第63話
154
春の3月。
この国は春の3月半ばと秋の2月末に、所謂雨季の様なものが1週間から10日間ほどある。
普段はあまり雨が降らないが、それでもその時期はずっと雨が続くため、その前に街のいたるところで壁や屋根の補修作業を行うことになっている。
もちろんこの屋敷もだ。
通常の建築物なら職人ギルドから1組が派遣され、彼らによって数日で終えるが、流石に大きいだけあってそれでは間に合わず、かといって半端な数では時間だけかかってしまうので、まずはこの領主の館に全員を派遣して一気に終わらせることが慣例になっているらしい。
尤も去年はどちらの時期も王都に居たから、領都では初めてだ。
孤児院にいた頃は、年長者が雨漏りの修理とかをやっていたものだが、長年大して技術の無い子供達がやっていたから大分痛んでいた。
いつか焼き払ってやると考えていたが、ほっといてもそのうち潰れそうだよな……。
それはそれとしてだ、職人達の食事等は、依頼主側が用意する。
領主の館で、そこで働く使用人達に給仕されるという事もあり、中々評判はいいそうだ。
ただ、人数が多ければ作業する範囲も広く、壁程度なら下に降りる事も手間では無いが、屋根の上だとそうは行かない。
照明器具も無く、日が暮れる前に撤収する為時間は大事だ。
その為屋根の上でそのまま受け取る事が多かったそうだが、そこまで行くことは慣れていない女性では難しく、主に男性が運んでいた。
「セラ、これ頼むよ」
窓の外で浮きながらぼーっとしていると、中から声を掛けられた。
見ると既に料理を詰めたバスケットが複数用意されている。
「はいよー」
そこで、俺だ。
食事の配膳手伝い。
メイドさんのイメージっぽい仕事である。
普段からこういった事は手伝っているが、珍しく今日はセリアーナ直々に命令を下された。
「お待たせー」
「おーう、有難うよ嬢ちゃん」
相も変わらず、高所作業は大活躍している。
まずは、パンに野菜と何かの肉をソテーしたものを挟んだ、ホットドッグの様な物だ。
外でも食べられるものだが、やはり材料や料理人の腕が違うからか、味は上らしい。
「あとスープあるから、落ちないようにオレが見ておくから引っ張り上げてね。」
「おう」
そう伝え、資材を持ち上げる為の両端にロープを結んだ板をすぐ下の廊下の窓まで降ろした。
「お願いしまーす」
「ああ。落ちないよう見ていてくれよ?」
廊下で待機していた使用人達に鍋を板に乗せるよう促した。
10数人分のスープが入った、大鍋。
残念ながら俺じゃ持ち上げられず、こんな形になっている。
まぁ、持ち上げられはしないが、バランスが崩れないよう支える程度なら問題無いからな。
鍋は無事引き上げられ、スープも皆に行きわたった。
後は下げられる物から下げていって、今日の俺の仕事は終わりだ。
◇
窓は開いているが、コンコンと一応ノックをしてからセリアーナの部屋に入った。
「ただいまー」
いい仕事して来たぜ。
「ご苦労だったわね。セラ」
「うん。まー、楽な仕事だったよ」
わざわざ労ってもらって申し訳ないが、本当に物を運んだだけだからな。
まぁ、【浮き玉】も俺の力と考えれば、それなりの働きだとは思うけれど。
「ルトルには彼等の中からも移ってもらう者達がいるし、顔を売っておくのは悪くないわ」
各街には様々なギルドが存在するが、それらを束ねるのが領都のギルド支部だ。
本部こそ王都にあるが、あくまで各支部の情報を取りまとめているだけであって、上下関係は存在しない。
本部の職員も各支部から派遣されるものが半数近くになる。
支部もそれに近い構造だ。
各街から領都に集まる。
ただ、違うのは技術指導として、派遣されることか?
ルトルは新領地に組み込まれるが、何でもかんでも1から集める事は出来ないし、一時的にここの職人が行くことになるんだろう。
今日の手伝いはそれを踏まえてだったのか。
抜け目ないな……!
