第81話

202


寒風吹きすさぶ冬の3月。

【浮き玉】と【妖精の瞳】だけを装備して、手袋にタイツ、靴下も身に付けた完全防寒スタイルで、水路の凍結点検に外に出ている。


「あ、凍ってる……!」


水路の凍結……今は水の流れが少々滞る程度だが、放っておくと詰まったり逆流したりするから、早めに対処するのが効率がいい。

そんな訳で、壁を越えて上から監視できる俺の役割だ。


そして、早期の凍結ならコレで解消できる。


「ほっ!」


ポーチから引っ張り出した、「燃焼液」とか言う大量の水と混ざると高熱を発する錬金アイテムを凍結した部分に撒いた。


「ぬぉっ⁉」


凍結部分に触れるなりジュワっと音を立て、辺りに湯気が満ちて行く。

そのまま侵食するように融かして行き、あっという間に氷が消え去った。


……これ魔物の骨とか胆汁だかを素材にしているらしいんだけれど、どうやったらこんなヤベェもんが出来上がるんだ?

一応取り扱いには気を付けるよう言われているが、肌にかかった程度じゃ熱は発する事は無く、コストがかかるという問題にさえ目を瞑れば安全なアイテムらしい。


「さて……もう問題は無いか……あるね」


解けたのを確認した後、水路を川まで辿ったのだが、川を渡ったその先にはゴブリンが2体いる。


大分森の浅瀬にも魔物が戻って来ているらしいが、まだまだその数は多くはない。

その為か、時折意味も無く森から出てくる魔物もいるらしい。

正にこいつらがそうだ。


「……これならいけるかな?」


強くなく手ぶら。

掴んで投げられるようなものは近くには無い。


念を入れて高度をしっかりとり接近すると、ゴブゴブも俺に気付いた様でギャーギャー喚いて飛び跳ねている。

森に引き返すという選択をしない時点でこいつらはあまり賢くない雑魚だとわかる。


これは勝ったな……。

漂いながら勝利を確信してしまった。


「よしっ行こう!」


そのまま急降下し、一気に接近。

その動きに驚き反応できない様で、突っ立ったままの2体の間をすり抜けた。

その際にコートの裾からウチのヘビ君達が攻撃を仕掛けている。


「……おや?」


ゴブリンだけでなく、ウチの新人もまだ慣れていない様で、1体仕留めそこなった様だ。

と言ってもダメージは入っていたようで、蹲っている。


「もういっちょ!」


流石にこれは外さず、しっかり頭を貫き止めを刺した。


「よしよしお疲れ。……さて……どうすっかねー」


ゴブリン2体の死体。

ちゃんと街まで運んだ方が良いんだろうが……少数なら放置してもいいとは言われている。

2体の為に街から呼ぶのもな……。

巡回で通るだろうし報告だけしておくか。



「潜り蛇」


王都で魔物の違法取引に使われていた建物で偶然従魔にした魔物だ。

名前はアカメと付けたが、それはイレギュラーで本来は外にいる。


それ自体の戦闘能力は低いと言われているが、特徴として魔王種や強力な魔物と共生関係にある事。


2ヶ月近く前に倒したその強力な魔物。

そいつにも一匹付いていて、解体に立ち会っている時にアカメが気づき、そのまま俺の影に引き入れていた。


俺は気付かなかったが、屋敷に戻った時にセリアーナが気付き判明した。

サイズや見た目はほとんど一緒だが舌が白いので、シロジタと名付けた。


ただ、今一生態はよくわからないが、魔境生まれなのにアカメより大分弱いんだよな……。

やっぱダンジョンで魔物の核齧らせた方が良いんだろうか?


そんな事を考えていると、屋敷の上に到着だ。

夏だとこの時点でもうセリアーナの部屋の窓が開いているが、冬だし閉まったままだ。


「あーけてー」


外から呼びつつノックをすると待機していたのだろう、すぐにエレナが開けてくれた。


「ただいま」


「お帰りなさい。寒かったでしょう?」


「うん。水路も凍ってたよ。……はぁー……」


コートとケープをエレナに渡し、ソファーに寝転がり天狼の毛布を顔までかけた。

暖かい……。


一息ついて顔を上げるとこちらを見ているセリアーナと目が合った。

報告待ちか。


「凍結は「燃焼液」を1本使って処理したよ。それと、川の向こう側で森から出てきたゴブリン2体がいたから倒したんだけど、死体はそのまま置いて来たんだよね。巡回の兵が処理してくれるかな?」


