第61話

148


セリアーナの部屋に運び込まれた、アレクがルトルから運んできた荷物。

山になっている。


アレだな。

今まで軽んじていた領主の娘が、自分達がど真ん中に組み込まれる新しい領地の領主夫人としてやって来るからビビったんだろう。


後数ヶ月でここを発つのに、こんな贈ってきてどうするんだろうと思うが、まぁ、使用人に下げ渡したりとかで上手くやるらしい。


「ご苦労だったわね」


荷物を全部運び入れ、使用人達が荷物の開封作業をしている間、セリアーナがアレクを労った。


「いえ。楽なもんでしたよ。冒険者も現地組、新加入組どちらも士気は高いし、殿下も上手く統率をとれていました。街の人間もあれなら逆らおうとはしないでしょう」


肩を竦めながら軽い調子でルトルの様子を語るアレク。

育った割にはあの街の事あまり知らないが、王や領主に従順って印象は無かった。


なんと言っても俺の弄る前の名前はエリーシャだ。

他にも何人かいたし、リーゼルとかもいた。

当時は特に意識していなかったが、よくよく考えると孤児に付ける名前じゃ無いよな……。

王族の名前だぞ?


でも様子を聞く感じ、縁遠すぎて他人事って感覚だったのかもしれない。

決して良いことでは無いんだろうけれど、それだけ国や領地と関りが薄かった証左だ。

だからこそ、教会が勢力を持っていたんだろうが……街の人はいきなりリーゼルがやって来て驚いただろうな。


さらにエレナも交じって3人で話しているが、俺には関係の無さそうな話だし……俺はあの山が気になる。

手伝おうかな?


「ああ、そうだ」


アレクは何かを思い出したのか開封作業をしている方へ近づいて行き、ボストンバックくらいの大きさの袋を手に取り、それを俺の方に持って来た。


「お前にだ」


何だろうと思い、受け取った。

大きさの割にそれほど重くない。

なんじゃ?


「……毛皮?」


中身を取り出すと、1人用の布団サイズの茶色い何かの毛皮の様な物だった。


「ジグさんとフィオーラさんがお前用に作らせたものだ。素材は天狼だぞ」


俺へのプレゼントか。


「てんろー……何だっけ?聞き覚えはある様な……?」


「あら、凄いじゃない」


セリアーナが少し驚いている。

そんなレベルの物なの……。


「あっ⁉」


広げて触っていると、その感触からピンときた。


「これ、王都でオリアナさんが使っていた無茶苦茶高いやつ!」


彼女のベッドで休ませてもらった事があるが、保温性保冷性どちらも高く、夏でも冬でも快適に眠る事が出来る超高級寝具だ。


「大奥様が使っているかはわからないが、その高いやつだな。そちらの青い箱にはお嬢様の分が入っていますよ。サイズはもっと大きいですがね」


セリアーナの分もあるようだ。

そりゃそうか。

俺だけもらうにはちょっと物が良すぎる。


魔王災の影響を受けた魔物や獣は、通常よりも強力になる。

そんな中で、複数の魔王種の影響を受ける事で巨大化したりそもそもの性質が変わったりする事もある。

天狼はその一種で、非常に強力な獣だ。


そんな地獄の様な環境は魔境にしか存在せず、したがって非常に高価になる。

そして、寝具にするには1体分では賄う事が出来ず複数必要になり、また強力なだけに綺麗に倒すことも難しく、どうしても安定して用意する事は出来ない。


その為、権力があろうと金があろうと待たされることになる。

これを手に入れたら、それだけでどんなパーティーでもちょっとした話の中心になれるって代物だ。


小ネタとして聞いたのだが、相場をはるかに上回る金貨を積めば手に入れられるそうだが、それをやってしまうと物の価値がわからない人間として、商人の間で笑いものにされてしまうそうだ。


