第51話

123


「ふぬぬぬぬっ……!」


両手を顔の前にかざし、気合を入れる。


何となく。

本当に何となく程度だが、魔力らしきものが微かに感じられる。

ゆらゆら手の前を漂うソレを崩さない様気をつけながら、ソレに意味を持たせるよう集中する。


これは……いける。

今回はいけるぞ!


「ふぐぐぐぐ……」


もう一息だと、更に気合を込めた。


「っ⁉」


冬とは言え今はまだ昼間。

天気も良く日の光がさしているが、それでも僅かに日光以外の光が、両手の間にあるのがわかった。


「でっ……できたっああああああっ⁉」


「あー……」


遂に魔法に成功した俺の喜びの声が、驚愕の叫びに変わり、上から覗いていたジグハルトは呆れた様な声を出した。


魔法の存在を知って4年か5年。

こっそり練習しつつも全く成果が上がらなかったが、魔力を発光させるだけの初歩中の初歩とは言え、切れかけの豆電球に、同じく切れかけの電池で点けた程度の光量とは言え、遂に俺は魔法を成功させた。



「ただいまー」


練習を終え裏庭からセリアーナの部屋へと戻って来た。

魔力の流れを感じやすいようにと、アイテムは全部外してあるから歩きなのだが、疲れているからか随分遠く感じた。


「おかえりなさい。ここまでお前の叫び声が聞こえたわよ。また失敗したの?」


部屋に入ると、机に向かい何やら書き物をしていたセリアーナが顔を上げ声をかけて来た。


この部屋は庭側にあるが、ここまで届いていたのか……。

子供の声はよく通るからな。


「うるさかった?」


「別に構わないわ。それで?怪我でもしたの?」


「いんや……成功したよ」


「あら、おめでとう。それにしては余り嬉しくなさそうね。何かあったの?」


「むぅ……」


我ながらくだらない事で叫んでしまっただけに何て説明したものか。


「わずかにだけれど、発動は出来たんだよ。ただな、それをアカメが食っちまってな……」


逡巡する俺を横目にジグハルトが笑いながら説明する。


そう。

俺の初魔法は、発動した瞬間に袖から出てきたアカメに食べられてしまった。

潜り蛇は宿主の魔力を吸収するそうだし、魔物は明かりなんて使わないだろうし、なんの攻撃力も無い魔法は餌に見えてしまったのかもしれない。


まぁ?

コツはもう掴んだし、いいんだけどね!


「私の教え方は下手だったかしら……?」


部屋のソファーにかけていたフィオーラは、ジグハルトの教えで俺が魔法を成功させたことが面白くなさそうだ。


「下手というか、言ってる事がわからんかったのよ……」


この2人の今の仕事は俺の護衛と魔法指導だ。

その仕事は、あからさまに戦力を集め過ぎるのはよくないという事で、あくまで便宜上の物であったが、王都を発つまであまり時間が無いという事で、ジグハルトは戦闘が出来ず、フィオーラは研究が出来ずで退屈だったのか、割と真面目に教えてくれた。

教えてくれたのだが、フィオーラはちょっと駄目だった。


神話や詩を交えて魔力の存在を認識し、そのシーンを演じる事で発動するってのが魔法の基本的な身に付け方らしい。

フィオーラの指導法は基本に則ったものだったが、俺は肝心のそこを学んでいないため、上手くいかなかった。

貴族や、平民でも上流階級だと幼少時に礼儀作法の一環でその辺をしっかり学ぶそうだ。

強力な魔法を扱えるかどうかはまた別として、魔法を使えるって事はそう言った教育を受けている証拠でもある。

ある程度の魔法を使える冒険者の数が多くないのは、いい家出身の者で冒険者を目指す者が少ないからなのかもしれない。


もちろん何も教わらずに使えるようになる者もいるが、そんなのは一握りの馬鹿か天才位だ。


その点、その一握りの馬鹿で天才のジグハルトの指導法の方が、シンプルでわかりやすかった。


「大きく息を吸って、腹にグッと力を入れて、後は気合だ気合!」


何という脳筋スタイル。


124


ジグハルトは西部の傭兵の子として生まれ、子供の頃から戦場に出ていたそうで、そこで飛び交う魔法を見たり、時折流れ弾を食らったりして何となく使えるようになったらしい。


