第67話

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大森林。


数え切れないほどの魔王種が生息し、魔王災が重複しまくる場所。

所謂魔境だ。


あまり敏感でない俺ですら、踏み入っただけでわかる濃密な魔素。

油断なんかしない。


常にアカメと【妖精の瞳】を発動している。


「見っけ!」


そして、その状態の俺の目が捉えたもの。

それは、茂みに生えている中で薄っすらと光を放つ、薬草だ!


「チョッキンっと」


ハサミで切り取った一掴み分ほどの量を、背中に背負った袋に詰めいそいそと【浮き玉】の高度を上げた。


今摘んだのはアロとサボンと言う植物で、葉を乾燥させて粉末にしたものがポーションの素材になるらしい。

見た目は普通の山菜だが、魔素を蓄える性質があり、それを上手く利用する事でポーションの回復効果を作り出しているとか。


枯れてさえいなければ良いようで採取の上手下手で効果が変わったりはせず、あくまで薬師の腕で効果が変わるそうだ。

とにかく量が必要とされる為、主に人工栽培された物が使われている。


俺も見たことは無いが、ビニールハウスの様な大掛かりなシステムで、決められたいくつかの街で集中生産し粉末化まで行っているらしい。

特区みたいな物かな?


それを魔導士協会経由で各地の薬師に卸し、彼等がポーションを制作する。

何処の街でもある程度同性能のポーションが手に入るのはこの仕組みがあるからだ。

中々効率がいいと思う。


だからと言って協会の物を使わなければ行けないという決まりも無く、自身の研究や弟子の教育の為にも、未加工の物が

必要になる事もあり、冒険者ギルドでは常時買取をしている。


流石にベテランはやらないが、新人やまだダンジョンに入れない見習なんかが外での依頼を受けた時についでに取ってきたりするそうだ。

また、魔物が出ない森の手前や山の麓でもとれるため、子供が家計を助ける為にやっていたりもする。


ただ、それはあくまで一般論であって、この異常地帯ではそんなことは無い。


子供がフラフラ迂闊に出れば大抵死ぬし、新人や見習もそう。

それなりの腕を持つ者でも油断すれば死ぬ。


その為、ここルトルではそれなり以上の腕の者が、馴染みの薬師に狩りのついでに、と頼まれたりして採って来る事がほとんどであった。


ところが、ここ最近ポーション用の粉末こそ在庫はあるが、素材が街全体で枯渇していると報告があった。

理由は簡単だ。


腕の立つ冒険者は皆、より危険度の高い開拓村や森の奥まで進んでいて、薬草採取なんかする余裕が無くなっているからだ。

このままでもポーションの供給こそできるが、それではもはやただの作業で、自身の腕の向上につながらないと薬師達から懇願された、ギルドの支部長が冒険者達に依頼するための資金補助をと、セリアーナに話を持って来た。


それ自体は構わないが、地図作りを終えて丁度俺の手が空いていた事もあり、やらせてみたらどうだろうか?と話が進み、初日は念の為に兵士を護衛に付けていたが、問題無くこなせた為ここ数日は1人で行っている。


だからと言って気を抜くようなことは無く、戦闘は避けていたのだが……今日は無理かもしれない。


今もチラチラ視界に映っているが、ゴブリンが2体いる。

ゴブリンならどれだけいても俺の敵じゃ無いと言いたいが……流石は魔境。

【妖精の瞳】から見える強さがオークに匹敵する。


まだ孤児院にいた頃、教会の治療院の手伝いをした事があるが、そこで重傷を負った冒険者がゴブリンにやられたとか言っていたのを聞いた事があった。

そして、ダンジョンで戦った時、その弱さから正直ルトルの冒険者は大した事無いな、とか思っていた。


違うわ。

これ洒落にならんわ。


静かで見通しのいい所ならともかく、あまり視界の良くない森で、それも小柄なゴブリン。

よほど気を張っていないと不意打ちを受けても無理はない。


そしてその一撃はオーク並。

そりゃヤバいわ。


さて、そのゴブリンだが。

俺に気付いている。


姿は見られていないはずだが……防虫用のハーブ液を塗っているし、匂いかな?


「アカメ」


呼びかけると左脚に巻き付くようにして姿を見せてきた。

ダンジョンの魔物と違い核が無いから一撃で倒す事は出来ないかもしれないが、索敵は任せられる。


「よしっ!」


気付かれているしコソコソする必要はない。

【祈り】と【緋蜂の針】も発動、ついでに背負った袋も締め直し、戦闘準備は完了だ。


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ゴブリン2体。


隠す気は無かったが、姿が見えなくても向こうも俺が気づいていることはわかっている様で、グギャグギャ鳴きながら徐々に近づいて来ている。


気を付ける事は何か?


