第59話

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ルバンからの手紙でいろいろ知ってから数日。

あまりやる事は変わっていない。

人を動かしたりできる立場でも無いからな……。


強いて言うなら、ダンジョン探索はもう少し無理をしないようにする位だ。

聞いた感じ、俺は最終防衛ラインみたいな扱いだったし、襲撃がある時に側にいる事が役目なんだと思う。


と、いう訳で折角ダンジョンに来ているが、今日はオーガさんは止めておこう。

浅瀬は新人が狩りをしているが、幸い鍛錬がてら上層で狩りをしていた他所からの冒険者達も、ここ最近移動を始めたようで大分狩場に余裕は出来ている。

俺も上層でオークさんあたりを狙おう。


いやー……残念だなー。


心の中で強がりを言いながら浅瀬を一気に突き抜け、上層へと進んだ。


「ふっ!」


諸々を発動し、準備完了だ!

上層は、現れる魔物は違うが、王都ダンジョンの浅瀬に近く、広い空間が壁で遮られ迷路の様になっている。

更に障害物が散在し見通しが効かず、気づけば複数の群れに囲まれることもあるが、俺には関係ない。


てことで、まずはその大岩の裏にいるコボルトからだ!



上層に初めて踏み入った頃はまだ人が多くあまりこの階層での狩りを出来ず、どれくらいの強さかわからなかったが……余裕じゃないか。


もちろん気を付ける点はある。

数だけなら魔人の時に経験しているが、アレは全部四つ足だった。

一方妖魔種はどれも2足歩行。

やはり腕を使ってくるのは油断が出来ない。

油断はできないんだが……この辺なら余裕だ。


上層の奥に差し掛かり、現れる魔物がオーク中心となってきたが、つい今その群れを片付けた。

4体の群れだったが、数が違うのもあるがオーガに比べると随分温い。


空いている所を探してもう少し倒そうかな?


