第68話

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【浮き玉】の高度を上げ、森の上に姿を出し、街の方角を確認した。


方向音痴というわけでは無いが、深い森の中。

それも戦闘時に上下あれこれ動き回るから、自分がどの方向を向いているのかがすぐわからなくなってしまう。


「ふらーっしゅ!」


傘越しに全力で魔法を撃ちあげた。

信号弾変わりだ。

昼とは言え、これなら気付いてもらえる。


魔法に気付いた様で、耳を澄ませているとピーっと甲高い笛の音が聞こえてきた。

回収の部隊がすぐやって来るだろう。



1の森。


俺が普段狩り、薬草採集をしている街から一番近い森だ。

名前の由来は街から一番近いから。


……そこの存在は孤児院にいた頃から知ってはいたし、そう呼ぶのも知ってはいたが、それが正式名称だとは知らなかった。


名前を付けて区切っているが、大森林に直接つながってはいるものの、1の山が間にある事から分けて呼ばれている。

ちなみに1の山の由来も同じだ。


この森の特徴は、街から近い事。


稀に1の山に縄張りを持つ強力な魔物が下りてくることはあっても、基本的に1の山から追いやられた弱い魔物しかおらず、通過されるだけのことが多い。

ただ、弱いと言ってもそれはあくまで魔境基準であって、実際は充分に強かったりするから質が悪い。


街は変わらず薬草不足だが、他所の街だと薬草が足りなくなりさらに冒険者の都合がつかない時は、薬師が自分で採りに行くことも出来るが、流石にここでは危険過ぎる為それをやる奴はいない。


ポーションの素材は常緑性で季節お構いなしに採れるそうで、秋冬になると魔物が狂暴になる為その時期は冒険者も遠出を避け、1の森で狩りをする事が増えるので頼めるが、遠出するには一番のこの時期はまだそれは難しい。


先日、話を聞いたアレクやジグハルトが自分達が手伝おうかと言って来たが……流石にこのレベルの人達にやらせるのはもったいなさすぎる。

そんなわけで、依然薬草採取は俺が引き受けている。


俺がやるにあたって懸念事項の魔物の処理は、街の兵がやることになった。


冒険者と兵士。

決して揉めるような事では無いが色々住み分けがあるそうだが、俺がそもそも代官側の人間でそれの手伝いって事で、まぁいいかって空気になっている。


このルトルは新領地の領都になることが決まっている。

ただ、今の街のままでは狭すぎるので拡張していくのだが、東側、つまり森の方へと広げていく。

なぜ敢えて危険な方へ?

と思うかもしれないが、街と森との間に騎士団の訓練場を挟む事でそれに対処する計画らしい。


代官屋敷を増改築して領主屋敷にするのだが、ゼルキスのそれとは違い、敷地内に騎士団の訓練所は場所が無く作れない。

代わりに街壁に隣接するように、外に訓練場と兵士の宿舎を建てて、防衛力を高めるそうだ。


今の時点でも街の西側ではあるが外で訓練を行っているし、それを東に移すだけでさほど手間はかかっていない。


「お?」


ボーっと、今度は先程のとは違った低い笛の音が聞こえてきた。

俺も同じ物を預かっているが大型の魔獣の咆哮を真似たもので、弱い魔物避けの効果があるらしい。

それだけなら魔境では気休め程度だが、大量の血と死体の匂いが漂っているから、それと合わさって効果が発揮出来ているんだろう。


同じく俺も吹き返す。


「お、いたぞー!こっちだ!」


その音が聞こえたのか、回収にやって来た兵士達が声を上げ近づいて来た。


数は5人。

この国の部隊の最小構成だ。


魔法1発で1隊要請となっている。

返答は笛の数で確認しているが今の所間違いはない。


「お疲れさまー。今日もよろしくね?」


「特別報酬は出ているからな。気にするな」


わざわざごめんよと思うが、彼等は気軽に返してきた。


特別報酬……魔物の売却金だ。

彼等からしたら、訓練中に要請があれば出向いて、そして街まで【祈り】の援護付きで魔物を引っ張っていくだけの事。

それなりに割のいい仕事だろう。


聖貨は俺が取っているし、ダンジョンと違って外でゲットした分はセリアーナに払わなくていい。

丸々俺のお財布に、だ。


別に払ってもいいんだが、セリアーナ自身が取っておけと言って来た。

まぁ、薬草採集を引き受けた報酬みたいなものだろうか?


「よし。積み込み完了だ。やってくれ!」


「はいよー」


てことで、今日のお仕事は完了だ!