まずは、通常のゴブリンよりもはるかに強力だという事。

攻撃力だけなら今まで魔物の攻撃が当たった事なんて無いし、気にしすぎなくていい。


問題は、スピード。

これが上がっているかどうかだ。


ダンジョンではマージンを1メートル程にしていたが……2、いや3メートルくらいとろうかな?

あれだな……魔物の群れに突っ込む感じで行けばいいのか。


よし。

【緋蜂の針】で蹴りを放って、そのまま横回転。

姿を隠す意味は無いし、いつも通りこれで行こう。


「……oh」


方針を決め、近づいて行ったのだが……。


野良犬と野犬の違いとでも言おうか……凄い形相だ。

目を剥き口の端からよだれを流しグギャグギャと……狂犬病かな?

体型はそう変わりないが、体に傷があったり、耳が千切れていたりと、中々タフな生活をして来たことが見て取れる。


ダンジョンのゴブリンや王都‐ゼルキス間で遭遇したゴブリンともまるで違う。

さらに気になるのは子供の腕位の太さの枝を持っている事だろうか。


よくよく考えると別に戦う必要も無いんだし、ちょっと逃げるのもいいかな?

とか考えてしまうが……。


「いや……戦おっわ⁉」


少し迷いが出たのがわかったのか、片方が手にした枝を投げつけてきた。

驚きはしたが、速度はそれ程でもない。

50センチほどの長さで回転しながら飛んでくるが、足で移動するのなら躱す動作で隙が生まれるが、俺には通じない。


「ほっ!」


ひょいと横にズレ、一気に接近。

蹴りを叩き込んだ。

そして、その体勢のまま即真上にエスケープ。


今まで体があった場所にもう1体が投げつけてきた枝が通過していった。

のんびりしていたら危なかったかもしれないな。


蹴りを入れた方はまだ息はあるが、ダメージは大きかったようで這いつくばったままで、もう1体も今武器を手放し素手になった。


後は止めだけだ!



サクッと2体の頭を貫いたはいいが……核が無いって事は死体がそのまま残るって事だ。

どうしようか……。


「ん?」


処分に困っていると左脚に巻き付いていたアカメが何かを発見したようで、体を伸ばしている。

何事かと思い、そちらを見てみると……。


「……wow」


なんかさっきから変な驚きをし続けているな。

まぁ、それはいい。


こちらに向かってくる10頭くらいの……狼かな?

恐らくゴブリンの血の臭いに反応したんだろう。

一直線に向かって来ている。

強さは王都のダンジョン上層にいた狼と同程度だが速さはこちらが上かな?


ゴブリンと戦おうと決めた時周辺の警戒もしていたが姿は無かった。

俺の目が届く範囲は大体200メートル位だから、それより先にいたのか。

この速度ならもう10秒もかからないでぶつかるだろう。


ダンジョンなら充分なんだろうが、外ではこれでも足りないのか……。

グッドだ!

アカメ。


さて……逃げる事は可能かもしれないが、街までついて来られても困る。


「やるか!」


腰に下げた傘を抜き、構えを取った。

そして、魔法の準備に取り掛かる。

5メートルほど前に丁度いい木がある。

それを目印にしよう。


「ふぬぬぬぬ……!」


さっきのゴブリンも、効きはしなかったが投擲というダンジョンとは違う手段を使って来た。

1頭2頭ならともかくこの数相手だと何かあると対処できないし、ここは一気にやらせてもらおう。


【竜の肺】が無いと連発は出来ないが、10数体のオーガに比べて狼10頭。

一か所に固まって足を止めているわけじゃないし、まとめて全部に目潰しを決められるかはわからないが、それならそれでやり様がある。


2体のゴブリンでこれだけ来たんだし、戦闘中に大量のお代わりが来るかもしれないが……その時は逃げよう!


「来たな!」


狼にしてはサイズが大きい。

獣ではなく魔物か。

横に広がっていた群れが距離を詰める間に縦3列に並び変わり、そして最後尾に1頭いる。

多分そいつがボスだ。

その先頭の列が目印の木を越えたところで、俺は一気に上昇し……。


「ふらっしゅ!」


傘の先から魔法を放った。


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俺の放った目潰しは上手く決まったようで、唐突なその光にオオカミ達の大半は足を止めていた。


「ほっ!」


立て直される前にまずはボスを叩くべく、傘を腰にさし混乱している群れを一気に飛び越え、そして蹴りを放った。

流石はボスというべきか、反応し大きく飛び退る事で回避したが、それじゃー追撃の【影の剣】は避けられないな!


