第83話

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低い笛の音が辺りに響き、それを合図にリーゼルが乗る馬車が出発した。

すぐに俺達が乗る馬車もだ。

この2台に、クマの頭を始めとした荷物を積んだ分が1台の3台編成だ。


窓から外を見れば頭を下げ見送る使用人の列。

さらに少し離れた位置にはジグハルトとフィオーラがいる。

彼等はお留守番。


一緒に来てくれると頼もしいが、何かのっぴきならない事態が起こった時に力尽くで解決できる存在として、残ってもらうことになった。

【竜の肺】は預けてあるし、まぁ……よほどの事があっても大丈夫だろう。


「……」


「何?」


ジッと見ていたのを気付いたのかセリアーナがこちらを見た。


「結局どのルートで行くのさ?」


山を迂回か突っ切るか、どちらを選択するのか実は未だに知らなかったりする。


「まだ秘密よ。私はお前がペラペラ喋るとは思っていないけれど、他はそう思うかわからないでしょう?私、リーゼル、エレナ、アレク、オーギュスト。領都ではお父様とお母様、それと騎士団長の3人だけしか知らないわ」


「まぁ、何聞かれても知らないって答えていいのは気が楽だけれど……」


一応これでも先輩や貴族相手には気を使っている。

対応の仕方に悩まされずに済むのは助かる。


ただ、一応俺も何かあった時に備えての覚悟を決めておきたいんだが……。


「お前も退屈しないで済むはずだから、楽しみにしておきなさい」


「……?」


どういうこっちゃ?



ルトルを発って1週間。

ようやく領都に着いた。

急ごうと思えば2日位は巻けただろうが、万が一の事があると洒落にならないから慎重を期したんだろう。

朝出て日が傾く前に宿泊先へ。


のんびりした旅だった。


「何も変わって無いね」


「一目でわかるほど大きく手を加える様な事はもう無いでしょうね。もっと何十年かしたら色々建て替えたりもするでしょうけどね」


東門からこの街に入る事なんてそうそう無かったから、ちょっと新鮮な気分になるかもとか思っていたが……何にも変わりないな!


と、そこに窓をノックする音が。

アレクだ。


「どうしたの?」


「どうも中央通りからお嬢様を一目見ようと住民が並んでいる様です。対応をお願いします」


「あら、大人気……」


「当然ね。セラ、代わりなさい」


真ん中に座っていたセリアーナと席を代わり、窓側に移ってもらった。


しかし、結婚の事は住民も知っているのか。

セリアーナは領主一族として、よく街に出ていたからやっぱ人気がある。

他の2人の事はよく知らないが、結構プレッシャーだろうな……。



屋敷に着くとセリアーナ達は親父さんの部屋へ向かった。

ここに泊まるのは今日だけで、明日には出発するし、予定はびっしりだ。


そして俺は俺でセリアーナの部屋でお仕事中。


「エレナ様とアレクシオ様はご実家に泊まるのよね?」


「うん。お父様とお話をするーとか言ってたね」


ルトルでも充分手柄をあげたし、式は何時になるかはわからんが、今日正式に婚約をするそうだ。

元婚約者はどうしているかは知らないが、セリアーナ、リーゼルそして親父さんがこの話を纏めたんだし、どうにもならんだろう。


「セラちゃんは何かそういった話は無いの?」


メイドさん達とうんうんと頷いていると俺に矛先が。


「何も無いねー。おっさん達にはモテてるけど……。はい終わり。次お願いしまーす」


モテようともモテたいとも思わないが、なんも無いな。

年近いのと関わること自体無いしな……。


まぁ、そんな事は横に置いて仕事だ仕事。


「次はこれね……」


お喋りがてらやっているのは、セリアーナ宛の贈り物の目録作りだ。


部屋いっぱいに積まれた箱。

その中を検めている。


明日ルトルに送らせるが、大半はこの屋敷に置いて行き、残ったそれらは使用人達に下げ渡されることになる。

それでも返礼の為に残しておかなければならない。

……不毛だ。


「セラちゃんはお嬢様の結婚式には出るの?王都でも有名なんでしょう?」


「いや、オレは控室でお留守番だって。外国の貴族様達もたくさん来るらしいしねー」


さすがにおばちゃ……女性が多いとお喋りの種は尽きない。

話があちらこちらに飛んでいく。

黙ってやるよりは退屈しないかな?


