第42話

102


「……ぅぉぉ」


「わー!」とか「おー!」とか「すごーい!」とかいっそ「きゃー」でもいいけど、そんな感じの反応をしたいんだが、実際に出たのは今の様な呻き声だ。


フィオーラに施術の礼に案内すると言われていたが1月近く経ってようやく実現した。


普通は見学できるような場所では無いのだが、時間制限はあるものの許可自体はすぐに出たらしいが、それよりなにより彼女が協会を辞めるという事が問題になった。

一応彼女は役職こそ無いようだが、メサリア王国魔導士協会屈指の実力者だけに、国内に留まるとはいえ王都を離れる事を大分引き留められたらしい。


セリアーナ経由でそのことを聞いていたし、いざとなればリーゼルに動いてもらうと言っていたが、その必要は無かった。

それどころか、ローブに襟章付けた人が案内役な辺り協会側は彼女に後ろめたい思いもあったんじゃ無かろうか?


まぁ、その辺は俺には関係のない事。

今は王都結界の要「ラギュオラの爪」だ。

王城の敷地内にある、騎士団本部のすぐ目の前にあるやたら厳重な警備態勢を敷かれている施設の地下深く。

そこの床に埋められ、何本もラインが繋がっている。

近いイメージだとパソコンのマザーボードにはまったCPUか。


しかし、爪なんだよなぁ……?

俺と同じ位の大きさがありそうだ。


「大きいでしょう?全長1,3メートル、重さは82キロ。前足の爪だそうよ」


「オレよりデカいんだね……」


俺の身長は120センチちょっとで体重は20キロちょっと。

最近いいモノ食べてるから少しは成長したが、まだまだチビだ。


しかしまぁ……恐竜みたいなのを想像していたが、こんな怪獣みたいなのだったのか。


セリアーナやエレナもだが、東部の貴族達が西部を毛嫌いしている理由が少しわかった気がする。

こんな化け物を倒して勝ち取った土地にあれこれ首を突っ込んでくるんじゃ、そりゃ鬱陶しい。


「どうやって倒したんだろうね……?」


竜種の成体は魔力を遮断する鱗を持つ。

倒すには、魔法抜きの物理攻撃が基本になる。

ただし、鱗自体が非常に硬いため、鱗の無い腹部位しかまともにダメージが通らない。

ダメージを与えるためには、懐に潜り込んで攻撃するしかないらしい。


……バカだろ?


「延々と鱗に攻撃を続けて、割れたところへ鉄の槍を打ち込み、今この国の国宝として伝わる【雷神剣メサリア】で雷を落とし弱らせてっていうのを何か月も続けたそうね」


もっとバカだ。


「犠牲の数を考えると正気とは思えないけれど、どのみち倒すことが出来なければ当時のルゼルはもたなかったでしょうし、倒すことが出来たからこそ今の大森林同盟がある事を考えれば、正解だったんでしょうね」


「へー……」


貴族向けの歴史書には多大な犠牲を払って、とはあったけれど、倒し方までは書いていなかった。

割となんでもかんでも書いていたが、真似されるわけにはいかないし、流石にこれは書けなかったんだろう。


「王都より東のいくつかの領地には似たようなものがあるわ。流石に竜種じゃないでしょうけど、その土地の主を素材に結界を張っているはずよ」


「ほうほう」


そういえばゼルキスの館で立ち入り禁止にされていた場所があった。

あの領地は今の開拓最前線だし、多分あれがそうなんだと思う。


「もっとも、どこでもそれが出来るわけでは無いから、他所で討伐された魔王種の素材を流用している領地も多いわね。ただ、どうしても効果は薄れるそうで、本来なら滅多に近寄ることは無いそうなのに領都の近くにも魔物が巣を作るとは聞くわ。私達なら戦力も揃っているし、あのお嬢様ならそれを狙うんじゃないかしら?」


「ふむふむ……ん?」


「魔王種は長く生きていればいる程強くなるし、ジグハルトが張り切っていたわよ?」


確かに、ジグハルトにフィオーラ、ルバン達にアレクやエレナもだし、一応俺もいる。

うん。

強い。


……え?

戦うの?


