第48話

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「よく来たわね」


冬の1月の初週。


王都生活もあと1月ちょっとというそんな時に、ジグハルトからセリアーナに面会の申し出があった。

用件は聖像の使用願いだ。


10枚揃ってから何か月も経っているのに、あのおっさんまだガチャを回してなかったらしい。


「……どうしたのその服?」


フィオーラを伴いやって来たのだが、服装が……。

以前やって来た時は、所謂礼装だったが、今回は儀礼用の恰好だ。

ジャラジャラしている。

フィオーラはフィオーラで派手といえばそうなんだが、こっちはいつも通りだ。


「当然だろう?」


……何が?


そう思いフィオーラに目をやると、ため息交じりに説明を始めた。


「この人、どうしてもこの恰好にするんだって聞かなかったのよ。今まで間が空いたのもそれを仕立てていたからだし……ごめんなさいね?」


「当然だ。聖貨を使う神聖な儀式には、それに相応しい服装で臨まなければならない。わかるだろう?」


「わかんねーよ?」


拗らせちゃったのかな?


「……まあいいわ。セラ、聖像を持って来て頂戴」


セリアーナも若干引いているようだ。


「はーい」


寝室に向かい、そこから【隠れ家】に入り、中に飾ってある聖像を持ち出す。

用件はわかっているんだし、出しておけばいいのにと思うが、わざわざ持ってくるという動作を挟む方が、有難味が増すらしい。


アホなことを……と思っていたが、ジグハルトを見ると満更でもなさそうだし、これでよかったんだろう。


「では、始める」


そう言うと、机の上に置いた聖像に向かい、跪くジグハルト。

聖貨を両手で握りしめ何やら呟きながら祈りを捧げている。


アレクは何か通じるものがあるのか、真剣な顔でジグハルトを見つめ、他3人はやや引いている。

俺……この後やろうと思ってたんだけど、どうしよう。


「お?」


祈りを終えたのかいよいよ捧げるようだ。

頭を下げたまま両手を聖像に向けて伸ばした。


……すっごい真剣だ。


光りに包まれ手から聖貨が消えた。

きっと頭の中でドラムロールが鳴り響いているんだろうが……長い。


「んああああっ⁉」


1分程捧げた体勢で固まっていたと思ったら、突如悲鳴なのか何なのかわからないが、叫び声を上げた。


まぁ……外れだったんだろう。

がっくり項垂れているし。


そのまま見つめていると、項垂れるジグハルトの頭上にロープの様な物が現れ、そして頭の上に落ちた。


「何なの?」


素材なんだろうけど、ロープ?


「魔糸ね。布に決まった模様を刺繍することで効果を持たすことが出来るわ」


まだ動かないジグハルトの代わりに、彼の頭の上から取り上げたフィオーラが説明した。


「ゼルキスの私の部屋のカーテンを覚えているかしら?あれは魔糸で刺繍し耐火の効果を持たせてあるわ」


次いでセリアーナも。


「へー」


領都の彼女の部屋を思い出すと、カーテン一面に刺繍がされていた。

そういえばこの部屋のカーテンには裾に植物が刺繍されているだけで、そのようなものは無い。

只のデザインなのかと思っていたが、意味があったのか。


それはそれとしてだ。


「ジグさん、大丈夫?」


微動だにしない。


まぁ、確かこれが初めてだったんだろうし、あんなに気合入れていたのにこれじゃあねぇ……。


「いつまでも項垂れていないで立ちなさい」


呼びかけても反応なかったが、業を煮やしたのかフィオーラが襟を引っ張り立ち上がらせた。


……強い。


「セラ、お前もやるんでしょう?やってしまいなさい」


「うん」


しかし、アレの後か……何かやり辛いな。


やるけども。


「むむむむむ……」


いつも気合だけなら充分な自信があるが作法は無視していたから、今回はジグハルトを倣って厳かにやってみた。


頭を下げているから見えはしないが、手から聖貨が消えた事がわかる。


そして脳内に鳴り響くドラムロール。


さあ!

今度こそ飛び道具!

俺に遠距離攻撃手段を!


「ふんっ!」


気合を込めストップさせ、頭に浮かぶ言葉に集中する。


【猛き角笛】


……お……音波兵器とか?


