第56話
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領都上空をふよふよと漂い、屋敷の敷地内に入る。
王都だとここまであからさまに高度を取って移動する事はしなかったが、流石にお膝元だけあって気兼ね無くやれる。
今は領都に人が、それも外からやって来た人が多いから余計な揉め事を避けるにはこれが一番手っ取り早い。
そのまま屋根を通り越して裏に回ると、セリアーナの応接室の窓が開いているのが見える。
スキルで俺が戻ってきたのがわかったんだろう。
「ただいまー」
一声かけてから部屋に入ると、セリアーナ、エレナ、アレクのいつもの3人に加え、リーゼルにジグハルト、フィオーラまでいた。
「おかえりなさい。少し早かったわね。傘は使えなかったの?」
予定より早く帰って来たからか首尾を聞いてくる。
まぁ、行きに気合入れて「行って来るぜ!」って言い放ったからね……。
「ばっちし。通路は無事突破できたよ。ただその後、オーガさんの底力を見せられたね……何あいつら?」
うーむ……思い返すと何とも歯がゆい。
1体1体丁寧に戦うより、ある程度思い切って突っ込んだ方がいいかもしれないけれど、1発でも攻撃を食らうと死にそうな気がする。
まぁ、肝心の傘は活躍したからいいんだけれども……。
「うぐぐ……」
「オーガな……。お前が手こずる様な相手か?ああいうデカいのは得意だろう?」
唸っているとジグハルトが口を開いた。
多分、このおっさんは一瞬で消し飛ばすんだろうな。
「1対1ならいいんだけど、数が多くてさ。ちょっと突っ込むだけじゃダメだったね」
しばらくは攻略法を考えて試す日々だな。
「ここだとオーガは中層に出るんだったね。僕の下に集まっている冒険者達は10数人程度で挑んでいたよ。セラ君は1人で大丈夫なのかい?」
人数揃えられるなら多分それが一番いいんだよ。
リーゼル君。
「オレは1回あたりの探索時間が短いから、あんまり人を集められないんだよ。我儘聞いてくれる人ばかりとは限らないからね」
あっち行って、こっち行って、盾になって、あれ拾って、これ拾って、さあ帰ろう。
どこの我儘姫かと。
上から見ているから、俺が指示を出すのが効率良いし、隙さえ突ければ大抵の魔物は一撃で倒せるから、他の人に盾を任せるのもその為だし、地面に近寄らないのもすぐに回避に移れるようにだし、一応理由はあるんだけれど、それでも親しくない相手だと揉める原因になりそうだから、そうそう組むわけにはいかない……。
「ところで、王子様達はどうしたの?ジグさん達までいるし、何事?」
婚約者とは言え、まだ結婚したわけでは無い。
一応同じ屋根の下で暮らしているし、食事などは一緒に取っている様だけれど、互いの部屋を行き来したりはしていない。
そこまでしなくても、と思うけれど、些細な事でもケチを付けられないように気を付けているんだろう。
そんな訳で、俺も彼の顔を見るのは屋敷に着いた時以来だ。
「ようやくルトルへ向かう人員が揃ったんだよ。出発は2日後さ。それで、既に向こうに行っている冒険者達との調整役にアレクシオやジグハルト達を借りたくてね。大半は彼が集めたんだろう?」
リーゼルはそう言いアレクの方を見る。
「俺が声をかけたのは王都圏が活動範囲の冒険者が多かったからな。面通し位は俺が間に入るべきだろう?」
「ほうほう」
いよいよって感じがするな。
ってことは、今街にいる冒険者達の多くはそっちに行くんだろうし、ダンジョンは今ほど混み合わなくなるのかな?
それだともう少し気楽にやれそうだ。
「手間を惜しんで変に派閥を作られても困るから、許可をしたわ。1ヶ月程戻らないから、その間はお前はこの部屋に詰めておきなさい」
セリアーナ自身のスキルで敵の有無はわかるし危険なんてまず無いだろうけど、エレナ1人だとちょっとハッタリが効かないかな?
……果たして俺がいてプラスになるかって疑問はあるけれど。
「はーい」
まぁ、それは俺が考える事じゃないか。
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つい先程リーゼル達が出て行き、部屋にはいつものメンバーと、ジグハルトとフィオーラが残っている。
リーゼルが中心になって話を回していたが、特にそこに参加する様子もなかったけれど、何か用事でもあるんだろうか?
