第53話

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「そろそろかしら?」


【隠れ家】内でモニターを眺めているセリアーナが呟いた。


王都を発って10日。


領地に入り領主の下で2泊し、また出発。

最初のエルスト領でやった事を2度繰り返し、今日はいよいよ山越えだ。


「そうだね。もう出とこうか?ヘビ持ってく?」


各領地の騎士の巡回のお陰で、魔物はもちろん、見た事は無いがいる事はいるらしい野盗とも遭遇せず、ここまでは何事もなく順調そのもので、セリアーナのスキルにも何も反応が無かったそうだ。


ただ、今まで何も無かったからと言って、山の中でもそうだとは限らない。


スキル自体は【隠れ家】の中からでも効果はあるが、場合によってはセリアーナが指示を出す可能性もあるので、馬車の中にいた方がいい。


「そうしましょう。ヌイグルミは……そうね。持って行くわ」


「毛布も持って行きましょう。中と違い、馬車は冷えますから」


武装馬車には簡易的な暖房が付いているが、日差しが遮られる場所も多いだろうし、さらに冷えるかもしれない。

俺も厚着しておこう。


「さ、行きましょう」



【隠れ家】から出ると先に出ていたセリアーナはスキルを発動する準備に入っており、エレナはその事をアレクに伝えている。


「セラ、厚着はしてきた?」


「うん」


ケープに毛糸の帽子、マフラー、腹巻。

そして、俺の戦闘スタイルに合わないから普段は身に付けないが、手袋と靴下。

すぐ脱ぐことになるが、完璧だ。


「お嬢様が加護を発動されるから、隊長達や他の馬車に伝えて来てくれるかな?」


「りょうかーい」


返事をし、馬車のドアを開けると冷たい風が入り込んできた。

慌てて外に出てドアを閉めるが、外に出ている人達は大変だな……。

山に向かう道は人通りが少ないのか、雪がまだまだ残っていて、滑らないように速度が抑えめになっている。


「セラ、まずは隊長に伝えるんだ」


どこから行こうかと考えていると、アレクが指示を出してきた。


「はいよ」


伯爵達の馬車を追い越し、アレクの指示通りこの護衛隊の隊長の側に行く。


「む?セリアーナ様の従者だな。何かあったのか?」


俺が近づいた事に気づいたようで、声をかける前に振り返って来た。

この強面……中々やりおる!


「うん。お嬢様が加護を発動されたからその報告に。もし何かあればうちのアレクが指示を出しますね」


「ふむ。その事は聞いている。指示に従おう」


「お願いします。では」


俺は参加していないが、護衛同士で事前に打ち合わせでもしていたんだろう。

話はすんなり通った。


次は、ジグハルト達だ。


昨日までは俺達の乗る馬車が先頭だったが、今日は強力な遠距離攻撃手段が2枚ある伯爵達の馬車が先頭にいる。

御者に挨拶をし、馬車のドアをノックすると、すぐに開き中へ入れられた。


「そろそろか?」


俺が口を開く前にジグハルトが言って来た。

こっちも大丈夫そうだな。


「うん。お嬢様が加護を使うから、なんかあったらアレクが指示を出すね。……聞こえるかな?」


馬に乗っている隊長達と違い、こっちは馬車の中だ。

細かい部分を聞き逃さないだろうか?


