第69話

172


いまひとつ、直接俺の強化に繋がらなかったガチャ。


魔布はセリアーナに譲った。

流石にアレは俺が持っていても使い道が無さ過ぎた。

ハンカチくらいしか思いつかなかったし、俺よりは上手く使うだろう。


そして、【強化】


【隠れ家】だと部屋が増えただけだったが、いや……それでも十分凄い事だとは思うが、あの後【隠れ家】の事を隠してフィオーラも交えてあれこれ話をしていたのだが、面白いことを聞けた。

魔導士協会内部の噂話だ。


【緋蜂の針】を神国では【断罪の長靴】と、違う呼び方をする事もあるが同じ物と思われるアイテムやスキルでも、明らかに性能が違う場合がある。

特に国宝や神宝と呼ばれるような格調高く、伝来定かな物であればあるほどその性能が強力になる傾向にあるとか。

単純に使い手の力量差と言ってしまえばそれまでだが、何かしらの秘法でもあるのでは、と噂されていたらしい。


スキルはともかく、アイテムは代々受け継がれていくし、所有者が1人に集中されていれば【強化】を引く確率が上がるかもしれない。


いや面白い。


ただ、この事はある種のタブーになっているらしい。

強いから特別になったよりも、特別だから強いって方が有難味があるし、そもそも調査のしようがない。

仮に実証されてしまえば神秘性が薄れるし、「賢者の塔」でも踏み込めないそうだ。


遠距離攻撃手段こそ無いが、正直俺の装備は完成していると思っている。


この子供ボディではもちろん、大人になっても、機動力を高める【浮き玉】対生物特効武器ともいえる【影の剣】打撃力をもつ【緋蜂の針】索敵の【妖精の瞳】。

これらを外す未来は見えてこない。


これからあまり増えていっても使いこなせる自信も無いし……と、そう思っていたのだが、この装備がパワーアップする道があるのなら今後の聖貨集めにも気合が入るってもんだ。


まぁ……【強化】を引けるかは確率低そうだけどな!



早いものでもう秋の1月。


今月はセリアーナとエレナの誕生月だ。

ちなみにアレクは先月。

ジグハルトと一緒に開拓地に行ったきりまだ帰って来ていなかったりする。


そして、王都に行っていたリーゼルは今日帰還予定だ。

夏の2月半ばまでいたようだが、正規ルートを使った割には随分早いと思う。

間に合うように急いだのかもしれないな!


うちのお嬢様は未来の旦那様を待つ時間は退屈らしい。

予定では到着は昼過ぎ頃になるはずだが、念の為今日は来客は断っている。


ワーカーホリックってわけじゃ無いだろうが、やる事が無い状況っていうのが嫌なんだろうな。

移動中【隠れ家】にいる時も、料理やら洗濯やらと何か色々やっていた。


読書は好きだが、この応接室には堅い本しか置いていない。

寝室や【隠れ家】の本棚はバラエティーに富んでいるが、客にはプライベートはあまり見せたがらないラインナップになっている。

歴代の役人一覧や、収穫物一覧表とか読んでも面白くないよな……。


昼食も済み、先程までは俺の髪の毛を編み込んだりパイナップルにしたりと弄っていたがそれも飽きた様だ。


それでもいよいよやる事が無くなってきたようで、【浮き球】を使い部屋の中をグルグル移動している。


「ぶつからないようにねー……」


「問題無いわ!」


部屋の中だけとは言え、日ごろ屋敷から出ないセリアーナにとってはいい気分転換になるのかもしれない。

楽し気にしている。


「ほら、動くと危ないよ」


「はーい……」


「痛くは無いかな?」


「んー……だいじょぶ」


一方俺はエレナの膝に頭を置いている。

膝枕で耳掃除中だ。


いよいよやる事の無くなったセリアーナが、何故か俺の耳掃除をしようとし出したので【浮き玉】を渡したのだが、何故かエレナが引き継いだ。


耳かき本体は木製ではなく、金属製の何か彫刻の施された凝った代物だ。


前世での耳掃除事情は詳しく知らないが、この世界は魔法がある。

貴族の従者は先端に明かりを灯して行う。

こういった何気ない事にも魔法が必要となるから、平民がその地位に就くのは難しいんだろう。


俺も出来るようになった方が良いんだろうか……?