「どうしたの?」


愕然としている俺に気づいたのか、様子を伺うフィオーラ。


「うん。なんでもないよ」


ビビってるだけだ。


そうか……開拓って普通に木を切ったり地面を均したり、魔物倒したりが大変って考えていたけれど、こういう事もあるのか。


「よろしいでしょうか?」


解説をフィオーラが行っていたためすっかり空気だった案内役の人がやってきた。


「あら?もう時間?」


「はい。もう兵の交代の時間になります」


「そう。セラ、行きましょう」


「あ、うん」


まじかー……。


103


「おかえりなさーい」


ドアの開いた音にソファーから顔を上げ、声をかける。


「ええ。戻ったわ」


毎度のやり取りだ。


「今日は見学に行ったのよね?楽しめたかしら?」


向かいに座ったセリアーナが今日の事を聞いてくる。


「うん。何か凄かったね……」


「お前より大きかったんじゃないかしら?」


「大きかったね。見た事あるの?」


「学院で国内の生徒は最初に案内されるわ。メサリア貴族の心構えをあそこで教わるの。お前もメサリアの民として誇らしかったでしょう?」


「凄いとは思ったけど……、新領地の開拓でああいうのと戦うのかと思うと気が重いよ」


「アレほどのはそうそういないけれど、領地の歴史に名を刻めるのだから、励みなさい」


俺あまり名誉とかいらないんだけどな……。


「確かゼルキスの結界に使われているのはクマの魔王種でしたね?」


「そうよ。元は他所の魔王種の素材を使っていたけれど、お祖父様が兵を率いて討伐に成功したのよ。30年程前の話ね」


「じーさん凄いんだ……」


荷物を片付けたエレナも話に加わってくるが、ウシでもゾウ位の大きさだったし、クマだともう少し大きいと思う。

王都の騎士達と妙に親しげだとは思ったけれど、じーさんってそのレベルの強さなのか。


「ま、順調に行っても5-6年は先の事よ。しっかり育ちなさい」


気楽に言われたが、それだけあれば大丈夫かな……?


「アレクは色々詳しいし、そろそろ戻って来るから聞いてみるといいよ」


「あれ?連絡あったの?」


アレクはここ3週間程連携の確認がてらルバン達やジグハルトと一緒に王都と周辺領地の魔物の討伐を行っている。

いつ戻って来るかとかは聞いていないけれど、手紙でも来たのかな?


「来月は私の誕生日よ。そしてリーゼルとの婚約の公表もあるし、それに合わせてお父様達も王都に来られるわ。お前、弟と面識あったかしら?」


「アイゼン様?最初に挨拶したけれど、それだけだね」


アイゼン。

セリアーナの1歳下の弟君だ。


ゼルキスにいた頃メイドさん達に、俺はセリアーナ直属だから距離を置いた方がいいと言われて、それを守っていた。

彼はセリアーナに対し比べられ続けてきた事で、少し複雑な思いがあるらしい。

セリアーナは歯牙にもかけないというか、眼中に無いというか……「小物ね」と呟いているのを聞いたことがある。

そういうところなんだろうなぁ。


「お父様とアイゼンは反対の西側の部屋を使うから、顔を合わせることは無いでしょうけど、東側に居なさい」


「はーい」


この屋敷は東側が女性用スペースで、西側が男性用のスペースになっている。

俺は精々誰かを呼びに行く時位で元々近づかないし問題は無いな。


それよりもだ。


「来月誕生日なの?」


「秋の1月14日がそうよ。君がミュラー家に来たのはその後だから、これが初めてだね」


拾われて今に至るまで何だかんだドタバタしていたから、行事とか頭から抜けていた。


「エレナは私の3日前よ。お前は秋の2月だったわね?」


「へ?うん。多分そう」


確か秋の2月末だったと思う。

カレンダーとか無かったからちょっと自信はないが……それよりも!


「2人になにかプレゼントとか用意した方がいい?」


俺は本人に聞く。


女性で雇い主で金持ち相手にプレゼントとか思いつかない。

記念祭の時に買った彫刻は思ったより受けたみたいで、今も机に飾ってあるけれど、また同じネタってのも芸が無いし、どうしよう?


「あら、ありがとう。でも必要ないわ」


「む?」


「全員から受け取るときりが無いのよ。だから、貴族からと後は精々付き合いのある商会くらいね。気持ちだけで充分よ。ね?」


エレナも頷いている。

そういうもんなのかー。

まぁ、そこで競われでもしたら面倒なんだろうな。


「お前の分は考えてあるから、楽しみにしておきなさい」


「……ありがと」


いいのか?