155
「む?」
軽くだがペチペチと頬を叩かれ、顔を上げた。
「気づいた?お茶の用意が出来たけれど、寝る?」
エレナが顔を覗き込みながら言って来た。
いつの間にかウトウトしていたらしい。
春の雨季に入り、毎日バケツをひっくり返したような雨が降っている。
晴れてさえいれば過ごしやすい季節だが、連日の雨でやや肌寒く、俺は天狼の毛布にくるまっているのだが、これが実に眠気を……。
「もらうー」
部屋にお茶とバターの香りが漂っている。
いつの間に……!
「セラ、この時期ルトルはどうなの?」
セリアーナは外を見ていたが、雨季のルトルはどうなのか気になったのだろう。
様子を聞いて来た。
といっても、雨が降っている時は外に出る事はほとんど無かったしあまり語れるほど俺も詳しくない。
「雨は同じくらいかな?よく降ってたよ。街から出た事が無かったから実際に見たことは無いけれど、近くの川が溢れたりとかも聞いたね。それと、雨が止んだ後は街中の水路が詰まって、水が溢れたりもしていたよ。春の方はいいけれど、秋の方だと体壊す人もいたって聞いたかな?」
「参考にならないわね」
全くだ。
「地盤は固かったし、当面の間お嬢様の住む代官屋敷も造りはしっかりしていました。流石にここよりは狭いですが、増設も進んでいますし問題は無いでしょう。ただ、まだ壁内でも舗装が追い付いていない場所が多く、雨が降ると道が荒れるでしょうね。辺境だけあって流通も滞るとも言っていました」
俺より詳しいかも知れんな……。
「そう……道の整備も必要そうね」
お茶の時間も色々考えている。
偉い人は大変だな!
是非とも暮らしやすい街にして欲しいもんだ。
◇
「ん?」
再び毛布にくるまり、今度は寝ないように気を付けながら横になり読書をしていたのだが、ノックの音がした。
「入りなさい」
ドアを開け入って来たのは、名前は知らないが確かミネアさん付きの使用人だ。
「失礼します。奥様よりこちらをお嬢様にと」
そう言うと手紙を見せた。
「セラ」
「はーい」
受け取りそれをセリアーナに渡した。
ミネアさんの部屋は反対側にあるから200メートルかもうちょっと離れているが、同じ家にいて手紙を出し合うってのも面倒だろうに……ご苦労な事だ。
「セラ、お前に部屋に来て欲しいそうよ」
読め、とばかりに手紙をこちらに見せてきた。
「どれどれ……」
要約すると、【ミラの祝福】を頼みたい。
部屋まで来てもらえないか?
だ。
これだけなら大したことでは無いが、問題は相手がフローラさんであること。
ここの第2夫人で、俺より1歳下の娘さんがいる。
挨拶はどちらともしたことは無い。
「……どうなん?」
そもそも俺はセリアーナが家族と話をしている場面に立ち会うこと自体滅多に無いからな。
悪くは無いんだろうけれど、家族仲がどの程度良好なのかがわからない。
まして、第2夫人ともなると……。
「私は構わないわ。お前が良いのなら行ってきなさい」
思ってたんと違うな。
「奥様方の仲は良好だよ」
戸惑いが顔に出ていたのか、それを見たエレナが安心させるように言ってくる。
「……また何か本の影響?物語と現実は違うのよ?」
……ファンタジー世界の人間に物語と現実は違うと叱られてしまった。
未だにこの世界の事はよくわからないよ。
「まあ……この国の貴族ならそんな事はありませんが、平民や他所の国ならそういった事もありますから」
「ほうほう」
西部出身のアレクは少し違う意見の様だ。
「そう聞くわね。全く……揉めるようなら1人で済ませればいいのに……」
それを聞いたセリアーナは少し面白くなさそうだ。
貞操観念からくる発言じゃ無いんだよな……。
何なんだろうね?
この国の貴族の使命感は。
まぁ、いいか。
このままだとまた眠りそうだし、問題無いのなら行ってみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます