第58話
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「ふんっ!」
グっと力を入れ、玄関ホールの天井に設置されている照明の魔道具から、パーツを取り外した。
このホールには天井に数メートル間隔で照明が設置されているが、それを一元管理している親機が存在し、その核ともいえる物がこのパーツだ。
「うっ……結構重い」
重さ3キロ位だろうか?
取っ手の付いた1辺10センチ程度の三角錐で照明の裏側に収まっていた。
下まで7-8メートルあるから、落としたら大変だ。
落とさない様に両手で抱え込み、そのまま下へ降りていく。
「はい。どーぞ」
「おお、ありがとうよ。こいつを嵌めて来てくれ。嵌め方はわかるか?枠通りに嵌めてから、矢印の方向に回すんだ」
待っていた職人に渡し、説明を受けながら替えの装置を受け取る。
「大丈夫大丈夫」
そのまま上昇し、言われた通りの手順で嵌める。
カチッと音がしたと思ったら、ホール全体の照明が少しずつ明かりを放ち始めた。
もうすぐ春の1月になる。
そうなると来客が増えるので、その前に屋敷のあちらこちらをメンテナンスしているのだが、昨年同様高い所は【浮き玉】を持つ俺が大活躍だ。
今終えたのは玄関ホールの照明だ。
吹き抜けになっており、高さは7-8メートル程か。
生身でやるには厳しいだろうな。
照明だけでなく、他にも空調や各種システムの点検を手伝っている。
去年は途中で王都へ出発したから、残った分は皆がやったそうだが、大変だったらしい。
まぁ、例年の事らしいが。
せめて今年は俺が色々頑張ろう
◇
「疲れたよ~……」
頑張って来た。
今日の俺はもう閉店だ。
真面目に手伝いをして、改めて思い知るのはこの屋敷の広さ。
作業自体はそれほど大変ではないのだが、とにかくこの広い屋敷を行ったり来たりして、数をこなすのは思った以上に精神にクル。
まだ昼を少し回ったばかりだが、もう何もしたくない。
【浮き玉】もそれを反映してか、ゆらゆら千鳥足の様に揺れている。
……酔いそうだ。
「ご苦労様。先程リックが報告に来たわ。働きぶりを随分褒めていたわ」
部屋に一人いたセリアーナが労いの言葉をかけてくる。
リックは昼食を摂っている間に来ていたのか。
専属とは言え、ミュラー家に雇われているエレナやアレクと違い、俺の場合はセリアーナと個人間での雇用関係だ。
生活費も含め俺にかかる経費や手続きは全部セリアーナが引き受けている。
その為、屋敷の仕事とはいえ実は俺がやる必要は無かったりする。
今日のは、屋敷の使用人からリック経由で親父さんへ話が行き、最終的にセリアーナが許可を出した形だ。
……大したことは無いとはいえ、親父さんどんどん娘に借りが増えていくな。
「でしょー?もう今日は何もしたくないよ……」
セリアーナの机の側に置いてある、俺のソファーに横になりながら答える。
「ところでエレナは?一人なの?」
トイレってわけでも無さそうだし、護衛無しで一人でいるのは珍しい。
「ルバンを覚えているかしら?彼等が到着したそうよ」
「おー……」
「今日は外に宿を取って、明日にもすぐ出発するそうだけれど、一応報告として連絡をしてきたの。直接会ってもいいけれど、彼等も爵位を持っているから何かと大げさになるのが嫌なのでしょうね。だからリーゼルへの紹介状をエレナに持って行かせたわ」
只でさえ今ここは注目を集めている。
ジグハルトに負けず劣らず彼等も有名だし、融通が利く分ある方面では評価は上だったりするからな。
目立つことは避けたいのかもしれない。
「部屋で一人になってたけれど良かったの?」
「他所ならともかく、実家よ?屋敷の中にはお前もいたし問題無いわ」
そう言い、本を開き始めた。
まぁ、そもそも危険に一番に気づくのは彼女か。
まして実家だ。
その辺はフレキシブルに行けるんだろう。
……俺も本でも読もうかな?
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「ん?」
膝掛を掛け布団代わりにソファーに横になり本を読んでいたのだが、部屋のドアをノックする音に顔上げた。
「エレナね。開けて頂戴」
【浮き玉】に乗りドアまで行き開けると、セリアーナの言った通りエレナが立っていた。
……よく分かるな。
それとも常時スキルを発動しているらしいし、それで見ているんだろうか?