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「ほっ」


宙に浮いた状態のアイテムを、落下する前にキャッチした。


20センチ程の長さで、灰色に近い白の円錐が湾曲した形状。

何かの角の様だ。


まぁ、角笛っていう位だしね……。


「それは何なの?」


「【猛き角笛】だって。知ってる?」


開放していない状態だとまんま角笛だ。

どう考えても音波兵器じゃ無いな……。


「……声に士気向上や、混乱を鎮める効果を与える恩恵品だ。西部のいくつかの国の貴族や傭兵団で所持している者がいた」


「へー……アレクは知ってた?」


フラフラしつつも知っているのかジグハルトが【猛き角笛】の説明をする。

西部出身で、あっちで傭兵をしていたことのあるアレクはどうだろう?


「噂だけなら聞いたことあったな。どんな戦況でも規律を保つ隊があるって。この国でも王都の騎士団と、どこかの男爵家が1つずつ持っていたはずだ」


「ほう」


【祈り】の様に強化はしないけれど、どんな状況でも実力は発揮できる様になるのかな?

……テストの時とかにあると便利だろうな。


さて……それはともかくどうしたものか。


チラっとジグハルトの方を見るが、ダメそうだなこれは。

壁にもたれながらとはいえ、自分の足で立ってこそいるものの、顔がひどい。

昔酒場を手伝っている時に見た、仲間を死なせた連中や、有り金全部すった連中と同じような顔をしている。


まぁなー……どれだけ年月をかけたのかは知らないけど、その結果がアレだもんな。


アレこと魔糸は、フィオーラが手にしている。

使い道はあるだろうが、ジグハルトにとっては必要ないだろう。


一般市民はもちろん、冒険者でも聖貨を換金に出す者も多いそうだが、今の彼を見てしまうと無理も無いように思える。


「ゴブリンにケツを刺される」という心に深いダメージを負った時に使う下寄りのスラングがあるが、今の彼には相応しいかも知れない。


とは言え、この空気!

どーすんだ?


「セラ」


「ん?」


重いんだか気まずいんだか微妙な空気を破るセリアーナの声。


「確か持っていた聖貨は19枚だったわね。今使ったから残りは9枚。そうね?」


「うん」


返事を聞くなりセリアーナは寝室に向かい、そしてすぐに戻ってきたと思ったら、聖貨を1枚渡してきた。


「これを使っていいから、もう一度やりなさい」


「……俺でいいの?」


どうせやるんなら自分でやっちゃえばいいのに。


「私は10枚捨てるのは嫌よ」


確かに。


別にセリアーナは自身を強化する必要は無いんだし、ガチャをしなくてもいい。

ただ、ジグハルトが思った以上に凹んでいるからな……。


今後のモチベーションとかを考えると、どうにかしておきたいんだろう。

かと言って、ジグハルトに10枚渡してまた外れだったり、全く合わないのが出て来ても困るから、1枚で済む俺にやらせようって事か。


なんかもう疲れて来たし、さっさと済ませよう。


「ほいっ!」


聖像に捧げ、聖貨が消える。


「たっ!」


間髪入れずにストップ。


「おや?」


頭に浮かんだ文字は【竜の肺】だ。

何か凄そうなんだけど……火でも吹くの?


ジグハルトには残念だけど、遂に俺にも遠距離手段が?

と思ったのだが、違ったらしい。

スキルではなく、またしてもアイテムだ。


「お?」


目の前に光る輪っかの様な物が現れた。

2連続か……絶好調だな!


落下する前に受け止め、広げてみる。


銀色の鎖に、中央に来る位置に楕円の飾りがある。

大きな口を開き、舌と牙が見えるから竜を模しているのかもしれない。


「ペンダント?」


「何だったの?」


「【竜の肺】だって。火でも吹けるように」


「【竜の肺】だと⁉」


アイテムの名前を聞くなり、壁にもたれ死んだような顔をしていたジグハルトが大声を上げ近寄って来た。


「ぉ……ぉぅ」


「見せて頂戴!」


同じくジグハルトの隣にいたフィオーラもだ。


2人とも目を見開き似た様な表情をしているが、これが何か知っているんだろうか?


