第78話

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この襲撃のボスであるクマ。


まだ魔物との戦闘は続いているが、それが終わるまで放置していて万が一魔物に持っていかれると大損だ。

その為本陣に待機していた予備兵がそれの回収にやってきた。

手際よくロープをかけ馬で牽き、ソリの様な物に乗せていく。


「……お疲れ」


「……おう」


運ばれていくそれを横目に気が抜けたのか棒立ちになっているアレク達に声をかけた。


自分達が全力で当たって何らダメージを与えられなかった存在を一撃で倒したジグハルト。

多分彼等も気付いたんだろう。

自分達が邪魔になっていたと。


「……かっこよかったよ?」


「……そうか」


力のないアレクの声。


だが俺の言葉も嘘ではない。

怪獣サイズの化け物に生身で挑んだあの姿。

アクション映画の主人公パーティーだって言い張ってもおかしくない位だ。


結果はアレだったけれど。


気落ちする一行を前にどうフォローするか悩んでいると、訓練場の北辺りから怒号が響いた。


「⁉」


ボスは倒したが、まだ魔物は残っているし統制も失っていない様で、こちらの気が緩んだ隙を突き押し込んできている。

ちょっとヤバいかもしれない。


なまじジグハルトの魔法を見てしまっただけに、あれに頼ろうとしてしまうかもしれないが、通常の魔物のサイズだとそのまま森に当たってしまう為、使うことは無いだろう。


「何かあっち大変そうだし、行ったら?」


何となくフォローに回っていたが、よくよく考えると俺がそんな事をする義理は無い。

何でそんな事に気を使わにゃならんのかと。


体を動かして勝手に立ち直ってもらおう。


「……そうだな。よし行くぞ!」


そう言うと大きく息を吸い込み口元に手をやり。


「援護に向かう!持ちこたえろ!」


【猛き角笛】を通し全体に聞こえるよう指示を出した。

アレク達自身にも効果があったのか、さっきまで呆けていたとは思えない勢いで駆け出していった。


さて、俺は……。


「へ……へっくしょぃ!ぉぉぉ……寒い」


ボスと接近したりジグハルトのゴン太ビームを間近で見たりとで冷や汗をかいたのかもしれない。

本陣で火に当たってくるかな。



「おう、セラ!」


幸いどこからも呼び出しがかかる事無く、真っ直ぐ本陣に着き篝火に当たっていると後ろからジグハルトの声がした。

何やら楽しげだが、さっきのクマ撃ちはそんなに良かったんだろうか?


「や。相変わらず凄いね」


そちらに向くと、既に防具を外し代わりに防寒具をまとっていた。

もう彼の出番は無いって事か。


「ふ……あの程度なら他にもできる奴はいるさ。そんな事よりも、見ろよ」


ルバンやフィオーラ辺りならできそうだけれど……あれを「そんな事」扱いできるのはあんた位じゃないかな?

まぁ、その手にあるものを見ると浮かれているのがわかる。

こちらに向けて広げた手のひらには聖貨が1枚乗っかっている。

あのクマさんは、ジグハルトにとっては美味しい得物だったんだろう。


「おめでとう……。どうだっ!」


負けじとこちらもこの戦いで得た聖貨を見せる。


孤立していた魔物を上から探して、コツコツ刈り取る事20体強。

ゲットした聖貨は4枚だ。


この魔物の群れがどれくらいなのかはもう俺でも把握できないが、今回はほぼ全滅近くまで追い込めている。

合計で相当な枚数の聖貨が得られたんじゃないか?


「……やるな」


それを見てニヤリと笑うジグハルト。


「でしょ。あのクマの分は入ってこなかったけどね」


熱い思いをしたし、チクリと一刺ししておく。


「……そう言うな。流石にあれが中まで入ってきたら死者が出てもおかしくなかったからな。多少強引にだが決めさせてもらった」


確かにあんなのとまともにぶつかればどれだけ被害が出たか。

ポーションじゃ間に合わない重傷者も出てはいるが、死者はゼロで済んでいる。

このままゼロで済ませられるんならそれが一番か。


「仕方が無い……許してあげよう。アレク達少し落ち込んでいたから、それは適当に相手してあげてね」


「……殿下が客用に良い酒用意していたよな。それを出してもらうか」


「ジグさん主催なら人集まりそうだね」


「……仕方が無いか」


大変だろうが、諦めてホスト役を頑張ってもらおう。

俺は参加しないが、きっとみんな色々聞きたがるはずだ。


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「セラか⁉」


代官屋敷本館の第1会議室に入ると、中にいた者達が一斉にこちらを向いた。


「あら……?まだ沢山いんだね」


ボスのクマを倒した事やついでに周辺を見渡しもう魔物の増援が無い事をリーゼルに伝えると、帰還の許可が出た。

俺のやれることは既に終えているし、時間も時間だ。

残すことで何かやらかしてしまう可能性の方が高くなって来たし、その指示は妥当だ。


そんな訳で、リーゼルから簡単な指示書を預かって帰還したのだが、もう夜中だというのに会議室にはセリアーナ達や騎士に冒険者ギルドのお偉いさん達。

それに俺が出る時には居なかった平民っぽい人達までいる。

商人か何かだろうか?


