第82話
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早いもので春の2月。
体を動かしたからか、額に汗が浮かんでいるのがわかる。
そろそろこのケープも暑くなってくる頃だが、森の中だとメイド服は目立たないからな……。
「セラ嬢、そっちは片付いたかい?」
「うん。そっちも終わったみたいだね。怪我人は?」
「ゼロだ。あいつらも大分慣れてきたな」
見ると3人が警戒しもう3人が死体を積んでいる。
この合同訓練。
何気にベテラン達からの評判が良かった。
他国は知らないが、この国だと身内か同郷ならともかく、わざわざ見知らぬ新人を鍛える事は無い。
まずは新人同士で組んでそこそこ育ってから、どこかのクランや戦士団に入ったり、名を売ってその都度別の相手と組んだりだ。
そういった慣習もあって最初は懐疑的だったが、新人達のグループが1周する頃にはその評価が変わって来た。
1から育てたら効率がいいって事に気付いたんだろう。
当初は1巡したら指導係は外れる予定だったが、どうにも人気で未だ継続している。
当初は薬草採取がメインで合同訓練は建前だったのに、すっかり入れ替わっている。
これなら俺が抜けても問題無いだろう。
◇
「お待たせー」
屋敷に戻り、仕事の報告をする前に【隠れ家】でシャワーを浴びてきた。
それ程汚れたわけでは無いが、森に入るとそれだけで土や木の臭いが移る気がするからな……。
「構わないわ。今日も問題は起こらなかったようね」
「うん。もう皆慣れて来てるし、指導係もいるしね。ここ数日のオレは離れた所にいる魔物を倒すだけだよ」
セリアーナが今日の合同訓練の様子を訊ねてきたが、ここ数日同じことを言っているし特に答えることは無い。
聞き方からして彼女もそれをわかっているんだろう。
「薬師達の訴えを聞いただけだったのにね……リーゼルも驚いていたわ。でもそれならもうお前抜きでも大丈夫そうね。間に合ってよかったわ……いくら自分で選んだとは言えバタバタ死なれるのは気分が悪いものね。お前は明日からは参加しなくていいわ」
「はいよ。出発はもうすぐなの?」
「明後日の予定だよ。一旦領都に寄るからここでは荷物は積まなくていいからね。はい、動かないようにね」
ソファーに座ると隣に座っているエレナが代わりに答えた。
明後日か……。
ロブの所の注文はもう仕上がっているはずだし、引き取りに行っておくかな。
他には……。
「ぉぁぁぁ……⁉」
片づけておく用事を思い出していると、エレナの魔法で生み出した温風が頭に吹き付けてきた。
髪の毛ももう腰に届きそうな長さになっている。
このドライヤーの様な乾かし方だと見た目が愉快なことになっていると思うんだ……。
セリアーナが楽しそうな顔でこちらを見ているのがわかる。
だからあえてエレナも逆立てたりうず巻いたりと、大きく動くようにしているんだろう。
「ねー。そろそろ髪切りたいんだけどー」
「……そうね。王都に着いたら少し後ろも揃えましょうか」
「!」
いつもは前髪を切り揃える程度しか許可が出なかったが、後ろもついにか。
でも短くする様な感じじゃないな……。
「私も向こうで少し手を入れるから、その時にお前も済ませましょう」
「はーい」
いよいよ王都、結婚か……。
何だかんだリーゼルともしょっちゅう顔を合わせるからついつい忘れがちになるが、まだ結婚していないからな。
しかし明後日か。
雨季は来月半ばかそこら辺からだけれど……どうするんだろう?
式は夏の2月頭の記念祭で行われるが、仮にも第1王妃の息子で新公爵様の結婚式だ。
その日だけ行って、ハイ終わりってわけにはいかないだろう。
一旦領都に寄るそうだけれど、ここから飛ばしても4-5日はかかる。
で、領都から通常ルートで2ヶ月弱。
それだと夏の1月を回ってしまう。
一昨年王都に行く時は荷物を【隠れ家】に詰め込んで、余計な物も人も省いた状態でそのルートを1ヵ月で踏破した。
ただ、今回はリーゼルや親父さん達もいるから、それは無理だ。
山を突っ切るルートなら1ヵ月を切るが、危険が多い。
セリアーナを狙う連中もいるし、猶更だ。
何か考えはあるんだろうけど、どうするんだろう?
