第50話

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「お帰りなさ……どうしたんです?」


窓から入って来たセリアーナを迎えようとしたエレナだが、抱えられている俺を見て不思議そうにしている。

きっと強張った顔をしているはずだ。

大分高い所を飛んでいたから、俺の悲鳴はここまで届かなかったらしい。


「体が冷えたんじゃないかしら?上はずいぶん寒かったから」


「代わりましょう。温めます」


エレナが適当に答えるセリアーナから俺を受け取り、魔法で温めてくれる。

これに送風を合わせたのが普段ドライヤーみたいに使っている魔法になるのか……。

別に冷えたからあんな顔していた訳じゃ無いけれど、温かいからいいか。


「それで、どうでしたか?途中で見えなくなりましたが、王都を一回りしたのでしょう?」


「地図ではなく自分の目で見る事が出来たのは悪くなかったわ。これで私の【範囲識別】もより正確に機能するはずよ」


なるほど……一応考えがあったのか。

ただのスピード狂じゃ無かったんだな。


「今後も使われますか?」


「それは……無いわね。あまりにも無防備すぎるわ。セラだけじゃ私を守れないでしょう?」


「そうですね。お嬢様の加護があるとはいえ、それを隙と見るものがいないとも限りません。もうやめた方が良いでしょうね」


良かった……もうやらないらしい。


「~~~ぁふっ……」


ホッとしたのと温まったのとで眠くなってきた。

もういい時間だし、そろそろ寝たい。


「もう遅いわね。寝ていいわ。私はまだやる事が有るから【隠れ家】を使わせてもらうわよ?」


「はーい」


なんか今日は色々あった上に最後の最後で疲れた。

寝よう!



王城内にある騎士団訓練場。


以前【緋蜂の針】の検証に来た時はもう少し時間が遅かったからか人の姿もあったが、今は朝の10時ちょっと過ぎ。

まだ朝の任務が終わっていないからか、俺達を除き人の姿は無い。

訓練場入り口には兵士が立っているがそれだけだ。


ちなみに、今日の本命であるジグハルト、フィオーラの2人は、今日は俺の護衛兼魔法指導って名目で同行している。


その人気のない訓練場に、前座のアレクの雄叫びが響いている。

【猛き角笛】は装備した方の手を口元にやって大声を出すことで、声の届く味方を対象に発動するらしい。


……これは俺が使う事は出来ないな。

出来るだけ気付かれる事無く、コソコソするスタイルの俺とは相性が悪すぎる。

いや、でも後方に陣取って空中から「突撃ーー‼」とかはやってみたい……。


そんなことを考えつつしばらく眺めていると、検証を終えたのかアレクが戻って来た。


「もういいの?」


「ああ。とりあえず発動の仕方はわかった。後はゼルキスに戻る前にダンジョンで何度か試しておくさ」


まぁ、敵も何もいない場所では手ごたえを感じにくいか。


「ふむふむ。んじゃ、次はこっちだね。ジグさんからどうぞ」


首にかけていた【竜の肺】をジグハルトに渡した。


「ああ!使わせてもらうぞ」


受け取り首にかけるジグハルト。

声が弾んでいるように感じるのは気のせいじゃなさそうだ。


【竜の肺】は魔法に関係するものらしいが、未だ魔法を使えない俺だと何かあったら対処できないから、まだ発動していない。

果たしてどんな風になるんだろうか?


フッっと一息吐いて、発動したのがわかる。

それはもう一目で。


「わぉ……」


横からだが、口元に赤い模様の様な物が浮かび上がっているのが見える。

首にもある事から、恐らく【竜の肺】を起点に胸元から来ているんだろう。


「ジグさん、こっち向いて」


彼の立ち位置だと側面しか見えないので、正面を向いてもらったのだが……禍々しい。

胸元から炎が這いあがっている様だ。


「なるほどね……」


こちらを向いたジグハルトを見たフィオーラがそう呟く。


あの体に直接魔法陣を刻み込むって手法は、この姿から着想を得たんだろう。

何となく似ている。


「ジグ、どう?何か変わりはあって?」


自分では見えないからだろうか、俺達の反応に怪訝な顔をしているジグハルトに、鏡を見せながらフィオーラが訊ねる。


「……いや、何も無いな。見た目だけか?」


「どうかしらね?試したらわかるんじゃない?」


「そうだな。お前達、少し離れていろ」


後ろに下がるよう手で示した。

魔法を使うっぽい!