207


「うはぁー……」


荷物を積み込む作業員の声が港に響く中、負けじと俺の高い声も響いている。


「見るのは初めてかしら?凄いわよね」


隣に立つセリアーナが驚く俺を見て満足そうにしている。


視線の先にあるのは船。

といってもただの船じゃない。

サリオン家自慢の武装船だ。


領都を出発して2日目。


泊まった街を早朝に西門から出発した時、俺は山越えだと考えていた。

その街は迂回路と直進路の分岐点になっており、前回王都に向かった際はそこを北に進んだからだ。


ところがその日の昼、山の麓にある村に到着したのだが、宿泊せずに小休止を取った後出発した。

何故か山に向かわず南に向かって。

そのままどこにも立ち寄らず日が暮れ始めた時ようやく見えてきたのは、名前だけは知っているオズの街。


ルクス川という大森林から流れている大きな川がある。

オズの街はそのすぐ側にあり、その川を使った南部との交易で栄えた街だ。


その街に入る事無く真っ直ぐ港に向かい、そしてそこで代官と合流し今に至っている。


俺達だけでなく、伯爵一家勢揃いで馬車は3台増えた。

その分足も遅くなるしどうするんだろうと思っていたが……船かー……。

ヤッベェ魔物がいるこの世界の海にはあまり近づきたくないんだが……。


「これで海まで下ってそこから王都を目指すんだね?船なら昼夜関係ないもんねー……」


物語で、小舟で東を目指すと押し戻されるシーンがあった。

多分海流の関係だろう。

逆に、西に進むのなら速度が出るって事だ。


「それだけじゃ無いわよ?」


「む?他にもあるの?」


何か見落としがあったかな?と訊ねようと思ったが、積み込みを終えたのか、船長らしき男が降りて来て親父さん達に船に乗るよう促している。


「続きは乗ってからにしましょう。行くわよ」


「はーい」



「待たせたわね。大人しくしていたかしら?」


「あれ?おかえり」


セリアーナがノックもせず部屋に入って来た。

まぁ、ここは彼女用の部屋だし別に構わないが、アレクはともかくエレナまでいない。


この船は客船というわけじゃ無いんだろうが、他国に向かう事がある分ちょっとしたパーティーも開けるようになっていた。

乗船が済むとすぐにそれが開かれセリアーナ達は出席していたのだが……。


「まだ続いているよね?もういいの?」


微かにホールの音楽が聞こえてくる。

まだお開きってわけじゃ無いんだろうけど……。


「ええ。後の事はリーゼルに任せて来たわ。食事は?」


そりゃご愁傷様だ……。

海の男って感じのおっさんばかりだったからな。


「うん。運んできてくれたので済ませたよ」


「結構。【隠れ家】をお願い。お前にも今後の予定を説明するわ」


「はいよ」


この部屋は船室が並ぶ一画の一番奥にある。

手前がエレナの部屋で、中の仕事は一応俺がいるから、人が来ることは無いだろう。


「ほっと……。どーぞー」


念の為、部屋の奥の壁に発動し、セリアーナと共に中へ入った。



「……問題無いわね」


セリアーナはモニターを付けると軽く周辺の様子を探った。

これはもう癖だろう。


「んで?予定を話してくれるんでしょ?」


いつもの指定席にかけたセリアーナの向かいに座って話を促した。


「ええ。まずはこの船は明日の昼過ぎには海に出て、その翌日にマーセナル領の領都に到着するわ」


「うん。海に面してて大きい港があるんだよね?」


「そう。そこでエリーシャ様ご夫妻が乗船。食料等の補充だけして出港よ。3日でタミラ川へ到着しそこから北上して4日で王都圏のアルザの街へ。馬車に乗り換えて翌日にグラードの街に着き、また翌日に王都よ。」


「無茶苦茶早いね……。でも凄いとは思うけれど、これってそんなに隠す様な事なの?」


20日そこらでルトルから王都まで辿り着けるってのは確かに驚きだ。

ただ、少々特殊なルートではあるけれど、別に隠す様な事でも無いはずだ。


「このルートは、エリーシャ様とエドガー様、私とリーゼルがそれぞれ結婚する事で可能となったのよ。サリオン家も今まではずっと陸路を使っていたのだし、私達が初めてね」


「へー……」


王都圏にマーセナル領、ゼルキス領とそれぞれ繋がりが出来たから生まれた新航路なのか。

どれくらいの人間が利用できるのかはわからないが、国の中心から端っこまでがぐっと縮まったと思えば、確かに大きい……か?


