第86話
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ドンドンと部屋のドアを叩く音。
この強さはアレクだな。
「セラ、起きているか?」
当たりだ。
「おきっとるっよー。開けていいよー」
ストレッチ中の為変な区切り方をしたが、しっかり聞こえた様でドアを開け入って来た。
麻か何かの上下でラフな格好だ。
今日はもう出かけないのかな?
「悪いな。明日の事で話があるんだ。昼から何も用事が入っていないんだろう?」
明日?
「うん。本当は明日服の採寸に来るはずだったけれど、今日になったからね。明日は何も無し。何かあるの?」
「ああ。俺が今王都内の調査をしているのは聞いているか?教会や外国人住居のある北街を明日見て回る予定なんだ。そこでお前の力を借りたいんだが、頼めないか?」
俺の力……アカメとか【妖精の瞳】かな?
「難しい事じゃ無ければいいけど……何するの?」
「俺達と一緒に来てくれたらいい。その際に潜り蛇と【妖精の瞳】を使って、どれ位の強さの者があの一画にいるか、大体でいいから教えて欲しいんだ。やれるか?」
「はぁん……偵察みたいなものかな?それならいいよ。昼からだね?」
「ああ。昼飯後に呼びに来るよ。戦闘にはならんだろうし恰好は適当でいいからな」
「あいよ」
◇
北街……一度セリアーナに付き合ってパーティーに出かけ、そこで攫われた思い出しかない。
あれ以来一歩も踏み込まなかったからな……。
ミュラー家の屋敷がある貴族街は王都の南街だから、ちょうど反対側だ。
教会はもちろん、西部諸国の貴族や商会主がデカい屋敷を構えている、ハイソなエリアだ。
そんな場所だけにあまり人通りは無く、巡回の兵士や屋敷の門前に立つ警備の私兵位しか目に入らない。
警備の緩い所、厳重な所と色々あるが、探るにしても露骨にキョロキョロするわけにもいかないし、俺向きだな。
「どうだ?」
北街に入り、差し当たっての目標としていた教会に着いたところで、結果をアレクが訊ねてきた。
アレクの他にルトルへやって来ているクランや戦士団の一員で、王都で情報収集や物資の手配を行っている者達だ。
男性2人に女性1人。
魔力こそそれ程ではないが、皆結構強い。
アレクを先頭に俺が中心に浮きながら進み、その3人が周りを固める様に位置している。
「それなりに強そうなのは見えたよ。はい」
北街の簡単な見取り図を渡されていたが、中央広場から教会までの道中で目についた箇所を人数と共に記してある。
それをアレクに渡すと、他の3人も覗き込んでいる。
アカメだけじゃなくシロジタも加わった事で、モノラルからステレオになったというか、今までだと距離があるとぼやけていたがよりはっきりとわかるようになった。
問題は俺の処理能力が追い付いていない事か……。
そのうち慣れるんだろうか?
「……セラ、ここにはいなかったか?」
「ん?」
しばし見取り図を見ていたアレクが指した箇所は……確か警備の兵の数が多い上にやたら高い壁の屋敷だ。
目立ったからしっかり確認していたが、他は特に何も無かったな。
「うん。庭とかに兵が見回っていたけれど、特別強そうなのはいなかったよ?」
「そうか……どう思う?」
3人に意見を求めあれこれ話し込んでいるが、何かあるんだろうか?
「そこは何かあんの?」
「ん?……そうだな、戦技会は知っているな?」
もちろんと頷く。
「お前の記した屋敷はそれに参加する者が滞在している所で、人数も把握している通りなんだが……、あの屋敷は西部で幅広く商いをしている大手の商会の持ち物で、毎回戦技会には戦士を送り込んでいるんだ。……既に到着していると思っていたんだが、まだなのか?」
腑に落ちないって顔だ。
「まだ2月近くあるが、到着していない可能性は?」
「どうだろうな。稼げるダンジョンもあるし調整の為にも遅れてくるとは思えない」
「外に出ているってのは無いんだよな?」
「ああ。朝の巡回の報告で、屋敷を出入りした者はいないと受けている」
あーでもないこーでもないとひとしきり意見を出し合い、またまた考え込む4人。
一見真剣だし、実際お仕事なんだろうけれど……こいつら探偵ごっこ楽しんでないか?
