第52話

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明日、いよいよ王都を発つ。


じーさんやオリアナさん。

屋敷の使用人達ともそれなりに親しくはしていたつもりだし、思えばもう1年近くこの屋敷で暮らしていたわけだ。

多少は名残惜しく思う。

前世だと国内なら簡単に移動できるが、この世界だとそうそう簡単にはいかない。


……俺だけなら簡単かもしれないが、1人で移動するわけにもいかないしな。


「貴方達も、準備は出来ているわね?」


中身が空になり、すっかり寂しくなった棚を眺めながらセリアーナが言う。


セリアーナの部屋でいつもの報告会を行っているのだが、今日はジグハルトとフィオーラも参加している。

出発は朝だから、今日は屋敷に泊まるからだ。


「ええ。セラも連れて挨拶回りは終えています」


「大分引き留められたね!」


アレクと一緒に冒険者ギルドや農場に各種商店等、よく利用していた場所に挨拶に行ったのだが……あちこちで、まだいなさいよと引き留められた。


「お前を通すと屋敷に話が広まるからな」


我ながら良い広報役だったと思う。

色々おまけしてもらっていたが、元は取れたはずだ。


「ジグハルトとフィオーラも大丈夫なようね。ではエレナ、明日からの予定を」


「はい」


エレナもすっかり秘書役が板についている。

このままそっちに専念すんだろうか?


「明日朝9時に騎士団より王家の武装馬車が2台届きます。お嬢様とセラ、私が1台に乗り、アレクが御者を務めます。もう1台には伯爵ご夫妻が。ジグハルト殿とフィオーラ殿はそちらをお願いします。荷物の搬入後10時に貴族街入口でリーゼル殿下の馬車並びに護衛の騎士隊と合流し出発。休憩を挟みますが、明日中にエルスト領都に到着予定です。その翌日……」


エレナの説明が続いている。

俺は地理が頭に入っていなかったから、昨夜地図を見ながら説明を受けたが、中々の強行軍だと思う。


王都‐ゼルキス間は、通常だと2ヶ月弱かかる。


入学、卒業で多くの貴族が国中を移動するこの時期、各領地で騎士が巡回し治安維持に努めているが、それでもセリアーナや、伯爵夫妻にリーゼルと重要人物が一度に揃っている為、あまり時間をかけずに一気に行くらしい。


俺達が去年王都にやって来た時は、【隠れ家】に荷物を詰め込んだ身軽な状態でも1ヵ月近くかかったが、馬車を4台に分ける事で1台当たりの負担を減らし、同じく1ヵ月ほどでの帰還を目指すそうだ。


朝から晩までぶっ通しで移動できるのなら1週間程度で着くんだろうが、万全を期して14~15時には宿泊先に辿り着くようなスケジュールを組まれている。

大分短く感じるが、16時頃から日が暮れ、17時には暗くなる季節だし仕方が無いんだろう。


「いいか?」


「どうぞ」


ポケーっとしている間もエレナの説明は続いていたのだが、ジグハルトがストップさせた。


「オルガノアからユークトに入るのか?」


「はい」


「あそこは確か領境に山が連なっていたはずだ。そこを抜けるのは危険じゃないか?」


オルガノア男爵領とユークト子爵領の間には今ジグハルトが言ったように山が連なっている。

大昔どこぞの怪獣が大暴れしたせいで、マジで王都より西側には山が無いのだが、オルガノアを越えた辺りから山が現れる。


平地より、獣はもちろん魔物も多く生息し、また、賊の拠点も存在する。

騎士の巡回も、山へ踏み込むどころかむしろそちらに追いやるように行っている為、時期を問わず危険が多い。


街道こそ通ってはいるが、大分大回りになるものの山を迂回するようなルートを取ることが一般的だ。

俺達も王都に来た時はその迂回ルートを選択した。


護衛に騎士が付くとは言え、時間は短縮できるが敢えてそこに突っ込まなくても、とは思うよな。


「敵は私が見つけるから問題無いわ。その時は指示を出すから貴方達が始末しなさい」


「未来の公爵様が魔物や賊如きを恐れては駄目って事ね。【竜の肺】は私が使わせてもらうわよ?」


フィオーラは理解しているらしい。


まぁ、開拓ってのは賊はともかく魔物を蹴散らすことも多いわけだしね。

むしろ箔が付くらしい。


「少しなら焼いてもいいそうよ。許可は取っているわ」


「あら素敵」


雪が積もっているだろうし、そこまで派手な事にはならないだろうけど、楽しそうに笑っているフィオーラがちょっと怖い。


本当は何も起こらない方がいいんだよ?


