第87話

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「……本当に行くの?」


「アレクシオは城に出向いておるからな。私しかおらんだろう。それとも日を延ばすか?」


俺の言葉に胸を張って言い返すじーさん。


屋敷の玄関ホールにはじーさんと、それを見送ろうと並ぶオリアナさんと、使用人達。

麻の上下にその上から魔獣の革で作られた防具を纏い、短槍を手に持ち腰には剣を差している。

普段もあまり華美な服装はしていないが、それでも一目で貴族とわかる格好だが、これだといっぱしの老戦士だ。


「…………」


最初は俺も延期しようと思っていたのだが、ノリノリでアレクの代理を申し出てきたのはじーさんだ。


三国志の黄忠だったかな?

老いてなお盛んの語源は。

確か70歳かそこらで敵将を討ったとか。


それを思えば、じーさんは60いくつか。

相手も浅瀬のモンスターだ。

庭で一緒に剣を振ってる時の姿を思い返すと、どうあってもやられるとは思えない。


オリアナさんを見ると、彼女も頷いている。

大丈夫なんだろう。


「わかったけど……潜ってから1時間で戻るからね?」


「それで構わん。なに、私も久しぶりだからな。無理をする気は無い」


「そか……んじゃ、行きましょー」



「ふんっ!」


突進してくるイノシシを寸前で闘牛士の如く躱し、すかさず短槍を突き出し後ろ足を抉った。

バランスを崩し倒れたイノシシは、突進の勢いそのままにこちらに転がって来ている。


じーさんは既に別の個体に向き合っている。

こっちは俺が処理しろって事か。


「やれ」


シロジタを頭部に潜り込ませ核を潰した。


「ぉぅ……やっぱ楽だね」


核を潰せば消える死体。

処理に手こずっていた外でのことを思うと、ダンジョンが人気なのもよく分かる。

街から通えて、処理が楽であまり強くなく、何より魔物しか出ない。


外は外で、素材が欲しい時なんかはいいんだろうけれど、俺はダンジョンの方が好きだな。


「おっと……!」


背後から接近するコウモリに気付き、左手を振るう。

ガシャンと砕ける音と共に破片が突き刺さり落下していく。


シロジタが止めを刺しに向かうが、まだ残りがいる。

【影の剣】を振り回し、全て地面にたたき落とした。


一撃で決めようと思わなければ、もうコウモリも楽なもんだ。


「ちょっ⁉」


じーさんの方に向き直ると、2体のイノシシが倒れ、3体目の相手をしている。

ただ、まだ2体は生きているし、起き上がろうとしている。


「先にあっちだ!」


コウモリは後回しにし、まずはイノシシを倒そう。



「じーさん、はしゃぎ過ぎじゃね?」


潜り始めてそろそろ1時間という所で、帰還すべく引き返すことにした。

その道すがら、先程までの戦闘についてあれこれ話していたのだが、じーさん……。


この一言に尽きる。


「わっはっは!すまんすまん。お前が予想以上に動けるもんで、ついつい昔を思い出してしまったわ。【祈り】か?アレも良かった!」


本人は暴れられたからか終始ご機嫌だ。


魔物を見つけては合図も無しに突撃していき、戦闘を始めていた。

止めはこちらに回してくれるし、別に構わないんだけれど、【琥珀の剣】はあまり試せなかったのが少々残念。

もっと上層の奥まで行くと妖魔種なんかも出て来るそうだけれど、浅い所じゃ魔獣が中心だからあまり向いていない。


シロジタの訓練にはなったかな?


「しかし……お前の恩恵品はあまり魔物との戦闘向きとは思っていなかったが、中々うまく使いこなしているな。2匹のヘビもだ。以前滞在していた時は上層で手こずっていると言っていたが、今ならもう問題無いのではないか?」


