第41話

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「ぉぉ…」


玄関で2人を出迎えたのだが、思わず声が漏れてしまう。


「ふっ…どうだ?」


得意げなジグハルト。


ざんばら髪に髭もじゃのもっさり男が、髪を撫でつけ後ろで縛り髭も剃って、おまけに着ている服も冒険者スタイルでは無く、こざっぱりした格好だ。

いっぱしの紳士じゃないか。


「私が用意しなければいつもの格好だったでしょう?」


昨晩聞いた「魔導姫」ってこのフィオーラの事なのだが、ライバルっぽい印象を受けたが、むしろ仲が良さそうな気がする。

少年漫画的な関係なんだろうか?


「はっ、俺はそもそも余計な荷物は持ち歩かない主義なんだよ」


そういえば拠点を持たずにあちこち移動しているんだったな。

そりゃ使う機会の少ないものは持たないか。


そんなジグハルトに対して、フィオーラは先日と同じく、長袖の上着に足首近くまであるスカートだ。

この暑い中その格好で大丈夫なんだろうか…?


「ま、いいや。お嬢様はもう部屋にいるから案内します」


ほっとくと言い合いを楽しんでそうだからさっさと移動してしまおう。



「ようこそ「閃光」ジグハルトに「魔導姫」フィオーラ。歓迎するわ」


「ああ。よろしく頼む」


「ふぅん…セラに聞いていたイメージと随分違うわね」


セリアーナはジグハルトの頭から足の先までじろじろ見た後そう言った。

まぁ、もっさりの凄いやつ、としか俺は言ってなかったからな…。


「フィオーラさんが用意したらしいよ」


「私をエスコートするのだから当然です」


……その為だったのか?


「まあいいわ、話を進めましょう。ジグハルト、貴方は私の専属になるという事でいいのね?」


「ああ。ただし俺が出来るのは戦闘だけだ。部下を率いたり、騎士や貴族と折衝したりは出来ないと思ってくれ」


「構わないわ。貴方には新領地の開拓に向けて魔境での戦闘や、いずれ開くダンジョンの調査を期待しているの。場合によってはパーティーを組んでもらうこともあるでしょうけど、基本的には個人で動いてもらうわ。勿論その際の支援は任せて頂戴」


「それならいい。任せてくれ」


それを聞き力強く頷くジグハルト。


魔境ってのは、本来は魔王災が重複しまくっているエリアを指す。

魔王同士が強化しあい、あいつもこいつもどいつもそいつも魔王級という訳の分からないことになっているエリアだ。

幸い、そこを出ると弱体する事を理解しているのか、滅多に出てくることは無いそうだが、多くの魔物や獣が集まっている。


そして東部の未開拓エリアである大森林は全体がそんな感じらしい。

そこでの戦闘の方が良いのか……このおっさん。


「それで、フィオーラ?貴方はどうして私のもとに来てくれるのかしら?」


この人もアレなんだろうか?

魔法を極めたいとかそういうアレ。


「そうね……殿方には退出していただきたいわ」


「いいわ。アレク、ジグハルトをお祖父さまの部屋へ案内しなさい。話を聞きたがっていたの」


じーさん……ミーハーだな。


「わかりました。行きましょうジグハルトさん」


「ジグでいいぞ、アレク」


何かわかりあう事でもあったのか、親しげに話しながら2人は出て行った。

お……俺はどうしよう?

いていいのかな?


「貴方はいて頂戴」


「なんでお前まで出て行こうとするの……?」


「いや……なんとなく」


でも俺にいろって事はスキンケアかな?


「さ、話して頂戴」


セリアーナが、改めて話を促す。


「コレの事はご存じ?」


フィオーラは顔の刺青を指す。

何となく法則性があるのはわかるが、なんて書いてあるのかはわからない。

魔法陣ってやつだな。


「ええ。大規模魔法の補助になると言われている魔法陣ね」


「そう。全く無意味のね」


セリアーナが折角ぼかしたのに、はっきり効果が無いと言い放った。


つまり……アレかな?

刺青を消したいって事か?


