第55話

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ゼルキス領都にあるダンジョンは、妖魔種が現れる。

ゴブリン、コボルト、オークにオーガといった、要は2足歩行の人型の魔物だ。

どれも通常種に加えて上位種が存在し、上位種が統率している集団は強い傾向にある。

体の大きさはもちろん【妖精の瞳】で見ても、その違いは明らかで、上位種は通常種よりもずっと強い。


と言っても、通常種だろうが上位種だろうが俺にとっては大したことない。


浅瀬にいるゴブリンは、一気に蹴散らし、上層へ。

上層手前に現れるコボルトは、見た目は2足歩行のイヌだかオオカミで、場合によっては他の集団と連携を取っている。

偶々戦闘をしている冒険者パーティーが囲まれているのを見かけたが、こちらも負けじと他のパーティが救援に向かい、事なきを得ていた。


足を止めさえしなければ、ゴブリンと大差無い。


更に上層奥へと進むと、オークが出てきた。

こちらは、2メートルオーバーのでっぷりした巨漢だが、ブタさんではない。

何というか……のっぺりした変なのだった。


ただし、その巨体に見合うパワーを持っており、下手な受け方をしたのか、盾を構えた冒険者が吹き飛ばされるシーンに出くわし、思わず参戦してしまった事がある。


まぁ、強い事は強いが、数もゴブリンやコボルトと違い一度に出てくるのは2~3体でと少なく、そもそもどんな攻撃を受けても割と致命的な俺からしたら、鈍重な分むしろ楽な相手と言える。


ゴブリン、コボルト、オーク。

ここまでは、はっきり言って俺には雑魚だ。

数が多かろうが、力が強かろうが、相手ではない。


ただし、中層から現れる、オーガ。

体の大きさこそ2メートル前後とオークより小さいが、こいつはヤバい。


中層は王都のダンジョンの上層と似た造りで、広いホールが通路で繋がっている。

その1部屋1部屋に大体20体前後の集団で陣取っている。


最初中層に入り、通路からホールに踏み入った時、手前の2体が俺の頭位ありそうな大きさの石を投げて来た。

まだ距離があった為避ける事は難しくなかったが、相当な速さだった。

何という強肩……。


問題は、直撃はしなくても、天井や壁に当たり砕けた破片にも気を付ける必要がある事だ。

ある程度まともな防具を身に付けていれば、そこまで脅威では無いだろうが、俺のは防具ではなく、ただの服だからな……。


後で聞いたことだが、オーガは集団の外周に投石の得意な個体が配置されるそうだ。

とにかく遠くから石をバンバン投げてくる。

オーガと戦うには、盾を持った守りの堅い者を先頭に、一気に通路を突破し、その投石役を倒してから内側に切り込んで行くそうだ。


尤も、中心に集団のボスがいて、内に入るほど強い個体がいる事が多く、倒し切る事は簡単ではないそうだが……。


オークからの難易度の跳ね上がり方が尋常ではなく、また、上層までは連携する事はあっても少人数パーティーでの方が効率が良い事から、大人数での探索の経験が無く、人を集める事が出来ない者はここで躓くらしい。


俺も躓いた。



開拓の話が出てからというもの、ゼルキスへやって来る冒険者が増えたらしい。

本格的に始動する前に、領都のダンジョンで腕を磨こうとしているのだろうか、その大半は領都圏に滞在し、ダンジョンに日々通っている。


あくまで彼らの目的は開拓であって、ダンジョンではない為、本腰を入れての探索はせずに上層付近をうろうろしている。

つまり、めちゃくちゃ混んでいる。


一応ミュラー家付きである俺がその彼等を押しのけて狩りをするわけにもいかず、仕方なく中層に挑んでは通路を突破できずに退散、というのを繰り返していた。


「失礼します」


セリアーナの部屋で、セリアーナは書き物をし、エレナはその手伝いを。

俺はゴロゴロしているいつもの昼下がり、部屋に使用人がやって来た。


「どうしたの?」


「はい。セラに来客です。1階西の応接室に通しています」


わざわざ領主の屋敷までやって来る俺の客……来たかっ!