成り上がり者が陥りやすい落とし穴らしく、稀によくある事らしい。

そしてそれが周りに広まり、貴族、平民問わず馬鹿にされると……何という罠。


「うはー……」


包まっているともう眠気が……。


149


セリアーナ達の会談を横目に、親父さんから贈られたソファーに寝転がりジグハルト達から贈られた天狼の毛布を掛け、商人からのセリアーナへの贈り物の本を読んでいる。


俺が席に着く必要はないとはいえ、流石にこれはどうなんだろうと思うが……、一応これも俺の仕事だったりする。

……タフな任務だぜ。


「それでは、失礼します」


会談相手の男はそう言い席を立ち、部屋を出て行った。

その際に俺にも一礼して。


「フフフ……出遅れた者達は必死ね」


それを見て、ニヤニヤするセリアーナ。

何でこうウチのお嬢様は悪役っぽいんだろうか……。


「距離がありますから、挨拶が遅れてしまうのは仕方がありませんよ」


「あら?彼等より離れているのに先に来た者もいるわよ?」


どちらも本気では無いだろうが、窘める様に言うエレナに言い返すセリアーナ。


領内の貴族や商人達はとっくに挨拶を済ませているが、近隣の領地に基盤を持つ者達は彼等より遅れてやって来た。

王都から離れれば離れるほどデカい領地が増え、移動にかかる時間も増えていく。

もちろん移動に慣れているだろうしそれ位想定していたんだろうが、王都から帰還する際に、俺達が通常ルートではなく山越えを選択したことで狂ってしまった。


それでも、他領の者でゼルキスの者と変わらない時期にやって来た者もいる。

セリアーナは気にしていないんだが、出遅れた当人達は負い目に感じるだろうし何とか挽回しようとあれこれ手を尽くしている。


……それはそれとしてだが。


「……オレは胸が痛いよ」


「無いでしょう。そんなモノ」


ごもっとも。



セリアーナ、エレナ、アレク。

この3人は領内はもちろん、国内でも知られている。


セリアーナはミュラー家本家の長女で、表向きには勤勉で高い能力を持ち領民想いのお姫様だ。

そして、学院在籍中に王子様と婚約をした、国中の女の子の憧れだ。

……実態はどうあれだ。

エレナは、家格が足りていれば親衛隊に所属していたであろう才女で、アレクも名の知れた傭兵だ。


なら俺はどうなのか?


王都や領都ではそれなりに知られているが、他所では相変わらず貴族間で知る人ぞ知ると言ったところだ。

年齢を考慮しても少々格落ち感が否めない。

俺としては別にそれでも構わないんだが、セリアーナ達はこの機会に少し手を打とうと考えた。


それがこのだらけモードだ。


相手によって変えているが、態度を崩してはいけない相手にはきちんとしている。

といっても、口を開かず頭を下げているだけだが……。


それでも、気心知れた相手の前以外ではそれなりの態度で控えている。

が、あえて崩すように命じられた。


商人が利用する商業ギルドという物がある。

詳しい事は知らないが、護衛の手配や、その地域の相場、情報を共有する為に所属するらしい。

情報伝達手段の乏しいこの世界ではそういった場は必要なんだろう。


そして、横の繋がりも代わりに引き受けている。

例えば農家や猟師。

そして、冒険者ギルド。


俺の情報を商業ギルドに伝えたと、冒険者ギルドから話があった。

中層を1人で探索できる力があり、領主や冒険者ギルド支部長の命令ですら、無視する事がある。

基本的にセリアーナの言う事以外は聞かない。

そんな内容だ。


まぁ……間違ってはいない。

最近ダンジョンの哨戒や、上層中心の探索を断ったばかりだし。


で、その情報をセリアーナとの会談前に事前に入手すると、部屋で寝転がっている俺を見てそういった振舞いが許されていると判断する。

さらに、セリアーナはそんな俺に命令が出来る存在だとも。


そして、地元に戻った彼等はその地の商業ギルドで俺の事を報告し、その情報が広まっていく。

プロデューサー・セリアーナによる俺のブランディングは上手くいくだろう。


しかし、ついでに自分の箔付けもやってしまう辺り、抜け目がないというかなんというか。

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