第80話

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北拠点に南拠点、そしてこの街と、各状況の報告が終わった。


「さて、それじゃあアレクシオの報告を聞こうか。何かしら収穫はあったんだろう?」


「ええ。まずはこれを」


アレクがテーブルに何かを広げているが、多分部屋で見た地図だろう。


俺も見たい。


「よいしょ……」


体を起こしテーブルを見ると、地図の他にも資料が数枚。

イラストや付属の文章から魔物の分布図か何かだろうか?

地図にも直接マークなんかが書き込まれている。


「では説明を……。まず今回の襲撃ですが、とにかく数が多過ぎました。これまでの記録が正しいのなら従来の3倍近くです。そして……」


話を止め地図上にボードゲームの駒を置いて行く。

置いた場所は地図にも記されている大岩や、川の分岐点でルトルを中心に大体半円状で南北の拠点もしっかり入っている。


「随分広範囲だが、よく2日そこらで出来たね」


それを見たリーゼルが思わずといった感じで口にした。

半径30-40キロ位はありそうだ。

ジグハルトが走り回ったとか言っていたが、そりゃそう言いたくなるわ……。


「馬を使いました。大森林で馬を使うのは本来避けるべきですが、幸いと言っていいかはわかりませんが、今は魔物がいませんからね……。一応の目安として駒を置いたところまでを調査しましたが、範囲内はもちろん、そこから先もまだ魔物の気配はありませんでした」


今度は資料を広げていく。


「今回討伐した魔物の詳細がこちらです。より強い上位種はおらず、ボスであるクマを除いてどれも森の浅瀬に生息する種類です」


資料を覗き見ると、各魔物の討伐数が記されている。

俺が倒したのはオオカミとゴブリンだけだったが、オオカミ、ゴブリン、イノシシがメインで、少数だがシカやコウモリがいたらしい。


コウモリは昼間はいないから、ここではまだ見た事無いが、どれも割とちょっと森に入れば出くわす種類だ。


「今回の600という数。それだけならありえ無い、とは言えません。1の山の反対側も含めれば余裕で越えるでしょう。ただ今回の様に広範囲の浅瀬から魔物が集まるとなると別です」


「広範囲から集まることは無いのかい?」


「いえ。ただその場合ボスとなる魔物が複数必要になります。あるいは、ボスが妖魔種で、その直属の配下が率いるか、です。今回の様に魔獣1頭でとなると異常です。もちろん絶対にとは言えませんが……」


「何か根拠があるようだね」


「はい。ここを」


リーゼルの問いに、地図を示すアレク。

南北の拠点付近何ヵ所かに赤でバツ印が付けられている。

ルトルの周辺には無いが、なんだろう?


「同盟のある大陸東部では使われる事はほとんどありませんが、西部で傭兵達がよく使う魔物避けという物があります。いくつか種類がありますが、焚火に混ぜるタイプ。それを使った痕跡がこの印をつけた場所でありました」


魔物避け……、初めて聞くな。

便利そうだけどこの辺じゃ使わないのか。


「魔物避けか。教師からそう言ったものがあるとは聞いた事があるが……」


アレクがそれに答えようとしたが、先にジグハルトが口を開いた。


「この辺じゃ魔物ってのは、大体獲物として扱うだろ?アレは使うとその場から離れていくからな。冒険者からしたら獲物が逃げていくだけだし、騎士にしたって討伐できない。西部と違って魔物の密度が違うからな。下手に使うと場合によっては魔物の襲撃を引き起こしかねないってんで、錬金術師や薬師も作ることは滅多に無いはずだ」


錬金術師ってのが出て来たのでフィオーラを見ると頷いている。


「なるほど……それを使って、魔物を追いやってあれだけの数を集めたのか。だがいくら集めたからと言って、今回の様に上手くいくものなのかい?」


「この時期だしもちろん狙っていたんでしょうが、上手くいこうが行くまいがどちらでも良かったんでしょう。今回は偶々うまくいきましたが、どのみち許容量以上の魔物が集まっていればそのうちあふれて、街を襲っていたはずです」