そう考えていたところ、微かに悲鳴が耳に届いた。

魔物の咆哮が反響しそんなふうに聞こえた可能性もあるが……。

音源がどこかわからず辺りを見回すが、数か所離れた位置に魔物がいるが見える範囲ではその様な……。


「あ」


今視界の端の更に端で、誰かがグチャっといったのが見えてしまった……。

あまり強くなさそうな冒険者が2人とサイズ的にオークが数体いるのがわかる。


これは……行った方が良さそうだね。



「もうすぐだよ!」


振り向き、すぐ後ろを走るパーティーに伝える。


「おう!」


救援に向かう途中に、狩りをしていた5人パーティーを見つけたので声をかけ先導をしている。

ダンジョンでの探索は、死者は出さないにこした事は無いが、それでも出る時は出る。

魔人の誕生や維持費の増加を避けるために、死体回収部隊を組んで回収に向かうが、可能な場合はその場で死体の回収をしなければならない。

それは最優先事項だ。


オークやコボルトなら倒すだけなら俺だけで十分だが、如何せん死体を運ぶ事は俺には出来ない。

狩り中申し訳ないが、付き合ってもらっている。


「ぬっ⁉」


何かを打ち付けるような鈍い音がした。

戦闘音だ。


「聞こえたな?」


俺だけじゃ無いようだ。

壁越しにだがすぐ近くまで来ているのもわかる。


「先行くね」


返事を待たず一気に加速した。

後ろと距離が開くが、ここまで来たら俺抜きでも辿り着けるだろう。

壁を1枚2枚と越えて行き、ようやく直に姿を捉えられるようになった。


5体のオークに壁際に追い詰められ、まだ息はあるが1人は地面に倒れている。

後1人も無事ではあるが傷を負って、壁にもたれている。

これは無理だろう。


オーク達は目の前の獲物に注意が行き俺の接近にはまだ気づいていない。

声位かけた方がいいかも知れないが、折角の不意打ちのチャンス。


「たっ!」


更に【浮き玉】を加速させ、まずは手前の1体の頭部に蹴りを放った。


「⁉」


体勢を崩したそいつを無視し2体目の首を刎ね、集団の後ろに回り込む。

今回は一人じゃ無いから、核は無視して速さ優先だ。

そして、3体目は1体飛ばして真ん中の個体。


その背に再び蹴りを放った。

頭部を狙うのが一番だが、もう俺の存在に気付いている以上躱される可能性のある小さい的より、大きい方を狙う。

4体目をどうするか一瞬迷ったが、袖からアカメが出ていることに気づき、飛ばした1体に向け腕を伸ばし俺は目の前の体勢を崩している1体の首を刎ねた。


5体目の一番奥にいた個体は完全に俺の方に向き直っていたので、念の為距離を取る。

最初の1体も起き上がりこちらを向いているが、流石に頭を蹴られたのはダメージが大きかったようでまだふらついている。


実質残りは1体。

楽勝だ。


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さてどうしたものか。


倒すだけなら簡単だけれど、問題は後ろにいる冒険者。

1人は倒れ、1人は壁にもたれ今にも倒れそうだ。

ちょっと小突かれただけでも死にそうだし、下手に刺激してオークが暴れるような事態は避けたい。

さらに、もう1体も完全に起き上がり、こちらに近づいてきている。


止まらず一気にやるべきだったかな……?


「お?」


どちらから倒そうかと思案していたが、無傷の1体が何かに気づいたのか俺がやって来た方向を睨んでいる。

流石に俺は目を離すような真似はしないが、程なく聞こえてきた足音で一緒に来ていた冒険者達が追い付いてきたことが分かった。


「離れろっ!」


その指示に従い距離を取ると、すぐさま矢に槍、斧がオーク目がけて飛んできた。

飛んできた方向を見ると、冒険者達が走りながら投げたようだ。

剣を抜き戦闘態勢に入っている。


「ぐっ⁉」


何か流れ弾に被弾し、呻き声をあげているのがいるが、死ぬよりはいいはずだ。

これなら任せていいか。


俺は周囲の警戒に当たろう。


「うーん……おや?」


丁度下の戦闘が終えた頃、奥からこちらに向かって来ているパーティーが見えた。

3人組で、半壊パーティーや俺が救援に声をかけたパーティーよりも1人1人力が上だ。


「こんにちわー」


両手を上げ戦意無しのポーズをしながら挨拶をする。


「おう!悲鳴が聞こえたんでやって来たんだが……必要は無かったか?」


彼等も救援に来たらしい。

もう戦闘は終わっているが……。


「待ってくれ!できればあんた等の手も借りたい」


「どうした?」


「死体を持って帰るのに俺達だけじゃ手が足りない。あんた等も頼む」


死体が2つに重傷者2人で、そして彼等は5人。

俺は戦力外だ。

街中ならともかく、ダンジョンから帰還するのにそれでは厳しいね。


「ああ……そりゃあ仕方ねぇな……」


それを聞き、ついでに俺の方を見て納得したのか頷いた。

この分だと同行してくれそうだ。



帰還自体はスムーズに行った。


強いて言うならややグロ目の死体に俺が吐きかけたくらいか。

普通の死体ならいいんだけどね……。

潰されているのはちょっと……。

こんな状態でもダンジョンから持って帰らないといけないんだから、冒険者は大変だ。


それはともかく、無事帰還したのだが、受付で呼び出しを食らった。

別に説教というわけじゃない。

状況の説明を求められて、だ。


だが問題がある。

門限だ。

ただでさえ、20分位待たされているんだ。


「あのですね?協力するのはいいんですけど、その前にお嬢様に報告したいんですよ……」


「……あ?」


話を聞きに来た冒険者ギルドの偉い人は怪訝な顔をしている。


「オレ、探索時間は1時間って決められていて、余り遅れるようだと多分ここに屋敷の人間が来ると思います」


「ガキかてめぇは……って言おうと思ったが、ガキだな。そういや」


納得したのかセルフ突っ込みしている。


「あー……悪いがこれは決まりなんだ。ダンジョンでの死者がどういった事を引き起こすかは知っているだろう?当事者はもちろん、救援に当たった冒険者も報告書を仕上げるまでは外に出すわけにゃ行かねぇんだ。お嬢様って事はセリアーナ様でいいのか?事情を書いた手紙をすぐ出すから、それでいいか?」


「うん。それでお願いします」


「ちょっと待ってな……。よし。これにサインしてくれ」


渡された手紙に、俺のサインも入れる。

中身をちらっと見たが、死体の回収を行った為事情聴取で引き留める、とまんまな内容だった。


「おい!これを領主様の屋敷に急ぎで頼む。ま、大まかな事情は生き残った奴から聞いているがな」


サインを入れ返した手紙に封をし、別の職員に渡しながら話を始めた。


「あいつらは何でも拠点を定めず各村を移動しながら防衛や採取の依頼を受けていたらしい。開拓に参加しようと領都にやって来たが、ダンジョンで聖貨を得る事が出来たみたいでな。しばらく籠る事にしたそうだが……最近冒険者達が移動を開始しただろう?今まではそいつらと適当に連携を取りながらやっていたそうだが、今日は自パーティーのみでぶつかったらしい。結局力が足りずに壊滅だ……」


天井を仰ぎ見、額に手を当てている。


探索届を出す際に簡単にだがギルドが審査をするし、責任を感じているのかもしれないが……ドンマイ?