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まだ名前は決まっていないそうだが、新領地はルトルを要に東へ扇型に広げていく事になっている。


もちろん今も東に開拓を進めているがそれはあくまで中骨で、重要拠点は親骨に当たる部分でルトルから東北、東南方向に位置している。

特に東南の街はエリーシャがこの度降嫁されたサリオン家が治めるマーセナル領に繋がる大きな川が流れているとか。

上手くやれば他大陸と交流のあるサリオン家と交流が持てるそこはルバンが詰めていて、将来的には彼がそこの代官になる事だろう。


この国は大きく分けると、王から任命される大領地と、大領地同士の隙間を埋める小領地がある。

小領地は領主になるのに隣接する領主の承認があれば、たとえ平民であろうと領主の座に付ける。


ルバンの目指すのはそれなんだろうね。


そして東北の方は、何が掘れるかとかは聞いていないが有力な鉱山があり、治安や流通を安定させるために、あの後アレクとジグハルトが向かった。

ただ、ジグハルトに関してはあの辺に竜種の目撃情報があったからそれ目当てなんだと思う。


竜……俺も見たかった。


秋頃には戻って来ると言っていたし土産話に期待しよう。


「待たせたわね」


本日最後の客の応対を終えたセリアーナが後ろにいる俺に向かいそう言った。

朝から昼食をはさんで今までだしご苦労様だ。


さっきまで来ていたのは確か今アレク達が行っている街の商人だったはず。

なんか職人の誘致がどうのこうのとか言っていたけれど、精錬でもするんだろうか?

採掘だけしかやっていなかったところがそれ以外の事も出来るようになると、一気に規模が大きくなりそうだな……。


それはさておき。


「いいよー。取って来るね」


久々にガチャるぜ。



この屋敷にも聖像はあるが、俺が所持している方を使うので【隠れ家】に入り、取って来た。

リーゼルがまだ姉の結婚式から戻って来ていないし、何かゲットしても彼には内緒にするんだろう。


……すれ違いが多いからあまり一緒にいるところは見ていないが、領都にいる時も仲は良かった。

彼自身やその周りの人間に問題は無くても、背後関係まではわからないし、そっちを警戒しているのかもしれないな。


「お待たせ!」


まぁ、なにはともあれガチャだ!

用意した聖貨は20枚。

2回分だな!


「久しぶり……と感じるけれど、そもそもお前ほど回数をこなせるのが異常なのよね……」


「そうですね。専業では無いとはいえ私もまだ1度しかやっていませんし……」


外野のお喋りを聞き流し、手の上にある10枚の聖貨に意識を集中する。


ダンジョンと外。

両方での戦闘を経験してやはり思った事は遠距離攻撃手段の必要性だ。

目潰しは有効だがあれは結局俺が接近して倒す必要がある。


もっと直接的な方法だ。

自力で身に付ければいいんだろうが、俺は自分のポテンシャルはあまり信じていない。


よし……やるぞ!


「ふんっ!ほっ!」


聖貨が消えるや否や即ストップだ。

テンポ良くいくぞ。


そして……【魔布】。

その言葉が浮かぶとともに、細長い丸太のような物が現れた。


「おっと……」


丸太と思ったそれは白い布を巻いた物だった。


「それは何?」


「魔布だって。素材かな?」


近づいて来たセリアーナに答える。


「そうね。魔糸で織った布ね。微弱だけれど魔力を分散させる力があるわ。要は魔法に強くなるのね。お前に上げたケープがあるでしょう?アレの裏地がそうね」


「ほーう」


表地は赤だけれど、裏地はグレーだった。

色は違うが、アレだったのか。

肌触りがいいとは思っていたが、良い物だったんだな……。


「それなら全部これで仕立てればもっと強力な物になるの?」


俺が使っている傘は純度100パーセントの魔鋼や魔糸をふんだんに使用している。

おかげで俺程度の魔法でもしっかり使い道が生まれた。

それならこれで仕立て上げれば魔法防御力が高くなる。


「儀式用の衣装に使われる事はあるけれど……どうかしらね。エレナ?」


そう思ったのだが、ちょっと違うのかもしれない。


「そうですね……。魔布はあまり強い布ではありませんから、やめた方が良いと思います。マントやケープに使っているのも実際は他の糸と合わせて織った物ですから……」


「ほほう……」


そういえば前世でスーツを仕立てた時にあまり質が良すぎる生地はデリケート過ぎて、使い方が難しいとか聞いたのを微かに覚えている。

それと似たようなものかもしれない。


外れかぁ……。


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さぁ、気を取り直して次だ次!