結構手間をかけた遠回りな事をしてくるんだな。

……今更だけど、中々の嫌われっぷりだよね。


200


「随分と運任せなことを考えるものだ……。暇なのかな?」


笑いを誘うような言い方で肩を竦めるリーゼル。

結構余裕あるな。


「人為的な事はわかったわ。ならやったのは何処かしら?」


セリアーナはそれに付き合う気は無い様子。

仕掛けてきた相手の心当たりを聞いて来た。


「何処、とは言えません。ただ、教会は違うと思います」


「……違うの?」


この街で何かやって来るなら教会位しか思いつかないけれど……。

わからない事が多すぎるから黙っていようと思ったけれど、ついつい口に出してしまった。


「ああ。お前が早期に発見した事やジグさんがいた事で被害は最小で済んだが、正直あのクマを止めるのは相当の犠牲が出てもおかしくなかっただろう?」


「うん。ちょっと倒せる気はしなかったよね……」


ジグハルトの方を見るとフッと笑いながらグラスを掲げた。


「……蹴りてぇ」


「おい……」


本音がうっかり漏れてしまったが、あのまま暴れられたら、この街の頑丈な街壁でもそのうち破る事が出来ていたと思う。


「そうなった場合、街の構造からまず最初に襲われるのは教会地区だ。あいつらが実際にどこまでやるかはわからないが、自分達の身に危険が及ぶような真似をするとは思えないだろ?襲撃の前後数日を調べたが、教会関係者が街から逃げたりもしていない」


「……ほう」


「そうだね。確かに教会地区に僕達を快く思わない連中が集まっているが、彼等の目的は人の手、自分達の手で東部の開拓を阻止する事だ。今回の様に魔物の襲撃での被害は彼等の狙いとは違うし、却って兵を送り込まれて戦力が強化されてしまう」


2人の説明で納得できた。

この街での教会の目的は、自分達が主導権を握る事と、聖貨を効率的に集める事。

その一環でセリアーナを狙っている様だけど、街の崩壊は狙いとは違うはずだ。


「教会が違うのはわかったけれど、結局どこがってのはわからないのよね?」


セリアーナも納得した様だが、結局そこに戻ってしまう。


「帝国や連合国は教会と連携を取っていますし、おそらく小国家群のどこかでしょう。そこから商隊の護衛に混ざってやって来たんだと思います。雨季明けで人の動きも多くそこから全てを調べるのは少々無理があります。ダンジョンならまだ探索届等で調べられますが、森への出入りともなると流石に……」


「そうね……。流石に人の出入り全てを規制するわけにはいかないし……」


「兵の森への巡回を定期的に行わせる事にしたが、代官のままできる事はそれくらいか。来年を待つしかないかな……?」


「ええ。言い換えれば少数しか送り込めません。魔物に慣れていない西部の傭兵なら奥まで行けないでしょう。領主になる来年以降は防げるはずです。……だからこそ今年手を出してきたのかもしれませんね」


こっちもだけれど……相手も色々考えてるんだな。


その後も南北拠点の防衛の仕方などについて真面目に議論を交わしていたが、ジグハルトだけでなく全員が酒を口にし出した時点で俺は退席した。


まぁ、この魔物の襲撃の片付けもひと段落したし、明日は来客や出かける予定は入っていない。

しっかり息抜きしてもらおう。



「……」


「……何か言いたいことでもあるの?」


何も言っていないが、視線から邪推したらしい。

全く……。


ベッドを使わせてもらっているから、深夜に部屋に戻って来たのは知っていた。

部屋の中からだから誰かまではわからなかったが、メイドの誰かだと思う。

その彼女に部屋の前まで付き添われてはいたが、その時は割と平気そうではあったけれど……。


「お嬢様さ……お酒弱いんじゃない?」


セリアーナの額と腹部に手を当て【祈り】と【ミラの祝福】を発動する。

久しぶりの二日酔い治療だ。


「……弱くはないのよ?」


強くは無いのか。


確かワインを果汁で割ったのを飲んでいたけれど、あれそんなに強いのかな?

