第57話

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「…………」


部屋を支配する重い沈黙。

呼び出され、それに応じたにも拘らず、その呼び出した主がこの有様だ。


「あの……?」


相対するのはゼルキス領主にして、現ミュラー家当主エリアスさん。

まぁ、親父さんだ。


夕食を済ませたセリアーナから、彼が俺を呼んでいると言われ、やって来たのだが、部屋に通されはしたものの、深刻な顔をしずっと黙り込んだままで一言も発さない。

親父さんに呼び出されるような理由が思いつかないんだが、一体何なんだろうか?


「…………」


いや本当に何なんだろうか?


「旦那様、お嬢様が仰っていたように、あまり時間をかけるとセラは寝てしまいますよ?」


後ろに控えていた家令のリックが、困り顔の俺を見かねたのか、親父さんを促している。

いや……いくら何でも話している最中に寝たりはしないよ?


「……うむ」


ようやく口を開いたか。


「セラよ、君の加護の事は聞いている。また効果も妻に見せてもらった」


ベッドでかな?


「今日……ジグハルト殿を見た。彼にも施したのだろう?」


「はい。もうすぐルトルに行くからその前に、と」


何だろう?

親父さんもやって欲しいんだろうか?

そりゃ別に構わないけれど、それにしたって、ここまで深刻そうにするほどじゃ無いよな?


「そうだな。人前に立つにも人を導くにも容姿は重要だ」


そう言うと頭に手をやり……。


「はぁ……あっ⁉」


俺の目の前でカツラを外した。


まだ40前なのに、中々の逝きっぷりだ。

じーさんがフサフサだったから想定していなかったが……うん。


「若い頃から随分頭を悩ませてきたからな……」


腕を組み遠い目をしてしみじみ言う親父さん。


「あぁ……」


大暴れする脳筋のじーさんの代わりに若い頃からずっと周りの領地とのやり取りを一手に引き受けていたそうだしストレスもあるだろう。

そもそも今でも貴族家当主や領主として考えたら十分若い方だ。

家格は高いが色々気を遣うんだろう。


後ろでリックがお労しや……って顔をしている。


「治療師等にもそれとなく聞いた事があるが、髪という物はどうにもならないそうだ。錬金術師達の間でも成果は上がっていないと聞く。だが、今日晩餐でジグハルト殿を見た。……あれは君だな?」


ジグハルトの施療の効果は中々好評だったようで、この屋敷ではまだ披露していなかった【ミラの祝福】のいいデモンストレーションになった。


だが、皆が顔に注目している時に親父さんはその少し上の額を見ていたらしい。

目ざとい事で。


「そうです。でも、髪の毛生やすのは今日やったのが初めてですよ?」


ごっそり逝っても知らないぞ?


「ふむ……逆に頭髪が抜け落ちた事はあるのかな?」


「それは無いですけど……」


年配ではあるが女性がほとんどだったし、偶に来た男性も、腹回りが中心だったからな……。

ミラ様的に、髪の毛はムダ毛じゃ無いんだろう。

今まで生やした事は無かったが、確かに抜けた事も無い。


「なら悪くはなるまい。是非とも頼みたい。むろん報酬は用意する」


「お嬢様にこの事は?」


どうも頭の事も知られていないような気がするんだけれど、どうなんだろう?


「話していない。普段からそれ程近づいて話すことは無いからな。恐らく気付いていないはずだ」


「なるほど……わかりました。やりましょう。髪の毛だけでいいんですよね?」


「おおっ‼ありがたい……!そうだな、頭髪だけで十分だ」


「んじゃ、今からやりましょう。リックさんお嬢様に適当に言って来てよ」


頭だけなら注意もいらないし、気力体力減っていても大丈夫だ。


「そうだな、痛めた腰の治療を頼んだとでも言っておいてくれ」


「わかりました」


そう言うなりすぐに部屋から出て行った。

セリアーナのスキルで証明済みとは言え、俺と2人だけにしていいんだろうか?


……まぁいいか。


「腰痛めてるんですか?」


「少しだがな。座り仕事が多いからどうしてもな……」


ついでだし、もう少し恩を売っておこうかな?


