。

何となく俺が代表という事になってやっているが、主従関係を考えると妥当かな?


「セラ、顔を上げなさい」


「……」


この名指しは不穏な気配がする。


「セラ、何か言う事は?」


「……一つ」


「言ってみなさい」


「そのじじいが悪い!」


セリアーナ達と一緒にいるユーゼフをビシッと音が出そうな勢いで指差す。

それに釣られ視線が集まると、ユーゼフがやや決まりが悪そうに口を開いた。


「まあ……否定はせんよ」


と、ユーゼフ。

今のセリアーナとのやり取りで、俺が何を伝えたかったのかちゃんと伝わったようだ。


「ふう……まあいいわ。お前からも話を聞きたいし一緒に来なさい」


「……はーい」



来客用の一室に集まり一昨日拘束してから今日までに分かったことを聞いた。


「本来の計画では、夜会に戦技会の勝者として刺客を潜り込ませ、奴等の起こした騒ぎに乗じセリアーナを仕留めるという訳か」


「ああ。この王都までの道中での情報を基に決行するか否かを判断する予定だったんだろうが、新たなルートでここまでやって来たことでその前提が崩れてしまった。もともと本命は戦力を集める事の出来るルトルでの襲撃だろうからな。失敗の恐れがある以上は無理をしないのだろう」


「なんだ?その割に決行しているぞ?それも昼間にだ」


「ああ。事前に連絡があるはずなのに無かったそうだ。まあ、所詮は捨て駒だからな。下手に接触して探られる危険は避けたかったんだろう。奴等もそれで大人しくしておけばいいものを……あそこで自分達だけで動いてもどうにもならんだろうに。それでも無理に行動を起こしたから、結局捕まり牢に入る羽目になったわけだ」


そう言い、笑い声をあげるじーさん達。


見るとセリアーナやリーゼル。

俺の中では常識人枠の親父さんやアレク、エレナ達もだ。


お粗末な結果だったとはいえ、何で笑えるんだろう……?


あ……同席していたアイゼン君や親衛隊はドン引きしている。

よかった。

俺もそっち側だ。


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「ねー、そもそも彼等は何でまたそんなバカな事やったの?どういうやり取りをしていたのかは知らないけれど、連絡が無いって事は中止って事くらいわかるんじゃ……?」


割と真っ当な疑問だと思う。

まぁ、元々まともじゃ無ければやるとかは言っていたけれど、一応動機位は知りたい。


「金か女だろうな」


「……なるほど?」


随分シンプルな……まぁ、理由としてはある意味真っ当か?


「王都の兵士は、採用試験に合格すれば、国民なら入隊できる。だが、城内勤務の場合は違って王都圏出身の者だけなのだ。そして城内勤務を選ぶものは非常に多い。王都圏出身だからと言って必ずしも採用されるわけでは無い」


「ほう」


じーさんがもう少し詳しく説明してくれるようだ。

流石は王都住み。


「支給される給料は大差無い。だが、城外勤務の場合は王都圏の治安維持の為に、魔物討伐の遠征に出向く事がある。そこで手に入った聖貨は徴収されるが、その分報奨金が支払われる。誰が入手しても等分だから……1度の遠征で金貨3枚から5枚程度か?それが年に数度ある。金を稼ぎたいのなら城外勤務の方が稼げるな」


年に数度って事は、金貨10枚位は稼げるはずだ。

正規の収入がいくらなのかは知らないが、これは大きい。


「大分違うんだね……それでも城内の方が人気あるの?」


「そうだ。お前はジャンルを問わず物語をよく読んでいたな?記念祭の神剣の儀や即位式。今回のセリアーナ達の様に結婚式が描かれていたシーンがあったはずだ。それ等は史実の場合が多い。その物語の舞台に立ち会える……名前は出ないが運が良ければ門番や音楽隊として登場する事もある」


「はー……ロマンティストが多いんだね」


まぁ……ちょっと気持ちはわかるかもしれない。

将来子供や孫に、昔話をしながら自分はその場にいたんだ……とか言えるもんな。


今回の場合俺は……新公爵の結婚式の裏で事件に巻き込まれた侍女……か?


「フっ……」


「ぬ?」


俺が感心しているとそれをセリアーナが鼻で笑った。

何か外したかな?


「間違いというわけでは無いがな……。城内勤務が人気なのは、そのロマンティスト達を狙う為だ」


「ん?」


どゆことだ?


「戦記物や英雄譚ならば男も読むが、城が舞台の物語は恋愛物が多いだろう?平民はおろか貴族でも用が無ければそうそう城には入れん。ところが城内勤務の兵は違う。立ち入れない場所はあるが、それでもある程度自由に出入りできる」


「…………ああ。女ひっかけんのね」


一緒にするのは違うかもしれないが、前世でテレビ局で働いている事をネタに女性に声をかける奴がいた。


娯楽の少ないこの世界。

ナンパの手段としては城内勤務ってのは強力な札だ。

……俺はセリアーナといるから城内に入れているが、もし違えば話くらいは聞いてみたいと思うかもしれない。


「そうだ。といっても……まあなんだ?男女の仲は難しいし、必ずしもうまくいくとは限らない。30を過ぎているのに未婚者ではあったようだしな……そこを付けこまれたのだろう」


冒険者ならともかく、兵士ってお堅い職で30過ぎて独身、それも城内勤務で……モテなかったのかなー……。

本来モテる職で全くモテずに取り残されていくおっさん達。

襲撃犯の特徴のない顔が頭に浮かぶ……。


「兵士は申請すればダンジョンを利用できるが、そこでの稼ぎを考慮してもここ数ヶ月、金遣いは荒かったようだ。女に上手く金を使うように誘導されたんだろう。そして、襲撃の話を持ち掛けられた……。ユーゼフ、当然そこは調べているんだろう?」


「もちろんだ。当人達の交友関係に出入りの店の経営者に利用客……、既に探っている。もっともどこまで辿れるかはわからんがな……」


「国内の貴族や騎士団が関与していない事がわかればそれで構わないよ。後は僕等が領地で引き受ける。そうだろう?セリア」


「そうね。よかったわねセラ。運が良ければお前の手で黒幕を捉えられるかもしれないわよ?」


「待って?」


4人の事を憐れんでいたら何か話が結構飛んでいたぞ?

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