第85話

212


「よく来たな。まずは中に入りなさい。荷物はこちらで運ばせよう」


ミュラー家の王都の屋敷に着くと、連絡を受けていたじーさん達が出迎えてくれた。


城に着いた後も雨が弱まることは無く、距離も近いし俺だけ傘さして行こうかと考えていたが、リーゼルが話を通してくれた様で、馬車を出して貰えた。


ありがたや。


さて、じーさん自ら案内した先はじーさんの部屋だった。

中ではオリアナさんが待っていて、俺達の席の準備も出来ている。


「どうぞ座って」


じーさんが座ったのを見計らい、着席を促されたので俺達も座るとすぐにお茶が運ばれてきた。

普段からセリアーナと一緒にいる事が多いとはいえ、俺がもてなされる側に回ることは無いから、ちょっと新鮮な気がする。


「さて……改めて、よく来たな。一昨年と違いこれから約2か月半、お前達は我が家の客として遇しよう。何かあれば遠慮なく言いなさい」


「はっ。私はギルドなどに出向く為屋敷を空ける事が多くなりますが、その間セラをよろしくお願いします」


「よろしくおねがいします」


じーさんの言葉に、アレク共々頭を下げ……ん?


「あれ?アレク仕事あんの?」


「ああ。他にも城での護衛の打ち合わせなんかに行く事があるな。何かあるのか?」


「何ヵ所か道具屋の紹介状を書いてもらってたから、ついて来てもらおうと思ってたんだけど……」


セリアーナを狙う組織の事は脇に置いて、単純に王都は人が多い。

只でさえ、記念祭に加えセリアーナの結婚式が控えているから、今年は特にだ。

ある程度自由にしていいとは言われているが、1人で出歩くことは控えるよう言われている。


知らない人について行ったり、変な事に首を突っ込むようなアホな真似はしないが、それでも何があるかわからない。

護衛兼荷物持ちとしてついて来てもらおうと思っていたんだが……。


「それは私が付き合おう。セリアーナからもお前の事を頼むと言われているからな」


「あら……」


じーさんだとちょっと気軽に連れまわせないな。


「セラ」


まいったな……と、口には出さないがその思いが顔に出ていたのか、今まで聞き役だったオリアナさんが口を開いた。


「私達もあなたに頼みたいことがありますから、遠慮はいりませんよ。もちろん私にでも構いません」


「うむ。予想は付くかもしれんがお前の加護を受けたいという者が多数いてな。セリアーナについてお前も王都に来るだろうと、せっつかれておった。ある程度こちらで調整はするが、引き受けてもらいたい」


「……はーい」


おっさんおばさんにモテモテだな……俺。



「……ちゃん。セラちゃん!もうすぐお昼ですよ?」


寝室の扉を叩く音と一緒に聞こえてくる俺を起こす声……。

もう少し寝たいが、何となく朝も起こしに来たのを無視した事を覚えている。


2日目でこれはいかん気がする。


「……はーい」


「……開けますよ」


何とか絞り出した声が却って怪しく思われたのか、中に入って来た。


「着替えはここね……。今日は出かけないんでしょう?適当に選びますよ」


そう言うなり、着替えを突っ込んでいるタンスを開け中から服を選んでいる。

もう全部任せてしまおう……。

窓の外を見るとさほど強くは無いが、しっかり雨が降っているし、今日も部屋でダラダラ荷物の整理をするかな……。


俺が与えられた部屋は、応接室と寝室が付いた以前セリアーナが使っていた部屋だ。

使う人がおらず空いていたそうだが、それでも何で俺に?