「ちょっと着替えてくるね」
話が始まったからついついそのまま聞いていたが、ダンジョンから直帰で着替えも手洗いもしていない。
2人がいるからここで【隠れ家】を発動するわけにもいかない。
「寝室を使っていいわ。フィオーラが話があるそうよ」
「む?」
フィオーラが?
「ジグの事なんだけれどね?お願いしたいの」
ジグハルトの方を見ると面倒くさそうな顔をしている。
何だろうか?
「まぁいいや。着替えてくるね」
一言断り、奥のドアから隣の部屋に向かった。
この部屋の更に奥に寝室があり、そこには流石に風呂は無いものの簡単な洗面台が付いている。
ついでに俺のメイド服の予備も何着か置いてある。
一応この屋敷には俺の個室も用意されているが、セリアーナが【隠れ家】を使いたがった事もあり、王都と同じく夜は俺もこの寝室で過ごしている。
そして就寝は【隠れ家】で、だ。
ちなみに、使用人達もだが親父さん達にもオレはセリアーナと同じベッドで寝ていると思われている。
ヌイグルミの様な扱いだ。
それで俺の扱いが変わるわけでも無いし、本人が気にしていないのならそれでいいんだろう。
って事で、着替え完了。
何の用なんだろうな?
◇
「ジグさんに【ミラの祝福】?」
そう言う事らしい。
……どういう事なんだ?
「新領地の開拓という一大事業に関わるんですもの。服装だけでなく整えられるものは全部やっておくべきよ」
「私も賛成ね。全身をやる必要は無いけれど、せめて顔だけでもやっておくべきよ」
セリアーナもその意見には賛成の様だ。
見ればエレナも頷いている。
「……アレクはいいの?」
「まだ若いでしょう?」
「……なるほど」
ジグハルトなー……。
酒は好きらしいがちゃんと節制している様で、むしろ引き締まった体をしている。
それでも流石に、顔には年相応に皴が浮いたりはしているけれど、老けている印象は受けないが……おっさんだ。
これだけの有名人だし、ルトルでも彼の名を知っている者は多いだろう。
ただ、写真の無い世界だし、顔を知っている者は知名度に反して多くないはず。
別に会ってがっかりするような見た目じゃ無いけれど、ケア出来るのならやっておいた方がいい。
そんなところかな?
そして、ジグハルトはそれ程乗り気じゃないようだが、女性陣の押しに負けたんだろう。
「そこのソファー使ってもいいかな?」
ジグハルトとフィオーラが座っているソファーを指した。
今は2人だけだが4人位はかけられる大きさだし、横になるには十分だ。
「構わないわ。今からやるの?」
「時間無いし早い方がいいでしょ。ジグさん、上脱いでそこに横になってよ」
許可出たし、さっさと片付けるか。
「セラ?顔だけでいいのよ?」
受けた事のあるフィオーラは、服を脱がせたことで胴体もやると思ったんだろう。
だが違う。
伊達に王都で小遣いを稼いでいた訳じゃ無いからな!
