第62話

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「明日、ダンジョンに潜るわ。朝から行くから用意をしておいて頂戴」


「は?」


「はい」


特に目新しい事は何も無かった夜の報告会。

そんな中唐突なセリアーナの言葉に驚く俺と、反対に即答するエレナとアレク。


「えっ⁉いいの?」


思わず聞き返してしまう。

あそこ最近死者出たばかりなんだけど?


「問題無いわ」


俺一人狼狽えているが……問題無いのか。


「ルトルに行く前に少し体を動かしておきたいの。今のダンジョンには私と敵対する者は入り込んでいないし、問題無いわ」


念を押すようにもう一度言ってくる。

エレナ達を見ると何ともない様な顔をしているし、大丈夫って事なんだろう。

……ジムに行くような感覚なのかな?

偶に訓練場でエレナと剣を振っているが、あれだけじゃ足りないのか。


近場でエレナとアレクがいて、ある程度安全の確保できている場所……なるほど。

加えて俺もいるし、魔物相手なら問題は起こらない。


そして、人の出入りも把握できているみたいだし、考えてみるとダンジョンが一番か。


「君が加わってからは機会が無く行っていなかったけれど、元々一月二月に一度はお嬢様も訓練がてら潜っていたからね。それに行くのは上層まで。心配はいらないよ」


安心させるようエレナも言ってくる。


「浅瀬だと新人の邪魔になるから下に降りるが、精々上層だ。楽勝だろ?」


アレクも続ける。


浅瀬は言わずもがな、上層も基本的には少数で問題無い狩場だ。

スペースがあればそこに魔物が集まって来るって事だけ頭に入れておけば、危険は無い。


タンク役のアレクに中衛のエレナ。

セリアーナはどんな風に戦うのか知らないが、2人が足止めを引き受けてくれるなら俺が倒してもいい。


それに、隠れるにしても逃げるにしても、いざとなればどうにでもなる。


「そか。わかった」



「帰りはこちらから知らせるので、その時に来てくれ。では、行きましょう」


馬車で冒険者ギルドに到着し、アレクとエレナが先に、セリアーナ、俺の順で降りた。

いつもは早朝にササっとダンジョンに行ってすぐ帰っているが、今日は10時過ぎ。

中に入る前から既に人が並んでおり、こちらを見ている。


流石に目立つね。

馬車で乗り付ける事もだし、そこから降りる面子も注目を集め、あちらこちらでザワザワ言っている。

男1に女3のハーレムパーティー。

ルバンの所と同じ編成だ。


【赤の盾】に棍棒ではなく大振りの剣を持つ、いつもより重装備のアレク。

こちらはいつも通りの軽装のエレナ。

セリアーナは、髪は降ろさず上でお団子にし、レギンスにキュロット、革製ではあるもののジャケットと剣こそ下げているが、ダンジョンというよりは乗馬の方が似合いそうなスタイル。

そして俺はメイド服。

……俺が一番ダンジョン舐めてる恰好な気がする。


アレクが御者を帰らせ、扉に手をかける。

中から声はしない。

外の様子から冒険者がいると思ったんだけれど……。


「わぉ……」


中に入ると昨日のうちにギルドにも話を持って行っていたようで、支部長を始め何度か顔を見た事のある幹部達が整列し、待機していた。

冒険者も多数いるが、整列している彼等に当てられてか、口をつぐんでいる。


何となく気まずそうで、申し訳ない。


「手続きは終えています。どうぞお気を付けて」


彼等の前まで行くと、そう伝えてきた。

一応俺も潜る時は毎回手続きをしていたが……フリーパスだ。


「いつも通りよ。問題無いわ」


セリアーナは当然の様に受け止め、カウンターを素通りしダンジョンのある地下への階段に向かい、エレナもすぐ後ろをついて行っているが、アレクはカウンターで何か話し込んでいる。