と思ったが、【ミラの祝福】の施療に一々部屋を移動するのも面倒だし、応接室で施療できるようにと気を使ってくれたんだろう。


「はいっ、これにしますよ」


選んできたのは薄い緑のゆったりした飾り気のないワンピース。

それをベッドに置き、俺の寝巻を脱がしにかかった。


一応客人であるから、メイド服を着るわけにもいかず、念の為にと【隠れ家】に詰め込んでいた服を着る事にしている。

メイド服は着る物を選ぶ手間が省けてよかったが、まぁ、人任せにしているし、大差は無いか。


「食事を隣に運んできますから、寝たらダメですよ!」


俺の着替えを済ませ、そう言うとパタパタ部屋から出て行った。


まさに上げ膳据え膳。

あぁ……ダメになりそう。


213


王都に着き屋敷に滞在するようになってから早4日。

降り続いた雨も昨日には止み、今日はすっかり晴れている。

王都の雨季は終わったようだ。


「ていっ!」


左手で握った【琥珀の剣】を庭に刺した杭目がけて振り下ろした。

すると大して力を入れていないのに、ガシャンとガラスが割れたような音と共に刃が砕け、そして……。


「ぉぉぅ……」


その砕けた刃がズバババっと杭目がけ飛んでいき突き刺さった。


「……あ」


解除するとその破片も消え、発動し直すとまた手元に剣が現れる。


面白い。


「ほいっ!」


再び的に切りつけると同じように、砕け、破片が刺さった。


破片は一つ辺り5センチ位の刃状で、大体2センチ程の深さまで刺さっている。

確かにこれなら魔物相手じゃまともにダメージを与えられないし、人間にも致命傷は難しいかもしれない。


ただ、正確というわけでは無いが、切りつけた場所ではなくその対象の狙った部位を目がけ飛んでいくし、牽制には使えそうだ。


武器の割には訓練抜きに誰でもある程度の効果を見込めるこの【琥珀の剣】。

そう聞くと暗殺用にも向いているんじゃないかと思っていたが、これだけ音がするんじゃ無理か……。

まぁ、対人にせよ対魔物にせよ、俺の本命は【影の剣】だし、充分だな。


ゲットしてから一月近いお預け期間を経て、ようやく試すことが出来た。


「腰が入っとらんな」


「ぐっ……い……いいんだよ!どうせオレはいつも浮いてるんだし」


後ろで見ていたじーさんから指導が入った。

まぁ、へっぴり腰だったことは認めよう。

簡単に砕けるから怖いんだ。


「確かにアレならお前の足を補えるが、それでも当てない事には発動しないだろう?護身用に使うならまだしも、魔物との戦いで使うのならしっかり振れる様になっておかなければ意味が無いぞ?」


「ごもっとも……」


全くもって正論だ。


「む?食事の用意が出来たか……ここまでにしよう。準備もあるしあまり時間を掛けられんからな」


裏口から使用人が呼びに来ているのが見えた。


「……はーい」


渋々頷き、先を歩くじーさんの後を追い屋敷に向かった。


……行きたくねぇなー。



王城の敷地内に入り、貴族学院に騎士団本部を通り越し、さらに城門を通りその奥へ行くと、セリアーナ達が滞在する離宮がある。

ここは主に王族の関係者が利用する為のもので、警備は負けず劣らず厳重だ。


そして城の中って事は、アイテムは正当な理由があろうとも申請しないと持ち込めず、不安だからとか歩くのが面倒だからとかでは持ち込む事が出来ない。


じーさん達は親父さん達との話があるようでそちらへ行き、アレクは護衛の打ち合わせだとかでオーギュストと共に騎士団本部へ。


そして俺は一人セリアーナの部屋で待たされている。


「よく来たわね……お前は何をしているの?」


ソファーにクッションを抱え蹲り、アカメとシロジタを潜望鏡の様に服から伸ばしている俺を見とがめた。

この声の感じは呆れているな。


「……何もかも落ち着かないんだよ」


アイテムは全部外し、飾り気のないシンプルな物ではあるが、ドレスに靴。

普段とは大分違う格好で、敵じゃないとは言え武器を持った知らない者がウロウロしている所に1人でいるんだ。


これだけ積み重なると、正直帰りたい。


「それは……慣れなさいとしか言えないわね。まあ、いいわ。来なさい」


そう言うと1人掛けの方に座り、自身の膝を叩いた。


「はいはい……。んでさ、どーなのよ?色々大変なの?」


膝に乗り【ミラの祝福】を発動すると抱え込む様にして来た。

お疲れなのかもしれない。


「私はそうでも無いわ。もう結婚相手はリーゼルがいるものね。その代わりアイゼンやルシアナへの話は多いそうね。面会希望も城の中にも拘らず随分来ているわ。お父様達やフローラ様も大変そうよ。2人は他家との付き合い方、特に外国貴族とのね……それを教わっているわ」


親父さん達はある程度前もってわかっていただろうけれど、今までと立場も変わるだろうし、子供達も大変だな。

辺境の武闘派一族が、王家と縁続きか……良いのか悪いのか……。


「何?」


上を向き、セリアーナの顔を見ているといつもと変わらぬ顔。


「ん。何でもないよ」


このねーちゃんは平気そうだな。


214


「それで、お前の方は何か変わりはあって?」


やや急な話の切り替えかたな気もするが、エレナの方を見ても変わりは無し。

気にしなくていいのかな?


