第64話

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俺は今ミネアさんの部屋に向かっている最中だ。

俺1人で行くのなら数秒で済むが、案内が付いているからそうは行かない。

まして、廊下をバタバタ走る訳にもいかないからね……。


「ねぇ」


部屋に着くまでの間、少し探っておこう。

この人はミネアさん付きだからそこまで詳しくはないかも知れないが、奥さん同士仲は悪くないそうだし何か知っているかもしれない。


「何?」


「フローラ様ってどんな人か知ってる?オレ挨拶すらまともにした事無いんだよね」


「んー……控えめな方かしらね。確か大奥様のご実家がある領地の領主一族のお嬢様で、その縁で大奥様が話を纏めたとは聞いたけれど。私もまだここで働いて5年ちょっとなの。あまり詳しい事は知らないわ。ごめんなさいね?」


「いえいえ。今ので十分です」


具体的な情報は無かったが、オリアナさん経由だっていうならミネアさんとも仲が良さそうだったし、大丈夫だろう。


「ねえ」


「ん?」


「ちょっと耳に挟んだんだけれど、セラちゃんの加護で美人になるんでしょう?」


「美人になるかはわからないけれど、髪や肌は良くなるよ。オレがこっちにいる間に皆にもやったげるね」


「本当⁉楽しみにしとくわ!」


髪を見せびらかしながらそう言うと、嬉しそうに答えた。

……ここ何人位メイドさんいたかな?



「わざわざごめんなさいね?セラさん」


「いえいえ」


ミネアさんの部屋はセリアーナの部屋と似ている。

同じくらいの部屋で隣室へのドアがあるところも同じか。

本棚の代わりに絵や花が飾ってあるのが違いかな?


そこの応接スペースにフローラと彼女の従者らしき女性が座っている。

そして、従者が俺を睨んでいる。

ジーナといい何でこう迫力ある人が揃ってんだろうか?


意識せずとも彼女達の方から遠ざかるように【浮き玉】が動いて行く。


「気にしなくていいわ。その娘はいつもそうだから。フローラさん、セラさんよ」


「初めまして、セラさん。私の為にわざわざありがとうございます」


30歳かそれ位だったかな?

腰まである赤みがかった長い茶髪で、伏し目がちで俺に対しても丁寧な言葉遣い。

控えめって言うよりは儚げって感じだろうか?


いつもニコニコしているミネアさんとは対照的だな。


「セラです。初めまして!」


2人を見るが険悪な空気は無いし、昼ドラ的な関係じゃなさそうだ。

これなら気楽に行ける。


「挨拶も済んだし、始めましょうか。あまり時間は無いのでしょう?」


フローラを見ながら隣室へ繋がるドアを指すミネアさん。


「呼ばれたから来たけれど、予定があるのなら他の日でも構いませんよ?」


「違うの。今は娘が勉強の時間で離れているから、その間に済ませたいの」


「あの娘がセラさんを見ると、欲しがりそうだものね」


弁解するフローラを揶揄うミネアさん。

なるほど……ルシアナだったっけ?

下の娘はちょっと我儘さんなのかもしれんね。

まぁ、周りは大人ばかりだし年が近いのがいないからな……。


とは言え。


「んじゃ、さっさとしましょう!」


お子様の相手は俺も苦手だ。



ミネアさんの部屋は応接室と寝室の2部屋だった。

セリアーナの方が1部屋多い!

ちょっと意外だ。


「……大丈夫です?」


さて、その寝室のベッドの上でフローラの施療を行うのだが……。


「ええ、大丈夫ですよ。このままでお願いします」


ジグハルトをやった時と同じスタイルだ。

上を脱いだフローラの胸に座り、足を下半身の方へ伸ばす。

そして、後ろ手に顔を押さえている。


これなら広範囲を一気にやれるけれど、重く無いんだろうか?

貴族云々抜きでも女性にはきつそうだけれど……。


「普段からフローラさんはルシアナさんを抱き上げたりするし、それに私達もセリアーナさん程では無いけれど、少しは体を鍛えているから大丈夫よ。」


「セラさん、娘より重たくありませんね。好き嫌いはいけませんよ?」


「あ……はい」


なんか的外れな説教を受けてしまった。

お貴族様的には痩せているっていうのは=好き嫌いをしているって見えるのかもしれないな。


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「ふーむ……」


どうしたもんだか……。


「どうしたの?」


座り心地の悪さに思わず俺の漏らした声がミネアさんの耳に届いたようだ。


「いや……座りにくいなと思って……」


ジグハルトは胸筋があるものの基本的に平らだから座りやすかったけれど、フローラは巨と普通サイズの間位の胸があるから、どうにも座る位置がしっくり来ない。

鳩尾あたりに座ればその問題が解決するが、それだと顔に手が上手く届かない。

それに胸元には効果が及ばないかもしれない。


今のこの体勢だと一応発動している手応えはあるけれど、どうにも気が散る。


そもそも本来はもっと時間をかけてやるものなのに、1時間で済まそうってのがイレギュラーだ。

そこまで気にする必要はないのかもしれないが、何かしらの改良を検討せねば……。

スキルの性能は今ので十分だと思うが、手法にはその余地がありそうなんだよな。


女性相手にこのやり方は駄目だ。


「アノ人の時はどんな風にしていたの?」


「っ⁉」


スキルの事を考えていると、いつの間にか窓際の席にかけていたミネアさんがすぐ側まで来ていた。

叫びそうになったぞ……。


アノ人……親父さんの事か。


「うつ伏せになって貰って、腰に乗ってました。腰痛いって言ってたから……」


ついでに頭に手を添えていたね。

まぁ、それは言わないけれど。


「頭は?」


……親父さんバレてない?



今まで親父さんは明るい所だとあまり2人に近づいたりはしなかったらしい。

自分から近づくことは無いし、近づくとさりげなく距離を取っていた。

ところが1週間程前からそれが変わった。


決して不快なことでは無いけれど、結婚当初からそうだったのにここ最近の急な変化を訝しみ、フローラと共に少し調べると、一月ほど前に俺が部屋に呼ばれていたことが分かった。

俺が変化をもたらせる事なんて【ミラの祝福】位だし、それで予測を付けたんだろう。


様子見する事一ヵ月。

髪の毛も1センチくらい伸びてこれはいけるなって思い、後数ヶ月もすれば髪を短くしたという事にして、カツラを外せると判断したんだろう。


「なるほどね……」


ちょっと油断があったかもしれないが、気づいた方が凄い事にしておこう。

ドンマイ!


「リックは若い頃からずっと領地の仕事で悩み続けていたからって言ってたね」


俺も話しているけれど、悪くないよな?

親父さんのミスからバレているんだし……。

まぁ、ジーナとフローラ付きの侍女もいるけれど……。


「王都の大旦那様はふさふさだったし、今なら領主の仕事も慣れているんでしょう?それならもう大丈夫なんじゃ無いかな?まぁ……新領地の事とかでいろいろあるかもしれないけれど」


若い頃はじーさんに振り回されていたそうだけれど、今なら自分主導で動いて行けるだろうし、そんなにストレスはかからないはずだ。

自分じゃ試しようがない事だから断言はできないが、すぐ抜けるって事は無いだろう。


「……む?終わったね」


親父さんネタで1時間使ってしまった……。

俺としてもわざわざばらす気は無いんだけどな。


「フローラ様、お手を……」


上から降りると鏡を持って来た侍女が手を取り起こしている。


「どうです?」


手応えはあるけれど、元々フローラとは交流は無いし、ちょっとどれくらい変化があったかはわからない。

まぁ、悪くはなっていないって事だけは言えるけれど……。


「ええ……見事です。ミネア様が仰っていた通りですね」


侍女と鏡を見たフローラは満足げだ。

……俺にはわからない所で変化があったんだろう。

太った人とか高齢の人なら俺でもすぐわかるんだけど……難しいね。


気付けばミネアさんも混ざって盛り上がっている。

侍女と違い割と不躾に顔や髪を見ている。


「まだウチにいる間にもう一度私もお願いしようかしら……」


前やったのは王都にいた時だったから、3-4ヶ月前かな?