当たり外れと言ってはいるが統計で見ると実は出る確率はほぼ同じらしい。

割と収束してしまっているが、アイテムとスキルを引く確率は合わせて6割強。

むしろそっちを引けない方がおかしい!


よし……行ける気がして来た!


「……なに?」


視界の隅の何やらジト目で見ているセリアーナが気になり声をかけた。


「……いえ。もう何も言わないわ」


……そんな変なポーズしているかな?


聖貨10枚。

金貨にして200枚。


割といいペースでゲットしているとはいえ大金だ。

そりゃ、変な気合の入り方くらいするさ。


さぁ!気を取り直してラスト1回だ。


「ふぬっ!」


良いの来い良いの来い……。


ドラムロールをBGMに精神を集中し……!


「ほっ!」


音が止まると同時に、【隠れ家】に入る時のドアのイメージが見えた。


一瞬間違って発動してしまったのかと思ったが、その直後【強化】という言葉が頭の中に浮かんだ。

……どういうこっちゃ?


「加護かしら?」


セリアーナは、何も現れない事からそう推測したのだろう。

ただ俺としては何か違う気がする。


何だろう……勘?


「何か違う気がするんだよね……【強化】って出たけれど……」


それを聞いたセリアーナとエレナは2人揃って首を傾げている。

心当たりは無さそうだな……。


今回のこれは手応えというか今までとは何か違う気がする。


「【強化】の言葉が浮かぶ前に【隠れ家】を使った時のような感覚があったんだよね。何か関係あるのかな?」


「【隠れ家】……加護よね。そうね……セラ、確かめてみましょう。エレナ、誰も部屋に入れないで頂戴」



「はい。お気を付けて」


止めないのか。


「いいの?」


「調べ物をするなら2人の方が良いし、今更危険も無いでしょう?」


「ふむ……」


エレナをちらっと見ると苦笑している。

ずっと屋敷の中だし退屈しているのかもしれないな。


「わかった。んじゃ行こう」


【隠れ家】を発動し、セリアーナと共に中へ入った。



「……わかりやすいわね」


「……そだね」


【隠れ家】の玄関で思わず足を止めてしまった。

何が【強化】なのかはわからないが、とりあえず入ってすぐに変化はわかった。


【隠れ家】の間取りは玄関から片側に、手前からクローゼットとトイレが設置された廊下が伸び、その奥にリビングとキッチン、浴室に洗面所それともう一部屋がある。


だが……廊下のクローゼットの対面にドアが増えている。


「入ってみましょうか?」


「……オレから入るよ」


鍵こそ付いていないが頑丈で、室内ドアではなく玄関ドアの様だ。

見憶えは無いが、入ってみよう。


「あ……」


ドアを開き中を見るとすぐにわかった。


短い廊下の片側に小さい冷蔵庫とキッチンがあり、その反対側にトイレと浴室、洗面所。

そしてその先にはフローリングの部屋がある。

ロフト付きだ。


これは……学生時代のワンルームだな。


こだわってロフト付きを選んだくせに、5月の連休が終わる頃には面倒になって荷物置きになっていた悲しい思い出が蘇って来るじゃないか……。


「どうしたの?あら……広がったわね」


ドアを開けた場所で固まっていたのを不審に思ってか、セリアーナが覗き込み、俺の微妙な想いを他所にシンプルな感想を述べた。


そして、スタスタと進みながら各ドアを開けていく。

といっても、トイレと浴室しか無いけれど……。

俺もついて行ったが、変わった事は特になく、すぐに見終え戻って来た。

キッチンのガスコンロがIHになっていた事だろうか?


前世なら大事だが、今の状況じゃ大したことない気がする。


「そちらを本館。こちらを別館とでも言うべきかしら?こちらからだと外の様子を見れないわね……。使うとしたら物置か……アレクの部屋にしましょうか?」


「そうだね。ちょっと居心地悪そうだったし」


セリアーナの言葉にアレクの【隠れ家】での様子を思い出す。


俺も含めて女だらけだからな。

特に主であるセリアーナがすぐ目に付くところにいるし、むしろ気疲れするんだろう。

【隠れ家】に入る機会があっても外にいる事が多かった。


これなら彼も利用できるかな?


しかし……機能に変わりは無かったし、強化って増築なんだろうか?

今後ここを利用する人数が増えた時に便利ではあるけれど、いまいちよくわからんね。

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