第43話

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今日はセリアーナの誕生日パーティー兼婚約発表の日だ。

本人達は会場である城に朝から向かい、そして、そちらに参加する事の出来ない者達が屋敷をひっきりなしに訪れている。

そちらは屋敷に残っているじーさんやオリアナさんが対処しているが、忙しそうだ。

ミュラー家にとっては大きな意味を持つ日になるだろうし、仕方ないのだろう。


ちなみに、今日の主役であるセリアーナの側近の俺とアレクはお留守番中だ。


「飽きない?」


「ん?ああ、悪いな」


【隠れ家】から持って来たお茶をアレクに渡す。


無いとは思うが、もし俺達が対応する必要のある客が来た時に備えて、【隠れ家】には入らずセリアーナの部屋の応接スペースにいる。

そこで俺は読書を、アレクは書き物をしているのだが……。


「見るか?」


「うん」


アレクが朝から作成しているのは、先日まで行っていた任務の資料だ。

ギルドには既に提出したらしいが、それより更に詳しく、かつ独自の注釈を入れたものを作っている。

魔物の種類、生息地、痕跡の見つけ方に個人・集団での戦い方。

絵こそ無いが、これを頭に入れておけば対処は難しくない。


「随分詳しく書くんだね」


「まあな。しばらくは俺が担当することになるだろうからな。慣れるのには悪くないさ」


「おー……さすが隊長サマ」


「ふっ……」


俺の揶揄いを笑って躱し、作業に戻るアレク。


そう、アレクは新領地の騎士団で隊長に就くことが決まっている。

団長はゼルキスから、副団長はリーゼルが王都から引っ張って来るそうだが、冒険者や傭兵を束ねる隊の隊長がアレクらしい。

エレナはセリアーナの親衛隊の隊長で、俺はセリアーナの直属だがその時その時であちこちに出向という形になるとか。


成人したらまた変わるらしいが、今の浮いた立場からは大分変化する。

昨日、じーさんと当主である親父さん、そしてアイゼンのいる場に呼び出され、その事を言い渡された。


孤児のガキンチョが出世したものだ。


そうだ、アイゼンと言えば。


「ねえ」


「ん?」


「ちょっと聞きたいんだけどさ、お嬢様とアイゼン様って仲が悪いの?」


昨日も本人は隠していたつもりだろうが睨んでいたし、前から気になってはいたけれど中々タイミングが無くて聞けなかったが、今なら丁度いい。


「あー……仲が悪いってわけじゃないんだがな。まあ、嫉妬だろうな」


「嫉妬?」


開拓したいんだろうか?

フロンティアスピリッツ的な……。


「新領地の開拓ってのは簡単じゃないからな。「よほど優秀」かいっそ「無能」かなら若様がその役目に付いていたんだろうが……無能じゃないし悪くはないんだろうが、開拓を仕切るには少し物足りないな。逆にお嬢様はその「よほど優秀」な方だ」


「ほうほう」


まぁ、頭いいし、威厳あるよな。


「問題は、それをお嬢様が7歳の時に決められたって事だ。子供ながらに若様も自分が格付けで下にされたってのを何となく察していたんだろう」


「あらら……」


「俺が雇われたのはその1年後だが、よく睨まれたもんだ。今は大分ましになったし成長したって事だろうな」


「敵対したりとかそういうことは無いのかな?」


お家騒動って言うとちょっと違うけれど、開拓はゼルキスからの支援が前提となるし、安定してからでもお隣さんだ。

やろうと思えば封鎖もできるだろう。


「開拓自体王家の肝いりで行うわけだし、それは心配のし過ぎだな。ただ、来年からの王都での1年でそういった事を煽って来るような奴がいないとも限らないからな。若様も窮屈な生活をすることになるだろうな……」


お付きの人が監視役も兼ねるのかな?

そりゃ大変だ。


「その辺の事は俺達が気にする事じゃないさ。それに若様が次にゼルキスに戻ってくる頃には俺達はルトルに移動しているだろうしな」


「そか。ならいいや」


盤石かはわからないが、とりあえず後ろから攻撃されたりは無いってのは確かみたいだ。

折角出世しそうなのに、ひっくり返されたらたまらんからな!