充分美人さんだと思うんだけどね。


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「あら、お帰りなさい」


ミネアさんの部屋から戻って来ると、アレクがいなくなっていた。


「ただいまー。アレクはいないの?」


「冒険者ギルドから相談があるとかで、そちらに向かったわ。それで?フローラ様はどうだったの?」


相変わらず忙しいやっちゃ。

もうすぐ領都から離れるのに、色々仕事を引き受けているからな……。


それはそれとして。


「うん。満足してもらえたよ。時間に余裕が無かったからジグさんの時と同じようなやり方だったけどね。まだここにいる間に自分もまた頼みたいって奥様が言ってたから、もしかしたら話があるかもしれないね」


多分あれはまた依頼が来るな。


「それと報酬なんだけど、お金はもう貰ったんだよね。それ以外によく本を読むって話をしたんだけど、今後は王都の新作を手配するって。専用の馬車を用意して送るって言ってたよ」


「余ったスペースは好きな物を積んでいいのね。お母様らしい趣味ね……」


前世じゃあるまいし、俺の読むような本なんて年間10冊出るかどうか程度だと思う。

その為に馬車を1台わざわざ用意するなんて、無駄もいい所だ。


俺も聞いた時、普通に商隊とかの馬車に一緒にしてくれたら、と言ったけれどその時説明してくれた。


他家に嫁いだ娘への仕送りの様なもので、馬車の空きスペースに詰め込む手法が貴族の間で使われる事があるらしい。

王都の商業ギルドを経由する事で娘に送ったという証明にもなり、夫と仲が悪くなってもほぼ確実に手元に届く事になる。


とは言え……。


「馬車1台は大きすぎだよね」


「そもそも隣の領地なんだし、ここから直接送れば済む話よ。それをしないって事は、魔境の素材を確保して、それを王都圏へ運ばせたいのでしょうね」


フンッと少し不機嫌そうに言うセリアーナ。


「そうですね。オリアナ様とフローラ様も係わっているのでしょうね。お二人なら王都圏にも伝手がありますし、新領地でのお嬢様の活躍を喧伝出来ます」


セリアーナの言葉をエレナが継ぐ。

ま……まどろっこしい。


「君への依頼も報酬という事でこの事を伝える為でもあったんじゃないかな?」


「ほー……」


随分楽しげだったけれど……色々考えているんだな。

セリアーナの方を見ると机に肘をつき顎に手をやっている。

脚を組んだり肘をついたりと普段やらない仕草だ。


「照れているんだよ」


エレナがこそっと耳打ちしてきた。

ああいう子供っぽい仕草は何気に初めて見るな。


……ミネアさんの方が上手なのか。



「階段降りるわよ」


彼女は背中に張り付く俺にそう言った。


「はーい」


俺を背負いながらも危なげなく階段を降り、1階へ。

そのまま奥にある休憩室に向かう。


「重くない?」


「軽い軽い。向こうに行ってもちゃんと食べなさいよ?」


「食べてるんだけどねー?」


一応背も伸びたりはしているがまだまだ軽い。

量が足りないんだろうか?


それはさておき、何故おんぶされているのかと言うと、使用人への【ミラの祝福】を使う為だ。


この領主の屋敷で働く使用人は、前後する時もあるが基本的に男性20人女性30人となっている。

それとは別に料理人や庭師、警備の兵などがいるが、現在も人数は変わっていない。


つまり、俺は30人分行う必要がある。

別に依頼を受けているわけでは無いが、これも義理ってもんだ。


とはいえ、流石に全員をじっくりやる時間はもう無く、先日のフローラの時から考えていた改良案の実験も兼ねて彼女達に試すことにした。

男は知らん。

その方法は、背中に張り付き胴体に足を回し、顔を手で触れておく事。

考えてみれば割と簡単な事だった。


1日5人のペースで行えば6日で終わるし、それ位ならその間の仕事は多少は融通をきかせてもいいとミネアさんから許可が出た。


今は2階への用が入り、向かったが施療中は使用人の控室の使用を認められている。

福利厚生の概念があるかはわからないが、そんな感じだろう。


「お!」


1時間経ったことを告げるタイマーが鳴った。

これで彼女の分は終わり。


残りは2人。

それで全員終わりだ!

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