第88話

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夏の1月。


早いもので王都に着いてからもう一月以上経っている。

当初は雨季という事もあって、出かける事も無ければ来客も無く、ベッドと同化してしまうんじゃと危惧していたが、相変わらず1人でフラフラ出かける事は出来ないが、何だかんだやる事があって楽しめてはいる。


こういうのんびりした時間ってのもいいもんだ。

まぁ、しょっちゅうダラダラしている気もするが……屋敷でも用のある時は、先日の飛び込みの様なことを除けば前日に報せてくれるし、気楽なもんだった。


だったんだが……。


「あの……どこ行くの?」


昼食後、寝室に引っ込んでうつらうつらとしていたら、いきなり部屋にオリアナさんを含む数名がやって来て、訳の分からぬまま、ミュラー家のではないが、どこかで見た事ある様な紋章の付いた馬車に放り込まれてしまった。

一応【浮き玉】を始めアイテム全般は身に付けたままだけれど、何処に連れて行かれているのか……なんか城に向かってるけれど。


「王宮からのお召しです」


……王宮?


「お城?」


「少し違います。城内にある王族の住居の事ですよ」


「へー……」


……んん?


「え、オレ城に行くの⁉」


そうですと頷くオリアナさん。

俺部屋着なんだけれど……ベッドで横になっていたから服に皺や寝癖も付いている。


「大丈夫ですよ」


髪に手を当てたり服を伸ばす俺を見てそう言うが……。


距離にしたら高々数百メートル。

その道程を、普段は歩く速さと大差ない馬車がガンガン突っ走り、これまた普段なら停止させられる城門もフリーパスだ。

いかん……展開が早すぎる。 


城壁の中に進むとさらに壁があり、そこの門を通ると所謂お城があるが、それは謁見や役人が働く場であって居住用の建物では無く、そこを通過するとセリアーナ達が滞在している離宮があるが、その手前に同じくらいの大きさの建物があったのだが、そこが王宮だった。


城に近いし、庭園らしきものが見えていたから何かなとは思っていたが、ここが王宮だったのか……。



王宮に入ると、そのまま風呂場に運ばれて行き、オリアナさん監督の元磨き上げられ香油らしきものを塗りたくられ、そして化粧を施された。

と言っても精々ソバカスを隠すのと口紅を塗った位で、大したことはしていない。


……鏡位は見せて欲しい。

そして靴を履いているんだから歩かせてほしい。


その後はいつの間にか合流していたセリアーナとミネアさんにアイテムを取り上げられ、初めて見る服を着せられ、エレナに抱えられて、会話も無いまま奥へ奥へと進んで行った。

【浮き玉】はセリアーナが、残りは装飾の入った小さな箱に入れられジーナが持っている。


まぁね……流石にこの面子が揃っていて尚且つ王宮……ここまで来るとどこに向かっているのかはわかる。


王妃様かぁ……。

リーゼルやエリーシャ、それと王太子の母親が第1王妃で名前がレナス様って事は知っているけれど、それしか知らないぞ。


いいと言うまで黙って頭下げて置くようにと言われたけれど、もう少し心の準備をする余裕が欲しかった。

あまり恐ろしい人ではなく、むしろ気さくな人柄と聞く。

エリーシャやリーゼルを見てもその評判は本当なんだろうが、それでもね……。


女性騎士が侍るドアを抜け、さらにその奥へ進むとまたドアがあり、そこでようやく一行は足を止めた。

警備こそ厳重だけれど全体的に質素というか、広さにしても一般の感覚で言えば充分広いが、屋敷で俺が使っている部屋と同じくらいだ。

奥まった場所にあるし出入りするには不便だろうに、本当にここなんだろうか?


「……ねえ……むぐっ」


せめてもう少し説明を……と言いたかったのだが、エレナが空いている方の手で俺の口を塞ぎ、その後、指を立て口元にあて、喋らない様にとジェスチャーをした。


程なくして中に入るよう促され、そのまま中へ向かった。

ようやくそこで降ろして貰えたが、手は繋がれたままだ。


皆に周りを囲まれ、中の様子はよくわからないが、香水なのかお香なのか、お高い香りが部屋の中を漂っている。


「よく来ましたね」


部屋の様子も気になるが、言われた通り大人しく頭を下げていると、部屋の奥からお声が。

ちょっとエリーシャに似ているが、少し低いかな?


多分王妃様だ。


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「おや?隠れてしまって見えませんね。近くに寄っていいですよ?」


部屋に入り、セリアーナが挨拶をした後すぐに面を上げてよいと言われた。

ただ、俺は囲まれている為王妃様の顔は見えなかったのだが、向こうもそうだった様で、そう言って来た。


前を開けられ、エレナが背を軽く押しているが……行くのか?


王子、王女のリーゼルやエリーシャと顔を合わせた時も不意打ちに近かったけれど、王妃様だ。

なんだって……こう……突発的に会う相手じゃ無いよな……王妃様って。


「もっと近くに」


ちょこちょこ近づき1メートル程手前で足を止めるとさらに近づくように言われた。

ペチッと椅子のひじ掛けを叩いているが、そこまで来いって事なのかな?


母親なだけあって2人と顔立ちは似ているが、目つきは鋭い。

その鋭い目でこちらの目をジッと見てくる。

目を逸らしたりしちゃ駄目なんだろうな……。


「聞いていたのと違いますね」


「落とさせましょうか?」


「そうして下さい」


近づいた俺をさらに凝視し一言漏らしたが、化粧の事かな……?



折角施した化粧を落としいざ再び対面と気合を入れるも、すっぴんを見て満足したのか、各人と一言二言交わし、王妃様は侍女や警備の騎士を引き連れ部屋を出て行った。


そしてそのまま俺達は部屋に残りお茶をしている。


あまり派手な調度品は置いていないが、家具はどれもエスタ産で統一されているようで、地味だが安くはない。

絨毯やカーテンの色合いから女性的な印象を受けるし、王妃様のプライベートルームなのかもしれない。


「……あれなんだったの?」


結局俺は未だなんの説明も受けていない。

王妃様かあるいはそのお付きに【ミラの祝福】を、とでも言うのならばまだわかったけれど、近くで顔を見せてそれでお終いだった。


代わりに今はエリーシャの膝に座り彼女に施療を行っているが、いい加減説明して欲しい。

今までもお偉いさんと会ったことはあったが、王妃様ともなればちょっと別格だ。


「お前、先日依頼を断ったでしょう?今日その相手と王妃殿下はお会いするのよ」


「……うん?」


「わざわざ遣いをやってまで会おうとしたのに、断られたのに対し、特に用もないのに呼びつける事が出来るお母様。どちらが上かしら?」


セリアーナの言葉によくわからんと鈍い反応を返したら、さらにエリーシャが補足を入れてきた。


「いやがらせ?仲悪い相手なの?」


その為にこの大所帯で呼びつけられたんだろうか?


「国名は聞かない方がいいわね。嫌がらせと言えばそうだけれど、もちろんそれだけじゃ無いわ。最近お前の事が外国にも広まって来ているの。国内だけならミュラー家の名前でも十分対処できるけれど、流石に外国ともなるとね……」


あぁ……マネジメントは一切任せてあるからな……。


「マズい相手を断らせちゃったりしているのかな?」


ちょっと不安になりオリアナさんの方を見ると首を横に振っている。


「そんな事はありませんよ。ただ、国内だと本人から直接話が来ますが、外国だと代理人を挟む事が多いですからね。どうしてもやり取りで手間がかかる事が増えてしまいます。その分食い下がって来る事も……。今回のこれは公的なものではありませんが、それでも王妃様と面会をしたという事で、今後はいくらかスムーズになるかもしれませんね」


「……なんとっ⁉」


「お母様もあなたの事を知っていたし、興味はあったそうよ?たまたま時間に少し空きがあったし、今日の予定と都合がよかったからお会いしたのね。もしかしたら、お母様から依頼が来るかもしれないわね」


「おー…………あれ?結局何も説明されずに連れてこられたのってなんだったの?」


俺を連れてきたことに意味はあったんだろうけれど、結局そこがわからない。


「自分の事は教えないようにと言われていたの。恐らく何も知らない状態のお前を見てみたかったのね。でも、気づいていたでしょう?」


「王宮の奥の方にどんどん進んで行ってる時にもしや……?とは思ったよ……まぁいいけどさ。あんま怖い事させないでよね?」


「悪かったわね。少し調査で王家の力を借りたかったのよ。これで頼みやすくなったし、良くやってくれたわ」


セリアーナはあまり悪いと思っていないような顔で謝って来た。


調査……調査ね。

街のかな?

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