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「この辺は流石に人が多いね。……その格好で大丈夫なの?」
北の教会、外国人居住地区から始めた街の調査も今日のこの商業地区のある西街で終わりだ。
ただ、他の地区もだが、商業地区と銘打っているからと言って商業施設のみ存在するわけでは無い。
表通りこそ店が並ぶが、裏に入れば倉庫や商人達の住居に、他所からやって来た商人用の宿等が並んでいる。
そんな場所に、鎧こそ付けていないが剣を帯びたごついにーちゃん達が練り歩くのはどうなんだろう……。
俺一人で中和できるだろうか?
「抜かなければ大丈夫さ。そう多くは無いが商人と直接契約をする時は屋敷に向かう事もあるしな」
「ほー……。ん?」
「どうした?」
お喋りをしつつも辺りの調査をしっかり行いながら移動していたのだが、商人達の中でも特に資産のある者達が住居を構える一画に辿り着いた。
貴族の屋敷程ではないが充分大きな屋敷が並んでいるが、その中の一軒に少し違和感を感じた。
この中ではやや小ぶりな3階建ての屋敷だ。
「いや、ここ……魔導士っぽい人がたくさんいるね」
資産家の屋敷が並ぶだけに屋敷には護衛の気配もあったが、恐らく皆平民の冒険者。
魔導士と呼べるほどの魔力を持っている者は皆無だった。
だがこの屋敷は、逆に魔力の高い者が多い。
なんだここ?
「ここは……ああ、「賢者の塔」が所有する屋敷だな」
「ぬ?」
「賢者の塔」は大陸北西部の自治都市で錬金術のメッカ……。
「なんでここに?」
商業地区だぞここ?
「薬師や他の商会との付き合いで、ここに構える方が便利なんだろう。他所の国でも商業地区に屋敷を構える事が多いからな」
「へー……。あ、なら別に変な事じゃないのかな?」
魔導士協会も元は「賢者の塔」の組織だったらしいし、魔導士が多くてもおかしくないのかもしれない。
「……魔導士が多いのはともかく、それだけというのは妙かもしれないな。一応マークしておくか」
「そうだな。ま、冒険者ギルドを当たればわかるだろうさ」
「ふむふむ……ん?」
屋敷を見上げていると、2階の窓からこちらを見下ろす人影が目に入った。
「どうした?」
「メイドちゃんだ」
背の高さから子供。
歳は俺と同じか少し上くらいかな?
街でもメイド姿の女性はたまに見かけるが、若い大人の女性がほとんどだ。
子供のメイドは珍しい。
「どれどれ……、あっと、引っ込んだな」
「人相悪すぎんじゃない?」
「違いない……。衛兵呼ばれる前に離れるか」
俺の揶揄いの言葉に乗っかるアレク。
真面目な話お金持ちの屋敷の前で、男が集まって屋敷の方を見ながら話をしていたらちょっと危険を感じるよな。
皆もそう思ったのか、頷きそそくさその場を離れた。
◇
王都内の調査の手伝いが終わり、後はアレク達の報告書が上がれば晴れてダンジョンに出向くことが出来る。
バトルマニアというわけではないつもりだが、やはり体を動かすのは楽しい。
折角入手した【琥珀の剣】も庭で振り回すだけじゃなく、実戦で使ってもみたい。
待ち遠しいぜ!
「これ美味しいわねー」
「本当ね。ここの店主って確か連合国で修業したって話よね?セラちゃん高かったんじゃないの?」
ダンジョンに思いをはせ、ムフーっと鼻息が荒くなっているところに、おやつ中のメイドさんの言葉が飛んできた。
只今使用人控室でおやつタイムだ。
以前と違って、一応俺は客人になるから本来ここに出入りするのは好ましくないのだが、行動に制限が付いているし、屋敷内くらいなら自由にと目を瞑ってもらっている。
「大銀貨1枚!まぁ、こっちでもあっちでもお金持ってても使わないしね。皆で食べるお菓子に使うのが一番だと思うんだ。届けてくれたお店の人が、西部は東部と違ってバターとかクリームを使ったレシピが豊富とか言ってたね。まだこっちじゃ出すお店は少ないらしいよ」
と、値段を言いつつ今日仕入れた豆知識を披露する。
服や本や傘のメンテナンスやらアレコレ本来なら出費があるはずなのだが、全部じーさん達に出してもらっている。
【ミラの祝福】の取次で、俺への報酬だけでなくじーさん達の懐にも結構な額が入っているとかで、快く払ってくれた。
おかげで使い道のないお金がどんどん増えて行っている。
また美術品でも買いあさるかな……。
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