173


「……⁉やあ、セリア。ただいま」


「……つまらないわね」


リーゼルの出迎えに玄関ホールで待っていたセリアーナは、その反応が不満の様だ。

まぁ、どうせ浮いているのなら、玄関から入ってすぐの所に逆さまになっている位したらきっと驚かせたと思うけれど、正面で堂々と浮いているのだから、俺の事を知っているのならそこまで驚きはしないだろう。


「まあいいわ……無事の帰還、何よりね。セラ」


「ほい」


セリアーナから【浮き玉】を受け取り、乗る。

うん、いつもの高さだ。

たまに自分の足で歩くとどうにも視線が低くていけない。


「色々荷物があるから、先にそちらから済ませよう」


「手伝いましょうか?」


「そうだね……ああ、いや。君宛の贈り物もあるから部屋で待っていてくれ」


「そう?わかったわ」


そんなやり取りの間にも屋敷の中に荷物が続々と運び込まれている。

降りて来る時に窓から見たが、馬車は4台だった。

行きは確か2台だったはずなんだけど……何を持って帰って来たんだろう?



魔王目録と冒険者目録。


本来持ちだし禁止なのだが、その写しが今手元にある。

リーゼルから俺へのお土産だ。


魔王目録には今までに確認されたり討伐された名前持ちの魔王種の情報が記されている。

名前持ちとは、魔王種の中でも討伐隊を何度も退け、大体5年以上観測が続けられると名前が付くらしい。


領地にせよ国にせよそれだけの期間、足元にいる魔王を倒せないのは恥となるので、3年4年も経つとなりふり構わず戦力をかき集めてこれに当たるので、今では数年に1体程度と滅多に追加されることは無い。

それでもまだまだ生存中の個体がたくさん載っている。


古い記録も多いが、大陸の地図や歴史書と合わせて読むとそれだけでひと冬越せそうだ。


「レッド・オーガ」


500年以上前に大陸西部で大暴れしていた赤いオーガで、そいつ1体の為に国土を広げる事が出来なかったそうだが、帝国が総力を結集し討伐した……という事になっていたが、後に別の場所で大暴れしているのを目撃され、ただ単に移動しただけだったことが判明した。

魔王種は寿命という物が存在しない為、どこにいるかはわからないが今も生息している可能性が高く、この大陸最強の一角らしい。


帝国は別の個体だと言い張り、その存在はタブー扱いになっているとか。


アレクの二つ名「赤鬼」は帝国や西部を挑発する意味合いでもあるんだと思う。

この国はどんだけ西部の事を嫌っているんだろうか……?


「死沼」


陸クラゲという、俺は見た事は無いがスライムの様な魔物が存在する。

多分、クラゲみたいな姿をしているんだろう。


土中の死骸なんかを分解吸収するのだが、それが魔王化し、どんどん巨大化し果ては大陸北西部にあった沼全体にまで広がり、そこから更に巨大化していった。

近づいた生物は何でも飲み込まれ、丸ごと飲み込まれた村もあったらしい。


それを倒したのは後に「賢者の塔」を設立する錬金術師集団。


彼等はまず周辺全てを焼き払い、地上土中含めて全ての生物を殺しつくした上で、更にガンガン燃料を投下して沼全体を蒸発させるダイナミックな手法で止めを刺した。

そして、その跡地を自分達の本拠地にした。


土地全体がいわば魔王の遺骸の様な物で、きわめて強力な結界が貼られている。

むしろその為に放置していたんじゃないかとか言われているそうだ。


そして「ラギュオラ」


ルゼル王国が文字通り死力を尽くして討伐した、竜種の魔王だ。

上の2体に比べネーミングセンスが異なるが、当時は発見者の名前を付ける事もあったらしく、初遭遇した時の調査隊隊長の名前らしい。


この3体は大陸全土で知られる超メジャー魔王だが、他にも色々な魔王の逸話がぎっしりだ。


これが持ち出し禁止なのは、居場所が載っている為、内容が広まって成り上がりを目指す平民の冒険者が勝てる見込みもないのに挑んで、下手に刺激し被害を出すことを警戒しているんだとか。