「セラ、行くわよ」


どうしたもんかと思っていたが、セリアーナは待たないようだ。


「はーい。待たなくていいの?」


「私とエレナを守るように言われているんでしょうね。いつもの事よ。今日はお前もいるからお前の事も言われているんじゃないかしら?」


「ほほぅ……」


何かあればアレクの責任か。

ナイト役も大変だな。


151


地下のダンジョン前の待機エリア。


ダンジョンに潜る前の事前の打ち合わせをしたりする場で、いつも騒々しいのだが実に静かだ。

もちろん冒険者がいないわけでは無い。

30人ほどの冒険者が打ち合わせを行っているのだが、皆セリアーナとエレナに遠慮して小声で行っている。


別にそんな義務は無いんだが……何となくだろう。

俺だって多分他人だったらそうしているかもしれない。


「セラ、降りて来なさい」


気まずさから上に逃げていた俺にそう言うセリアーナ。

この2人はまったく気にしていなさそうだ。

心臓鋼か何かなのかな?


「アレクまだかな……?」


仕方なく降りて行ったが、気まずい事に違いは無い。

そうぼやいていると、階段の方がざわついた。


「来たわね」


「お?ほんとだ」


そちらの方を見るとアレクが地下に降りて来て、冒険者達に囲まれていた。

パッと見若いのが多いし、もしかしたら新人なのかもしれないな。

自分達の地元を拠点にしていた冒険者が、王都でさらに名を上げ二つ名を得た。

ちょっとしたヒーローだ。


「呼ぶ?」


盛り上がっているけれどどうしたものか。

セリアーナの判断に任せよう。


「構わないわ。待ちましょう」


サービスというんだろうか?

こういった事には寛容だ。


……寛容ではあるけれど、限度ってあるよね。

流石に20分近くも話し込まれたら困るぞ?


セリアーナも腕を組みながら指をトントンとしていたが、そのペースが大分上がっている。

セリアーナも立場上待ったをかけにくいだろうし、仕方が無い……俺が行こう。


「あれーく!」


ふよふよ近づき、目立つよう大声で呼びかけた。

アレクは話を止めこちらを見るが、一緒にセリアーナも目に入ったようだ。


「悪いな。待たせてあるから失礼するよ」


周りを囲む冒険者達にそう言い、道を開けさせカッコつけながらこちらにやって来たが、顔には若干の焦りが見える。

本人も少し話し込み過ぎたと思っているんだろう。


「……」


「すみません。遅くなりました」


3人の視線を受け、頭を下げるアレク。


「まあ……いいわ。その分の働きは期待するわよ?さ、行きましょう」


立ち上がりダンジョンへ向かうセリアーナとエレナ。

その後に続く俺達。


「珍しいね?あんなお喋りだったっけ?」


何となく気になったので訊ねる。

俺の知っているアレクは口数かなり少ないんだよな。

口下手ってわけじゃ無いし必要なら人前だろうがどこででも話せるけど、セリアーナを待たせている状況でってのはちょっとらしく無い。


「ああ……まあな。若いのが多かったろう?最近死者が出たし、俺がここにいる間に伝えられる事は伝えておきたくてな。上でも機会があれば指導を頼むって言われたしな」


「ぉぉぅ……」


思ったより真面目な理由だった。


「お嬢様もそこら辺はわかっていたんじゃないか?だから止めに入らなかっただろう?」


「それはどうかな……?」


俺は半々だと思う。

あの苛立ちは本物だった。


「そうか……まあ下での働きで挽回するさ」


フッと笑い2人に追いつくべく足を速めた。



「上層まで一気に駆け抜けるわよ。セラ、【浮き玉】を替わって頂戴。お前は私が運ぶわ。上から魔物の少ないルートを指示するから、アレク貴方が全て倒しなさい。エレナ、貴方は核の処理を。時間をかけずに行くわ」