「おかえりなさい。ずいぶん汚れているけれど怪我は?」


セリアーナが俺を見るなりそう言った。

そう言えば血やら何やらで服が汚れてしまっている。


「無いよ。これは治療を手伝ったから付いたんだ。それより、これ。殿下から」


預かっていた指示書をセリアーナに渡した。


群れのボスを倒し掃討に移り、念の為このまま外で警戒を続ける。

朝を待って各地に伝令を飛ばす。

怪我人は救護院へ搬送済み。


内容は聞いているが、こんな感じだ。

詳細はまた後日にでも関係者を集めて報告するんだろう。


「結構。お前からも詳しく聞きたいけれど……まず汚れを落とさないといけないわね。来なさい」


セリアーナは指示書を読んだ後同じく会議室で待機していた騎士にそれを渡し、ドアへと向かっていった。



「……思った以上に数が多かったのね」


「そーだねー。あんま強くは無いから大怪我した人は少ないけど、まー……多かったよ」


「そう……」


それだけ言うと話は終わったのか、木製の椅子に座り目を閉じた。


会議室を出た後向かったのはセリアーナの部屋の向かいにある、彼女用の浴室だ。


エレナだけでなくフィオーラもいるし【隠れ家】は使えないと思ったが、まさか風呂に連れて行かれ、そこで報告をさせられるとは思わなかった。

それも途中でメイドさんを拾って、彼女に洗われながらだ。

頭の天辺から足の爪先まで見事に磨き上げられている。


皆服を着ている中で俺だけ素っ裸というのはどうにも落ち着かないが……仕方ない。


そして今は、湯につかると寝かねないからと、浴室内に備え付けられた寝台で、謎の液体を塗りたくられている。


「これ使うの初めてだけれど……何かヌメヌメする。……何なのこれ?」


いわゆるスキンケア用品だが、使うのは初めてだ。

ハーブのような香りがする液体で、塗られた場所がほのかに暖かくなっている。

不快感は無いが、何で出来ているんだろう?


湯につかる前に眠くなって来るじゃないか。


「ポーションの素材のアロ草から抽出したオイルよ。ポーションを作るには乾燥させて粉末にしてから利用するけれど、それは生の状態で刻んで搾りだしたオイルを使っているの。効果は弱いけれど、その分長持ちするわね。まあ、あなたには必要ないものかもしれないけれど……体を温める効果もあるから使っておくといいわ」


何となく口にした疑問にフィオーラが答えた。


なるほど。

ポーションと同じような物なのか……。

確かに肌には良さそうだ。


「セラ」


先程から黙って何やら考え込んでいたセリアーナが口を開いた。


「襲ってきた魔物は、妖魔はゴブリンで、それ以外はオオカミが中心だったのよね?」


「だと思うよ?オレも全部見ていた訳じゃないから絶対だとは言えないけれど……」


「数はお前が把握できただけで400以上ね?」


「うん」


よくもまー、そんなにいるもんだと驚いた。

寒いから死体がすぐに腐るようなことは無いだろうが、しばらくはあっちもこっちも大忙しだろう。


「多過ぎるのよね……種類は?」


種類?

……考えもしなかったな。


「……わからないけど、違和感も感じなかったよ。倒した魔物も変なのはいなかったと思うし……」


「結構。今日はご苦労だったわね。休む時は私の寝台を使いなさい。後は頼むわね」


それだけ言うとエレナ達2人を伴い出て行った。


セリアーナのベッドで寝ろって事は夜中に起こされでもするんだろうか?


「さ、流すわよ」


1人残ったメイドさんが湯をかけて来た。

確かこの人の名前はユーリさん。


「ユーリさんだっけ?後は一人で大丈夫だよ?」


オイルの効果か体も温まったし、軽く湯に浸かって出るだけだ。


「……あなた寝そうな顔しているわよ?何かあったら私が叱責されるんだから、大人しくしておきなさい」


「はーい……」


最近割と遅くまで起きていられるようになったが……まぁ今日は重労働したしな!

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