魔物しか目に映っていなかったと思ったが、よく見ているじゃないか。


「どうだろう……。ここは奥に行けば行くほど一度に戦う数が増えていくし……オレは弱い魔物相手を一体ずつ仕留めるのが向いているから……」


魔法やらアイテムで小細工を駆使してなんとか誤魔化しているが、リーチが短いため一対一の接近戦しか出来ない。

【緋蜂の針】と【影の剣】の突進、回転のコンボも結構運だよりな所があるし……我ながら課題は多いな。


「なるほどな……お前自身がまだまだ成長が足りんか」


「そーいうこと」


今の体のサイズ、筋力じゃ出来る事が少なすぎる。

しばらくは今のスタイルで行くかな。


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ガンっ!と強い音と共にウシを盾で横に弾き飛ばし……。


「はっ!」


それを野球のバッティングの様に両手で持った棍棒で打ち返し……。


「とおっ!」


俺の蹴りで止めだ。


こっちは終わり、後は……向こうか。

オオカミの群れが2組来ている。


「次あっち!オオカミが9」


びしっと指差しながらそう告げると即座に返事が返って来た。


「了解!俺が前に出る」


そう言うが早いか、走り出し一気に群れのど真ん中に飛び込んだ。

手にした槍を振り回しながら、連携を取らせないようにかき乱している。


「オーレルっそのまま駆け抜けな!あたしも続く!」


同じく槍を手にしたおばちゃ……もとい、姐さんが続いて突っ込んで行った。


2人の目論見通り、オオカミ達は連携が取れずもたついている。

そして、その隙にアレク達も復帰し、俺の前に出てきた。


これで後は1頭ずつ刈り取るだけ。


右脚に視線を落とすと、発動しバチバチとスパークしている【緋蜂の針】が見える。


今は使用人としてではなく客人として王都に滞在しているから、メイド服を着るわけにはいかない。

かと言って、用意されているドレスなんてもっての外。


そもそも浮いているからと言って、スカート姿でダンジョンに潜るのはあまりいいとは言えないからな……。


冒険者用の厚手の服は少し探せば置いてある店はすぐ見つかるが、今着ている服は、セリアーナの下に出入りする時用の服を仕立てた時に一緒に頼んだ代物だ。


黒のレギンスに白のハーフパンツ。

上着はシャツに黒のジャケット。

今はマントの様に羽織っているが、腰に巻く赤のストール。


ここまではありがちだが、次の点が違う。

パンツとレギンスは右だけ【緋蜂の針】対策でショート丈にしている。

これで発動しても破けることは無い。


少々パンクファッションになってしまったが……これでガンガンいける!



今日一緒にダンジョンに潜ったのは、街の調査を一緒に行った冒険者達だ。


タイアー、レッド、オーレル、紅一点のリース。

皆30歳前後で、冒険者歴も長く腕も立つし頭も良い。


今日は本来アレクと行く予定だったんだが、その事をアレクから聞いた彼等が一緒について来た。

正直、ダンジョン浅瀬で1時間程度の狩りなんて彼等にとっては散歩程度にしか感じないだろうから、同行されるのは気が引けたんだが、ルトル防衛戦の報告を受けた様で【祈り】を受けてみたかったらしい。


二つ名こそ無いが、王都ではそれなりに顔が売れている様で、すれ違う冒険者達から視線を集めてしまった。

何とも懐かしい感覚だ。


「その加護は何か消耗はあるのかい?」


「今の所は何も無いよ?防衛戦でもずっと使ってたけど平気だったし」


「そりゃすごいな……。俺も強化は少しなら使えるが消耗が大きいんだ……」


魔法を使えるらしいレッドがそう言った。


アレクは換金に向かい、それを待っている間、質問を受けている。

アイテムもスキルも大人気だ。


「普段は蹴りだけなんだろう?お嬢ちゃんじゃーちょっと接近戦は危ないと思ったが、その玉と加護があるなら充分援護も出来るね。目玉と潜り蛇で周囲の安全も確保できるし……」


「うん。宙に浮いて【祈り】をばらまきながらポーション配達してたよ」


それを聞き、感心する4人。

ダンジョンだけでなく、外での依頼も受けたりするだけに、その有用性を理解してもらえたらしい。


【影の剣】は外しているし、【浮き玉】も走るより速い、と大分スペックを低く抑えて説明している。

念の為とは言え、それだとちょっと貧弱過ぎる。

あまり評価が上がり過ぎても困るが、侮られてもそれはそれで困る。


難しいところだが、いい塩梅に落ち着いたみたいだ。


「待たせたな」


そこへ換金を済ませたアレクが戻って来た。


「早かったな⁉今日は混んでいなかったのか?」


「時間が早いからな。まだ昼前だぜ?」


少し驚いたように言うタイアーに笑いながら答えるアレク。

やっぱり午前中だけの探索とかは経験が無いのか、この空き具合は知らなかったらしい。


まぁ、この小ネタが活用されることは無いんだろうなぁ……。


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世の中、単純に顔が良いとか以外にも美女の条件というものがある。