セリアーナはナビ役か。


アレク君ハードだな……。

見ると顔が少し引きつっている。

そしてそれを見て笑うエレナ。

余裕があるな……まぁゴブリン程度じゃ脅威にはならないだろうし、ただハードなだけだ。


うん……お喋りの罰だなきっと。


「よいしょと。はい」


裸足の為一旦アレクの肩に座り【浮き玉】をセリアーナに渡す。

この様子だと浅瀬で俺のやる事は無いな……。


「コレも使う?」


耳を指しそう聞く。

【妖精の瞳】はセリアーナのスキルと併用できる。

ゴブリン程度なら必要ないかも知れないが、情報は増える。


「……いえ、必要ないわ。お前が使っておきなさい。行くわよ!」


俺を抱えたセリアーナが号令を出した。


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「はっ……はぁ……はぁ……」


大剣を地面に刺し、それにもたれかかり荒い息をつくアレク。

上層に繋がる通路でここには魔物は現れない。

息が整うまで一旦休憩だ。


「いやぁ~……駆け抜けたね」


浅瀬から上層まで、ナビ有りとはいえほぼノンストップで駆け抜けてた。

道中出てきたゴブリンの群れはアレクが大剣を振り回し、一気に切り伏せていった。

多分普段の俺も似たような動きをしているんだろうけど、迫力が段違いだ。


剣を一振りする度に体のどこかが千切れながら飛んで行ったからな……。

【祈り】の補助効果があるとはいえ、マンガの主人公か何かなのかな?

こいつ。

そしてそのスプラッタな死体の核を、エレナが駆け抜ける様に潰していった。


「15分位かな?」


タイマーを引っ張り出し時間を確認するが、俺が普段【浮き玉】で通過するのとそこまで差が無い。

中々の好タイムだ。


「ご苦労様。まあ、悪くは無いわね」


上から指示を出していたセリアーナが下に降り、代わりに膝に乗せていた俺を【浮き玉】に乗せた。


「そのままで」


姿勢を正そうとしたアレクを制し、話を始めた。


「ここはコボルトとオークが出るわね?コボルトは、アレクが前に出て盾で受けなさい。私が止めを刺すわ。セラは上から増援の警戒をしなさい。エレナは後方から援護を。アレクが対応できない数の時だけ魔法を使いなさい」


前3人で潜った時と同じ戦い方だ。

俺の役割をセリアーナが担っている。


それにしても、セリアーナもついに戦うのか。

訓練は見た事あるが、魔物相手に戦うのは初めて見るな。



コボルトの群れがアレクの【赤の盾】を叩きつける音が響く。

が、アレクは微動だにせず余裕を持って受け止めている。

そしてセリアーナがその陰から回り込む様に抜け出て……。


「はあっ!」


横からコボルトの頭部を一突きし、核を潰す。

更にもう1体を突いたところで、アレクから意識が移る前にまた後ろに下がる。


全く危なげが無い。

いや……つえーわ……このお嬢様。


使っている武器は刃が1メートル弱で全長1.2メートル程の細身の剣だ。

ただ、一応剣ではあるが、幅が細く突きに特化している様で、セリアーナはここまで一度も切りつけたりせず、突きだけで戦っている。


かつてTVか何かで見た記憶があるが、エストックだっけ?

アレだ。


普通の武器の様だが、サクサクとコボルトの頭部を貫いている。

アカメの目で見るとわかったが、突きを放つ瞬間だけ魔力を通し剣の強度を上げている。

後ろにいる時はそうしていない事から、魔力を使う事で自分が警戒されることを避けているんだろう。


……大したもんだ。


「……出たわね」


順調にコボルトを倒し続け上層半ばに差し掛かったところで、いよいよオークが現れた。

3体いるが、少し離れた所にもいくつかオークのパーティーが存在する。

1度に相手する数こそコボルトに比べ少ないが、力は段違いでアレクも複数抱えるのは厳しいかも知れない。

崩されると増援がやって来て一気に崩壊してしまう。


「セラは引き続き周囲の警戒に。エレナ、貴方は私と共に攻撃を。いいわね?」


「私は槍で戦います。止めはお嬢様が」


エレナは【緑の牙】を槍状にし、前に出てアレクのすぐ後ろについた。

アレクが受け止めエレナがチクチク突いてセリアーナが止め。

そんな布陣だ。


後ろを振り返ったアレクがそれを確認し、大剣を背負い、代わりに腰に差していた片手剣を抜いた。


「行くぞ!」


そしてオークへ突撃をし、2人もその後を追い走り出すが……俺はどうしよう?

俺まで追っても見える範囲が狭まるし、少し後ろから見渡す方がいいか。

一応いつでも救援に入れるように、準備だけはしておこう。


「あ……」


準備はしたのだが、視線を3人に戻すと既に倒し終えている。

そしてセリアーナのスキルで察知したのだろうか?