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ズドドドドドドっと魔法の着弾音が響き渡る。


これは大規模魔法じゃなくて、普通の魔法のはずだ。

それでも訓練場にクレータの様な跡が出来てきているのが恐ろしい。


「これは何しているの?」


「基礎魔法で威力の向上具合を試しているの。杖を新調した時によくやるわね」


埃を吸わない様にだろうか?

扇で口元を隠しながらフィオーラが説明してくれる。


試し打ちか。

基礎魔法であの威力って事は、大規模魔法以外にも効果があるんだろう。


「見たところ威力も連射速度も変化が無いわね」


……効果は無かったらしい。


唖然としていると、魔法の連射を止めたジグハルトが近づいて来た。


「フィオ、硬いやつを頼む」


「ええ」


それだけ言うとまた離れていった。

わざわざ指定するって事は今度こそ大規模魔法か。


念の為アレクの後ろに隠れていると、その間にフィオーラが高さ2メートル程の壁を、離れた所に作り出していた。

厚さはわからないが、硬いやつって言われて出した位だし、以前俺が砕いた的よりは硬いはずだ。


「っ‼」


その硬いはずの壁が一瞬で砕け散った。

それ以前にいつ魔法を撃ったのかすら気づけなかった。


「……アレクはわかった?」


「いや……気を抜いたわけじゃ無いんだが……速すぎる。外での戦闘で何度も魔法を撃つところを見たが、あそこまで速くはなかった」


だよな?


更にフィオーラが複数の壁を出すが、どれも一瞬で砕けていった。


「ん?」


フィオーラが複数の壁を出し、ジグハルトが一瞬で砕く。

それを何度か繰り返したと思ったら、今度は一際巨大な壁を一つだけ出した。

どうするんだろうと見ていると、強烈な光が突如放たれた。


「くっ⁉」


「んぎゃっ⁉」


俺とアレク仲良く声を上げる。

そして間髪入れず、雷が落ちたような音。


そういえばこのおっさん「閃光」だったな……。


「ああ……クソっ、油断した。セラ、大丈夫か?」


「あのおっさん急に光りおって……!」


モロに見てしまったが、以前のダンジョンの時と違いすぐに視力は戻った。

加減でもしたんだろうか?

とりあえずどうなったか確認しようと壁の方を見たのだが……。


「どうよ……あれ」


「……すげぇな」


何というか言葉が出ない。


「分厚い物を貫通するってのは、割ったり砕いたりするより難しいはずなんだがな……」


貫通したおかげでわかったのだが、巨大な壁と思ったのは1辺3メートル程の立方体で、20センチ程の穴が綺麗に反対側にまで貫いている。


その魔法を撃ったジグハルトはフィオーラと何やら言葉を交わし、【竜の肺】を渡している。

ジグハルトの番は終わったらしい。

片手をあげ、こちらに近づいてくる。


「おう、悪かったな。目は大丈夫か?」


先程の閃光の事だろうか?


「ええ、気を抜いたつもりは無かったんですが……やられましたよ」


はははっと笑いながら答えるアレク。

俺の代わりにガツンと言ってくれていいのに……!


「【竜の肺】はどうだった?」


「あー……凄いな。まあ、外では話さない方がいいか。お嬢さんは学院は昼までだろう?屋敷で話そうぜ。今はフィオの魔法だ」


やっぱ凄かったのか……。

どう凄いのかも気になるけれど、ひと気が無いとはいえ確かに外で話す事じゃ無いな。

フィオーラの魔法は見るの初めてだし、そっちに集中しよう。


その前に……。


「フィオーラさんも光ったりする?」


大事な事だ。


「いや、あいつは光らねーよ。そのかわり、あの扇が見えるか?【月の扇】って名前の恩恵品で、魔力の消費はデカいが、火、水、風って要領で複数の属性を同時に扱えるらしい。派手だぞ」


フィオーラがいつの間にか持っていた扇。

アレはアイテムなのか。


話しを終えフィオーラの方へ向き直ると、火球やら水球やら何かの球やらを自分の周囲に浮かせていた。

確かに派手そうだ……。


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フィオーラがいた辺り一面に立ち込める霧。


彼女がドカドカ魔法を撃ちまくった結果だ。

火球と水球が同じ的に当たり、蒸発することで水蒸気が発生し、それを風で散らす。

10分間程度だが、それを何度も繰り返した結果がこれだ。


聞こえてくる炸裂音や間隔に変わりがない事から、もうアイテムの検証とかそんなのじゃ無く、楽しくなってんじゃないか?


