第84話

209


「すっごい荒れてるね……」


もうすぐマーセナル領の領都に到着するが、川から海に出てしばらくはそう大したことは無かったのだが、どんどん波が高くなってきている。

サーファーでもいたら喜びそうな波だが、海に出てからもう何度も魔物と戦っている。

この世界じゃマリンスポーツは流行らないだろうな……。


「昼前に越えた灯台のあった岬があっただろう?あそこから潮の流れが変わるらしい。俺も本で読んで知識では知っていたが、見るのは初めてだな」


先程から2人で甲板に出て海を眺めているが、大波が絶えず押し寄せている。

ちょっとしたフェリー位はあるこの船だが、それでも流石に揺れている。


「ほーう……アレクは船酔い大丈夫?」


俺は浮いているから問題無いが、アレクはどうだろう?


「戦うには慣れがいるが、問題は無いな。船はほとんど乗ったことは無いが、荒れた路を馬車や馬で駆ける事はあったからな」


馬車での移動では大抵【隠れ家】に入っているから、あまり感じることは無かったが、街の外は舗装なんてされていないからな……。

確かに、船の揺れとは少し違うが三半規管は鍛えられそうな気がする。


「なるほどー……中の人達よりは慣れてるんだね」


船酔いになりながらもエリーシャ達を出迎える準備をしているセリアーナ達の事を考える。


……じーさんなら平気そうだけれど、あの人達は貴族で基本的に街の中にいるからな。

川を下っている時は平気そうだったけれど、この揺れはきついんだろう。


それでもしっかり出迎えようとするあたり頭が下がる思いでいっぱいだが、俺は部屋で待機だろうし、残念ながら分かち合えそうにないな。


残念だ!



「……ここいていいの?エリーシャ様達乗ってるんでしょ?」


【隠れ家】のいつもの指定席にいるセリアーナを見て、ついつい口に出してしまった。


この船には今もうエリーシャ達が乗り込んでいる。

夕方頃に港に着き、そこで乗船し挨拶やらをしていたのだが、すぐに解散になった。

てっきりそのまま歓迎のパーティーでも開くもんだと思っていたのだが、何も無し。


この船はサリオン家のだし、現時点での立場こそ親父さんの方が伯爵で上だが、エリーシャは王族で夫のエドガーは次期侯爵。

仲も悪くは無いはずなのに、随分あっさりしている。


「構わないわ。そうよね?エレナ」


「はい。何も問題はありません」


そしてエレナも一緒に【隠れ家】に入り込んでいる。


「……まぁ、ここは揺れないからね」


俺は別に構わないんだが……、本当に良いんだろうか?


そう思っているとそれが伝わったのか、セリアーナが笑いながらこちらに向け手をひらひら振っている。


「仕方がないわね……この事は他人に漏らさないように……。エリーシャ様も船に弱いそうなの。川ならそう問題は無いそうだけれど、この海はね……。私達もそうだし、慣れない者には無理もないのだけれど、サリオン家に嫁いだ以上はそうも言ってられないわ。船に乗る機会はそうそう無いでしょうけれど、制海権を握っているからこそのあの家ですものね。船員たちにもその事は極力隠しておきたいそうよ」


「ははぁ……」


何やら長く語っているが、要はエリーシャもダウンしているのか。


「数日もすればまた川に入るし、どうせ身内ばかりなのだしあまり形式ばった事を無理にしなくてもいいでしょう?それまでは各々自室に待機となったのよ」


「ぉぅ……そんな事になっとったのね」


「襲撃を避けるためにこのルートをとっただけで、そもそも王都でお嬢様の結婚式を行う事が第1の目的だからね。予定通りに進んだら一月以上余裕は出来るけれど、その間も準備などがあるしその為にもお嬢様は体調を崩す事無く王都に辿り着かないといけないからね……」