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昨日リーゼル達はルトルへと出発し、それと合わせて領都に滞在していた冒険者達も一緒に移動を開始した。

と言っても、冒険者全部が移動するわけでも無く、元々領都で活動をしていた者達や、ある程度情報が出揃うのを待つ者達でまだまだ通常時よりも混み合っている。


「やっぱ中層かな……」


個人的には上層に出るオークが一番狩りやすいんだけれど……まだまだこの辺は冒険者が多い。

前回通路の突破は達成したものの、突破自体が初めてだったし、慎重に行き過ぎたって事もあったかもしれないが、オーガの思わぬ知性の前に撤退する事になった。


無理をする気は無いが、今日はもう少し粘ってみたい。

前回は6体だったから、1体増やして7体が目標だ!


決意を新たにしたところで、通路にやって来た。

天井近くを移動するだけだし、ここまでは簡単だ。


「出たな……!」


アイテム各種を発動した状態で通路の3分の1程を進んだところで、オーガの反応があった。

変わらず2体で組んでいる様で、近づく俺に気付き投石の用意をしている。


背中に背負った傘を手に持ち開く。

前回ダンジョンから帰還した後しっかりと確認してみたが、素材が良いだけに傷一つなかった。

使い方はあれで良かったんだろう。


「よしっ!」


一気に加速し、適当に回避運動を取りながら破片を傘で防ぎながら通路を突き進み、後数メートルという所で傘を閉じ、さらに加速し右側に狙いを付けた。


「ふっ!」


初手は正面から蹴りを当て体勢を崩させ、その場で横に4分の3回転しながら首を刎ね、更に左側のもう1体にも同じコンボを決めた。


「来ないな……」


アカメに地面に落ちた頭に潜らせ核を潰している間、奥にいるオーガを観察しているが、他の投石組も含めて、こちらに気付いているようだが動く様子は無い。

前回はこの時点で既に上昇していた事で、何となくボスに意識されてしまっていた気がする。

上に行ったのがまずかったのかもしれないな。


さて、今日のオーガ達。


一番強いのが中央で、その周辺に他より強いのが位置している。

上から見下ろす形でないから数えにくいが、18体いる。

既に2体倒しているから、20体の集団か……。


まぁ、変わらんか。

とりあえず端から行こう。


そう決め、ぐるりと大きく回り込みながら、近づいて行く。


「ぬーん……」


前回は初手で警戒された上に、投石組に時間を取られ過ぎて、陣形を敷かれて攻める事が出来ずに撤退することになった。

今回は気付かれてこそいるが、まだ無警戒だ。


ただ……、単純に数が多い。

陣形云々関係なく、あそこに突っ込むのはちょっと勇気がいる。


広間の3分の1程回り込んだところで移動を止めた。

これ以上行くと投石組の間合いに入ってしまうが、考えてみれば悪い位置じゃない。


まず正面に通常のオーガが3体いる。

その奥に強めの個体が……こいつらの事はチーフと呼ぼう。

チーフが1体。

投石組も視界の端にだが収めることが出来る。


「よし……行ったれ!」


まずは正面からだ!



「ふっ!」


5メートル位の距離まで近づき、そこから急加速し蹴りを繰り出し、回転切り。

そして、アカメが宙に浮いた首に潜り核を潰し、空いたスペースに入る。


このコンボが確実だ。


今ので2体目だが、まだオーガ達に大きな動きは無い。

投石組の1体が石を投げて来ているが、牽制程度で今一やる気を感じない。


行けるか?


「たっ!」


正面3体の残りの1体に先程から繰り返しているコンボを繰り出し、無事1角を崩すことに成功した。

この調子で投石組も……っ⁉


「ぬあっ⁉」


ほんの一瞬だが、奥に目をやり視線を切った瞬間にチーフが接近し腕を伸ばしてきた。

叩きつけようとか薙ぎ払おうとかならともかく、掴みかかって来られたのは初めてで、思わず上に逃れてしまった。


「あ」


上昇した事で、ボスと目が合い、そしてボスは広間全体に響き渡る咆哮を上げた。


これは駄目だ……俺は何でもかんでも上に逃げようとする癖があるかもしれないね。


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オーガ……。


どうもボスがスイッチになっているような気がする。

前回もだし今回も、上にいる時に目が合ってから一気に警戒される様になった。

低い位置だと目が合おうが、周りのを倒そうがそこまで関心は無かったのに……。


特に今日は5体倒した後だったからか、ヤバかった。

やっぱり鶴翼……じゃ無くて竜翼陣を敷いて来て、試しに突っかけてみたけれど、一気に包囲に移ってきて攻撃を行う隙が無い。

幸い上昇し距離を取れば追っては来なかったけれど……。


とりあえず、ギリギリまで上に逃げずに数を減らしていくことが今後の目標だな。


いや、そもそもオーガにこだわる必要ってあるんだろうか?