それともカクテルみたいに口当たりがいいからついつい飲み過ぎてしまうとか……。


「まぁ、ほどほどにね?殿下とか他の人は大丈夫かな?ルバンとか今日、自分の拠点に帰るんでしょう?」


「そうね……私が終わったら2人の様子を見て来て頂戴……」


「はいよ」


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「ぉぉぉ……」


屋敷の玄関ホールに運ばれたそれを見て、思わず漏れる声。

俺だけじゃない。

立ち会った兵達も、見に来た使用人一同もだ。


「でっかいねぇ……」


目の前に置かれた物。

それは襲撃のボスである、あのクマの頭部だ。


戦っている時も見ていたが、夜だったし距離もあった。

こうやって明るい場所で改めてみるとその大きさがよく分かる。


頭だけなのに俺よりデカい!


そして、重さもだ。

兵士4人が板に乗せて、屋敷の玄関前からえっちらおっちら運んできたが、たかだか10数メートルにも拘らず既に息が上がっている。


「本当ね……これを倒したジグハルトも流石だけれど、アレクもよく前に立てたわね」


セリアーナとリーゼルも近くにやって来て、感心したように言う。


「仲間の援護がありましたからね。しかし……俺の一撃は全く痕が残っていませんね……」


同じく近寄ってきたアレクが、クマの頭をペタペタ触りながら答えた。


「いい一撃だったと思うんだけどね……」


眉間辺りを殴っていたと思うが、骨はおろか皮膚にすら痕が残っていない。

倒せてよかったよ……。



冬の2月頭。


襲撃から一月近く経ち、職人の応援も到着したことで、魔物の死体処理も進んでいる。

職人のロブも駆り出されて、大忙しらしい。

便利だったからもう少し大きいポーチを作ってもらおうと、店に行ったら追い返された。


そんな忙しい職人が手を割かれていた仕事の一つが、クマの処理だ。


首は無くなったが、それ以外は大した傷無く頭部に胴体と、ほぼ1頭分あった。


魔王種ではないとは言え、デカく強大なクマのボス。

そもそも通常の道具では歯が立たず、熟練の職人でも解体には大分苦労していた。


俺もその間冒険者ギルドに常駐し、解体作業をしている者達に【祈り】をばらまいている。

臭いから正直解体場には近寄りたくないんだが、思わぬ収穫もあったしまだ半分近く残っているが良しとしよう。


毛皮から骨、爪は処理して武具の素材に。

内臓は何かの錬金素材に。

大量の肉は保存食へ……あのサイズだと硬くてあまり美味しくは無いそうだが、それでも相当な量だ。

開拓村の冬の間の食料に充てるそうだ。


そして、この頭部。

見事な剥製になった。


春、王都に向かう途中で領都に寄り、そこで献上することになっている。

せっかく倒したのにと思うが、ここはまだゼルキス領だし、職人や他にも人、物、金と色々融通してもらった代金代わりにするそうだ。


もっともそれまで日がある為、屋敷に飾る事となった。

最初はリーゼルの執務室に置く予定だったが、如何せんこのデカさ。

部屋に置いたら話どころでは無くなるので、変更しこの玄関ホールに設置することになった。


設置すると言っても、壁にかけたりするには大きいし重すぎるので、まず台座を建ててその上に置くことになっている。


屋敷に入ってすぐのひときわ目立つ場所に設置する為、運搬して来た兵士に、職人とがドタバタしている。

頭一つ置くだけでも大仕事だ。


「……これお客さん引かない?大丈夫?」


俺が心配することでは無いかもしれないが、本当に大丈夫だろうか?

春までお客さんは結構来るそうだけれど……。


「それならそれで問題無いよ。僕達には死者はもちろん大した被害を出すことなくこれだけの魔物を倒す力があるという宣伝になるだろう?まあ……屋敷で働く者には慣れてもらわないといけないね」


ホールを見渡しながら言うリーゼル。

その視線を追っていくと、使用人達の姿が目に入るが……顔は強張っている。


この街の人間は基本的に街壁の外には出ないからな……。

大きな街だとたまに二つ名持ちなどが大物を倒した時に、広場なんかで披露する事もあるが、ここじゃ少なくとも俺が知る限りそんなことは無かった。

ゴブリンとかの小物ならともかく、ここまでの大物を見る機会なんて無いだろう。


「設置完了しました!」


ちょっと出世し、小隊長となったマーカスが作業の完了を報せた。

今の所便利使いされる何でも屋だが、そうそう出世する事態なんてあっても困るし、コツコツ仕事をこなしてもらおう。

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