王族、貴族といった上流階級は特にだ。


まず髪が長い事。


ただ単に伸ばすだけではなく、下ろした時に腰で綺麗に切り揃えられている事。

これは伸ばす手間や、髪の手入れを任せられる相手がいる証となるらしい。


次にスタイル。


細く引き締まった腕と脚に、豊かな胸、くびれた腰。

胸はともかく、要は太っているのは駄目って事だ。

魔物との戦いが日常的な土地柄で、その先頭に立つべき貴族がぶくぶく太っていては台無しだ。


顔に関しては、目鼻立ちがはっきりし、均整がとれている事。

これは生まれつきのものだし、そこまで厳密ではない。

柔和かキツメか、好みの問題だろう。

セリアーナはキツメだな……。


ともあれ、手入れが面倒でも髪を伸ばし、維持する。

領内が安定し、思う様に美食に傾倒できても、堪えて運動をし、スタイルを維持する等、生まれ持った物よりも、日々の継続、努力を評価する傾向にある。


「どうでしょう?セラ、1日で仕上げられますか?忌憚のない意見をお願いします」


縋るようにこちらを見てくるどこかのお家の執事と、それを見てやや呆れた色を隠せないオリアナさん。


このおっさんのご主人は、どうやら近いうちに人前に出る必要があるとのこと。


多分女性だろうけれど、ちょっと育ち過ぎてしまっているらしい。

今までやってきた中で一番太っていたのは、最初にやったフェルド家の奥さんだが、あまり具体的には言いたがらないが、彼女よりもさらに太っている様だし、普通にやっていたら間に合わないんだろう。


「無理です」


きっぱりと言い切った。


「っ⁉でっ……ですが、一つの部位に1時間で終える事が出来ると聞いております!1日かければ可能なのではありませんかっ⁉」


実に必死だ。

切羽詰まっているんだろう。


「そりゃ、時間だけ見ればそうですけど……。負担も大きいですし、失敗するかもしれませんから、出来ません!」


それでも断る。


「結構。聞きましたね?たとえ陛下であろうとも無理を仰られればこの娘は断るでしょう。あなたの主にもそう伝えなさい」


王様引き合いに出してきたけれど……この人のご主人はそのレベルなんだろうか?


「さあ、お客人がお帰りですよ。案内なさい」


何か言いたげではあったけれど、オリアナさんはバッサリ切り捨ててしまった。

まぁ、無理を言っている自覚があったんだろう。

頭を下げ大人しく部屋を出て行った。


「ね」


「どうしました?」


「面倒だからやらないだけで、やろうと思えば出来るんだよ?」


そう。


【ミラの祝福】は身に付けたばかりの頃はまだまだ加減や工夫がわからず、1日1時間にしていたが、領都やルトルで鍛えた今では、膝に座ったり背中におぶさったりと、色々な方法で数時間程度なら広範囲に発動できるようになっている。

ちょっと頑張れば1日でそれなりの成果を上げられるだろう。


その事はじーさんを交えてルトルでの事を話した時に言ってある。

にもかかわらず、その事を口にしていなかったから、俺も合わせていたけれど……。


どこの誰かは知らないが、結構大物っぽい気がするんだけれど、大丈夫なんだろうか?


「大丈夫ですよ。あなたがどうしても行いたいと言うのなら止めはしませんが、そうでないのならそこまでする義理はありません。1日でなどと……事前に申し出ていれば慌てる必要などないのです。そもそも普段から節制していればいいわけですしね」


「まぁ……そりゃ確かに」


直近で外国の大貴族が王都にやって来たって話は聞かないし、もっと前からいたんだろう。

にもかかわらず、このドタバタ具合。


詳しい日程やどんな事情があるかも聞いていないが、何となく夏休みの宿題を最終日に大慌てで片づけるタイプ。

そんな子供達と近いものを感じた。


鷹揚ではあるけれど、根っこはきっちりしているオリアナさんとは相いれないのだろう。


「今回の事であなたに対しての横暴な振る舞いはまかり通らないと、いい宣伝になったでしょう」


いつになく辛辣な気がするけれど……ひょっとして嫌いな相手だったのかな?

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