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「そろそろ頃合いね。セラ、【隠れ家】を出して頂戴」


【範囲識別】を発動し、周囲を探っていたセリアーナが指示を出す。

王都を出て30分程ガタゴトと馬車に揺られていたのだが、王家御用達の武装馬車とは言え、やはり快適とまでは言えない。

まぁ、俺は浮いているから問題無いんだが……。


「アレク、私達は「奥」へ行きます」


エレナが後ろを向き小窓を開け、御者を務めるアレクに伝えた。

「奥」とは【隠れ家】の隠語だ。

シンプルでわかりやすい。


「ああ、わかった。何かあれば伝えるが、中からも見ておいてくれよ」


「ええ。貴方もお願いしますね」


伝え終えたエレナが向き直る。


しかしアレクはずっと御者台か。

あそこに座った事があるけれど、硬いんだよな……。

クッションでも渡そうかね。


「じゃ、入るよ」


【隠れ家】を発動し、2人も一緒に入る。

これで、馬車の中に誰も居なくなった。


これが普通の馬車であったなら、周りにいる恐らく相当強いであろう護衛達が、馬車の中から俺達が消えてしまった事に気づくはずだ。

ところが、この武装馬車と呼ばれる馬車だと違う。


武装などと呼ばれているが武器が付いているわけでは無く、特殊な材質を用いて気配や魔力を遮断している。

そうして、中の様子がわからない様にして今回の様に要人の護送に使われる。

実際アカメや【妖精の瞳】で試してみたが、外の様子はわからなかった。


そんな訳で気兼ねなく【隠れ家】を使える。


「あ、ちゃんと見れるね」


リビングのモニターを点けると、馬車の外の様子も確認できた。


この馬車を先頭に、伯爵夫妻にジグハルト達の乗る馬車、リーゼル達の馬車に、最後尾は荷物を積んだ通常の馬車。

そして馬車の周りに護衛の騎士達がいて、全員合わせて長さ50メートル程の集団になっている。

この分なら移動中は【隠れ家】に入っていたままで大丈夫だ。


「結構。他の者達には悪いけれど、私達はこのまま中でくつろぎましょう」


モニターに目をやり、軽く笑みを浮かべながらいつもの席へ向かうセリアーナ。

あの顔は悪いとは微塵にも思っていないな……!



昼食と1度小休憩を行い、14時を少し回った頃に、一行はエルスト領都の領主の屋敷へと辿り着いた。

ここで2泊し、セリアーナを含むお偉いさんは領主のハーレン男爵と食事や会談を行うことになっている。


ここだけじゃ無く、これから通過する領地では全部領主の屋敷で2泊する。

それをパスすることが出来れば大分短縮できるが、王都からゼルキス、果ては新領地への最短ルート上にあるだけに、今後の関係を考えるとそうもいかないんだろう。


セリアーナは、他所の程度を調べてくると嘯いていたが、面倒臭そうではあった。

お貴族様も大変だ。


「お前、こっちでいいのか?」


肩に俺を乗せたアレクが、宿泊先に向かいながら尋ねてきた。


「お嬢様とは部屋が別々になるし、なんか使用人同士で一纏めになるらしいからね。めんどくさい」


何よりアイテムの使用許可が出ないだろう。

知らない場所で【浮き玉】無しは、ちときつい。

戦闘向きじゃ無いし、街中なら問題無いんだろうが、仮にも領主の屋敷だからな……今後の付き合いもあるし、俺がごねるわけにもいかない。


「アレクこそ良かったの?」


エレナと伯爵夫妻やリーゼルの従者は貴族で、ジグハルト達は賓客扱いで屋敷に部屋が用意されている。

一方アレクは個室でこそあるが、他の騎士達と同じく離れとちょっと差がある。


「ふっ。まあ俺もまだまだあの人達に比べたら格が足りないからな。いずれは、な」


あまり気にしていない様だ。


「明日はお前はどうするんだ?」


ふと思いついたようにこちらを向いてくる。


「明日?」


「ああ。お嬢様達は街を案内されるだろうからな。護衛は男爵がここの兵を付けるだろうし、俺は休ませてもらうつもりだ」


ちょっと見てみたくはあるが……。


「オレも部屋にいようかな。疲れそうだ」


ぞろぞろ引き連れて、店の者に整列で迎えられる姿を想像してしまった。


「違いないな」


アレクも同じことを想像したのかもしれない。

笑って同意した。

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