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「コレが効果が無いというのは貴女も知っているでしょう?」


「……そうらしいというのは知っているわ」


フィオーラの問いに言葉を選びつつも答える我らがお嬢様。

正解がわからんからな……。


「全く効果が無いわけでは無いの。ただ大規模魔法を使うのに無意味というだけで」


……ダメじゃん。


「ならどういう効果があるのかしら?」


「魔素を引き寄せるの」


「……?それなら効果があると言っていいのでは?」


「あくまで引き寄せるだけで、自身の魔力と混ぜるのも、発動するのも自分でやらなければいけないわ。そもそも魔素が濃い場所に行けば同じことよ」


「なるほど……」


「後は精々心理的なものね。魔法陣を刻み込んだこと、また魔素を近くに感じる事で使えると思い込んで、試す勇気を持てるってだけ」


プラシーボってやつかな……?

しかしそこまでハードルが高いのか。

大規模魔法ってやつは。


「ねぇ、わかる?ここまでやって無駄だったと気付いた時の気持ち。私が強力な魔導士であることに違いは無いから皆面と向かっては言わないけれど、すっかり腫れもの扱いよ」


「そう。つまりソレを消したいって事でいいのね?」


「ええ。その娘の事は耳にしていたわ。貴方がまだ王都にいるうちに魔導士協会を通して依頼をしようと思っていたの」


「引き受ける相手はこちらで選んでいたけれど、貴方ほどの者ならわざわざ私の下に付かなくても、受けていたわ。それで良かったの?」


「環境を変えたかったのよ。王都はもううんざり……ジグハルトの誘いは丁度良かったわ」


「ジグさんと仲いいの?」


「仲が良いって程じゃ無いけれど、実戦で大規模魔法を使う者同士で彼が王都に来た時はよく情報交換をしていたわ。その時にこの魔法陣の事や環境を変えたいとか話したことがあるけれど、それを覚えていたのね」


……それ仲いいんじゃね?


「ジグハルトとの仲も気になるけれど、セラ。出来そう?」


「どうかな……?傷跡とかなら治せるけれど、これはまたちょっと違うし。少し試してみてもいいかな?」


「ええ。お願い」


そう言い、右手を出してきた。

それに手を重ね【ミラの祝福】を発動してみる。


「お⁉」


なんとなくだが、押し返されるような抵抗を感じた。

効果が無いなら何のとっかかりも無く、すり抜けて行くような感じなのだが、これならいけるかもしれない。



「変化は無いわね……?」


相変わらず刺青で黒く染まったままのフィオーラの右腕。


「てごたえあったよ?」


1時間がっつりと気合を入れて施療を施したのだが…おかしいな?

抜け出るような感覚はあったし、いけてると思うんだけど。


「……っ⁉」


何か息を飲むような気配がしたけど、何か異常でもあったんだろうか?

ちょっと頑張り過ぎてエレナの膝の上から動けねぇ……鼻血とか久しぶりだよ。


「フィオーラが指で拭ったら取れたわ。染料が肌に浮いていたのね」


うつ伏せになっていて状況がわからない俺に、何があったのかセリアーナが説明してくれる。


「へー……」


「ええ!見事だわ!」


弾むようなフィオーラの声。

うんうん。

上手くいって何よりだ。


「肌も左に比べると随分若返っているわね。これなら全身やらないとバランスが取れないわよ?」


ジグハルトと同い年と言っていたし、40半ば位か?

太ったり弛んだりはしていなかったが、まぁ年相応って感じではあった。


「そうね!できるかしら?」


「……今日は無理そうね」


「むりだねー」


もう今日は何もしないぞ!


「確か接近すればするだけ効果が高まると言っていたわね?お前明日から抱き着きなさい。一々手でやっていたら時間がかかり過ぎるし、毎回そうなるのは嫌でしょう?」


「私も構わないわ」


ふむ……。

コアラみたいな感じになるのかな?


「わかった。そうしてみるよ」


服越しでも効果があるのか試せるし、悪くないか?


