第66話

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領都を発って10日目。

天候にも恵まれハプニングも無く予定通り到着できそうだ。


しかし、多少前後はするだろうけれど、大体1日平均50キロ以上進んでいたんじゃないだろうか?

もちろん一直線に進んだわけでは無いけれど、どんだけ広いんだって話だ。

王都から戻って来る時にも思ったけれど、とにかくこの東部は広すぎる。


せめて移動手段や通信手段がもっと発達していればまだどうにかなっただろうけど……、従魔やそれこそ普通に鳥を使った通信手段はあるらしいが、普通に空飛ぶ魔物がいたからそれも無理だ。


今まで開拓に注ぎ込んだ労力が無駄になるかもしれないが、穏便に切り捨てられるのならそりゃそうするよな。


「この小川を越えたから……後1時間程で到着できますね」


地図を見ていたエレナが明るく言った。


「そうね……全く……この道の悪さにはうんざりね。道の悪さが開拓が進まない理由なんじゃないかしら」


日数や距離ならもっと多いのを経験しているが、とにかく道が悪い。

街道が通っているだけマシと言えばそうなんだろうが、段差は当たり前で、戦闘でもあったのか大きくえぐれている場所もあった。


流石に車中で文句を言うようなことは無かったが、セリアーナもストレスが溜まっていたんだろう。

珍しく冗談を口にしている。


と、そこへ馬車の護衛を務める騎士の1人が近づいて来た。

それに気づいたエレナが窓を開け、何かあったのか訊ねた。


「どうしました?」


「少し遅れてしまいましたが、このままルトルに向かってよろしいでしょうか?昼食はあちらでとなっております」


確かにお昼を回っている。


「ええ、それで構わないわ。このまま向かって頂戴」


「はっ!ありがとうございます」


失礼しますと一言いい、また列に戻って行った。

彼等とももうすぐお別れだ。


あと少し頑張ってもらおう!



ルトルの街。


生まれは知らないが、俺が育った街だ。

と言っても、街の名前すら知らなかったし、教会や孤児院のある区画と繁華街の一部くらいしか行った事が無かった。

街の反対側にお偉いさんが住んでいて、あっち側に商人達がいて、そっち側に冒険者達の店があって、街の外には森が広がっている。


俺が持っているこの街の情報はその程度だ。


この街の当初の目的は、開拓の最前線が領都から大分東に離れた為、その中継拠点としての役割を担う事だった。

その為、他よりずっと広く造られている。

さらに頑丈な街壁で囲まれている。


ところが、じーさんが先走り過ぎたという事もあり、何とか拠点の役割こそはたしているものの、まだまだ開発は追いついていない。


それが領都でのルトルの評価だった。


脱走した時は馬車の荷台の更に【隠れ家】の中だったが、今は堂々と馬車で進んでいる。

正直俺のルトルの印象は領都での評価を抜きにしても、心情的にも治安的にもあまり良くないものだったが……。


鐘の音は孤児院でも聞こえていたが、初めて見る3階程度の高さの時計塔があれば、広場に無駄に噴水なんかもある。

そう言えば水だけは困った事無かったな。

荷馬車などはよく見るだろうが、今俺達が乗っているような貴族用の馬車は珍しいのか、人が集まっているが、着ている物も豪華では無いが、ボロじゃない。


中々ちゃんとした街じゃないか。


まぁ?

領都はおろか王都での生活経験もある俺に言わせてもらえば、ド田舎だけどな!


「初めて来たけれど、領都にあった資料より開発が進んでいるのね」


「本当ですね。殿下の影響でしょうか?」


セリアーナとエレナも道に敷かれた石畳や、それなりに整然とした街並みを見て、資料や聞いた話から持っていたこの街の印象が変わったようだ。


もちろん通っている場所が、大通りに中央広場と比較的お上品な場所だからってのもあるかもしれないが……。


珍しげに街の様子を見ていると、馬車は上り坂にさしかかった。

その先には低いものの壁で囲まれた広い敷地がある。


行ったことは無いが話だけは聞いていた、この街の代官屋敷。

これから俺達が当分暮らす場所だ。


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舗装はされているが少し造りが荒いようで、ガタゴト揺れながら坂を上り切ると、代官屋敷に到着した。


高台にある敷地はサッカーコート2面分位の広さで、屋敷と使用人宿舎らしき建物と……?