「すぐ行きまーす!」


待っていろ……オーガども‼


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やって来ました、中層入口。


浅瀬、上層と、【浮き玉】を飛ばせばここまで10分ちょっとで辿り着ける。

通常だとあまり途中の魔物を無視していくのはいいことでは無いが、今日もダンジョンは盛況で、むしろ魔物の数が足りない位だからそこは気にしなくてもいいだろう。


気を付ける事と言えば俺が魔物と勘違いされる事位だが、王都での一件もあり、冒険者ギルドに俺の事は周知させるよう言ってくれてあるから、問題無いはずだ。


ふっ……経験が生きたな。


ちょっとアレなテンションだが、しばらく我慢させられたオーガをようやく倒す目処が立ったんだ。

仕方が無い。


通路の出口が見えたところで【祈り】と【妖精の瞳】にアカメの目を発動する。

自分の目だとまだ見えないが、これだけやれば壁越しにオーガの姿が見える。

俺が通路に侵入したことが分かったのか、既に石を手にしている。


今までならそのまま投石を避け続けるも、近づくことが出来ずに撤退だったが……今日は違うぞ?


「ふっ!」


一息吐いて、気合を入れ【浮き玉】の速度を上げる。

それを待ち構えていたかの様に、姿を見せ投石を始めた。

いつも通りだ。


この投石は直撃狙いではなく、壁や天井に当て、破片でこちらの妨害をする事が目的だ。

実に頭がいいじゃないか。

でも、もう効かない。


「ほっ!」


背中に背負った新兵器を手に取り、バンッとソレを開く。

直径50センチ程、丁度子供サイズの日傘だ。


骨組に魔鋼と魔木を。

合金じゃ無く、純度100パーセントの魔鋼だ。

柄の部分が魔木で作っていて、硬い上に、魔力の通りがいい。


おかげで2キロ近くになってしまったが、どうせ【浮き玉】から降りる事は無いのだし、その位なら支障は無い。


布は、表地に俺が使っているケープや騎士団のマントと同じ、頑丈で撥水効果がある物を。

そして、裏地には魔糸で耐熱、耐防の刺繍をびっしり施している。

領都の各職人にフル稼働してもらい5日で仕上げてもらった。


材料の大半を持ち込みにも拘らず金貨50枚近くし、更に、王都で貯めたミネアさんへの貸しを全部使ってしまったが、十分満足いく仕上がりだ。


バラバラと破片を弾く音がするが、徹底した甲斐あって、俺はもちろん傘にも傷は無い。


傘を開いた状態だと視界が遮られるが、諸々を発動している俺の目なら、傘越しでも動きがわかる。

投げた瞬間だけずらして、石のコースを確認すれば問題無い。


想像以上に上手くいっている!


「よし……抜けたっ!」


広間までもう後わずかとなった所で傘を閉じ、一気に加速し片方の脇をすり抜けながら頭部にある核を貫いた。

【影の剣】はオーガ相手でも通用するようだ。

その手応えを感じながら、天井近くまで上昇しオーガ達の布陣を見下ろす。


「多いな……これは」


全部で18体いる。

20体前後とは聞いていたが、いざこうやって見てみると、中々ド迫力。

どうやら俺を敵と定めたようで、サイズ2メートル前後の集団が敵意を込めて俺を睨んでいる。


下からとは言え、これは怖い。


「……どうしたもんかな」


倒さなかった方と、更に他所にいた投石組もやって来て、石をポンポン俺目がけて投げている。

流石に天井付近にいる相手へのノウハウは無いようで、ただ上に投げているだけで当たりはしないが……、この戦略の蓄積ってどうなってんだろうかね?

個別なのか、クラウド的なものなのか……あまり変な経験積ませない方がいいかも知れないな。


少しずつ離れていくと、投石組はついて来るが他はその場を離れようとしない。

破片にも気を付ける必要がある通路でなければ、ただ石を投げてくるだけで、さほど脅威とは言えない。

このまま引きながら削って行けそうだ。


「んじゃ、やりますかねー」


傘を背中に回し、アカメをいつでも出せるよう左手を空ける。

【緋蜂の針】を発動し、準備完了だ。


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右腕を振りかぶり突っ込んできた先頭の左側をすり抜け、ついでにその背中に蹴りを入れ、右端の1体に狙いを付けた。