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「……疲れたね」


屋敷の会議室から出てしばし進んだ所で、窓から暗くなった外が目に入り、思わず口から零れてしまった。

始まったのは昼過ぎなのに、こんな時間まで終わらなかった。


「本当ね……」


セリアーナの声にも疲労がにじんでいる。

何というか……不毛な会議だった。


領地の首脳陣が集まったこともあり、途中何度も脱線した。

各代官が去年の収穫高を報告し始めた時には気が遠くなったよ……。


それはさておき、議題はつい先日ゼルキスのダンジョンで2人の死者が出た件についてだ。


彼らがいた場所は中層に繋がるルートから離れた場所で、偶々俺が近くにいて尚且つ、壁を無視して人や魔物の姿を見る事が出来たから最悪の事態にはならなかったが、場合によってはゼルキスのダンジョンに新たに4人分死者が追加されていたかも知れなかった。


その場合、ダンジョンの年間維持費が40枚、魔人が新たに4体増える事態になり、ゼルキスや、新領地の政策にも影響が出た可能性がある。


死者が出たのはなんでも10数年ぶりの事で、事件性は無いのか?

冒険者ギルドの審査は適切なのか?

果ては、他国の工作では無いか?

と上を下への大騒ぎだ。


連日大掛かりな調査を続け生き残った2人からも聞き取りをし、その最終報告と対策の会議が今日行われた。

当然救助側ではあるものの当事者で、尚且つ領主側の人間である俺と、ついでに主であり近く新領地の領主夫人となるセリアーナも呼ばれた。


まず結論としては、ただの不幸な事故だ。


ダンジョンに慣れていない、半端に外での戦闘経験のある冒険者が外と同じ感覚で狩りをしていた事で起きた事故。

これ自体はよくある事らしい。

ただ、通常だとゴブリンやコボルトといった、浅瀬や上層手前の失敗しても致命的な事態にならない相手でその違いを学ぶものだが、今回は時期が悪かった。


そこそこ腕に覚えのある冒険者達が、新領地開拓の参加を前に多数ダンジョンを利用していた。

それが悪かった。

なまじそこそこ戦える者達が勝手に連携を取って、冒険者パーティーと言うより戦場での傭兵の様な動きをしていた。


ところが、開拓に参加するべく冒険者達がルトルに移動しダンジョン内の冒険者の数が減って、連携を取る事が出来なくなっている事に気付かないまま上層を突き進み、オークとの戦闘に突入。

当初は順調に戦いを進めていたが、第2陣に急襲され一気に崩壊した。


ダンジョンに慣れていない冒険者と新領地の開拓という外的要因が組み合わさった結果に起きた事故。

そうなった。


それよりも救助と死体の回収のスムーズな連携の方を評価されていた。

自分達の狩りを中断してまで救援に駆け付け、そして出口まで同行し、調査にも全員協力した。

報奨金が払われるという事もあるが、冒険者にダンジョンでのルールが周知されている証拠だ。


それらを踏まえて、ゼルキスの冒険者ギルドはこれまで通りで良いとなった。


俺もそれでいいとは思うけれど……何だったんだこの時間……。



「お疲れ様です。お嬢様」


部屋に着くと会議には参加せず、中で待っていたエレナが出迎えてくれた。


「無駄な時間だったわ……」


セリアーナがため息をつきながら手をこちらに伸ばし……。


「っ痛い⁉」


頬を引っ張って来る。

肉が付いていないからあまり俺の頬は伸びないんだよな……。


「お前途中で寝ていたでしょう……」


「うぐぐ……」


脱線して領内の収穫物の話になった辺りから記憶が怪しい……。

気付いたら机に突っ伏していたことが何度かあった。


「まあ、私も席を立ちたくなったし、許してあげるけれど……」


席に着き大きく息を吐いている。

ここまで疲れている姿を見るのは初めてかもしれない。

親父さんを含めて、領都近郊のお偉いさんが勢揃いだったからな……。


「私の領地ではこういう事は起きないようにしないといけないわね……」


よっぽど堪えたみたいだな。

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