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「知ってるの?」


「賢者の塔の秘宝よ」


賢者の塔。


塔と言ってもただ塔が建っているわけでは無い。

大陸西部の北端にある、自治都市を指す言葉だ。

俺も詳しい事は知らないが、何か色々使ったり研究したりしている機関って認識なんだが……。


「賢者の塔の?それなら何かを作る物なの?」


セリアーナも同じ認識らしい。


「いいえ、違うわ。大規模魔法の補助をする恩恵品だそうよ。もちろんこの情報が正しいかはわからないけれど……」


「大規模魔法の補助……貴方の刺青に似ているわね。でも、それ程の物なのに私は初めて聞いたわ」


「その発想自体が【竜の肺】から得たものだそうよ。そもそも魔導士協会は、過去賢者の塔の外部組織でもあったから研究を任されていたの。世に知られていない理由は簡単。隠していたからよ。私は魔導士協会の研究資料を見たから知っていたけれど、本当にごく一部にしか知られていないはずよ」


強力なアイテムは、建国神話と絡めてその国に定着している事が多い。

【緋蜂の針】の様に名前を変えてあることも多いそうだが、国の内にも外にも牽制になる。

記念祭の時の【神剣メサリア】の様に王家の権威付けにもなるし、むしろ積極的に広める事の方が多いくらいだ。

俺も物語集でいくつか話があったから知っている。


にもかかわらず、パッと聞いた感じ強力そうなのに隠すのか。


「何か問題でもあったの?」


「私の知る限りでは無いわ。彼等は自分達で作り出すことが最優先で、恩恵品の研究は後回しにするの。複製や効果の再現が出来たのなら別だったのかもしれないけれど、結局できなかったし、今も研究を続けているのかもしれないけれど、進展があったとは聞かないわね。教授と呼ばれる塔の幹部達が使用権を持っているけれど、ここ30年近くは使用されていないはずよ」


……研究オタクって感じなのか。


「それでも秘宝として扱う位の代物って事ね」


「そうよ。絵では見た事があったけれど実物を見る機会が来るとは思わなかったわ」


「国宝級2個目か。……オレ凄いな」


まぁ、ガチャは一生に1度2度あるかどうかって位らしいし、これだけ数こなせば出るもんなんだろうか? 


「本当ね。褒めてあげるわ」


「……ありがと」


「それよりも……ジグハルト。開放するから寄こしなさい」


ジグハルトの方を見ると【竜の肺】を掲げたまま固まっている。


「そういえばジグさんも知ってたんだね」


「10年位前に私が話したわ。塔に移って幹部を目指すか真剣に悩んでいたけれど、思いとどまって正解だったみたいね」


そう言うなりフィオーラはジグハルトの方へ近づき、スパンッと頭を叩いた。


「お嬢さんが呼んでいるわよ。さっさと渡しなさい」


「あっ……ああ」


我に返ったのか、すまんと頭を下げながらセリアーナに渡す。


最初は渋いおっさんって印象だったのに、だんだん愉快なおっさんに変わって来たな……。


「セラ、来なさい」


「はーい」


まずは【猛き角笛】から開放する。

セリアーナと手を合わせて、気合を入れると淡く光った。


元の見た目はその名の通り角笛だけれど、どんなのになるんだろう?

そのままかな?


「お?」


現れたのは銀色の輪っか。

ブレスレットと言うよりバングルかな?


「アレク。これは貴方が使いなさい。セラ、いいわね?」


やっぱりか……。


「まぁ、よくないけどいいよ」


よくないけどな!


「お前が持っていても仕方が無いでしょう」


セリアーナは俺を見てフッと鼻で笑い、アレクに下賜している。


「次は【竜の肺】ね」


こちらも同じくサクサク済ませる。


さっきと違い形状に変化は無く、ペンダントのままだ。

【浮き玉】や【影の剣】と同じだけど別に意味は無いらしい。


「これはどうしようかしら……そうね。普段はセラが持っていなさい」


ジグハルトとフィオーラにも使えるようにしたのにいいんだろうか?


「……魔法使えないよ?」


「実際の効果はわからないけれど、2人に持たせると強力過ぎるでしょう。使えないお前に持たせておく方が良いわ」


まぁ、鬼に金棒とかそういうアレだな。


「そか。わかった」


それにしても【浮き玉】も含めたら普段から5個も身に着けることになるのか。

随分お高い幼女になってしまったな……。

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