「もちろんそれだけじゃ無いわ」


セリアーナは、首を傾げる俺を見て、笑いながらまだ続きがあると言った。


この笑い方は何か企んでいるヤツだ……!


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「西部の複数の勢力が私の命を狙っているわ」


「大人気だね……」


個人に命を狙われるとかはこの世界でもあるが、国、それも複数から狙われるとかそう無い事だ。


「光栄な事ね。彼等は私を自らの手で殺し、そしてその事を広く伝えたいの」


「うん」


そうする事で大森林同盟の東部開拓を阻止するらしい。

やればこうなるぞって、見せしめみたいなものだ。


西部と一括りにしてあるけれど、別に全ての国と険悪な関係なわけじゃない。

ただ、西部の盟主格の国の意地と思想でそうなっていて、ついには教会を取り込んでまで積極的に溝を深めて来ている。


「だから場所や手段も選ぶのだけれど……フフフ」


おかしさが堪えられないのか、話の途中で笑い始めた。

大口開けたりこそしないが、口元とお腹を押さえ、クスクス笑っている。


「どしたのさ?」


今の話のどこにそんなお笑いポイントが……?


「フフ……。山を迂回するか越えるか、お前も気にしていたでしょう?きっと彼等もそうね。本来王都へ行くにはそのどちらかを選ぶしかなかったのだから……」


「あー……どっちにいるかはわからないけど、待ち伏せが空振りになっちゃうんだね」


ピンときた。

冬じゃないから凍死はしないだろうけど、雨季の山の中で待ちぼうけとか壮絶だ。

敵ながら同情……はしないな……うん。


「それだけじゃないわ……フフフ……」


また笑い始めた。


「そんなに面白いことなの?」


「ルトルを出てからずっと追跡を受けていたのは気づいて?宿泊するたびに入れ替わったりと手間をかけてはいたけれど……」


「気づかなかったよ……商人とか冒険者じゃないの?」


ブンブン首を振り答えた。


ルトルから領都、領都から麓の村まで一行から少し距離をとって商人達がついてきていたのは途中で確認していた。

俺達と一緒なら野盗は手を出さないだろうし、魔物が現れたって倒してくれるだろうし、安全は確保できる。

そこらへんは護衛付きのお貴族様の旅ではよくあることだ。


ゼルキス領内の商人じゃないし、このまま王都までついてくるのかな?とかは思っていたが、いきなりどっか行ってしまったからさぞ驚いているだろう。

足元みられるだろうけれど、冒険者の数は足りているから護衛は頼めるだろうが……そこは諦めてゼルキスの冒険者にお金を落としていってもらおう。


「彼等のさらに後ろから来ていたのよ。私達の出発を見届けてから先手を打って鳥を使っていたわ。ただそれもフーシャの街まで」


フーシャの街。

山越えか迂回かの分岐点にあった街の名前だ。


「山と森があるからね……」


だんだん言わんとする事が分かってきた。


麓の村は正確には、山の裾野に広がる森の麓にある村だ。

空を飛ぶ魔物が多く生息し、従魔といえどもそこを突破させるのは伝令という役割を考えると現実的じゃない。

他所との情報の伝達が遅れてしまうゼルキスの悩みの原因でもある。


で、どうやっているかというと、騎士が頑張って走る。

魔物が多数生息する山を。


俺達が麓の村に向かった時点で山越えと考えたはずだ。

そこでも先手を打つために情報を届ける必要があったが、待ち伏せをするためにも騎士でもないのに馬を飛ばして山へ向かうような目立つことはできない。

自分の足で一生懸命走ったんだろうなぁ……。


セリアーナからしたら、自分を殺そうとしている者達がそんな滑稽な真似をしていたら、そりゃー、おかしいだろう。

いつの間にか笑い方がクスクスからニヤニヤに変わってきている。


しかし、これって王都との往復路での襲撃が不可能になったってことだ。

帰りもこのルートを使うだろうし、当然守りはしっかり固められているだろう。

他所の国でその守りを突破するだけの人数を集めようものなら、襲撃以前に捕縛されてしまう。

だからこその奇襲なんだろうけれど……、見事に潰れたな。


昨年冬の防衛戦の様に、突発的にどこかが妙な事を仕掛けてくることもあるからまだまだ油断はできないけれど、後特に気を付けるべきはダンジョンを拓いた時か。


狙われるってわかっているのに妙に鷹揚に構えていると思ったけれど、こうなる事がわかっていたからなのかな?

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