「いいからいいから。そのまま動かないでね。んじゃ、失礼して……」
訝しげな顔をしつつも素直にソファーに横になったジグハルト。
両腕を腹の上で組ませてから、その胸に座った。
「っ⁉おいおい……」
更に下半身の方に足を延ばし、後ろに回した両手で顔を抑える。
「いいからいいから……」
何やら声がするが、説明するよりやって見せた方が速いから、無視して進める。
「ほっ!」
服の中のタイマーを引っ張り出し、スタートだ。
「……そんなので出来るの?」
王都の施療に何度か立ち会ったセリアーナも初めて見るだろう。
まぁ、この体勢でやるのは初めてだからな。
「流石に奥様方相手にこれは出来ないからね……。でも効果は一緒だから大丈夫だよ」
さて、1時間どうやって潰そうかな……。
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「オーガが陣形を……?」
ジグハルトの施療中、ダンジョンでの出来事を報告してみた。
やはり陣形を敷くという情報は知らなかったらしい。
「そうそう。投石組と戦っている間ずっと観察していたと思ったら、倒し切ったところで、こう……こんな感じに並んでオレを待ち構えてたんだよね」
両手が使えない為、頭をΛの字に動かして何とか形を表した。
「その形は……竜翼陣か。こんな形だろう?」
アレクがその陣形を図に描いている。
「それそれ。竜翼陣ってこれだったんだね……」
歴史書とかに偶に出てきた単語だが、これの事だったのか。
「ああ。中心に最強の駒を置いて、そこへ周りから追い込む陣形だ」
鶴翼とは性質が違う気がするな……。
こっちは攻撃的な感じだ。
「少数の強敵を……っ⁉」
アレクの補足をしようとジグハルトが口を開いたが、ペチッと叩き黙らせた。
「はい。動かない」
お喋りじゃ無くて、ジグハルトの施療がメインだからな。
「あー……恩恵品や加護持ちを孤立させて、迎え撃つ時に使うんだ。中心はデカいのだったろう?」
アレクが続きを説明する。
「うん。ちょっと嫌な感じがしたから撤退したけど、それでよかったみたいだね」
「それで正解だ。しかし中層の魔物が使うか……」
アレクはそう呟き腕を組む。
「簡単な資料は私も目を通してあるけれど、普段は使わないの?」
考え込んだアレクをよそに、セリアーナがエレナに聞いている。
「はい。精々役割を分担する程度なのですが……、恐らくセラが特殊だったんでしょう」
「特殊?……まあ変な娘ではあるけれど……」
なんか失礼な事を言われている気がするな。
「通路を突破しその後は一気に接近し乱戦に持ち込む方法が中層の一般的な戦い方です。そして、申請する際に受付で最初は10人以上を提示されるので、人数差は生まれません」
「少数を相手に、より有利に戦う為ですものね」
「はい。そして、例えばジグハルト殿の様に単独で突破できる方だと、そもそも時間をかけずに一息で倒せるでしょうから……」
何やら言いよどむエレナ。
「そこまで強くないのに単独で、それも時間をかけて戦う様な真似をする者はいなかったって事ね」
「……」
否定はしないよ?
否定はしないけれどもね?
「想定外の魔物の動きを無傷で切り抜けたのだから、それで良しとしておきなさい。それにしても……私はダンジョンはほとんど利用しないけれど、外の魔物とはだいぶ毛色が違うわね……」
フィオーラ曰く、外の魔物はそこまで組織立って動くことは無いらしい。
もちろん大きい群れ等の、長生きしているボス格がいるようなら違うそうだが、精々4-5体らしい。
やっぱダンジョンは何か特殊なんだろう。
◇
「お?」
お喋りをしていると、タイマーのアラームが鳴った。
1時間。
喋ろうと思えば喋れるものだ。
「よいしょ、と。いいよジグさん」
乗っていたジグハルトから降り、終わったことを告げる。
お喋りしながらとは言え、しっかり手応えはあった。
「おう」
起き上がり顔をこちらに向ける。
……いい出来じゃないか。
「あら、素敵じゃない」
セリアーナも好印象の様だ。
「鏡はあるか?」
フィオーラが手渡す。
肝心のこの人がまだ何も言っていないが、顔を見るにご満悦の様だ。
「……ほう」
ジグハルトも鏡を見て、満更でもない様子。
色々な角度から見ている。
老けた印象は無かったとはいえ、いざこうやって見比べてみると大分違うのがわかる。
目尻や頬が少し下がり、皴なんかもだが、肌もかさついていた。
それが、肌には張りが戻り、目も比喩ではなく鋭さが戻っている。
「お腹もやったから、調子良くなっていると思うよ」
「そうか……大したもんだな」
鏡から目を離さないジグハルト。
数ミリ程度の長さだけれど、額に毛が生えているからね……。
「王都では試す機会は無かったけれど、しっかり効果があったわね」
王都にいた時、いけそうな気がするって話したことをセリアーナは覚えていたらしい。
結局王都では機会は無かったが、ここで来るとは思わなかったな。
「ほんとだね……」
「広めるとお前に見てもらいたがる殿方が増えると思うけれど、どう?」
「おっさんにモテてもね……来たら断ってよ」
「そう。まあ適当に処理しておくわ」
フフフ……この感じだと、こっちでもお小遣いには困らなそうだな!
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