「ただいま戻りました」
見ると脱いだコートを手にしている。
馬車じゃ無くて歩きで行ったのかな?
確か貴族街からすぐ出た所に高級宿があったが、ルバン達なら泊まるとしたらそこだろう。
手が空いていたらお使いくらい俺が行ったんだけど……珍しく仕事していたからな!
「おかーえりー。もらうよ」
「ありがとう。セラ」
コートを受け取り、コート掛けのある壁際に向かう。
毛皮のコートだが、厚みも無いし軽いのに持っただけで暖かいのがわかる。
……お高いやつだ!
「お嬢様にこちらを預かっています」
「そう。貴方は内容は?」
「聞きました。私は問題無いと思います」
「そう……」
俺がコートの値段を想像している間に、真面目な話をしている。
静かにしておいた方が良さそうだな……。
「セラ」
「はい?」
ソファーの上で膝掛に潜り込んでいると、セリアーナが俺を呼んだ。
ルバン達から預かった手紙を読んでいたけれど、もう読んだのかな?
「お前も目を通しておきなさい」
手にしていた手紙をこちらに差し出してきた。
「いいの?」
「ええ。アレクには向こうで彼らが直接話すでしょうしね。こちらはこちらで話を進めておきましょう」
「はーい」
よくわからんが、手紙を読んでみよう。
◇
手紙を読み、内容は概ね把握できた。
まずはルバンパーティーの事。
市民権の手続きの面倒を省きたいとかで、籍はまだ入れていない。
新領地が発足してからそこで行うらしい。
何家かは覚えていないが、キーラの実家とはもう話が付いているそうだ。
奥さん3人かー……。
親父さんは2人でじーさんは1人。
俺の知っている人の大半は1人だし、多いと思うけれど、既に家族みたいなもんだし、上手くやれるのかな?
まぁ、それはいいとして、次だ。
彼らと付き合いのある貴族家や商会をリーゼルと面会させたいらしい。
所謂パトロン関係にあって、今まで支援をしてもらっていたから、それの見返りって事だろう。
何かモロに利権に絡みそうだし派閥も出来そうなのだが、セリアーナ曰く。
「問題無いわ。私達だけじゃ手が足りないし、使える人手が増えるのはいい事よ」
との事。
派閥が無ければ無秩序になるし、結局領主として上がりを受け取る分に変わりは無いから問題無いらしい。
で、最後。
セリアーナを狙う刺客の存在についてだ。
東部、西部問わず広く情報を集めたが、今の時点で怪しい動きをしている者は無く、その事から既に領内や開拓村に入り込んでいる可能性が高く、その為パーティーを分割して護衛に参加するそうだ。
刺客が狙ってくるタイミングはいくつか想定しているらしい。
もうクリアしているが、まずは王都からゼルキスへ帰還する道中。
そう言われてみると、山越えの時のセリアーナは少し様子が違っていた気がする。
次は、セリアーナの結婚式で王都への往復時。
どのルートを使うかは知らないが、守りを固めたセリアーナを外で狙うのは難易度が高すぎると思う。
最後に、ダンジョンが拓かれた段階で混乱を起こし、そのどさくさに紛れて、だ。
セリアーナの命も勿論狙っているが、あくまでそれは二の次で東部の最前線が安定し介入の余地を潰されることを避ける事が第一らしい。
そんなに上手くいくものなのかと思うが、実際に他国で過去数十年の間に何度か上手くいっている。
経験に裏打ちされている手段だ。
刺客達の素性は、表向きは「東部を誅する者」とかいうテロリストだが、実態は西部の有力国の選抜兵を教会を経由して送り込まれる冒険者達だ。
……俺を攫った連中とかもなのかな?
だからと言って、まだ何もしていないから待つことしかできない。
山越えの時に手を出して来ていたら、いい口実になったのにとセリアーナが悔しそうにしている……。
我慢はいるがどちらかと言うとこちらが待ち構えている状況で、セリアーナのスキルに万が一の際の【隠れ家】とあまり危険は無いのが幸いか。
あまり俺のやる事は変わらなそうだ。
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