基本的に貴族学院の図書館や領主の屋敷にしか置いていないらしい。

そういえば俺もミュラー家の屋敷の図書室で入れてもらえない部屋があったが。

きっとそこにあったんだろう。


しかし……魔王かー。

魔境が存在するって事はこの辺にも魔王がわんさかいるんだろうな……。


俺は応援に専念して強い人に任せたい。


174


「おおお……」


「載ってるよね。「赤鬼・アレクシオ」って」


「ああ……載っているな」


声に喜びを隠せないアレクの肩に乗り、彼が見ている物を俺も覗き込む。


冒険者目録。

その昨年度追加された項に、アレクが載っているのだ。


リーゼルが帰って来る前までには、と言いながらも結局帰ってこなかったアレクとジグハルトだが、リーゼルが帰還したその数日後に彼等も帰還した。


アレクは鉱山とその周辺の警備陣の指揮を執り、無事輸送体制を整える事に成功したようだ。

相変わらず色々できる奴だ。


一方ジグハルトは竜の痕跡こそ見つけたものの、本体に辿り着く事は出来なかったようで残念そうであった。


2人とも秋冬の間は近くの森にはいくものの、ルトルの街にいるようで、恐らくこのセリアーナの部屋に入り浸るだろうし、家は敷地内に既に用意されている。

最近顔を合わせる機会が無かったが、これからは増えるだろう。


アレクにとってこれに載る事は目標の一つでもあったようで、自分が載っているページに見入っている。

写真は無いが、結構似ている全身絵と解説付きだ。


存命中の二つ名持ちの冒険者の、名前や所属と専属の場合はその家と主だった依頼や討伐歴が載っていて、王都の冒険者ギルドで毎年発行されているそうだ。

何処の国でも共通らしい。


こちらは魔王目録よりは多少取り扱いは緩く、領都のギルド支部にも置いていて、申請すれば持ち出しは出来ないが、閲覧も出来る。

新規変更分のみを載せた版もあり、表紙や装丁を自作する事もある。


俺がもらったこれもそうだ。


「ジグさんとかも載っているね」


当たり前と言えばそうだが、ジグハルト、フィオーラ、ルバン達も載っている。


「ああ……10年位前からだったかな……毎年更新されているはずだぜ?それは」


こちらは魔王目録から目を離さないジグハルト。

貴族と関りが薄かったから、名前が売れていても中々許可が下りず、じっくり目を通した事が無かったそうだ。


どう倒すか考えているのか、時折言葉が漏れている。

俺は見てみたいとは思うが、戦いたい、倒したいとは思わないけれど……こう言うのがいるから持ち出し禁止になっているんだろうな。


「載ると何か変わった?」


「そうだな……貴族絡みの仕事が増えたな。後はダンジョンの申請や領地の移動手続きが随分早く済むようになったのは助かっているな」


……俺はそう言った手続きはセリアーナに全て任せてある。


「専属だったり貴族だったりすると恩恵は少ないかも知れないな。特にお前さんはお嬢様がいるしな……」


「目録は専属契約をしている場合は主が断る事も出来るし、仮に二つ名を得ても、貴方の場合はまだまだお嬢様が断るでしょう?」


フィオーラがジグハルトの言葉を継いで、言って来た。

彼女はジグハルトの隣に座り、採掘物の一覧表を見ながらあれこれ書き記している。

詳しくはわからないが、軽く教えてもらったところ、大掛かりな結界を張ったりする際の薬品だったり素材だったりを、領内だけで調達できるかどうかを調べているらしい。


しかし、これは載るのを断る事も出来るのか。

まぁ、聞いた感じ身分と実力をギルドが保証するような感じみたいだし、専属の場合は契約している貴族がそれの代わりをするし、必要は無いのかな?


「セラは当分載せる気は無いわ。載せて何か依頼の話が来ても受けようがないでしょう?」


「そりゃごもっとも……」


こちらの話を聞いていたセリアーナの言葉に思わず頷く俺。


わざわざ腕の立つ冒険者に依頼するような事だと、領内の魔王討伐だったり、何か難しい素材の採取。

あるいは、身辺警護や遠出の護衛……。


俺には向いていないのばかりだな。


セリアーナの方を見るとエレナと一緒に街の周辺地図と睨めっこをしている。

機材が届いていないとかでまだ着手していないが、この周辺の測量を行うらしい。


森の中にも入るから、アレクやジグハルトといった個人で強い戦力がいる間に進めたいんだろう。


それが始まったら、忙しくなるな!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る