その経験を生かして、当たっても精々クッションを投げつけられた程度のダメージしかない様に加減した魔法を、ペシペシ撃ちつける事で魔力を認識させるようにする。


初めてやったらしいが、実際その方法で1週間程で俺が使えるようになったんだから侮れない。


とはいえ、そこまで威力の調節が出来る者がどれだけいるのか。

おまけに付きっきりのマンツーマンでの指導だ。

効率が悪いにも程がある。


「まあ、どんな形であれ魔法を身に付けられたのはよかったじゃない。フィオーラ、ジグハルト、ご苦労だったわね」


「なに、いい暇つぶしになったさ」


「基礎が誰にでも通用するわけでは無い、という事がわかったのは悪くは無かったわ」


労うセリアーナに、軽く応える2人。


思えば贅沢な講師陣だ。

国どころか、大陸トップクラスの魔導士にマンツーマンだからな……。

その結果がほんのわずかな明かりってのが何か申し訳ない気がしてきた。


「2人とも、ありがとうね」


改めて礼を言っておこう。


「貴方への指導法はまた別の物を考えるわ。楽しみにしていなさい」


ジグハルトは、気にするなと手をひらひら振っているが、もしかしたらフィオーラのプライドを傷つけてしまったのかもしれない。

やる気になっている。


「ぉ……ぉぅ。わかったよ……」


詩集でも読んでおこうかな……。

確か領都のセリアーナの部屋にはテキストが置いてあったし、それ借りるのもいいかもしれない。


「ああ、セラ。明日お母様がお茶会に呼ばれているのだけれど、お前を連れて行きたいそうよ?」


会話が途切れたところで、セリアーナが思い出したように言って来た。


「む?」


ミネアさんか……。

来週領地に帰るしその前にお友達とでも会うのかな?