「オレの方は……お客様扱いでダメになりそう。周りが全部やってくれる……。雨止んだばかりだからまだ出かける用事は済ませて無いけれど、それも買い物が中心だって言ったらじーさんが屋敷に呼ぶから外に出る必要はないとか言うし……」


傘のメンテナンスはルトルでは難しいからと、王都の商業地区にある工房の紹介状を書いてもらっていた。

商業地区は以前の手入れで怪しげな所は一掃してあるとかで治安に問題は無いが、それでもそもそも子供が1人でうろつくような場所ではないという事で、誰かと一緒に、と言われている。


気にし過ぎな気もするが、万が一の可能性も避けたいという気持ちもわかるので、それ自体はいいんだ。

ただ、アレクが忙しいからじーさんに頼もうと思ったら……そうなってしまった。


工房の職人、新しい甚平用の生地、よさげなお菓子の新作等々、既に手配を済まされてしまい後は屋敷で待つだけだ。


「やる事が無いんだよ……」


ご婦人方がお茶会開くのもわかる。

手軽に出来る事ってそれくらいなんだ。

そして俺の【ミラの祝福】が盛況な理由も。


信用の出来る屋敷で、少しのお金を払えば美容ケアとお喋りが楽しめ、他所での話のタネになる。

そりゃー来ちゃうさ。


「お嬢様を狙う連中で腕の立つ者達は船を使う事で置き去りに出来たと思うけれど、王都圏にもまだ数はいるだろうからね。その連中が集まって来ていてもおかしくは無いから、アレク達の調査が終わるまでは我慢しようね」


「いつもオレが起きる前に出かけてたから何してるのか知らなかったけれど、そんなことしてたんだね……」


「今は何もしていないから排除する事は出来ないけれど、それでもマークする事に意味はあるからね。もう何ヵ所か目を付けているそうだよ」


「へー……」


「それがいち段落したらダンジョンに出てもいいわ。それまではおじい様方のいう事を聞いて大人しくしておきなさい」


「ぉぅ……」


「今年の記念祭は戦技会もありますし、調整もかねて前入りする者達も多いでしょうし、時間はかかるかもしれませんね」


俺の事はそっちのけで話を弾ませる2人。


戦技会は、大森林同盟初期の4ヵ国が持ち回りで主催する武闘会で、今年はこの国で開かれる。

西部から参加する者も多く、東部での一大イベントの一つらしい。


よくある武闘会は仕官を目指す者が多いそうだが、この大会は貴族の推薦を受けたものが出場する。

貴族のお抱え戦士のお披露目会の様な物だ。

主催国は参加せずホスト役に専念する当たり、あまり殺伐とした大会じゃないらしい。

そんなわけで、参加者は比較的お上品な場合が多いそうだが、彼等に挑み名を上げようとする者もいるとかいないとか。


アレクがどんな調査をしているのかわからないが、俺がダンジョンに行けるのはもう少し後になりそうだ。



「セラ、動いてはいけませんよ」


「むぅ……」


寸法を取られている際に、ついもぞもぞ動いてしまいオリアナさんから注意を受けた。


セリアーナとの面会を終えて数日。

相変わらずアレクは忙しい様で、俺は屋敷内で時間つぶしの日々だ。

もっとも雨は止んだ事で、多少はやる事のバリエーションが増えた為、何とか駄目にならずに済んではいる。


毎日1組に施療をして、土産をもらい小遣いを稼ぎ、ゴロゴロする忙しい日々を送っているが、今日は何でか仕立て屋を呼び、俺の服を仕立てることになった。


「もうすぐですからね」


と、採寸をしているおばちゃんが言った。


この人の他に、記録をする人に生地や素材を手にした人など、合わせて5人いる。


「いくら式に出席しないとは言え、あなたも控室に出入りするわけですからね。恥ずかしく無い恰好をしなければいけませんよ」


「はーい……」


俺が払うわけでは無いけれど、控室に行くためだけの服を仕立てるとかちょっと勇気がいるぜ……。


「きゃっ⁉」


と、すぐ後ろでおばちゃんが悲鳴を上げた。


「どうしました!」


「なに?」


「あ……失礼しました。その……襟元から影が……」


あぁ……。


「それ、オレの従魔です。気にしないでね」


俺は採寸されるのに向いてないかもしれないね。

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