中央と左端のオーガもそれを察知し、こちらに来ようとしているが、俺の方が速い。


「ていっ!」


上から叩きつけようとする腕を、低い位置から後ろに回り込む様に躱し、膝裏を強く蹴りよろけさせる。

片足だけれど、所謂膝カックンの様になり、体勢を崩し後ろに倒れたところを、すかさず核を貫き仕留める。


「ふぅ……っおわっ⁉」


まず1体を倒したと思ったら、一息つく間もなく最後尾にいた1体が石を投げて来た。

端っこにではあるが、視界に入れてあるから避けること自体は難しくないが、これはちょっと気が抜けない。

さっき蹴りを入れた先頭も、起き上がっている。


一旦上に逃れ仕切りなおすが、俺から目を離さずヤル気充分の様だ。


【緋蜂の針】はダメージこそしっかり入るようだが、一発蹴った位じゃ倒せない。

硬い皮膚にその下の厚い筋肉で、衝撃を防ぎ切ったのがわかった。

頭でも狙えば別かもしれないが……それは難しそうだ。


【影の剣】は通用しているし、今の様に足を狙って、体勢を崩してから核を狙うってのが確実だと思う。

直接核を狙うってのも出来なくは無いだろうけど……、腕を振り回されるとちょっと危ない気がする。


残り4体。

広間の奥に目をやると、こちらを見てはいるがまだ戦闘に加わってくる気配は無い。

数が減って状況が変わればまた違うかもしれないが、今のうちに倒せるのは倒してしまおう。


さっきは、最後尾の1体が投石で牽制し、先頭の1体が正面に立ち、そして中の3体が取り囲もうとしてきた。

まぁ、最後尾からの投石を避け正面に立ったオーガを蹴倒してから、回り込もうとして来た中から端の1体を倒すことでその目論見を潰したが、今まで戦ってきた魔物とはだいぶ違う。


他の魔物も時間差や、囲んできたりはしていたが……やりおる。


ノリだけで突撃しないように気を付けねば!


「っ⁉」


俺が浮いたまま動かないのが気に入らなかったのか、先頭の1体を除き3体で投石を仕掛けてきた。


【妖精の瞳】で見ているが、力に大差は無い。

どれから狙っても一緒だろうし、お次は最後尾から狙っていこう。



「ほっ!」


必殺技っぽいポーズで放った蹴りがオーガの胸に刺さり、仰け反ったところに追撃で核を貫く。


今のが投石組の最後の1体だ。


10分位かかっただろうか?

5体を相手取ったとはいえ、中々手こずらされた。

もっとも、1対1なら今の様に蹴って刺してと、2発で倒せる程度だが……。


問題は奥の方にいる残りのオーガ達が、遠巻きにずっと戦闘の様子を観察している事だ。

今まで俺が戦ってきた魔物は、襲ってくるか逃げるかだったが、様子見してくるのは初めてだ。

いつ参戦してくるか気を張っていたのだが、結局投石組を倒しきっても何もしてこなかったし……、何ともやりにくい。


さておき、仕切りなおそうと再び天井付近まで高度を上げ下のオーガ達を見下ろすと、多少布陣が変わっているのがわかった。


「魔物が陣形なんか敷くなよ……」


少し時間をかけ過ぎたのかもしれない。

しっかり待ち構えられている。


俺から一番離れた場所に大柄の個体、恐らくこの集団のボスが位置取り、Vの字を逆さにした様な陣形を取っている。

鶴翼だっけ?

あんな感じだ。


まぁ、獲物を囲い込みやすいからあの形を取っているのかもしれないが……、いざああも構えられると近寄りがたい。


アカメもさっきの5体のうち1体を倒していたし通用はするんだろうけど、流石に1人プラス1匹であそこに突っ込むのはアホ過ぎる。


中層でのオーガについて調べてはいる。

通路の突破の仕方と戦い方の資料があったんだが、大人数で、それも時間をかけず速攻で討伐する事を前提とした戦い方で、1人で時間をかけて戦うってのは無かったからな……。

陣形を敷くなんて想定外だ。


ちょっとオーガさんを甘く見ていたかもしれない。


「……帰るか」


聖貨は1枚ゲットしてあるし、無駄にチャレンジする必要は無い。

撤収撤収。

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