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「そろそろ帰って来るみたいだな」


夜も更け食事も済ませついでに俺は風呂も入り、後は寝るだけというところで何やら1階の方がバタバタしている。

先触れでも来たんだろう。


アカメの目をオンにしてから、窓から身を乗り出し城の方へ目をやると、木や壁といった遮蔽物越しにだが、騎馬に先導される集団がゆっくり近づいてきているのがわかった。


「お?」


「どうした?」


行きと人数が違う事に気づき、念の為【妖精の瞳】を発動して、改めて見てみたのだが、妙に強いのが数人いる。

エレナよりちょっと上だろうか?


「強い人が何人かいるよ。騎士団の人かな?」


「だろうな。それと多分親衛隊もいるはずだ。女性の王族に付いているそうだが、お嬢様も同じような扱いなんだろう」


「ほう」


違法取引の現場に行った時について来てくれた女性騎士がそうだったな。

親衛隊って括りらしいが、あの人も強いんだろうか?


「俺達も行こう」


そう言うとアレクはササっと机の上を片付け、立ち上がる。


「はいよ」


軽く服の裾の皴を伸ばしてサンダルを履き、部屋を出るアレクに続いた。

当主もいるし、畏まった場なので【浮き玉】の使用は控えておこう。

500メートル位離れていたし、到着まで4~5分位かな?


やや早足のアレクと並び1階まで行くと、玄関ホールには既に使用人たちが整列していた。

俺達もその端に並ぶが、外で声が聞こえた。

丁度セリアーナ達も屋敷に到着した様だ。

皆頭を下げているので俺達も倣っている。

そうしているとすぐに扉が開き、中に入ってきた。


結構ギリギリだったな。


まずはじーさんの所へ報告に行くらしい。

少し気になるのは、知らない人が1人いる事。

兵は屋敷の中には入ってこないし、この人が親衛隊の人かな?


「アレク、セラ、2人は部屋で待っていなさい」


「はい」


この声の感じは上手くいったみたいだね。



「待たせたわね」


部屋で待つこと30分程。

そろそろ眠気に負けそうになったところでセリアーナとエレナ、それにもう1人鎧をつけた女性が入ってきた。

セリアーナの着ているドレスは行きと同じで白い物だが、胸元に行きには無かった大きい赤い花の飾りをつけていた。

確かプロポーズかなんかでそういうのを贈ると聞いたことがあるが、婚約でもやるのか。


「すぐ終わるから我慢なさい」


俺の様子に気づいたのかそう言ってくる。


「うん」


よし……耐えるぞ。


「私の誕生日の祝いとリーゼルとの婚約の発表と、どちらも問題無く終えたわ。根回しは既に終えていたし、邪魔など入らないのはわかっていたのだけれどね?それと合わせて新領地の件も発表したの。これで、ミュラー家だけでなく王家の支援の下、開拓が進むことが知れ渡ることになるわ」


「ふむふむ」


開拓自体はじーさんの頃から少しずつ進めていたけれど、これで本格的に国家事業って事になるんだな。

それなら成功する見込みは高いだろうし見返りも期待できる。

他所からの支援や参加も増えるはずだ。


「結婚式は再来年の記念祭の3日目に王城で行うことが決まっているわ。それと同時にリーゼルが公爵家を設立し、ルトルから東が公爵領になるわね」


結婚式は王都でか。

まぁ、1年そこらで街は出来ないだろうし妥当なんだろう。


「その間私に何かあったら困るから、護衛として王家から派遣されたのが彼女よ」


後ろの鎧の女性を指した。


「親衛隊隊員のヴィーラ・デサントよ。よろしくね」


30半ば位で、茶色の髪が腰まである穏やかそうなおばさんだが、さっき窓からだが見えたエレナより強い人の1人だ。

親衛隊は高位貴族の娘しかなれないそうだし、きっと良い家の生まれなんだろう。



「もう1人いるけれどそちらはまた今度ね。今日はお祖父様達に紹介するから来てもらったけれど、普段は朝に屋敷に来て夜には戻るそうよ」


ならいつも通りか。


「彼女達も部屋にいる事が増えるけれど、仲良くするように。いいわね?」


特に俺の方を見てそう言って来た。

【隠れ家】とか上手く隠せって事かな?


「はーい」


まぁ、その辺は上手くやるさ。

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