まだ姿を現していないパーティーの方へ走り出している。


「まっ……待ってー!」


テンポ良すぎないか?


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ガンガンとアレクの盾をオークが打ち付ける音がダンジョンに響いている。

いつもスルーするか、倒すにしても速攻で倒していたが、こうして見るとオークも中々強いと思う。

力=パワー的な……。

あんなのが腕ブンブン振り回しながら不意を突いてきたら、そりゃ死ぬわ。


ただ、当たらなければその力も意味が無い。

今回は4体パーティーだったが、2体をアレクが引き受け、1体はエレナが牽制。

残りの1体は何故か先頭を走っていたセリアーナが出合い頭で突き殺している。


そして1体目を倒した後一旦最後尾に下がっていたが、再び動き出し軽い助走から飛び上がり、エレナが相手をしていた1体の核を貫いた。

核のある頭部が高い所にあるだけに、足を潰してから倒すのが基本らしいが、お構いなしだ。


「崩します!止めをっ」


セリアーナが2体目を倒した事がわかったアレクが戦闘を終わらせにかかった。

相手の攻撃に対してカウンターで盾を強く当て、体勢を崩す。

そしてもう1体との間に入り込み、2体を分断した。


「ふっ!」


それに合わせて距離を詰めたセリアーナが素早く止めを刺し、更にもう1体も難なく倒した。


今ので5パーティー目だが、どれも同じ様な手順で圧倒している。

とはいえ、流石に移動続きの戦い続きだったから息が切れたのか、足が止まっている。


「休憩するー?」


「そうね……周囲の警戒をお願い」


上から声をかけるとそう返って来た。


「はいよー」


壁側に移動した3人を中心に周囲を半円を描くように移動し、辺りの警戒をする。

が、今の所何もいないな。

少し離れた所で狩りをしているパーティーもいるし、今この辺りは安全そうだ。


しかし……そのパーティーの狩りと先程までの狩りを比べると大分違うな。


単純に3人が強いだけってのもあるかもしれないが、なんだろう……やっぱ盾役が安定しているからだろうか?

複数を相手取っても完璧に場をコントロールしている。

……残念ながら俺には全く参考にはならないが。

体格がなー……違い過ぎる。

真似しても死んでしまう。


真似をするなら、セリアーナのほうか。

ちょっとこのお嬢様強すぎないか?


何だかんだで俺はダンジョンを通過する時、天井付近を移動しているから他の冒険者の戦闘を目にする事が多い。

もっと下の階層を目指すような者達だと違うのかもしれないが、この階層をメインに戦う彼等の戦い方はひたすら力押しだった。

野趣あふれるというか、アレはアレで、いいものだ。


一方セリアーナの戦い方は洗練されているというか、とにかく無駄を省いていた。


俺も結構上手く戦えていると自分では思っていたが……ちょっとバタバタしている気がする。

まぁ、1人で戦っている事や、腕や武器の長さが違うから仕方が無い部分もあるかもしれないが、それでも随分参考になった。


しかし俺何もしてないな。


俺の役目は周囲の警戒だが、索敵範囲はセリアーナの方が俺より圧倒的に広い。

背後に魔物が現れた事もあったが、俺より先に察知していた。

強いてやった事を挙げるなら、すれ違う冒険者達に愛想を振りまいた位か?


余計な揉め事を避けるために、それはそれで重要な役割だ。

特に今日は領主の娘って言う大駒と一緒だ。


何かあっても問答無用で相手を引かせることが出来るだけに、揉めたりそのきっかけすら作る訳にはいかない。


愛嬌は大事だ。

うん、とても大事。


……ポーズでもつけた方が良かったかな?


「おや?」


下の3人は、俺が警戒ついでにポージングについて悩んでいる間に息を整えた様だ。

壁から離れ、軽く体をほぐしている。

タイマーを確認するともうすぐ1時間。

既に1度鳴っているから、ダンジョンに潜り始めてもう2時間か。


軽い運動というには十分過ぎる位だ。

頃合いかな?


「そろそろ帰還しましょうか。セラ、来てくれ」


それじゃー【祈り】を更新して、ダンジョン出口を目指してもらいますかね!

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