座っていた【浮き玉】に左足を付けて立ち上がり、体を大きく伸ばし首を切り裂いた。


地面に対し平行で普通ならそのまま落ちてしまうが、【浮き玉】ならそれを起点に引力が発生しているから、こういったアクロバティックな体勢も可能だ。


さて、これでボスは倒した。

残りは9頭だが、まだ視界は元に戻っていない様で、その状態でさらにボスがやられて混乱具合に拍車がかかったようだ。


「ふっ!」


ここまで引っ掻き回すことが出来れば、大した事は無い。

1頭ずつ倒していくだけだ。


「たっ!」


【浮き玉】に座りなおし、蹴って切って偶に踏んでとバタバタしながら倒していくと、残り3頭という所で視界が戻ったようだ。

それぞれ2メートルほど距離を取りながら後ろに下がっていく。


突っ込んでもいいが、どうもああいう風に待たれると攻めづらい。


如何せん俺は防御力が豆腐だからな……。


「あっ⁉」


に……逃げよった……。


ダンジョンで戦闘場所の近くにいる群れが逃げる事はあったが、襲って来た側が途中で逃げるってのは無かった。

まぁ……ボスが最初にやられて勝ち目ないのにそのまま最後まで戦うって方がおかしいか。


「……どうしようかね……お?」


追うか放置するかで迷っていると左手に違和感を感じた。

最近戦闘をしていなかったから久しぶりの感触だ。


「ふふふ」


手を開くとそこには2枚の聖貨。


距離か時間かはわからないが戦闘は終了したらしい。

これの仕組みもいまだによくわからないが、1体毎ではなく1戦闘毎に判定があるのかもしれないな。


さて……改めてどうしようか。

さっきのゴブリンも含めて死体は9つ。

これが1つ2つなら放置していてもいいそうだが、集まり過ぎるとアンデッドが発生してしまう可能性が高くなるらしい。


【浮き玉】は片手で持てる重さ位しか追加できないし、かといって降りるのも怖い。

……ここは森に入ってから数百メートルの浅瀬だし、街まで行って誰か呼んで来るかな?



「ありがとうございましたー!」


「おう!お嬢様によろしくな!」


4人組の冒険者達に礼を言って手をぶんぶん振りながら別れた。


戦闘を終えた後、街まで人を呼びに行こうかと思ったのだが、たまたま逃げ出したオオカミを見た彼らが不審に思い原因を調べにやって来たところ悩む俺を発見し、そこで死体を好きにしていいから処理を頼めないか?とお願いすると快く引き受けてくれた。

まだ査定は終わっていないが、多少倒し方が雑な分を差し引いても金貨1-2枚にはなるそうだし、リスクなしでその稼ぎってのは悪くないだろう。


ちなみに、冒険者ギルドまで運んだのだが、木の枝を何本か切り落とし簡易的なそりを作り、街まで数キロの距離を曳くというパワフルな手段だった。


「んじゃ、俺も帰るかね」


採取した薬草の代金は銀貨2枚。

冒険者稼業で生計を立てている人にとっては、専業にするには割に合わない仕事だ。


ポーション自体は素材があってちゃんと流通している分、あまり冒険者側も乗り気じゃないらしい。

そこら辺をもう少し考える必要があるかもしれないな。


とりあえず……。


あれこれ考えている間に、冒険者街を離れ中央広場の西側に到着していた。

あらっぽさが見え隠れする東側に比べて、この辺りは服、宝飾品にお茶お菓子と少しお高いお店が並んでいる。


今日はここにしよう。


「こんにちわー!」


「いらっしゃい。あら?確かお屋敷の子ね?」


「そうです。今日のお勧めはありますか?」


「そうねー……」


割と目立つ姿をしているからか、最近それなりに街の住民にも領都出身のセラちゃんとして知られてきた。

そろそろ街中を自由に動けるようになる頃かな?