アレクの雄叫びに始まりずっと大きい音を立てているし、入口に立つ兵がチラチラこちらを見ている。


「ちょっと……ジグさん?」


「ああ。止めてくる」


皆まで言わずとも察したのか、苦笑を浮かべながら霧の向こうへ消えていった……。


これだけ言うとカッコいいんだけど……、おっさん、おばさんが、玩具にはしゃぎまくっていただけだからな!


程なくして音が止んだかと思うと、強い風が吹き霧が散らされていった。

視界の先にはクレーターだらけの訓練場と、それを直している2人の姿がある。


「そういえば、大分大きい音立てていたけど大丈夫だったのかな?」


地面を均している2人を眺めながら、ふと沸いた疑問を口にした。


「この季節は何処も窓を閉めているし防音もしっかりしている。問題無いだろう。お前への魔法の指導って口実で来たんだし、魔法を使う事はそこの連中も把握できているからな」


騎士団本部を指さしながらアレクが答える。


なるほど、そりゃ安心だ。


「終わったみたいだな」


アレクが言うように、2人がこちらに向かって来ている。

フィオーラはもう【竜の肺】を外している様で、元の姿だ。


「ちょっとやり過ぎたわね。悪かったわ」


自覚はあるらしい。


「それで、屋敷に戻るのかしら?お嬢さんに出す報告書をまとめたいのだけれど」


「そうですね、他に用が無いのなら戻りましょう。昼から予定はありませんし、ついでに報告もしましょう。それでいいですか?」


「ええ、構わないわ」


「オレもー」


「俺もだ」


アイテム検証はこれでお開きとなり、帰還する事となった。

ジグハルトとフィオーラも屋敷に来るって事は、【隠れ家】を使う事は出来ないか。

シャワー浴びたかったな……。



【竜の肺】の効果。


大規模魔法の発動の補助というのは間違いではないが、より正確には、周囲の魔素と自身の魔力を混合し、吸収する。

その2つの過程の補助をするらしい。

魔法の威力が上がったり、使う事の出来ない者が使える様になったりはしないそうだ。


ただ、本来いくつもの過程を経る大規模魔法で、2つ無視できるのは使い手に余力を生む事になる。

その事から、発動できるかギリギリの者は【竜の肺】を使えば、大規模魔法を扱えるようになるんじゃないか、というのがジグハルトとフィオーラの考えだ。


……刺青、ある意味惜しかった気がする。


「貴方達には効果はあったの?元々なくても使えるんでしょう?」


「ソレの効果で威力が上がることは無いが、余力を速度や精度、威力に割り振れるからな。今まで3発しか撃てなかったのが5発撃てるようになりゃ影響は大きいだろう?それに、俺にもまだまだ無駄があったことが分かった。後数回試せばコツが掴めるはずだ。もうすぐしたら領地に戻るんだよな?そっちで試させてもらうぜ」


「そうね。足を止めて動かない的に向かって撃つより、実戦で試す方が得られるものが多いはずよ」


フィオーラも乗り気らしい。


「そう……ならよかったわ。【竜の肺】は普段セラに持たせておくから必要な時は言って頂戴」


聞いたセリアーナは、なんでそこまで?と思っているのかもしれない。

少し言葉にキレが無い。


まぁ、それはそれとしてだ。

俺は横で報告を一緒に聞いていて気になることが一つある。


「ね、ジグさん」


「あ?」


「話を聞いていると、威力には【竜の肺】は関係無いみたいなんだけど……」


「ああ。まあ無くても威力は出せるが、ある方が手軽に出来たな」


「……最後の一発も出来るの?」


「最後……?ああ、あの抜いたやつか。出来はするが、あそこまで収束するなら5秒位はかかるな」


「ふ……ふーん……」


そっかぁ……5秒あればアレ撃てるのか……。

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