同じくエレナも長々と。

これはアレだな……気まずいんだろうな。


俺より一つ下のルシアナも船酔いでダウンしていたし、一応自分の結婚式がこの旅の理由だからな……。


「川に入ったらルシアナ様の相手したげなよ?」


「わかっているわ。お母様達はお前に任せるわよ」


図星だったのか顔を逸らしながらそう言って来た。


210


アレクとエドガーの2人がカンカンと木剣で撃ち合う音が甲板に響いている。


「はあっ!」


上段から振り下ろすエドガー。


「せいっ!」


それを受けるのではなく、下から切り上げ迎え撃つアレク。


しばらく鍔迫り合いを続けたかと思うと距離をとり、再びぶつかっては距離をとってと、同じような事を繰り返している。

突きや腕力に物を言わせたりしないところ何か作法があるのかもしれない。


海上ほど揺れてはいないが、ユラユラと足場が不安定なのに、元気な事だ。                    


川に入り北上すること3日。


予定通りに行けば明日にはアルザの街に到着し、そこで船から降りる事になる。

その後は王都まで馬車での移動になるので、それまでにこの船旅で鈍った感覚を取り戻したいらしく、昼食を済ませてからぶっ続けで稽古を行っている。


それに、まだ大丈夫とは言えそろそろ雨が降り始めてもおかしくはない。

やるなら今日だろう。


最初は女性陣も興味深げに眺めていたが、30分もすると船室に引っ込んでしまった。

まぁ、日差しも結構強いし、むしろよく持ったと言えるだろうか……?


俺もそうしたかったが……。


「よいしょ」


そろそろ効果が切れそうなので、2人の上に移動し【祈り】を発動した。


より実戦に近い状態でと、【祈り】をかけて欲しいと頼まれ、付き合っている。

最初は面白そうだからと引き受けたが、こんな長時間やるとは思わなかった。


引き受けた手前、仕方なく傘を日傘代わりにして付き合っている。

この傘まともに使うの初めてかもしれないな。



「ふう……。この辺にしようかアレクシオ」


ようやく満足いったのかエドガーが振り回していた木剣を置いた。

始めた頃は真上にあったお日様がいい感じに傾いている。


長かった……。


釣りをする趣味でもあれば時間を潰せたのかもしれないが……いや、大物はいないだろうけれど川にも魔物はいるからな。

どのみち眺めておくしかなかったのか……。


エドガー・サリオン・マーセナル。

エリーシャの夫で次期侯爵様。


短く刈り揃えた金髪に浅黒く焼けた肌。

今は上半身裸になっているが、この船に乗った時の仕立てのいい服の着こなし。

一見海の男だし実際そうなんだろうけれど、ちゃんと教育を受けた立派なお貴族様だ。


その癖、アレクと一緒になって延々と剣を振り回す体力。

流石に本気で戦えばアレクが勝つだろうけれど、結構打ち合えていたし剣の腕も良い。

【妖精の瞳】で見ると、見た目通り体力もだが魔力も結構多い。


割合で言えばエレナの体力と魔力を逆にした感じだ。

腕っぷしが強くないと船員達を纏められないのかもしれないな……。


どこぞの国のお姫様が懸想していたらしいが、納得できる。


「なあ、アレクシオ。何故私は彼女に睨まれているのだろう……?」


考え事をしながら彼の方を見ていると、どうやら睨んでいると受け取られてしまった。

失敬な……!


「アレは考え事をしている時の顔で、決して睨んでいるわけではありませんよ。ああ、でも……私達があまりにも長時間稽古を行っていた事でご立腹なのかもしれませんね。引き受けた以上戻るわけにもいきませんからね」


苦笑を浮かべながら俺の表情を解説するアレク。


「ちっ……わかっているじゃないか……!」


気付いていて敢えて無視していたな……。

多分こいつはこいつでずっと船に乗っていたから体を動かしたかったんじゃないか……?


「それは申し訳ない事をしてしまったな……エリーシャから彼女の機嫌を損ねるなと言われているのだが……」


「……別に怒っちゃいませんよ?」


一、二発蹴りたいなとは思っているが……。


「そうですね……セラ、【琥珀の剣】について話を聞かせてもらうってのはどうだ?」


「うん?」


同じく上を脱ぎ汗を拭っていたアレクが一つ提案をしてきた。

しかし……このにーちゃんは何か知っているのかな?