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フィオーラの施療は、本人の希望により頭部から行うことになった。

頭部、胴体、右脚、左脚、そして残った左腕の順だ。

バランスを考えるなら左腕から始めたかったのだが、左腕、というよりも左半身は刺青が無いのだから後回しにしたかったのだろう。


そんな訳で頭部の施療を行ったのだが、柔道の上四方固め。

あんな体勢で行った。

接触した状態での施療すらほとんど経験が無いのに、お腹の下で見えない状況だから、どうなるかと思ったが意外と何とかなるもんだ。


そして、図らずも今まで抑えめに使っていた【ミラの祝福】の威力を知ることが出来た。


年相応だったフィオーラの顔がパッと見20代半ば位になっていた。

今までも皴や弛みは取ったりはしていたが、ここまで変わるとは思わなかった。

今更ながらこのスキルってヤバいやつなんじゃ……?

神様の名前が付いているのは伊達じゃ無かったか。


服越しでも効果はあった。

裸で抱き着く必要が無かったのは幸いだが、今回みたいな場合だと、服に染料がこびりついてしまうから気を付けなければならない。


で、見た目がそこまで変わって大丈夫なのかとも思ったが、翌日の胴体部の施療の時にジグハルトの反応がどうだっただのあれこれと言っていたが、中年のおっさんおばさんの恋愛事情はどうでもいいから無視していた。

夜の報告会でセリアーナとエレナは興味津々だったのか、ちゃんと聞いておけよとせっつかれたが、そこまでは知らん。


そして右脚、左脚と1日ずつ使い、今日はラストの左腕だが、これはもう手慣れたいつも通りのやり方だ。


「はい。終わり!」


とは言え、1時間しっかり使って完璧に仕上げた。


フィオーラは両腕を掲げて、見比べている。

どっちも大して変わらないだろうが、聞いた話通りなら12~3歳の頃に魔法陣を刻んだって事になるし、何か思うところがあるのかもしれないな。


「見事ね」


我ながらそう思う。

最初会った時は白黒のおばさんって印象しか持てなかったが、今ではすっかり美人なお姉さんだ。

まぁ、アクションムービーのヒロインとかが似合いそうな、強そうな感じだけれど…。


「本当に。刺青を抜きにしても随分見た目が変わったわね。体調が悪くなったりは無いの?」


満足気なフィオーラに今日は学院が休みで、施療に立ち会ったセリアーナが変化を訊ねた。


「むしろ良いわね!昨日もお酒を飲んだけれど、朝も快調だったわ!」


ご機嫌だ。

【ミラの祝福】って内臓にも効いていたのかな?


「そう……」


それを聞き少し考えるように黙り込む。

セリアーナもやっぱヤベーと思ったのかな?


「セラ、【ミラの祝福】はこれからは今まで通り抑えめに使いなさい。いいわね?」


「うん」


「私は普段はヴェールをしているし、刺青が消えた事は気づかれても大丈夫なはずよ。何かあっても貴方達の手を煩わせるようなことは無いから安心しなさい」


まぁ見た目だけならともかく、中身の事はわからないし、大丈夫かな?


「それより報酬の事だけれど、本当にいいの?聞いた話では通常でも1日金貨5枚でしょう?」


俺は基本身内からは報酬を取っていない。

セリアーナなんて夜更かししたからとかでねだってくるし、エレナもその時ついでにやっている。

オリアナさんや屋敷のメイドさん達にもおやつついでにやったりしているし、厳格にやるとかえって動きにくくなるからだ。


「毎日ケーキ持って来てくれたしそれでいいよ?」


お陰で王都の有名菓子店の情報も増えた。


「流石にそれじゃ釣り合わないわ……何か欲しいものは無い?」


「欲しい物ねぇ……欲しい物……」


意外と思いつかないな。

ただでさえ、三食おやつ昼寝付きの生活だし……。


「セラ、確か城の結界に組み込まれている竜の素材を見たいとか言っていなかった?」


「ぉぉ!」


確かに見たかった。

でも、王都の守りの要でもあるだけに、許可を得ないと近づけないとかで諦めていたんだ。


「ああ!それなら私が案内できるわね。大きな爪をそのまま組み込んであるから見ごたえあるはずよ。楽しみにしていなさい!」


王都に次来る機会があるかもわからないし、これは楽しみだ!

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