「お嬢様の明日の予定は?」


「来客予定は無いわね。王都に居るのもあと少しだし、少し買い物でもしようかしら。お前はどうするかは自分で決めなさい」


「わかった。んじゃ奥様の方について行くよ」


買い物って言っても、懇意の商会から品持ってこさせるからな……。

一度、お買い物に行くのかな?と思い付き合ったことあるが、丸1日かけて何組もの商人が入れ代わり立ち代わりやって来ては品物を広げるって事をやっていた。

エレナやメイドさん達は楽しそうにしていたが、買い物に時間をかけない俺には中々辛い時間だった……。


屋敷の中じゃ【隠れ家】に逃げ込むような危険な事は起こらないだろうし、ここは逃げさせてもらおう。


「なら後で伝えておくわ」


「はーい」



朝、起床し【隠れ家】からセリアーナの寝室の壁へと出るが、ベッドが膨らんでいる。

セリアーナはまだ起きていない様だ。


学院が終了してから朝寝坊が続いているが、よくよく考えるとダラダラできる時間は今くらいだろう。

領地に戻れば、やる事はたくさんあるし、結婚も控えている。

結婚したら新領地の開拓等でこれまた忙しい。


怠けようと思えば怠けられるだろうが、彼女の性格だとそれも無いだろうし……。

大変だなぁ。


グ~~

「ぉぅ……」


俺のお腹も大変だ。


「ん……」


朝食に行くため部屋から出ようとしたところ、俺の気配に気づいたのか目を覚ましかけている。

起こしちゃ悪いし、さっさと部屋から出よう。


「おはよう」


部屋から出ると既にエレナが控えており、小声で挨拶をしてきた。


「おはよう。早いね」


「私はいつも通りだよ。お嬢様はまだお休みだったかな?」


「うん。ちょっと起きかけたけど、また寝たと思うよ」


「そう。ならいいわ。セラは今日は奥様とご一緒するんだったね?早めに朝食を済ませておいで」


「はーい」


朝から出発するらしいし、俺もさっさと食べて準備を済ませよう。


125


「セラさん、今日は付き合わせて悪かったわね」


帰りの馬車で向かいに座るミネアさんが謝罪をしてくる。

もっとも微笑……というより苦笑だが、笑いながらなので、本気じゃ無いんだろうが。


今日の招待主はミネアさんと同い年で、学院時代からの友人らしい。

そして、彼女の息子がセリアーナと同い年で今年度学院に通っており、この度婚約したらしい。

その事について2人があれこれお喋りをしつつ、俺は【ミラの祝福】を施していた。


ほぼ丸1日と時間に余裕があったので、間に昼寝とおやつを挟んで両腕と頭部の2ヵ所。

合計2時間行った。

別に太ったりやつれたりしていたわけでは無かったが、受ける印象は大分変わると思う。

近いうちに婚約相手の家と会うそうだが、充分だろう。


「いえいえ。学院のお話を聞けて楽しかったです」


貴族学院は卒業と称していても、卒業式があるわけでは無い。

卒業証書授与や帽子を投げたり等イベントも無し。

平民の学校は卒業式や成績優秀者の表彰等があるらしいが、そういったものは行わないらしい。

したがって、卒業パーティーでの突発的なロマンス等も勿論無し。


まぁ、外国人もいるけれど、通うのは皆貴族だからね……。

ドラマチックではあるけれど、そんな無謀な事はそうそうやらないか。


その代わり、学院生活で交流を深め最終的に婚約をするって事はそれなりにあるらしい。

学院が終了する前後から【ミラの祝福】の依頼が増えていたけれど、卒業に合わせて王都で家同士の挨拶を済ませるから、それに備えての事だったんだろう。


そう考えると貴族学院ってのはあまり行事というか、面白いものは無さそうな所だ。

食事は……美味しかったかな?

それ位か。


「そう?もしその気があるのならセラさんも従者として通う事も出来るわよ?」


「ぬ?」


どういうことだ?



「って事があったんだよね?」


夜の報告会。


基本的に俺は隠し事はしない。

何かあったら言う。

知らない事は聞く。

わからないことも聞く。


報連相は大事だ。


「お母様が?」


考え込むセリアーナ。

ただそこまで深刻な気配は無い。


「そうね……。わからなくもないわ」


「どゆこと?」


引き抜きとかそういう感じじゃ無いんだろうか?


「お前がルトルの孤児院から脱走したことを知っているのは、私達と処理をしたお父様と騎士団長の5人ね。お母様もだけれど、それ以外の者は領都の孤児だと聞いているの」


「うん」


思った以上に少なかった……。


「私の専属とは言え、領主夫人としては自分の手の届く範囲にいる子供にはあまり危険な場へ行かせたくないのでしょう。引き抜きというよりはもう少し成長を待ってから、ってところね」


「……危険なの?」


俺どっちかって言うと王都の方が危ない目に遭っているぞ?


「開拓は危ないものよ。お前がどれくらい戦えるかも知らないでしょうしね」


なるほど……。

じーさんは少しは知っているけれど、親父さん達は離れていたし、わざわざ知らせる事でもない。


「それに、お前なら【ミラの祝福】もあるし、学院で作法を学べば貴族相手に商売ができるようになるわ。私の下にいるままでも、冒険者以外の道を選べるようにもなるわね。選びたい?」


「選びたくない……」


分かり切ったことを。

1時間ダンジョンに潜り偶に屋敷の手伝いをし、後はゴロゴロっていうお気楽生活は手放せない。


「そうね。お前が面倒な作法を嫌っている事を私は知っているわ。ダンジョンの探索を嫌っていないこともね」


配置転換というかキャリアアップというか……そう言う事だったんだな。


「今なら伯爵家長女にその母親である伯爵夫人として意見できるけれど、領地に戻ったら私の立場も変わるし難しくなるから、このタイミングを選んだんでしょうね。私の方から無用な心配だと伝えておくわ」


「揉めないようにね?」


「問題無いわ」


フッと笑っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る