「そうだな。ジグハルト、後ろの小窓を開けておきなさい」


話を聞いていた伯爵が指示を出す。

見ると既にブランケットの様な物も用意してあるし、準備は万全だ。


「今はまだ何も無いのかしら?」


【竜の肺】を見せながらフィオーラが聞いてくる。


「うん。今の所は何もないみたいだね。ここまでの道中も何も無かったみたいだよ」


「そう。ならまだ使わなくていいわね」


そう言い【竜の肺】を襟から服の下へと戻す。

消耗はしないはずだけど、まだ発動しない様だ。


「うん。それじゃーよろしく」


お次はリーゼル達の馬車だ。


まぁ、あそこが戦う様な事があるとしたら罠にかかった時位だし、出番は無いだろうな。


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「左200に5」


ヘビのヌイグルミを枕代わりにし、座席で横になっているセリアーナが左前を指差しながら小声で呟いた。


「アレク、左の200先に5です」


「おう。左の200先に5だ!」


セリアーナからエレナへ。

エレナからアレクへ。

【猛き角笛】を発動したアレクから全体へと、伝言ゲームの要領で伝わっていく。


全体の動きが止まり、さらに前の馬車から、身を乗り出したジグハルトが光りながら一発ドカンとぶっ放した。

木々をへし折りながら指定された位置に着弾し、その着弾点に即座にフィオーラの魔法が連続で撃ち込まれる。


「0よ」


「0です」


「片付いた!」


またも伝言ゲームで、敵の全滅を伝える。

それを受けて、前方に広がっていた護衛達が纏まり、全体が進み始める。


「おー……」


思わず感嘆の声が漏れる。


ジグハルトとフィオーラ。

そして、護衛達。

一糸乱れぬ、とでも言うんだろうか?


山に入ってから何度か戦闘を行ったが、大体今の様にジグハルトとフィオーラのコンボで倒している。生き延びるのもいるが、大半は逃走している為わざわざ追わず放置している。

稀に突破してくるのもいるが、先頭に陣取った隊長達が確実に仕留め、馬車に近づく事すらできていない。


訓練をしていないはずなのに、よくあんなアバウトな指示でこうまで上手く動けるな。


出来れば小窓から覗くのではなく、上から見たいのだがそれは止められた。

今セリアーナがスキルを発動しているが、範囲は半径300メートルにしている。

もしその範囲の外から狙えるような者の攻撃だったら、安易に姿を見せるのは危険だと言われたからだ。


……否定はできないね。

むしろ掠っただけでも死にかねない。

貧弱な我が身が憎いぜ……。


セリアーナの方を向くと、エレナが額に浮いた汗を拭いている。

スキルの範囲300メートル程度でここまで消耗するのは珍しい。

街中ではこの位なら余裕があったのに、外だとまた違うんだろうか?


「右100に8」


今度は横を指している。


「右横100に8です」


そしてまた伝言ゲームが始まった。

外も気になるが、残念だが俺は中で大人しくしておこう。



「どうする……?」


斜面から見下ろすと、距離はまだあるが山間を通る街道を進む対象が見えてきた。

外から中の様子は覗えないが、最優先のターゲットであるセリアーナは、アレクシオが御者を務めている2番目の馬車だろうとあたりは付けられる。


「いや……引こう」


「やらないのか?」


国を挙げての新領地開拓。


辺境での国の影響力が高まり、逆に教会の影響力が落ちることになる。

それによって辺境の聖貨回収地点を潰されるのはまずい。

そう考えた西部のいくつかの国が組んで派遣した襲撃者がこの男達だ。


「ああ。「閃光」と「魔導姫」が配下に着いたって噂があったが、本当らしい」


「落石のポイントまで待たずにか?」


「お前達も見ただろう?潜んでいる魔物が随分手前から撃たれている。あの距離から当てるのも凄いが、何より察知できる事が只事じゃない」


「……加護か。セリアーナか?」


「だろうな」


現在の最前線である、ゼルキス領。

そこには当然西部の息のかかった者達が活動しているが、領都に入り込んでしまえばすぐに捕捉される。活動していようといまいと関係無しにだ。

結果、碌に成果を得られず領都を離れることになる。


セリアーナと弟のアイゼンのどちらかが、索敵できるような何らかの加護を持っていると言われているが、恐らくセリアーナだろう。

範囲がどれほどかはわからないが、捕捉されたらあの魔導士達からは逃げられないかもしれない。


「まだ機会はある。ここは消耗を無くす事が第一だ。離脱して他のルートを張っている連中と合流し、次の機会を待とう」


皆その言葉に頷く。


「ルートはどうする?出来るだけ速やかに離れるべきだろうが……」


「北に抜けよう。そこから回り込んでゼルキス入りだ。それならあいつらが先行するだろうし、出くわすことは無い」


「わかった。行こう」


そう言い、男達は移動を開始した。



「あら残念」


「どしたの?」


横になったままのセリアーナの呟きが聞こえた。


「気にしなくていいわ」


「……そう?」


訊ねるが答える気は無いようだ。

ちょっと気になるが……まぁいいか。

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