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「あら、おかえりなさい」


「ただいまー。これお嬢様の部屋に出してよ。皆の分もあるからね」


買い物を終えた後屋敷に戻ったのだが、まず向かう先はセリアーナの部屋ではなく、使用人の控室だ。

買ってきたケーキを渡し、部屋に出して貰うよう頼んだ。


領都でもそうだったが、このあたりだと大規模な畜産は難しいようで、クリーム等の入手は難しい。

その分新鮮な果物なんかは入手しやすいが……お菓子はちょっとした贅沢品。

薬草採集で稼いだ分で、皆の分も買ってある。


「いつも悪いわね。お客様がいらっしゃっているからお茶と一緒に持って行くわね」


「よろしくねー」


そう言い、手を振り部屋を後にする。


ここで働く女性は、この街のいいお家の人間がほとんどだ。

彼女たち経由で俺の事を広める事も大事だ。


何かの役に立つかもしれないし、こそこそ根回しは続けている。

しかし客か……誰じゃろな?



「よう」


セリアーナの部屋のドアを叩く前に、アレクがドアを開けてきた。

自動ドアかって位のタイミングだが、セリアーナを含む中の誰かが俺の接近を察したんだろう。


「や。久しぶりだね」


彼はこの街に来てからすぐに点在するあちこちの開拓村を訪れて、そこを拠点にする冒険者達に指示を出したり連絡を受けたりしていた。

一見雑用っぽいが、何だかんだでリーゼル側の冒険者達とも顔を繋げているし、彼の将来の役に立つんだろう。


「んで、アレクが居るって事はお客さんは……」


部屋に入るとセリアーナとエレナの2人と、その対面に座る男女一組。


「おう」


「元気そうね」


ジグハルトとフィオーラだ。


「久しぶりだね。特にジグさんは」


この街に来た初日にあったフィオーラはともかく、ジグハルトはずっと出ずっぱりだった。

領都で別れて以来か。


「ああ……お嬢様が来た時に俺も戻って挨拶位はしようかと思っていたんだがな……」


「その男は私への挨拶より、魔物と遊ぶ方が大事なようよ」


言っている内容に反してセリアーナはそれ程怒っている感じはしない。

そんなもんだろうと思っているのかもしれないな。


「それよりも、セラ。寝室に着替えは置いてあるのでしょう?着替えて来なさい」


「はーい」


返り血なんかは浴びていないが、森の中を動いていたしな。

寝室ってわざわざ言ったって事は【隠れ家】はまだ2人には言わないのか。

体に草っぽい臭いが移っている気がするから、シャワーを浴びたいが……まぁいいか。



「お待たせ」


着替えはメイド服ではなく王都で作らせた甚平だ。

流石に子供だけあって、1年も経てば少しは成長する。

上下とも袖は七分丈だったのが、半袖になった。


ちょっと使用人との距離も縮まって来た気がするし、こっちでも新しく作ろうかな?


「首尾はどうだったの?」


空いていた席に着くとセリアーナが訊ねてきた。

一応彼女の指示でやっているから、成果は毎度報告してある。


「うん?袋一杯分取って来たよ」


「そう。ご苦労だったわね。」


「でも、結構厳しいね。今までは何度か魔物が近づいて来たことがあっても無視していたんだけど……今日は戦ってみたんだよね」


「お前、魔物は相手にしないとか言っていなかった?」


セリアーナだけでなく、アレクやジグハルトもこの話題に興味があるようで、身を乗り出している。


「たまたま2体のゴブリンを見つけて、向こうもこっちに気付いていたからね。その後オオカミの援軍があったのは想定外だったけど……。まぁ、それはそれとして薬草採集は問題無いし、森の浅瀬の魔物程度ならそっちも問題無いよ。ただ死体の処理がね。近くに他の冒険者がいたからお願いしたんだけど……俺が1人でやるのは無理だわ」


「浅瀬は狩りをしている冒険者は少ないのか?」


「うん。前の事は知らないけれど、今は皆もっと奥を目指しているからね。わざわざ浅瀬で戦っていかないみたいだよ」


俺の装備なら傘を除いて整備の必要は無いけれど、どんな強力な武具でも魔物と直接殴り合いをすれば傷んでいく。

今この街にいるクラスの冒険者なら、浅瀬の魔物なんかを真面目に相手していたらはっきり言って割に合わないだろう。

手伝ってくれた彼等だって、損失無しだから引き受けてくれたんであって、倒してくれとかだったらどうだったかはわからない。


「考えている事はあるけれど……その間をどうするかね」


話を聞いたセリアーナがそう呟いた。

そこら辺の事を考えてはいる様だけれど、結局は人手の問題だしな……。


どうするんだろう?


「お茶をお持ちしました」


会話がひと段落した頃、買って来たお菓子とお茶をメイドさんが持って来た。

うん……まぁ、制度作ったり人動かすのは俺のやる事じゃないし、考える事は任せておやつタイムだ!

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