「結構。「燃焼液」は後で補充させるわ。それと死体は放置で問題無いわ。ご苦労だったわね。後10日~2週間程で寒さも和らぐはずだから、それまでお願い」


後もうちょいか……。


「はーい」


春が待ち遠しいぜ。


203


「セラ、お前に仕事があるわ」


「なんぞ?」


冬の3月ももう後わずか。

そんなある日、セリアーナから仕事の話が出た。

水路の点検ももう終わり、そろそろ森に繰り出そうかなと思っていたが……。


「これを見なさい」


1枚の紙きれをこちらに渡してきた。

先程やって来たリーゼルの使いが置いて行った物のうちの1枚だ。

何やら形式ばった文章で書かれているが、街の錬金術師、薬師の名前が連なっている。


「何これ?」


兵士と冒険者の連帯がどーのこーのと書かれているが、錬金術師達が何故これを出してくるんだろう?


「防衛戦があったわね?あれで大分ポーションを消費したでしょう?その際に通常レシピで作った物より効果が高く少量で済むからと、彼等のオリジナルレシピのポーションも使っていたそうなの。あの後しっかり素材の補給があったから、またポーションの供給は元通りになったけれど、相変わらず薬草が不足しているそうよ」


「オレもずっと採集に行ってなかったしね……」


それを聞き頷くセリアーナ。


雨季までは結構真面目に採集に励んでいたが、それ以降は行っていなかった。

ただ、本来なら春まで持つくらいの量は確保していたが、あの非常事態だしな……。


「この街の冒険者がわざわざ薬草を採取しない理由は覚えているかしら?その事も薬師達は理解しているし、兵士と冒険者が互いの領分を侵さないようにしているのもね。だから合同で動いて欲しいと訴えて来たわ。リーゼルもその効果は理解しているし、巡回で兵士が森に立ち入るようにもなったから、新人同士の合同訓練という形で訴えを聞くことにしたの」


「オレは冒険者枠で参加するの?」


「いいえ。兵士、冒険者どちらも新人に任せるそうよ。いくつかのグループに分けて森での行動の訓練も兼ねてね。お前はその際に周辺に魔物がいないかを探って欲しいの」


「あー……。他所での経験の無い人も増えてるんだっけ?」


相変わらず強力なベテランが流れて来ているが、ド素人までやって来ている。

多分開拓による好景気を見込んで成り上がろうって魂胆なんだろうが……中々のチャレンジャー……。


「そう。そのままじゃ使い物にならないだろうし放っておいてもいいのだけれど、治安悪化の原因になられても困るし、それなら少しくらい手間をかけても、役に立ってもらう方がいいの」


「そか……わかった。でも魔物が出てきたらどうするの?オレが倒す?」


俺一人で戦うなら、いざとなれば逃げればいいし問題無いけれど、他人、それも弱いのが一緒となるとちょっと厳しいぞ?


「しばらくは指導者役にベテランを付けるそうよ。お前は指示を聞いておけばいいわ」


あくまで探査係として動けばいいんだな。


「了解。いつから?」


「明日からよ」


……急だな!



「お……。そこの茂みの奥にゴブリンが5体いるよ」


「ん?わかった。聞いたな?次は数が多いから全員で当たれ」


魔物を発見し報告すると、アレクがすぐに指示を飛ばした。

ゴブリンと言えどここのは中々強いし、手堅い采配だ。


「はいっ!」


それを受けた新人達は薬草の入った袋を置き、武器を構える。

まぁ、6対5だ。

問題無いだろう。


さて、昨日聞いたこの合同訓練。


東門から出てしばらく行った所にある訓練場。

集合場所であるそこに集まっていたのは、緊張した面持ちで袋を背負った新人兵士と同じく新人冒険者計6名。

皆10代半ばくらいの若者だ。

そして彼等の前で訓示していたのは指導係であるアレクだった。

面倒見がよく腕が立ち、防御技術に優れ尚且つ俺の扱いに慣れているという事で、初日は彼になったそうだ。

知らされていなかったから驚いたが、ありがたいっちゃありがたい。


「奥にもう1体。オレがやるね!」


返事を待たずに一気に突撃し、頭部を貫き撃破。


振り返ると彼等も丁度倒し終えた様で、周囲の警戒をしていた。

初戦を終えた時、はしゃいでアレクにげんこつ食らっていたからな……。

油断しないのはいい事だ。


「よし。死体を積み重ねたら次に行くぞ」


「はい!」


指示に従いてきぱき行動する新人達。

気を抜いたら死にかねないし、彼等も真剣だ。


ある意味英才教育ともいえるし、これは結構いい施策なんじゃないかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る