104


程なくしてアレク達が帰還した。


彼らは騎士団との合同任務で、例年より目撃情報の多い王都周辺の魔物を倒していたらしい。

まぁ、なんというか……魔物の違法取引を行っていた連中が軒並みいなくなったからね。

彼らが魔物の捕獲ついでに間引きを行っていたのに、それが無くなったから人里近くまで姿を現していたらしい。

金を惜しまなければ彼等も処刑されたりしなかったろうに……役に立っていたとはいえ犯罪は犯罪。

残念な事だ。


とはいえ、放置しておける問題でも無く、王都圏はもちろん各領地の騎士団が冒険者と連携を取って対処することになった。

急な任務という事で、ある程度統制の取れる貴族の専属冒険者がメインになったらしいが、来年以降は通常の任務として冒険者が引き受けることになるだろう。


「魔獣種が中心で、魔虫、稀に妖魔種がいましたね。主は数頭いましたが、魔王種はいませんでした。まあ、丁度いい連携の確認になりましたよ」


そんな訳でアレクからの報告は終わりだ。


領地間をまたいで移動し、複数種の魔物を倒す。

開拓に向けての訓練だとは言え、結構タフな任務だと思うけど、連携の確認程度なのか……。


まぁ、あの人達強いからね。


「はい。乾いたよ」


「お~、ありがとう!」


「あら、綺麗になったじゃない」


エレナに渡されたのは、アレクに土産に貰ったトリの魔物の尾羽だ。


50センチほどの長さでキジの尾羽の様に節が入っていて、アレクに貰った時はまだ汚れが残っていたが、洗って乾かすと根本は黒いが先に行くにつれ鮮やかな赤色になっていく。

見事なものだ。

服や帽子の飾りに使ったりするそうだが、俺はどうしよう。

部屋に飾るか……?


外の魔物はダンジョンの魔物と違い核が無く死体が残るため、こういった物が手に入る。

売却するもよし、何かの素材に使うもよしだ。


「肉も美味かったぞ」


美味かったらしい。



更に日が経ち来週には伯爵一行がやって来る。

屋敷の人達は主人はじーさんではあるものの、ミュラー家の当主がやってくるわけだし、普段はちょこちょこお茶をしたりともう少し緩い雰囲気だが、ピリピリしている。


一方俺が入り浸るセリアーナの部屋は東側の端だし、こちらはいつも通りだ。

セリアーナにしても家族と会うのは半年ぶり位なのだが、全く変わらない。

家族仲は悪くないと思うんだけど、淡白だ。


まぁ、それは俺が考える事じゃない。

今大事なのはケーキの切り分けだ。

【影の剣】なら思い通りに切れるが、刃は新しいものになるとはいえ、普段魔物ズバズバ切っている物で食べ物を切るのは俺が嫌だ。


「はい。どーぞ」


中々うまく切れたと思う。


セリアーナの部屋から【隠れ家】に入り、4人でお茶だ。

プレゼントはいらないと言っていたが、世話になっているし、やれることはやっておきたい。

そんな訳で、フィオーラお勧めの店でケーキを買って来た。

ケーキというよりは、ミルクレープの様な物だ。

手が込んでいるだけあって、お値段も大銀貨2枚と高価だ。


「あら美味しそうね」


「フィオーラさん、お勧めの店だよ」


「セラ、ご馳走になるよ」


「俺の分まで悪いな」


アレクはもう過ぎていたからな……、先月だったらしい。

もうちょい早くわかればお酒位は用意したんだけど、来年憶えてたら買っておこう。


「そうね、来週からはあまり時間が取れないだろうし、ここで話しておきましょう」


ケーキを食べ、お茶を飲みつつお喋りをしていたが、セリアーナが改めて話を始めた。


「来週末に私の誕生パーティーを王城で行い、そこでリーゼルとの婚約が発表されるの。セラとアレクは屋敷に居て頂戴。護衛は王家が付けて下さるから心配いらないわ」


ほうほう。

ついに発表か。

そして俺達はお留守番。


「今までは私が出向くこともあったけれど、これからはそれも無くなるわ。アレクは仕方ないけれど、セラ、お前は昼までに用を済ませて、屋敷に詰めておくようにしなさい」


「はーい」


一応俺も護衛の端くれだしね。

とはいえ、いつも通りので、やる事は変わらなそうだ。

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