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「やるぞー!」
両拳を頭上に掲げ、聖像に向き合った。
「いいからさっさとやってしまいなさい」
俺の気合の声をどうでもいいように流すセリアーナ。
「むぅ……」
ジグハルトは理解してくれるのか苦笑して肩を竦めているが……まぁいいか。
出発前夜。
アイテムやスキルの情報は多いにこしたことは無いからと、いつもの3人に加えジグハルトとフィオーラもいる状態でガチャに挑むことにした。
2人にはまだ【隠れ家】の事を話していないが、また【強化】が来る事なんてそうそう無いだろうし、万が一来てもその時はその時だ。
出来れば20枚貯めて2回挑みたかったが、合同訓練が続き俺が1人で倒すような機会は少なく、1回分しか貯まらなかった。
まぁ、背水の陣ってやつだ。
この1回で今度こそ遠距離手段を射止めてやるぜ!
「ふんっ!」
捧げた聖貨が消え、脳内に鳴り響くドラムロール。
何か久しぶりに聞くなこの音。
さぁ、良いの来てくれよ!
「ほっ!」
あまり引っぱらずにストップだ。
直後頭に浮かんだ文字は【琥珀の剣】。
剣……剣か。
遠距離じゃ無さそうだな……。
そして、眼前に浮かんだ小さい輪っか。
あれ?
また指輪?
「よっと……」
浮いたそれをキャッチし、手のひらに乗せよく見てみる。
……半透明の黄色……ああ、琥珀色か。
琥珀色の細い指輪で、【影の剣】よりもうちょっと華奢な感じだ。
「何が出たんだ?」
アレクとジグハルトが興味津々といった様子で近寄って来た。
2人はこれが何か知っているかな?
「指輪だけど【琥珀の剣】だって。知ってる?」
「……⁉【琥珀の指輪】か」
「お?知っているのかアレク」
「話に聞いただけですが……。これはお嬢様の方が詳しいんじゃありませんか?」
揃ってセリアーナの方を向くと、頷いた。
「まずは開放しましょう。来なさいセラ」
「ほい」
◇
「見た目は変わらないね。どんな物なの?」
開放を済ませたが【影の剣】と同じく見た目は変わら無い。
指にはめるとジャストサイズになるのも同じか。
「発動すると剣が現れるわ。貸しなさい」
それだけ言うと俺から指輪を抜き取り、自分の左手の指にはめた。
「おや?」
フッと手を振るったかと思うと、いつの間にか細身の剣が手にあった。
50センチ程の透き通った刃で、ガラスのような印象を受ける。
「私も見るのは初めてね。エリーシャ様の侍女が付けていた指輪があったでしょう?あれは【琥珀の盾】という名で、これと対になっていると言われているわね」
エリーシャに【ミラの祝福】を使った時に側に控えていた二人。
何かアイテムを持っていたとは思ったが、そんな名前のだったのか。
「あちらが守りに対して、こちらは攻撃だけれど……。切りつけると刃が砕けるの」
「ん?」
見た目通り脆いのか?
「その砕けた刃が切りつけた相手に突き刺さるそうよ。武器ではあるけれど、護身用といった方がいいかしら?」
「へー……。強そうだけれど、護身用なの?」
ガシャーンっと砕けた刃がズドドドドっと敵に突き刺さる……。
前世のゲームや漫画での戦闘シーンでありそうなイメージが頭に浮かぶ。
結構強そうなんだけれど……?
「必ず命中するそうだけれど、破片の一つ一つが小さく殺傷能力は低いらしいわ。どこの国だったかしら……確か西部の公爵家では代々、第1夫人に受け継がれていると聞くわね。訓練を必要としないしいつでも身に付けてられるから、いざという時に使うんじゃないかしら?」
「へー……。訓練がいらないってのはいいけれど、魔物には使え無さそうだね。どうしよう……お嬢様が持つ?」
折角だけれど、懐剣みたいな物だろうし俺が持っていてもな……。
どこぞの国の公爵夫人が持っているのなら、セリアーナだってそうだ。
「いいえ。お前が持ちなさい」
だが断るセリアーナ。
「いいの?いや……ちょっと面白そうだとは思うけれど」
「お前、人間相手に加減できないでしょう?野盗程度なら構わないけれど、生け捕りにしたい時に困るわ」
「……なるほど」
何というか俺は極端な装備だからな……人間相手に戦闘をしたことは無いが、野盗相手だろうと確かに使うのはちょっと躊躇ってしまう物ばかりだ。
そう考えればこれは俺向きともいえる。
当たりじゃないか!
「ああ、明日はもう出発だから、それを試すのは王都に着いてからにしなさい」
「⁉」
お預け期間長くない⁉
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