混んでいるから中層まで行っているだけだし、効率がちょっと悪い気がする。

もう少しダンジョンで狩りをする冒険者が減るまで待ってみようかな。


などと考えていたら、屋敷上空だ。

まだまだ冷えるしさっさと中に入ろう。


と思ったけれど、いつもなら近づいたら開けてくれるはずの窓が開いていない。

屋敷の壁や屋根を越えて、真っ直ぐ来たから俺だと気付くはずなのに……部屋にいないのかな?

裏口から入るか。


「入るよー?」


部屋の前までやって来てドアをコンコンとノックをするが返事は無し。

出かける予定とかは聞いていないし、客でも来ているのかもしれないな。

廊下で待っていても仕方が無いし、中に入ろう。


「おらんね……」


まぁいいか。

隅にあるコート掛けにケープを掛けておけば、俺が帰って来ている事はわかるだろう。


「入りますよー?」


奥へ続くドアを、念の為ノックをしてから中に入り【隠れ家】を発動する。



「あれ?戻ってたの?」


シャワーを浴び洗濯を済ませてから【隠れ家】を出て応接室に行くと、セリアーナは机に、エレナはソファーにかけ本を読んでいた。


「ええ。少しお父様に呼ばれていたの」


「ほー……」


「セラ、髪がまだ少し濡れているみたいだよ。乾かしてあげるからおいで」


エレナが読んでいた本を置き、こっちに来いと手招きをしている。

お言葉に甘えそのまま隣へ座った。


「お願ーい」


洗濯している間は頭にタオルを巻いていたけれど、ちゃんと乾いたとは言えない。

何だかんだで毎度エレナに髪を頼んでいる。


この国の女性は髪型自体は自由なのに、長さに関しては短いのはあまり歓迎されない様で、俺も毛先を切り揃える程度は良くても、短くするのは禁じられている。


王都では断念したけれど、やはりドライヤーに再チャレンジするべきだろうか……。


「ぉぁぁぁ…………ん?」


風で頭も一緒にユラユラ揺れていると、セリアーナの机の側に3人位で座れそうなソファーが置かれているのに気づいた。


「ソレはどうしたの?」


今俺とエレナが座っているソファーは部屋にある、他の物とセットになっている物だが、それは少し違っている。

入れ替えるんだろうか?


「お父様からお前によ。場所はそこでいいでしょう?」


親父さんが?


「いいけれど、何でまたオレに?」


「お父様に施療をしたのでしょう?でも……そうね」


セリアーナは読んでいた本を置き、こちらをジッと見てくる。


「腰痛だとは言っていたけれど、そんな素振りを今まで見た事が無かったわ。隠していたのだとしても、こんな物を送られる程とは思えないわね。お前、何をしたの?」


「あー……」


お金はリック経由で貰ったけれど、追加でくれたのか。

まだ数ミリ程度の長さだけれど、上手くいったからな……。


「騎士の情けというか……」


「2人とも騎士じゃないでしょう」


「それもそうだね!」


ある意味親父さんの自爆だし、気にしなくていいか。


「お嬢様口は堅い?」


「私が今まで何か漏らしたことはあって?」


少なくとも俺には何も漏らしていないな。


「無いね。……旦那様、カツラなんだよね」


「……髪の毛?」


ポカンとした顔だ。

後ろを振り返るとエレナも同じような顔をしている。

バレてなかったんだ……親父さん。


「うん。ジグさんにやったのを見て自分もって。ミネアさんにも教えてないそうだし、ちゃんと知らない振りしてあげてね」


「……そう……そうね」


セリアーナは力なくそう言ったが……教えない方が良かったかな?

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