女性向けの護身用アイテムだけれど……。


211


夕食後、昼間長時間付き合わせた礼にと、談話室でエドガーから【琥珀の剣】について話を聞かされた。

リーゼルやエリーシャ達もいるが、エリーシャ付きの2人の侍女を除くと使用人もおらず気楽な席だ。

助かる。


俺は部屋にいたから聞いていなかったが、先日晩餐の席でサリオン家も所有している事がわかり、アレクが上手い事やった結果だ。

……もう少し上手くやってくれても良かったような気はするが、そこは目を瞑ってあげよう。


まぁ、肝心の【琥珀の剣】についてはあくまで家で継承している物であって、彼自身は使った事が無い為わかった事は少なかったが……。

とは言え、砕いても発動し直せば元通りに出来る事や、大体の威力は判明した。

王都についても騎士団の訓練場は使えないから、ダンジョンでぶっつけ本番になるんだろうかと思っていたが、聞いた限りなら、屋敷の庭でも十分そうだ。


魔物相手だと、ゴブリンなどの弱い相手位にしか使えないな。

本当に護身用だ。


そして……。


「500枚⁉」


効果の説明が一段落したところで、入手した経緯も話してくれた。


60年位前に、たまたまガチャを試みた領民から買い上げたそうだが、金貨500枚って……安くないか?

1枚で済む当たりの聖貨を使わない限り、金貨に換算するとガチャ1回200枚だ。

2.5倍だが……、もっとしてもいいよな?


「そう。500枚だ」


俺の上げた驚きの声に頷くエドガー。

ただ、続きがあるようで再び口を開いた。


「金額だけならもっと払ってもいいんだが、にわかに大金を手にすると無用のトラブルを招きかねないからな。よほど格のある物ならばまた違ってくるが、マーセナル領では恩恵品の買取は原則金貨500枚となっている。それにあくまで現金ではそれだけだが、他にもある。2代にわたってその一家は無税になるんだ」


「なるほど……」


確かにポンと大金を渡されても、銀行も無いし危ないよな。


「セラ、2代にわたって無税になるって言うのは大きいぞ」


「ぬ?」


「俺が知っている話だと400枚だったが税の免除は同じだった。そして、その得た金を基に商売を始めたんだ。今ある大商会は国や領地の初期から関わっているからこその発展だが、新興の商会は恩恵品の献上をきっかけにしたところが多いぞ」


「ほーう……」


流石、商家生まれのアレク、面白いネタだ。

堅実に少しずつ切り崩していくのも有りとは思うが、いわば降ってわいたお金だし、税金免除。

投資を考える者がいてもおかしくはない。


平民の投資先なんて、農場作るか商売始めるかだろうし……。


「その商売始めたところはどうなったの?」


「潰れたな。俺の実家が吸収していたよ」


「ぉぅ……」


まぁ、投資はこける事もあるよね。



「雨降ってるねー」


「本当ね。雨季とは言えこの辺りはあまり降らないのだけれど……お前も今日は城に残る?」


「うーん……」


船を降りて2日。

グラードの街を出発し、今日ようやく王都に到着だ。

丘陵地帯は続くものの、崩れる様な道も無く、予定通りに行くだろう。


ただ、想定外と言うほどでは無いが、少々雨足が強い。

王都周辺は、地形なのか何かファンタジーな力が働いているのか、雨季でもあまり雨が降ることは無い。

なのだが、今日はしっかり朝から降っている。


王都に滞在する2ヶ月と少しの間の宿泊先は、セリアーナ達は城の敷地内にある離宮らしい。

そこで色々お勉強をするとか。

王族と縁戚関係になるし、立場とかも変わって来るんだろう。

長男のアイゼンが学園を卒業しても王都に残っているのはその為だ。


じーさんとオリアナさんは既にそれを受けているとかで、屋敷にいる。

俺とアレクはそちらに世話になる予定だ。


その為、俺はやることは無いがアレクは護衛の打ち合わせもあるので城まで行き、そこから屋敷に向かう事になっていたのだが……この雨。


城に残るとアイテムは使えない上に堅苦しい環境。

1日そこらとは言え、緩み切った今の俺じゃー厳しいな……。


「傘あるし、予定通りにするよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る