「あれ、何?」


他にあるとしたら兵舎か倉庫だろうけれど、兵舎にしては少し小さいし、倉庫にしてはデザインが違い過ぎる。

2階建てで一軒家と言うには少し狭く見えるが……メゾネットタイプと言うべきだろうか?

建設中のそれが3軒並んでいる。


奥の方にも資材を積んでいるのが見えるが、随分たくさんある。

数棟分どころじゃないけれど、……あれ全部使うのかな?


「まだ完成はしていないけれど、フィオーラが設計した専属の冒険者の住居ね。水回りや空調も魔道具で統一するそうよ。もっとも今使うのはフィオーラ達とアレクの2軒だけれどね。お前とエレナは屋敷よ」


「ほうほう」


そう言えば住居にこだわってるっぽい事を言っていたな。

……これか?


領都の屋敷は同じく高台にあったけれど、あそこはもっと広かったから色んな施設を纏めて建てる事が出来た。

ただ、ここは少し狭い。

そうなって来ると、兵舎を始め、場所を取る建物はある程度分散させる必要がある。


中腹に監視塔みたいなのもあるし、山城……とまではいかないけれど、ちょっと似ているかもしれないな。


「行きましょう」


屋敷の玄関前に着き、馬車が止まった。

外では既に出迎える準備が出来ている。


真ん中の偉そうな人が代官……じゃ無くて元代官か。

今のこの街の代官はリーゼルだ。

前任の彼はスライドして、そのまま補佐に付いている。


代官から代官補佐だと一見降格だけれど、公爵に内定している王族の補佐だ。

聞いた感じ手柄に焦るタイプじゃなさそうだし、上手くやっていけるかな?



増築をした代官屋敷は、今はT字を横にした形になっている。

リーゼルの部屋が横の端で、セリアーナは縦の端だ。


そういえばこの世界って夫婦の寝室は別ってのが常識なんだろうか?

元の世界の貴族生活は知らないが、親父さん達もじーさん達も部屋は別だった。


「どうしたの?」


天井を叩く音が消えた事で、手を止めている事に気付いたのか机に向かっているセリアーナが、顔を上げずに口を開いた。


「ん?いや……ここは2部屋なんだなって」


直接聞くわけにもいかないから、適当に思いついた事で言い逃れた。


「そうね。今の段階で3部屋も取る訳にはいかないでしょう?今も作業を続けているけれど反対側にもう1棟建てるから、それが完成したら可能でしょうね……。別に私はこれでも構わないわ。応接用に別の部屋を用意してあるしね」


「なるほど……」


資材が大量にあると思ったが、まだこの本館も未完成だったのか。

今がT字って事は完成系はH字かな?


「エレナは向かいの部屋だけれど、お前はここでいいわね?」


「うん。……そう言えばアレクはどうするの?」


屋敷に着いて食事を済ませるとどこかへ出かけて、もう日が暮れているのにまだ帰ってこない。

外にある住居棟もまだ建築中だ。


ここに泊まるのかな?


「フィオーラ達を始め冒険者達が借り切っている宿があるの。そこに泊まるそうよ。ルバン達は自分達だけで使う宿を押さえてあるそうね」


「へー……」


冒険者が集まる宿か……。

王都でジグハルトの泊まっていた宿には行った事があったが、あそこはちょっと例外として……少し興味があるな。


王都でも領都でも俺は他の冒険者とギルド以外で接する事はほとんど無かったからな。

揉め事になったら俺も相手も困るし、王都も領都もいわば腰掛だったが、この街は今後俺のホームタウンになるし、ダンジョン以外での冒険者としての活動もする。


顔を繋ぐ意味はある。


「今日は駄目よ」


「ぉぅ……」


俺、そんなにわかりやすいんだろうか?


「お前にも仕事を頼むし、そのうち顔を合わせる機会はあるわ」


「はーい」


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ルトルの街の東門。

数キロ先に魔境である大森林があり、そちらに向かう冒険者達や、逆に魔物の襲撃に備え監視を怠らない兵士達による独特の緊張感が漂う場所だ。


俺は今その上空で筆を走らせながら鼻歌を口ずさんでいる。

趣味であるお絵描きをしている……という事になっているが、これでも仕事中だ。


この街の地図は領都には無かったが、流石に代官の下にはそれなりに精度の高い物が置かれていた。

あくまで、それなりに程度だが……。


セリアーナはそれが不満で、マス目を引いた紙に上空から見た街を書き写す様言って来た。


中々に無茶を仰る……。


とは言え、命じられた以上はやらねばという事で、名前は知らないが写生の時に使う板に紐を付けたアレを用意し、更に、アカメの目と【妖精の瞳】も発動しながら、ここ最近地図作りに励んでいる。


三角点とは違うが、街を囲む街壁は内側から見える位置に100メートル毎の印があり、それを基準にしていけばかなり正確な地図を作製できる。


もっとも俺がやるのはスケッチまでで、細部の仕上げは専門家が行う。

おかげで航空写真とまではいかないが、街の様子をかなり正確に描けているはずだ。


1日1枚のペースで終わらせること2週間。

A4サイズ位の紙を4x4で作っているから、全部揃えば随分大きな物になるだろう。


「よっしっ!こんなもんかな」


南西にある代官屋敷の真上から始めて行き、今日手がけたのは東門を含む一角で、これで残りは2枚。

この地図作りももうすぐ完了だ。



夜、セリアーナの寝室で【隠れ家】を発動している。


「……後は北東部の教会のある地区ね」


俺のスケッチを基に仕上げた地図を受け取って来たエレナが、テーブルの上に置いたパネルにピンで貼り付けた。

1枚ずつ貼っていき、16枚で完成だ。

完成したら額に収める事になっている。


他にも2枚ずつ作っていて、1枚はリーゼルへ。

もう1枚はセリアーナの執務室の壁にかけてある。


さて、そのテーブルの地図を見ていたセリアーナは視線を空いた右端に移す。

空いているスペースは2枚分。

そこは教会のある地区で、東門から北に行った場所だ。


「夜に行ってこようか?」


この作成中の地図とセリアーナのスキルを合わせる事で、この街の敵味方の動きがかなり正確に把握できるようになる。

地図を見ながら彼女のスキルの説明をしてもらったが、地形の情報があればあるほど、たとえば建物の何階にいるかなどもわかるそうだ。

チートコードみたいなものなのかな?


その分スキル使用中の彼女の負担は増えるが、自分が動くわけじゃないし、相手を完封できることの方が重要らしい。


それを踏まえると、出来れば正確な物を作りたいが……。


「止めておいた方が良いわね」


止められてしまった。


もちろん今の時点でも、おおざっぱには把握できているらしいが、この街には既にセリアーナに敵意を持っている者が入り込んでいるそうだ。

そして、その連中が集まっているのが街の北東部。

教会を含む、あまり裕福でない者達が集まる地区だ。


しかしその事をセリアーナがわかっているからと言って、まだ何もしていない者を捕らえるわけにもいかない。

偉くなると、自分の事を嫌ったり憎んだりするものも増えていく。

そんな訳で、監視こそ秘かに行わせているが絶賛野放し中だ。


それもあって、孤児院を脱走云々別にしても俺はあまり近づきたくない場所だ。

セリアーナを狙う連中が既に街に入り込んでいるのなら、俺の情報も持っていてもおかしくはない。

わざわざ姿を晒す必要は無いだろう。


「高度を上げて、1枚空けた所からやりましょう。孤児院や治療院と言った教会関連を除けば大きな建物は無いでしょう?」


「そうだね……あまりジロジロ見たわけじゃないけれど、宿が2軒ある位で、俺がいた頃と変わりは無かったかな?」


セリアーナの問いに、記憶をほじくり返しながら答える。

距離はあったが上から見た感じ、新しい施設は追加されていないはずだ。


「巡回の兵を増やしますか?」


「必要ないわ。下手にこちらが動いたらそれを口実に住民の不安を煽る位はしそうだしね。相手が動くまで待つわ」


セリアーナの返答に、それを予想していたのかエレナは何も言わない。

俺もそう思っていた。

教会の評価の低さは予想以上だけれど……。


「ま、あえてこちらから挑発はしないわ。お前もいいわね?」


「はーい」


逃げ足ならともかく、対人戦の自信なんて無いからな!

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